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森下洋子さんの「ドン・キホーテ」    (2004.2.11)

バレエ「ドン・キホーテ」の珍しい映像があります。
1986年に東京文化会館で行われた松山バレエ団公演の録画で、NHKテレビで放送されたものです。主演は、森下洋子さんと清水哲太郎さん。演出・振付は、ルドルフ・ヌレエフです。
 
この演出の特徴の一つとして、第二幕第一場にキトリとバジルのパ・ド・ドゥが挿入されていることがあげられます。第一幕のスペインの広場の情熱的な雰囲気から、一転、二人の叙情的なパドドゥとなり、これが過ぎると、再び、ジプシーの踊り、そしてクラシックバレエならではの幻想の場、そして第三幕のお祭り・・・と、次々と場面の転換の面白さを味わえます。
結果として、主役の森下さんは、第一幕と第二幕第一場ではパ・ド・ドゥ、第二幕第二場ではドルシネア姫、そして第三幕ではグラン・パ・ド・ドゥと、ほとんど出ずっぱりということになり、かなりの重労働を強いられることになります。よほど、力の配分をうまくしないと、後半は疲れてしまうでしょう。
 
この映像は、1986年の録画ですから、森下洋子さんが、30代後半の頃のものです。彼女は、一昨年から昨年にかけて、バレエ暦50年のイベントをこなされ、昨年松山バレエ団の代表になられました。そして今も、現役で精力的に活躍されていますが、この「ドン・キホーテ」を踊られた頃が、最も脂の乗りきっていた頃ではないでしょうか。全幕に出ずっぱりという体力的にも精神的にも過酷な演出にもものともせず、素晴らしい踊りを見せてくださったのだと思います。
 
第一幕の森下洋子さんは、キトリの気取った感じと、バジルをからかっているような大人っぽさを上手に表現し、それに彼女得意の軽快なステップがひときわ冴えて、見事な踊りです。バジルに高々と上げられたリフトもバッチリときまり、観客の拍手を誘いました。
そして第二幕叙情的なパ・ド・ドゥをしっとりとした美しさでこなし、第二場幻想の場、(私が最も好きなのはこの場面です)、ここでの森下さんのドルシネア姫は、本当に可愛らしかった。、ドンキホーテの夢の中のお姫様そのものという感じで、素敵でした。
 
第三幕、お目当てのグラン・パ・ド・ドゥ。でも、このアダージョ、なぜか、森下さんの表情が硬いのです。それに、見せ場のアチチュードのバランス、彼女にしては、以前見たものに比べるとやや短く(と言っても、他のダンサーよりもずっと長いのですが)、余裕が感じられなかったし、フィニッシュ近くのバランスも、わずかにグラつき、短くなってしまいました。アダージョを踊り終えてのレヴェランス、納得いかなかったでしょうか、森下さんの表情には笑みがありませんでした。
でも、清水哲太郎さんのバジルのヴァリアシオンが終わり、続くキトリのヴァリアシオンでは、にこやかな笑顔が戻っていました。そして、コーダでは32回のグランフェッテは一糸乱れず、さすがでした。パ・ド・ドゥを踊り終えてのレヴェランス、大きく肩で息をしながら、ホッとした森下さんの笑顔、本当に美しかった。
 
1990年代の中頃までは、NHKは、この「ドン・キホーテ」をはじめ、日本のバレエ団やダンサーの公演を、たくさん放送してくれていました。しかし、その後、プロデューサーが変わったとかで、日本人ダンサー出演のバレエの放送は、極端に少なくなってしまいました。
今や、日本人ダンサーは、少しも世界に引けを取りません。ぜひNHKが、優れた日本人ダンサーや日本のバレエ団の公演を、もっと放送してくれることを望みます。

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