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眠りの森の美女〜ローズアダージョ:森下洋子、ウィーン国立歌劇場バレエ   (2011.9.22)
ローズアダージョは、16才になったオーロラ姫が、4人の王子から求婚されバラを受ける場面。 バレリーナがつま先でたったままサポートの男性の手を離して長くアチチュードのバランスを取り続けるところは、 クラシックバレエの中で最も至難な踊りのひとつとされています。 You Tubeで、素晴らしいローズアダージョの映像を見ました。踊っているのは森下洋子。 1983年、森下洋子がウィーン国立歌劇場バレエ団のソウル公演にゲスト出演したときのもの。 30台後半の彼女が最も油の乗り切っていた頃の映像で、絶妙なバランスが見られます。
 
森下洋子は、ローズアダージョの最初のバランスでは、支えの腕がギクギクしてバランスがなかなか決まらないようで、笑顔を忘れ表情は強張っていましたが、徐々に調子が出てきて、 終盤のプロムナードに続くバランスは見事に決めました。 あまり脚を高く上げていないものの、上半身をまっすぐ伸ばし、驚異的な安定感で客席を沸かせたポワント。 高々とアンオーまで手を挙げて、ビクともせず楽々と静止。そのままずっとアチチュードしていそうなくらい素晴らしいバランスでした。 手を離すのが精一杯で、グラグラしながら必死に揺れを堪えたり、手を離せなくて次の王子の手に横滑りしてバランスを端折るダンサーもいますが、 いかにも未熟という感じで興ざめですが、森下洋子のバランスの良さは本物。稽古の賜物でしょう。 その後、ゆっくり手を下ろし、今までうつむき加減だった顔をすっと上げて、僅かに口を開いて、次のサポートの王子にニコッと微笑みながら手を握るのです。
この場面、ベテランのバレリーナですら、恐怖で表情が険しくなりがちですが、 森下洋子は、「軸の足をきっちりセンターにとるように」心がけていて(バレリーナの羽ばたき(ゆまにて出版))、トゥでのバランスに絶対の自信が有り、 柔和な笑顔を保ち続けるほど心に余裕があったからでしょう。極め付きは、4人目の王子の支えの手を慎重に離し、グッと堪えて長〜い長〜いバランス。 勝ち誇ったような満面の笑み。これはすごい技術だと思います。 4人の王子たちも、がっしり握るというより、そっと支えるという感じで、森下の美しいポーズに思わずうっとりしていたよう。 金管と打楽器がフルボリュームで鳴り響く、このクライマックスを完全に自分のものにしてしまったという感じです。観客からは怒涛のような拍手が起きました。
森下洋子の母であり師である松山樹子さんは、自著「バレエの魅力(講談社)」で、次のように語っていました。 「ローズアダージョでフォンティーンは、それほど高く脚をあげているわけでもないのに、美の極致の表現をみせました。私たち日本人がこのポーズをとると、自分の短い脚をカバーしたいがために、必要以上に高く脚を上げようとしがちです。そのためバランスをとるのが非常に難しくなってしまいます。フォンティーンの踊りを見てから、私は『踊り方を考えなくてはならない』と真剣に悩みました。そして日本人の体型にあったポーズについて、それこそ夜も眠らずに考え続けました。ちょっとした腕の使いよう、手指の伸ばし方、首のかしげ方などによって、実際よりも何センチか長くみえるという工夫もしました。少しでも美しく、少しでも完璧に、という思いで、一生懸命でした」。 森下洋子は、松山樹子から、この踊り方を伝授されたに違いありません。彼女の踊りにも、小柄な体型を少しでも美しく見せたい、完璧なバランスを見せたいという努力が伺えました。これが、上半身をまっすぐ伸ばし、少しでも長くバランスを保っていられるように、あまり脚を高く上げずに・・・という踊り方になったのでしょう。
 
このソウル公演では、王子役はルドルフ・ヌレエフだったようで、第3幕グラン・パ・ドゥの映像も見ることができましたが、ヌレエフの踊りは、若い頃、マーゴ・フォンティーンと踊ったときのような、力強さが感じられませんでした。森下洋子も、見所のフィッシュ・ダイブのところなど、ヌレエフに負担をかけまいと、遠慮してダイブしているような気遣いが感じられました。彼はこの頃からエイズに侵され、体力的に衰えはじめ、10年後に亡くなってしまうのですが、おそらく、森下洋子がヌレエフと踊った、最後の「眠りの森の美女」でしょう。どこかにこの公演の全幕の映像が残っていたら、DVD等で発売されることを望んでいます。

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