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眠りの森の美女:真忠久美子、新国立劇場バレエ   (2007.2.5)

新国立劇場バレエ団公演「眠りの森の美女」を見てきました。 主役のオーロラ姫はアナスタシア・チェルネンコ(キエフ・バレエ)、川村真樹、真忠久美子と交代出演でしたが、初演の川村真樹も見たかったけれど、真忠久美子の日にしました。 真忠久美子のオーロラ姫デビューは2005年。この公演は都合で見に行けなかったので、今回は絶対に見逃すまいとチケットを買いました。 真忠久美子は大好きなバレリーナの一人です。あどけなさの残る可愛いらしい表情、知的な優しさ。ほっそりとした美しいライン。繊細で優雅な身のこなし。バレリーナの資質を全て備えた素敵な舞姫です。人一倍繊細な心の持ち主のようで、時として触れると壊れてしまいそうなガラスのような弱々しさを感じさせることもありますが、 これがむしろ彼女の魅力でもあり、バランスなどの難しい場面にさしかかった時に見せる、笑みが消えた真剣な表情がなんとも魅力的。健気に踊る姿は本当に可愛らしく、思わず「頑張って」と声をかけたくなります。 関西出身の真忠久美子。海外留学で技を磨き、一人地方から出てきて、牧阿佐美門下のダンサーが多い新国立劇場の中で、苦労して主役を踊るまでになった努力家。つい応援したくなります。
 
真忠久美子は、「眠りの森の美女」のリラの精には定評があり、以前の新国立劇場や関西バレエカンパニーの舞台は絶品でした。彼女、2005年のオーロラ姫デビューの時は、まだ「踊るのに精いっぱい」な部分もあったようで、「今後への期待も含めて合格点だった」という評を読んだことがあります。彼女自身も「もっとあそこをこうしたかった、という悔いを残してしまった」(ダンツァ)と思い通りの踊りではなかったようです。それだけに、「今回はそれを踏まえて、自分をすべて出し切れるような舞台にしたいです」という意気込み。ファンならずとも期待がふくらみます。花のワルツが終わっていよいよ真忠久美子の登場。多くの古典作品で主役はパートナーと二人で出ていくのが普通ですが、「眠りの森の美女」のオーロラの出は、一人で出ていかなければなりません。この緊張は大変なもので、パリオペラ座のプラテルは「出を待つ時足の震えが止まらなかった」と言っていたし、吉田都は「ローズアダージョの前は逃げ出したくなる」と言っていました。経験を積んだエトワールでさえこうですから、オーロラは二度目という彼女の緊張ははかりしれません。 小走りで登場した真忠久美子、最初、顔はこわばっているようでした。でも驚いたのは靴音をほとんどたてないこと。トゥの先で細かく動いても、ジャンプして着地しても、全くと言うほど音がしないのです。これは素晴らしい技術だと思います。

ひとしきり踊ってローズアダージョ、見合いの場面。四人の王子の紹介を受ける真忠久美子、やや緊張もほぐれたのか表情には柔和さが戻ってきたようでしたが、 難関のアチチュードのバランスにさしかかると、再び険しい表情になった。 片足ポワントで静止したポーズを取るという、いかにも背骨と腰にきそうなこのシーン。 王子の手を離し独り立ちしようとするのですが、握り締めた手がギクギク震えて、なかなか離せない。 やっとのことで手を離しても、ほとんど上に挙げられず、横滑りのようにして、次の王子の手に、しがみついてしまった。 いやはや、ハラハラ、ドキドキ、きつそうでした。 ケネス・マクミランの未亡人デボラ・マクミランが、 「…原版を振付けたプティパという人は少しばかりサディストだったのではないかと思います。かわいそうなオーロラ!…」と言ったそうですが、 この場面の真忠久美子は本当に辛そう。 「失敗したらどうしよう・・・」と、恐怖におののく気持ちがありありで、「苦痛と緊張を強いられる悲劇のバレリーナ」と言う感じで、痛々しかった。 こんなわけで、今回の真忠久美子は、手を離すだけで精一杯で、こちらもドキドキしてしまい、可愛そうで観ていられないという感じでしたが、技術は確かなのですから、 次回オーロラを踊る時は、もっと自信を持って、手をアンオーまで挙げて一呼吸置き、時間が止まったような長〜い長〜い、美しいバランスを見せて欲しいものです。 尤も、「オーロラ姫は、なにも片足で完璧にバランスを保つ必要はないのだ。一人では立っていられないという心許なさこそが、 オーロラ姫の初々しさを強調しているのだから。そもそもそれが、本来の振り付けの意図だったのではないだろうか。」(佐々木涼子:バレエの宇宙(文芸春秋)) という見かたもあり、振り付けのマリウス・プティパは、いつバランスを崩すかわからないハラハラ感を出すことで、 オーロラ姫の初々しさを意図的に演出していたとも言えるので、今回の真忠久美子は、そういったプティパの意図したイメージに合っていたと言えるかもしれません。

真忠久美子が最も輝いたのは、第1幕、幻想の場だと思いました。幻想ですから、片手のリフトや派手なアラベスクなど、男女とも、曲芸もどきの極限技を披露するのが見ものですが、真忠久美子は、180度を超えるアラベスクで体の柔らかさをアピール、大きな拍手を誘いました。山本さんも真忠さんを高々とリフト、真忠さんの空中での優雅なポーズを強力にサポート、息の合ったパートナーぶりを示しました。

第3幕、オーロラ姫とデジレ王子のパドドゥ。二人の息はピッタリで優雅なアダージョでした。ただ真忠久美子、やや山本隆之に遠慮したのでは?、と感じたところがありました。真忠久美子は「前回、山本さんに頼りすぎてしまった」と言っていました(ジ・アトレ)が、それが気になって今回、遠慮がちになってしまったのかもしれません。 その為でしょうか、男性に負担のかかる華やかなフォッシュダイブを省いてしまいました。 これは少し考え過ぎのように思います。所詮パドドゥのアダージョは女性の踊りで男性は介添え役です。男性にしっかり支えてもらって女性は自ら最高の美を披露すれば良い。男性に遠慮することはないと思います。真忠さんの繊細な心が裏目に出てしまったのかもしれません。彼女の慎ましやかな気品に満ちた踊りは彼女の最強の武器ですが、次回はパートナーに負担をかける位、大胆になって、思い切り自分の得意技をアピールしてするような冒険するのも良いのでは、と感じました。
 
リラの精は西川貴子。ホッソリとしたとても美しいダンサーです。優雅な踊りで正統派の大和撫子的な印象。 地味でややおもしろくないと感じたところもありましたが、逆に奇をてらってなくて安心してしっとりと観ていられました。 難しいイタリアンフェッテも美しく決めて笑顔がこぼれました。凛としてカラボスに立ち向かい、オーロラ姫の守り役としての演技も良かったと思います。 青い鳥のパドドゥでのフロリナ王女は、島添亮子。彼女は、小林紀子バレエシアターのプリマですが、新国立バレエ団の登録ダンサーにもなっており、ソリストとして踊っています。今回のフロリナ王女は、あまり精彩がなかったように感じました。冨川祐樹との息も、今ひとつだったように思いました。やはり島添亮子は、新国立バレエ団のダンサーに混じって踊るよりも、小林紀子バレエで主役で踊っている時のほうがふさわしいように思いました。
 
今回の「眠りの森の美女」、主役の真忠久美子、「今日は調子が悪いのかな?」という感じでした。 オーロラは二度目だし、容姿や出てきたときのプリンセスの存在感はあるけれど、弱々しくて体力不足の感が否めなかった。 大きな破綻はなかったけれど、小さいミスがちょこちょこと・・・。 特にローズアダージョでは、彼女の緊張が見る側にも伝わってきて、「しっかり!!」と声をかけたくなるような手に汗握る応援モード。 もっと自信を持って堂々と踊って欲しかった。別の日に踊った新人の川村真樹が、 初役どころか全幕初主役なのに、落ち着いて笑顔が自然な、それはもう立派なデビューだったと絶賛されたので、 うかうかしていると追い越されてしまいます。 真忠久美子さん!!、先輩の意地で、頑張って欲しいと思います。
ピョートル・チャイコフスキー作曲:バレエ「眠りの森の美女」
芸術監督:牧阿佐美、オレグ・ヴィノグラードフ
振付:マリウス・プティパ、改訂振付:コンスタンチン・セルゲーエフ

オーロラ姫:真忠久美子、王子:山本隆之
リラの精:西川貴子
フロリナ王女:島添亮子、青い鳥:冨川祐樹
指揮:エルマノ・フローリオ、管弦楽:東京交響楽団
2007年2月4日 新国立劇場大ホール
この公演の評がありました。→こちら

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