1960年代の終わり頃から1970年代のはじめにかけて、NHKでは正月に、「新春バレエコンサート」とか「今年のホープ」とかの題で、日本のバレリーナ達の踊りをよく放送してくれました。小林紀子さん、松山樹子さん、、牧阿佐美さん、大原永子さん達が、ブラウン管の中で踊っていました。なんでもバレエ好きのプロデューサーが居て、この人のおかげでバレエの番組が多く放送されたのですが、この人がNHKを退社した途端バレエの放送が少なくなってしまったそうです。
こんな中で、松山樹子さんが、「眠りの森の美女」の「ローズ・アダージョ」を踊ったことがありました。「ローズ・アダージョ」のアチチュードのバランスは、クラシックバレエで最も至難な踊りの一つと言われていますが、私は、この時の松山さんの踊りをはっきりと覚えています。バランスの部分で松山さんは、脚をあまり高く上げていないものの、上半身をまっすぐに伸ばし、オーロラ姫の気品が感じられるように工夫して、僅かな上体の揺れを懸命に堪えて、ポアントでアチチュードしたままバランスを取り続け、時間がとまったかのようでした。
ローズアダージョのバランスは、どんなにベテランのバレリーナでも緊張する大変難しい踊りですが、松山さんは、来日したフォンティーンの完璧なバランスを見てショック受け、徹底的に研究してこの難技に挑戦したとのこと。
彼女は自身の著書「バレエの魅力(講談社)」で、次のように語っています。「フォンティーンは、それほど高く脚をあげているわけでもないのに、美の極致の表現をみせました。ところが、私たち日本人の踊り手がこのポーズをとると、自分の短い脚をカバーしたいがために、必要以上に高く脚を上げようとしがちです。そのため、バランスをとるのが非常に難しくなってしまいます。フォンティーンの踊りを見てから、私は『踊り方を考えなくてはならない』と真剣に悩みました。そして日本人の体型にあったポーズについて、それこそ夜も眠らずに考え続けました。ちょっとした腕の使いよう、手指の伸ばし方、首のかしげ方などによって、実際よりも何センチか長くみえるという工夫もしました。少しでも美しく、少しでも完璧に、という思いで、一生懸命でした」。
この放送でも、『踊り方を考えなくてはならない』という松山樹子さんのこの努力が伺えました。上半身をまっすぐ伸ばし、必要以上に脚を高く上げてバランスをくずさないように気をつけて、少しでも長くバランスをとり続けるたい・・・という思いが、踊りに現れていました。上体がわずかにぐらついてバランスが崩れそうになったとき、「なにくそ!!」と懸命に揺れを堪えて立て直した、樹子さんの険しも美しい表情が忘れられません。
松山樹子さんが率いてきた、松山バレエ団は、2004年で創立56年だそうです。
松山樹子さんは一線を退き、バレエ団の運営は、弟子であり嫁でもある森下洋子さんに譲っています。
でも、松山バレエ団を一流のバレエ団に、また森下洋子さんを世界のプリマに育て上げ、「白毛女」のような意欲的な作品も手がけ、半世紀以上も日本のバレエ界をリードしてきた彼女の功績は、大いに尊敬に値するもの偉大なものだと思います。
松山樹子さんの「気の遠くなるような厳しい訓練の日々を経てこなければ、満足な美の表現は出来ません。そうしてやっと獲得した美も、踊りの一瞬一瞬の動きのうちに消えてしまう。バレエは瞬間芸術なのです。」(バレエの魅力:講談社)の言葉に、瞬間の美を追い求めて来た、 彼女の全てが表されているように思います。 |
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