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眠りの森の美女:下村由理恵、篠原聖一、茨城県芸術フェスティバル   (1999.11.25)

1998年頃の茨城県芸術フェスティバルの「眠りの森の美女」の映像があります。地元の子供達をコールドにした茨城県での公演に、下村由理恵と篠原聖一が主演した時のものです。このビデオは、友人の熱心な下村由理恵ファンから頂きました。 彼女は、下村由理恵の踊りについて「すごく品があって、丁寧で、可愛らしくて。由理恵さんは独特の『少女らしさ』のようなものを持っています。この『眠り』は本当に当たり役ですよね!《と語っておりました。下村由理恵は、小柄で華奢な体。バレリーナとして恵まれている体系ではないのですが、かわいい印象の中に凛とした雰囲気。初々しくて、チャーミングで、指の先まで優雅です。テクニックの派手さはありませんが、とてもしなやかで、しっとりとして、気品に満ちて、オーロラの雰囲気をすべて持っているように思います。特にローズアダージョはピンクのチュチュがよく似合い、今にも崩れそうなバランスを必死に堪えている健気な姿に、思わず「頑張って!!」と応援したくなります。 下村由理恵の舞台から私がいつも感じるのは観客への誠意です。必死に観客の期待を裏切るまいと頑張る誠実さです。必ずしも本調子ではないな、と思うときでも、懸命に頑張っているのが、肌で伝わってくるのです。 今回も、体調がよくなかったとかで、ハラハラしたところがありましたが、険しい表情の懸命な踊りに心を打たれました。自然ににじみ出る性格の良さなのでしょうか。
  
下村由理恵は『オーロラは、登場した瞬間、観客にオーロラだとわかってもらわなければなりません。 登場する瞬間は、何も考えず力を抜いて出ていきます。第一幕は、ローズアダージョが終わるまでは緊張します。 やはり四人の王子との呼吸が難しい。』(ダンスマガジン)と言っていましたが、この時も笑顔を見せる余裕が無いほどの緊張が感じられました。 でも、佐々木涼子氏の言ったように『下村由理恵の階段を軽やかに駆け下りてくる足取りにこそ、 今回のオーロラの素晴らしさが予見されるものだった』ようです。 ひとしきり踊って、四人の王子とのローズ・アダージョ。まず出だしの四人の王子に支えられたバットマン・デヴェロッペのバランス。 ただ、これは??。上げた脚が120度にも満たないくて美しくない。いかにも手抜きという感じで頂けない。180度近くとは言わないまでも、せめて150度位までは脚を上げて欲しいと思います。
そして最大の難関で、自ら、四人の王子との呼吸が難しいと言っていたアチチュードのバランス!!。 ハラハラして手に汗を握るところもありましたが、下村由理恵は、このバランスに拘りがあるようで、 自分が出来るギリギリまで引っ張ったのには感動しました。この難しい踊りに賭ける彼女の意欲を感じました。 前半はアチチュードのバランスがなかなか決まらないようで、王子の手を握った腕がぐらぐら揺れて、なかなか手を離せない。 意を決して1人目の王子から手を離しアンオー近くまで上げた途端、バランスを崩して後方へ大きくグラリ、 後ろへ伸びた左足が地に着きそうになり、『ヤバい!!。堪えて』と思わず叫びたくなった。 この場面でよろけて、たまらず足を着いてしまったバレリーナを見たことがありますが、 そこが『私は本番に強いのよ!!』とサラッと言ってのける下村由理恵の度胸のよさ。 一瞬険しい表情を見せたものの、必死に堪えて立て直し、しっかりと次の王子の手につかまりました。 2人目もややぐらついたけれど落ちついて無難にこなし、3人目になって会心のできという感じで、長く決まったバランスに笑みがこぼれました。

『危ない!!。堪えて』

     
その後、徐々に調子を上げ、ローズアダージョ最後のアチチュード・アン・プロムナード。ここでは下村由理恵は意地を見せました。 2人目、王子の手を離して、長〜くバランスを保ってから、ゆっくりと、ふわっと次の王子の手を握ったのは流石です。ガシッと握るのではなく、 本当に優雅。うっとり見とれてしまいます。 そして3人目の王子の手を離してからのバランスが凄い。4人目の王子は『いつでも掴まっていいよ!!』と手を差し出して待っていたのですが、 下村由理恵はいっこうに手を降ろさない。上体はグラグラ、軸足はギクギクとかなりふらつき、今にも倒れそうになったけれど、 『堪えるのヨ、耐えるのヨ、持ちこたえるのヨ』と険しい表情で、歯を食いしばってバランスをとり、ず〜っと一人で立ち続けました。ど根性です。 結局、最後まで4人目の王子の手に触れず、そのままフィニッシュのアラベスクへとへと繋げていったのです。 4人目の王子に掴まってからアラベスクというだけでも大変なのに、手を下ろさずじっとバランスをとり続けるのは並大抵のことではないでしょう。 ハラハラと固唾をのんで観ていも方も、『うまくいって良かったね!!』とぐったり、力が抜けたようでした。 踊り終えた彼女、さすがにホッとしたのでしょう、胸には滲み出た汗が光っていました。 でも、これほどの緊張の中でも、柔和な笑顔を見せて懸命に頑張ったのはサスガだと思います。 笑顔も技術のうちでしょう。魅せようというプロとしての意欲に溢れていました。
懸命にバランスをとり続ける下村由理恵の姿には、観客に自分を限界を見せようとする意気込みを感じます。「決めるんだ!!《という意欲がひしひしと感じられ、彼女のひたむきさ、誠実さにうたれます。 鳴りやまぬ拍手の中、レヴェランスで見せた満面の笑みは、至難な場面を無事こなした安堵感と、理想の技をやり遂げた誇りに満ちて、なにものにも代え難い感動的なものでした。続く、ローズアダージョのバリアシオン〜鍼に刺されて倒れるまでも、汗びっしょりになっての懸命の熱演で、彼女の息づかいが伝わってくるようでした。
ただ、この下村由理恵のバランス、技術的には流石なのですが、『なにくそ崩れてなるものか』と無理矢理の堪えている感じが鼻について、美しいとは思えないのです。 実際、次のような見方もあります。 「下村由理恵は、力の配分が上手で、終始、柔和な表情を失わなかったのは立派だったが、いやなのは、バランスの部分にさしかかると、客席が妙に緊張すること。 そうなると物語りもバレエもそっちのけ、まるでオリンピックみたいに肩怒らせた判定モードになる。あまり趣味のいいことではない」 (佐々木涼子:ダンスマガジン2000/5(新書館))。
ケネス・マクミランの未亡人のデボラ・マクミランは 『原版を振付けたプティパという人は少しばかりサディストだったのではないかと思います。かわいそうなオーロラ!』と言っていたそうです。 プティパが、本当にサディストだったか知りませんが、デボラ・マクミランの言葉は、ローズアダージョを踊るバレリーナは、ポアントでの極限の平衡感覚と、 背骨と腰の負担を強いられるだけでなく、バランスの崩壊〜破綻という恐怖に苛まれて、精神的な辛さも強いられるということを意味していると思います。 ということは、プティパは、グラグラ揺れる上体の建て直しに苦しみながら、「倒れてなるものか《と必死に持ちこたえてバランスをとり続けるという 『上安定の安定』の美しさを、ローズアダージョを踊るバレリーナに求めていたように思います。 ローズアダージョのバランスは、『すごいでしょ!!』と言わんばかりに、長ければ長いほど良いよいという訳ではなく、長すぎると鼻について嫌味にさえ思えてしまうということでしょう。
第三幕パ・ド・ドゥは、ご主人の篠原聖一のサポートを信頼しきって、パ・ド・ドゥはこうでなくちゃと思わせる微笑ましい踊りです。グラグラ揺れて今にも倒れそうになりながらもギリギリまで保ったアラベスクのバランス。真剣な険しい表情が何とも魅力的。ここでも下村由理恵のバランスへの拘りを感じました。彼女自身「最近ちょっと余裕をもってプラス・アルファ出来ることが多くなってきた気がします《(ダンスマガジン)と語っていますが、このバランスの妙技、自信があるからこそ、また心技体とも最も充実しているからこそ可能なのではないでしょうか。
ただ、このパ・ド・ドゥで、目当ての3度のフィッシュ・ダイブを省いてしまったのは頂けない。また、見せ場のアラベスク・パンシェは、180度までいかなくても、もう少し頑張って足を高く上げて欲しかったと思うのは贅沢でしょうか。
 
ともあれ、この映像で、また一人、このうえなく魅力的なオーロラ姫に出会うことができました。 「眠り・・・」は、見るたびに新しい発見があります。 これだからこそ、私は、バレエ「眠りの森の美女《を観ることが、何よりも楽しみなのです。 下村由理恵のプロとしての意気込み感じさせる言葉が「バレリーナアルバム(新書館)《に載っています。引用させて頂きます。 「私、ダンサーは商品だと思うのです。だから相当魅力がないといけない。そのためには楽だけしていちゃだめ。辛い思いをすればするほど後で返ってくるものは大きいと思うんですよ《
    バレエ:眠りの森の美女
    1999年:茨城県芸術フェスティバル、水戸芸術館
    オーロラ姫:下村由理恵
    デジレ王子:篠原聖一

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