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眠りの森の美女(全幕):松山バレエ   (2004.10.24)
  森下洋子さん、オーロラ姫を熱演

松山バレエ団公演の「眠りの森の美女」を観てきました。オーロラ姫は、森下洋子さん。 実は、私は森下洋子さんのオーロラ姫は、「眠りの森の美女」の一部がテレビで放送されたり、バレエ・コンサートでパ・ド・ドゥを見たりしたことがありますが、全幕通して生で見たのは今回が初めてなのです。 私は、古典バレエの中で、この「眠り・・・」が最も好きです。古典バレエで、ヒロインのバレリーナが最も輝くと言われるこの「眠り・・・」。逆に言えば、「眠り・・・」ほど、バレリーナにとって過酷な役は他にないでしょう。 第一幕から第三幕まで出ずっぱりで、第一幕のローズアダージョ、第二幕の幻想の場、第三幕のパドドゥと、主役は休む暇もありません。50歳後半の森下洋子さんが、16歳の少女から妻となるオーロラ姫をどう演じるか、絶対に見逃せないと、楽しみにしていました。 この過酷な役を、森下洋子さんは、ローズアダージョから最後のグラン・パ・ドドゥまで、疲れた様子を微塵も感じさせず、見事に踊りきったのは、さすがです。前の方の下手よりの良い席だったので、舞台の森下さんの息づかいまで聞こえるようで、3時間があっという間に過ぎてしまいました。
 
以下に、物語にそって感想を述べます。
まず、プロローグ。リラの精は、斉藤玲さん。スリムで均整のとれた体のラインがとても綺麗。お伽の妖精によく合っています。このリラの精は難しい役だと思います。妖精たちのリーダーとしての威厳も必要ですが、あまり立派すぎると、オーロラ姫がかすんでしまいます。斉藤さんは、華やかな踊りの中に、優雅な気品が漂い、オーロラ姫を守る妖精の女王にふさわしい役作りでした。ソロでは難しいイタリアンフェッテを見事に決めて、観客の拍手を誘いました。
第一幕、花輪のワルツが終わって、いよいよ、オーロラの登場です。4人の王子達の前に、キラキラと輝く様な森下洋子さんのオーロラ姫。オーロラ姫は、演じる人を選ぶ役柄だと言われますが、森下洋子さん、容姿は大変可愛らしくて、表情も豊かでチャーミング。16歳の少女そのもので、とても50半ばとは思えません。そして、何より、指先から爪先まで、踊りと音楽が充ちている、という感じです。
見せ場のローズ・アダージョ。前半は調子が出なかったのか、バランスも短く平凡でしたが、後半のプロムナードに続くバランスは見事でした。あまり脚を高く上げていないものの、驚異的な安定感で客席を沸かせたポワント。そのままずっとアチチュードしていそうなくらい素晴らしいバランスでした。手を離すだけで精一杯で、グラグラ揺れる上体を必死に堪えてバランスをとっているダンサーも多い中、高々とアンオーまで手を挙げて、しかもピクリともしません。この後、ゆっくり手を下ろし、サポーターの手をつかむように見せかけて、サポーターが差し出しているその手の少し上で手を止めて、今までうつむき加減だった顔をすっと上げてにこっと笑いかけてから手を握るのです。そして最後に四人目の王子の手を離して、長〜い長〜いアラベスクのバランス。これはすごい技術だと思います。指揮者も森下さんに合わせてタクトを止めて、思い切り音楽を引っ張っていました。金管と打楽器がフルボリュームで鳴り響く、このクライマックスを完全に自分のものにしてしまったという感じです。観客からは怒涛のような拍手が起きました。 森下洋子さんの母であり師である松山樹子さんは、自著「バレエの魅力(講談社)」で、「ローズアダージョのバランス」について、次のように語っています。 「フォンティーンは、それほど高く脚をあげているわけでもないのに、美の極致の表現をみせました。私たち日本人の踊り手がこのポーズをとると、自分の短い脚をカバーしたいがために、必要以上に高く脚を上げようとしがちです。そのためバランスをとるのが非常に難しくなってしまいます。フォンティーンの踊りを見てから、私は『踊り方を考えなくてはならない』と真剣に悩みました。そして日本人の体型にあったポーズについて、それこそ夜も眠らずに考え続けました。ちょっとした腕の使いよう、手指の伸ばし方、首のかしげ方などによって、実際よりも何センチか長くみえるという工夫もしました。少しでも美しく、少しでも完璧に、という思いで、一生懸命でした」。 森下さんは、松山樹子さんから、この踊り方を伝授されたに違いありません。森下さんの踊りにも、小柄な体型を少しでも美しく見せたい、完璧なバランスを見せたいという努力が伺えました。これが、上半身をまっすぐ伸ばし、少しでも長くバランスを保っていられるように、あまり脚を高く上げずに・・・という踊り方になったのでしょう。
オーロラ姫のヴァリエーションを終え、そして、カラボスの毒牙に倒れる場面。森下さん、全力投球の迫真の演技。ジーンと胸が熱くなりました。毒が回って横たわった体の胸は、大きく波打っていました。
第二幕幻想の場を経て、第三幕結婚式。この中では、青い鳥のパドドゥが特に印象に残りました。フロリナ王女は平元さん、青い鳥は鈴木正彦さん。二人ともとても清清しさに満ちた軽快な踊り。鈴木さんのジャンプは高く一糸乱れなかったし、平元さんの一瞬息を呑む決めのポーズはとても美しかった。
そして、森下洋子さん、清水哲太郎さんのグラン・パ・ド・ドゥ。森下さんは、アダージョでは、見せ場のフィッシュダイブを三度ともぴたりと決め、アダージョ最後では、再び長〜いバランスを決めました。森下さん、バランスには絶対の自信を持っているようです。再び、観客の大きな拍手を誘いました。
フィナーレの幕が下りて、ブラボーの嵐の中、カーテンコールは何度も何度も続きました。
 
ところで、この「眠り・・・」、森下洋子さんの熱演に大満足と言いたいところですが、贅沢かもしれませんが、いくつか気になるところもありました。
まずは、もう一度、森下洋子さん。彼女は、アダージョなど、ゆっくりとした動きやバランスは、先に書いたように、誰も真似できないくらい素晴らしいのですが、ヴァリエーションやコーダでのジャンプは・・・・・、辛そうに感じてしまったことは否めません。足はあまり高く上がらなかったし、ジャンプも低かった・・・。 でも、これは、50歳半ばを超えた彼女のことですから、仕方がないでしょう。50歳を超えてなお現役のバレリーナは、世界広しといえど、森下さん以外には居ません。 バレリーナは、30台でピークを迎えます。そして、肉体的な理由で、大部分は40歳過ぎにやめてしまいます。 パリ・オペラ座では、40歳を定年としている位なのです。それにしても、森下洋子さん、どこにこんなパワーがあるのでしょう。森下洋子さんが、今もなお現役で踊っておられるのは、ギネスブックものですし、尊敬に値するものだと思います。いつまでも元気で私たちに夢を与えてくれる天使でいてほしいと思います。
同様に、清水哲太郎さんも、ジャンプが低く、かなりきつそうなのが気になりました。
次にリラの精の踊りが少なかったこと。プロローグの終わり頃、リラの精が、クラシック・チュチュからドレスに着替えた以降、マイムだけで、全く踊らないのです。これは頂けません。ぜひ、他のバレエ団の演出のように、チュチュを身につけて、トゥを履いて、一幕、二幕も続けて踊って欲しいものです。
それに、舞台装置もダンサーの衣装も、やや豪華すぎるようで、私の好みには合いませんでした。もっとあっさりとしたほうが、このペローのお伽噺には合っているように思います。
また、今回に限ってなのかもしれませんが、3時間以上の長編なのに休憩が一幕と二幕の間に一回だけというのは・・・、チョット。通常は、プロローグと一幕の間、二幕と三幕の間にも休憩があります。 舞台をスピーディーに進めたいという意図でしょうが、プロローグから一幕終わりまで一時間半連続は、見る方も疲れました。
 
ともあれ、森下洋子さんの至芸と魅力に酔いしれた、素敵なステージでした。
 
  松山バレエ団「眠りの森の美女」(全幕)
  オーロラ姫:森下洋子、フローリムント王子:清水哲太郎
  リラの精:斉藤玲、カラボス:中村千絵
  フロリナ王女:平元久美、青い鳥:鈴木正彦
  演出・振付〉 ルドルフ・ヌレエフ
  指揮:河合尚市、管弦楽: 東京ニューフィルハーモニック管弦楽団
2004年10月23日、神奈川県民ホール

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