今年(2003年)10月、牧阿佐美バレエ団の「眠りの森の美女」を楽しみにしていた私は、公演の一週間前、「怪我で草刈民代降板・上野水香に交代」を知らせるHPを見て、唖然としました。半年前、草刈民代の出演の日のチケットを買い、今か今かと待ち望んでいたからです。私は10年ほど前、草刈民代のオーロラ姫を観ましたが、このときの美しさを今も忘れられません。もう一度、「草刈・オーロラ」をと期待していたので、今回の彼女の降板は本当に残念です。
この10年前の公演のビデオが残っています。草刈民代は「シャルウィーダンス」でスクリーンにデビューし、一躍銀幕のスターになったのですが、この公演は、それ以前のものです。この映像をみると、彼女は、生来、女優としての『華』を備えておられるように感じます。彼女が舞台に現れたときの、パッと花が咲いたような華やかさは、彼女独特のものです。 メルパルクホールでの公演でしたが、NHKが収録し、その後テレビで放映されました。それを録画したのがこのビデオです。
第一幕のオーロラの出からローズアダージョに至るまでは、草刈民代の『華』がひときわ輝いたところだと思います。
ただ、ローズアダージョ冒頭の4人の王子に支えられたエカルテ・ドゥヴァンのバランスでは、脚を高く上げない(上がらない?)のは今一。
上げた脚が120度にも満たなくて、いかにも手抜きをして誤魔化したように見えてしまう。180度近くとは言わないまでも、せめて150度位までは上げて欲しいものです。
続く、ローズアダージョの見所、アチチュードバランスの場面。草刈民代は「一回一回の舞台は挑戦の場である。」と言っていましたが、
懸命に難しいバランスに挑む姿は感動を覚えます。腕がギクギク揺れて、握り締めた王子の手をなかなか離せない。
それでも、懸命にバランスをとって、王子の手を離して独り立ち。ひときわ険しくなった表情から、彼女の緊張が伝わってきます。
今にも崩れそうな心許なさに、思わず、そっと支えたくなるような気持ちにさせられます。
でも、不安を感じるバランスの中にこそ少女から大人になっていくオーロラ姫の初々しい魅力を感じとれるのだと思います。
批評家の佐々木涼子が「ローズアダージョでは、なにも片足で完璧にバランスを保つ必要はないのだ。
一人では立っていられないという心許なさこそが、オーロラ姫の初々しさを強調しているのだから(バレエの宇宙)」と言っていますが同感です。
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草刈民代の頭上にあげたアンオーのポーズはとても美しくて優雅です。肢体は伸びやかで、上半身もとてもきれいです。
心許なさの中にも、丁寧で、繊細で、お城で大事に育てられた姫という雰囲気がとても良く出ています。
ただ、後方に挙げた脚の膝が下を向いているのはいただけない。俗に言う犬のおしっこのようなポーズになっているのです。
正しくターンアウト(フランス語ではアンドゥオール)出来ていると、膝が下を向くことはないはずですから、気になるところです。
でも、
草刈民代はグラグラして倒れそうになりながらも、頑張って、しっかり腕を頭上まで上げたのは偉い。
経験を積んだダンサーでも、サポートの男性の手を、やっと離しても横滑りが精一杯という人や、手を少し上げただけで、
すぐ次の男性に掴まってしまう人も居るほどですから。草刈民代は、どんなに神経をすり減らしていたことでしょう、ローズアダージョを踊り終えたとき、背中や首筋には、
汗が滲み出て光っていました。最大の難関を無事通過して、ほっとして見せた美しい表情がとても魅力的でした。
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続くバリアシオンも魅力的です。カラボスの毒牙に倒れるシーンでは、胸と背中に汗びっしょり、大きく息を弾ませての熱演に打たれます。
ただ、後半のグラン・パ・ド・ドゥでは、アレクサンダー・モナホフのサポートとの呼吸が今ひとつで、表情も硬く、ぎこちない感じがしたのが残念でした。
それに、見せ場のアラベスクパンシェで挙げた脚の膝が下を向いていて、脚がまっすぐになっていなくて、見苦しい。
ローズアダージョのエカルテ・ドゥヴァンやアチチュードのバランスでも感じたのですが、ターンアウトで、付け根から外に脚を完全に開くというバレエの基本動作が十分できていないような気がします。
なお、この舞台では、佐々木想美がリラの精、志賀三佐枝がフロリナ王女を踊っていました。二人ともとても若々しくて美しい踊りでした。 それにしても、今回、草刈民代の踊りが見られなかったのが心残りです。ファンとして残念でしたが、一番悔しかったのは草刈民代自身でしょう。苦しいレッスンを続けて来て、もう一息で本番というところでの突然の怪我で降板なのですから。
草刈民代は、私が大好きなバレリーナの一人です。多くの振付家や演出家にその存在感を絶賛されているバレエダンサー。彼女の踊りはとても華やか、プリマの風格を感じます。シルビー・ギエムや上野水香のように垂直に足を上げ、柔軟さを誇示することはしません。優れた技術をもっていても、その技術を見せびらかすようなことをせず、動きをずっと抑制して、とても品の良いの踊りなのです。 10年ほど前に彼女が踊ったオーロラ姫は絶品で、身体の先まで神経を行き届かせようとする意志が感じられて、心なしか不安で心許なささえ感じるバランスが、かえって初々しさのようなものを感じさせて、魅力的です。
草刈民代には、「華」があります。この人ほどステージで華やかに輝く日本人バレリーナは他に居ません。左足首を捻挫、骨にひびが入ったということですが、しっかり怪我を直して、元気なステージを見せてほしいものです。そして、ぜひもう一度、「魅惑の草刈オーロラ」を再現して欲しいと、願っております。
牧阿佐美バレエ団公演 「眠りの森の美女」
1994年、メルパルクホール
オーロラ姫:草刈民代、王子:アレクサンダー・モナホフ
リラの精:佐々木想美、カラボス:三谷恭三
水晶の泉の精:坂西麻美、魅惑の庭の精:酒井はな、森林の空き地の精:柴田有紀、
歌い鳥の精:岩本桂、黄金のぶどうの精:田中裕子 四人の王子:佐藤宗有貴、山内貴雄、山本成伸、正木亮
フロリアン王女:志賀三佐枝、青い鳥:小島直也
管弦楽:東京シティフィルハーモニック管弦楽団、指揮:アレクサンドル・ソトニコフ
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