12月に入って、今年も各地でバレエ「くるみ割り人形」が上演されています。こんな中で、私は、スズキ・バレエ・アーツの公演に行ってきました。 スズキ・バレエ・アーツの「くるみ割り人形」は今回が3度目です。 スズキ・バレエ・アーツは、鈴木和子さんが主催する神奈川県の大船にあるバレエ研究所。鈴木さんは、指導者として定評があり、門下からは優れたバレリーナたちを輩出しています。 1970年にスズキ・クラシック・バレエ・アカデミーとして発足、1985年にスズキ・バレエ・アーツを創立してから、 毎年12月にはクリスマス定番の「くるみ割り人形」の全幕公演を行い、団員たちが舞台経験を出来るようにしているようです。元英国ロイヤルバレエ団の古谷智子、シンガポール・ダンス・シアターの清水さくら、英国ノーザンバレエの雨森景子等が講師をしています。

今年の金平糖の女王役は、ドイツ・ライン・オペラ・バレエで 活躍し今年帰国、現在スズキ・クラシック・バレエ・アカデミーの教師である滝井真樹子。 彼女の金平糖の女王を見るのは初めてです。実は3年前、私は、滝井真樹子の金平糖の女王を見に この「くるみ割り人形」を見に行ったのですが、開演ギリギリで劇場へ駆け込んでプログラムを見て唖然としました。 「金平糖の女王役は滝井真樹子が怪我のため、佐々木和葉が務めます。」だったのです。 滝井真樹子目当てで来たので、一瞬がっかりしたのですが、代役の佐々木和葉さんが頑張ってくれて、この日の舞台は、 とても素敵で、とてもよい気持ちになって劇場を後にしました。そんなわけで今回の滝井真樹子には、特に期待していました。

スズキ･クラシック･バレエ･アーツの「くるみ割り人形」は、こじんまりとしたアットホームで暖かな雰囲気です。 花形ダンサーを揃えた贅沢な「くるみ・・・」が多い中、私は、そんな雰囲気が好きなのです。 王子役は今井智也。近年活躍中の谷桃子バレエ団のプリンシパルです。ドロッセルマイヤー他の男性陣も、谷桃子バレエ団からの応援ですが、クララや雪の女王などのソリストやコールドバレエは、スズキ・バレエ・アーツのダンサーが務めました。

　

第１幕。冒頭は雪の降る街の風景です。序曲の演奏に乗って、クリスマス・パーティーに向かう家族連れなどが通っていきます。ドロッセルマイヤーがくるみ割り人形をかかえて走っていきます。続いて、クリスマス･ツリーを飾った部屋。クララは、森岡茉莉子さん。白いリボンがとてもよく似合う可愛らしいバレリーナ。おそらくクララは初めてなのでしょう、最初ややぎこちない感じがしましたが、すぐに舞台に溶け込んで、とても楽しそうに踊っていました。終始美しい笑顔で、踊りはとても綺麗でしたし演技も自然でした。 真夜中の部屋、ドロッセルマイヤーから貰ったくるみ割り人形を抱えて、クララは夢を見ます。 整然と行進するおもちゃの兵隊とちょろちょろと走りまわるねずみの大軍が一進一退の戦いを繰り広げます。くるみ割り人形の今井智也とねずみの王様の長清智の一騎打ち。くるみ割り人形が負けそうになり、クララがねずみの王様に自分のはいていたスリッパの片方を投げつけ、そのおかげでくるみ割り人形の勝ちとなります。くるみ割り人形は王子に変わり、王子はクララをお菓子の国に導きます。

　

第１幕終りの幻想的な雪のシーン。雪の女王は新井望さん。シンガポールダンスシアターで活躍中のダンサーです。 とても優雅で丁寧な踊りが美しかった。雪の精達のコールドバレエは、やや不揃いなところはあったものの、美しくしなやかでな踊りで、クララと王子を優しくお菓子の国へ導いて行きました。

　

第２幕。冒頭は、この舞台特有の海底の国。海の精と藻の精がゆらゆら揺れて王子とクララを迎えます。 二人をのせたゴンドラは藻の精の間をぬけて、お菓子の国に向かいます。 この演出はとても良かった。海の女王は小島恵美子さん。優雅な踊りが美しかった。

　

　

パートナーの今井智也、滝井真樹子さんのこの気持ちを察知したようで、「心配しないで、僕がついているから大丈夫だよ。」と言うように目で合図、彼女の緊張を和らげようとて気遣っているのがわかりました。 こんな今井智也を心の支えにして、滝井真樹子さん、懸命にプレッシャーと戦っていましたが、今井智也を頼りきっている様子も踊りにも現れていました。 冒頭のアチチュードプロムナードのバランスでは、滝井真樹子さん、支えの今井智也の手をギュッと握り、ギクギクするのを抑えていました。 でも、滝井真樹子さん、今井智也の手を離してグッと堪えて見事にバランスをキープ、はっとする一瞬の輝きがありました。 一瞬、観客席には波を打ったような静寂が流れました。

正面を向いて飛び上がる女性の骨盤を、後ろ向きの男性が両手で掴んで「グイ！」と持ち上げる通称「飛行機」リフト。今井智也、滝井真樹子さんを高々と頭上まで持ち上げてしっかりと静止。このリフト、女性は、客席に対して正面きっているから、エレベーターのように高くなっていき、女性はとても恐怖を感じるといわれていますが、滝井さん、空中で両手をアンオーまで挙げてニッコリ微笑んでいました。 かつて、川口ゆり子さんが、「リフトは男性に持ち上げてもらうのではなく、自分から浮かぶように心がける」と言っていたのを聞いたことがありますが、 滝井真樹子さんも、今井智也に負担をかけまいと、フワッとリフトされるように飛び上がった努力が感じられました。 パドドゥは男女二人の共同作業。息が合ってこそ美しく輝くものです。今回、二人の助け合いの気持ちが痛いほど感じられた微笑ましいパドドゥでした。パドドゥで女性が頼れるのはパートナーだけ。 今井智也の頼もしさと優しさに、滝井真樹子さん、安心したのでしょう。アダージョが終わる頃には、滝井さんの硬さも大分和らぎ、笑顔も覗くようになってきました。

滝井真樹子さんは初めてみましたが、ほっそりとして気品があり、踊りはたおやかで美しく、本当に素敵なダンサーです。 振りをこなすのが精一杯と感じたところもありましたが、それがかえって初々しく、懸命に踊る姿には感動を覚えました。

続いて王子のバリエーション。すぐ前のアダージョで女性のアシストの手を抜き、次のバリエーションの為に自分のバワーを温存するという男性ダンサーも見かけますが、今井智也はアダージョで全力投球で滝井真樹子さんをアシストしていました。でも、バリエーションでは、疲れも見せず、スピードのある跳躍などの見事な踊りを見せて、ブラボーの声と拍手を誘いました。体力も精神力も強い素晴らしいダンサーだと思いました。こういう人をダンスールノーブルと言うのでしょう。

続く金平糖のバリエーション。滝井真樹子さんは、ほぼ緊張が解けて、笑顔が覗くようになり、甘い、とろけるようなチェレスタの伴奏に乗って、愛らしい金平糖の精を踊りました。フィニッシュで僅かにトゥの先が乱れましたがご愛嬌。むしろ必死に堪える表情が魅力的でした。

最後のコーダ。滝井真樹子さん、すっかり緊張が解けて笑顔が輝いていました。今井智也と踊るのか嬉しくてたまらないという感じ。最後、「さあ、来い！！」と待ち構える今井智也めがけて、滝井真樹子さん、「行くわよ！！」とばかりぶっ飛んで飛び込むフィッシュダイブ。 僅かにタイミングがずれてハッとしたものの、今井智也は滝井真樹子さんをがっしりキャッチ。胸を反らして腕を大きく広げた滝井真樹子さんに観客は大きな拍手。滝井真樹子さんを抱き起こした今井智也が「無事終わったね!」と優しく微笑みかけると、滝井真樹子さん、それにこたえて感謝に満ちた眼差しで応えて・・・・。信頼しあったカップルという感じが微笑ましかった。それぞれが、しっかりと役割を果たし、お互いを讃え合っている、こんな素敵な場面を見ると、益々バレエが好きになります。レベランスで観客に応える二人の表情は、大きな仕事を成し遂げた満足感に溢れていました。

この「くるみ割り人形」の舞台は、贅沢な装置や衣装を備え、それに有名なキャストという大バレエ団に見られるような豪華な公演ではなく、いたって簡素です。でもそれがかえって品が良く爽やかでした。ただ、演奏は生ではなくレコードを使用。これは仕方がないにしても、音が悪いには閉口しました。とはいうものの全体的にはとても満足できた舞台でした。とりわけ、出演者達の熱意に打たれました。主役はもちろんソリスト、コールドバレエの一人一人に至るまで、日頃からの練習の成果を披露しようと、頑張って、舞台を盛り上げようと一生懸命なのが伝わって来ました。ダンサーの皆さん、裏方さん、「素敵な舞台を有り難う」と心から感謝の気持ちを抱きながら、鎌倉芸術館を後にしました。