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モーツァルト 交響曲 第38番 「プラハ」K.504    (2006.7.9)
 メヌエットがないニ長調の交響曲

モーツァルトは死の5年前の1786年の暮れに、ウィーンで一曲のシンフォニーを作曲しました。交響曲 第38番 ニ長調 K.504です。しかし、この曲はウィーンで演奏されることがなく、翌年1月プラハで初演されました。この為この曲は、のちに「プラハ」と副題がつけられました。
ウィーン時代のモーツァルトの交響曲がメヌエットの楽章を持っているのに対し、この曲にはメヌエットがありません。この為「メヌエットなし交響曲」とも呼ばれています。 メヌエット(minuet)とは、フランス起源の3拍子のゆったりとした舞曲のことで、ルイ14世の宮廷で流行したのちに交響曲に取り入れられました。 なぜ、モーツァルトがメヌエットを抜いたかには、舞曲的性格を避けた、プラハの慣習に従ったなどいろいろな説があり、いずれが正しいかは断定されてはいません。 私は、モーツァルトがメヌエットを除いたのは、この曲を彼がこよなく愛したプラハで演奏することを意識し、あえてウィンナワルツ的な楽風を避けようとしたのではないかと思っています。 モーツァルトがイタリア風シンフォニアからウィーン風の交響曲のスタイルを確立したのが第36番「リンツ」K425であり、これに続くこの第38番は、派手さがなく、他の交響曲はど演奏されないのですが、 交響曲をオペラの添え物でなく独立したものとした最初のものです。全ての楽章がニ長調からなる堂々たる楽風で、この後、有名な後期の3大交響曲、第39番、第40番、第41番が生まれました。
   第1楽章・・アダージョ・アレグロ (ニ長調) 
   第2楽章・・アンダンテ (ト長調) 
   第3楽章・・ブレスト (ニ長調) 
歌劇「フィガロの結婚」(K.492)の直後の作品であり、第3楽章には「フィガロの結婚」のスザンナとケルビーノ二重唱の旋律が使われています。 当時、プラハでは「フィガロの結婚」が大当たりで、その中で初演されたこの交響曲は大変な人気で繰り返し演奏されたそうです。
プラハ郊外のベルトラムカには、モーツァルトが幾度も訪れた場所があります。 ボヘミアの音楽家、フランツ・クサヴァー・ドゥシュコ夫妻の別荘で、 夫人のヨゼフィーナと親交のあったモーツァルトは、ここで、歌劇「ドン・ジョバンニ」(K.527)を作曲し、最後に滞在した1791年には、 ヨゼフィーナのために、アリア「ベラミヤフィヤマ・アティオ(さようなら。愛しき人よ)」(K.528) を作曲しました。 現在はモーツァルト博物館となっているそうで、近くプラハへ旅行するので、行ってみようと思っています。

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