東京バレエ団公演「白鳥の湖」を見てきました。マラーホフと吉岡美佳の絶妙のパートナーシップに酔いしれました。
やはり「白鳥の湖」は古典バレエの真骨頂です。一口に「白鳥の湖」といっても、振り付けによって、また物語の解釈によって、それに、主役のダンサーによって、違ってきます。これが一番大きいのですが・・・・。
だから何回見ても飽きないのです。ダンサーの個性は、その人にしか表現できない芸術ですから、味わい深いものを心に残してくれます。
今回のオデット・オディールは上野水香と吉岡美佳のダブルキャスト。この二人、共通点はスリムで日本人離れした恵まれたプロポーションに伸びやかな爪先。若い上野水香は180度を超える開脚のアラベスクや32回のグランフェッテを楽々とこなす技巧的な踊り、かたや、吉岡美佳は、技術を表面に出さない透明感のあるしっとりとした叙情的な表現が魅力。白鳥の湖では、上野水香が黒鳥オディール、吉岡美佳が白鳥オデットのイメージでしょうか。動の水香、静の美佳といった正反対のスタイルです。
この春、牧阿佐美バレエ団から移籍した珍しさも手伝ってか、前評判は、上野水香が勝っていたようです。上野水香出演の日のチケットが、早々と売り切れていました。
でも私は、迷わず吉岡美佳出演の日を選びました。吉岡美佳を初めて見たのは6年ほど前、「眠りの森の美女」のオーロラ姫。サポートの王子に微笑みながらの長〜い「ローズアダージョ」のバランスは、この世のものとも思えぬ美しさ、はっと息をのみました。彼女の周りにふわっと漂うような優しさ、育ちの良さを感じさせる慎ましやかさと気品、均整のとれた細くしなやかな体のライン、優美な仕草。一目でファンになりました。
アートを超越した美しさでした。会場からも感嘆のため息が・・・。ほんとうに見とれてしまいました。私がバレエが好きなのは、世俗的な日常で忘れがちな気品というものをやさしく見せてくれるからです。
吉岡美佳は、この「気品」を備えた数少ない舞姫の一人です。
群舞中心の第一幕が終わり、第二幕、いよいよ吉岡オデットの登場。ステージでの吉岡美佳は、ほっそりとして、なんとも愛らしい。でも、痩せているからと言ってギスギスした硬さはなく、とてもしなやかで、しっとりとして気品に満ちています。
吉岡美佳は、派手にテクニックを見せびらかすようなことはしません。むしろ、地味で、じっくり踊り込むタイプです。目当てのグラン・アダージョ。役に懸命に取り組んで、誠実な踊りを見せてくれました。以前、パートナーのマラーホフをして、「互いに舞台で高めあう理想的なパートナー」と感嘆させたという彼女。二人の息はぴったりでした。
マラーホフは、美しい爪先のカーブ、足音のしない、ふわっと空にとどまるような高いジャンプ、マイムや顔の表情など、すみずみまで丁寧な表現で、品があり、高貴なデジレ王子そのものでした。
マラーホフと吉岡美佳に共通していたのが腕の動きの美しさでした。足の美しさがよく言われるマラーホフですが、腕の美しさもそれに劣らず、彼の表現の大きな要素になっていると思います。長い手の先のひらりとした動きが、ジャンプを一層大きくやわらかく美しいものにしていました。マラーホフは、サポートがとても上手です。背の高い吉岡美佳をデリケートに、しかもしっかり支え、吉岡さんに不安を抱かせまいとしているのがよくわかりました。
吉岡美佳も、アダージョでは彼に完全に身を任せ、安心しきって踊っていました。マラーホフに力強く支えられて、彼女の透明感のある叙情的な表現力は、一層魅力を増してきたように思いました。かつて、マラーホフは心配のあまり、神経過敏になっていた吉岡さんに「美佳、そんなに緊張しないでいいよ。何が起っても僕が君を助けてあげるから・・・」と吉岡さんをリラックスさせたそうな。力強いサポート、女性を輝かせるパートナー、まさにダンスールノーブルだと思います。
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第三幕、その繊細で慎ましやかな吉岡美佳はオディールは似合わないと思いきや、どうしてどうして、とても魅力的でした。
吉岡美佳のオディールは誘惑〜誘惑・・・という感じではなく、むしろクールですが、これがとても良い感じなのです。第二幕同様、優雅で、テクニック的にも申し分なく、透明感ある素敵なオディールでした。
特に素敵だったのは女性のヴァリエーション。とても端正で気品に満ちて目を離せませんでした。トゥで立って、エカルト・ドゥヴァンでグッと堪えたバランスやグラン・バットマンで思い切り高く脚を挙げたポーズの美しさには惚れ惚れしました。
コーダでの難しい32回のグランフェッテ、後半やや回転が音楽に遅れ気味で足元がずれて今にも崩れそうで、はらはらしたところがありましたが、これはむしろ指揮者に問題がありそう。吉岡美佳は、歯を食いしばって、必死に音楽に追いつこうしていて痛々しいくらい。指揮者はもっとよく吉岡美佳の動きを見て指揮をしてくれないと困る。
それでも吉岡美佳は懸命に頑張って32回転を破綻なく終えたのは偉い。ホッとして思わず毀れた笑みが美しかった。最後は思い切って180度を超えるまで足を上げたアラベスク・パンシェでフィニッシュ、満場の拍手を誘いました。
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吉岡美佳はオディールでは、全体にタメを大きく取って緩急を付けた決め方や、アラベスクでは180度まで足を上げるなど、幾分、派手な印象を受けました。
このあたりは、上野効果ともいうべきでしょうか。キャラクターの異なる上野水香が入団し、先輩格の吉岡美佳も負けるものかと少なからず意識しているのでしょう。
シルビー・ギエが「エレガンスのかけらも無い」と言われているように、私は上野水香やシルビー・ギエによってバレエが変わると思わないし、クラシックのスタイルでしか表現できない、節度をわきまえた美しさがあるので、無理に脚を垂直に上げないようにすることも必要でしょう。
とは言え、気品を失わない程度に冒険し、競い合って、お互いの技が高まっていくことは良いことだと思います。
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そして第四幕、悪魔が滅び、真実の愛が勝利をもたらす。永遠の愛を誓い合って抱き合うオデットと王子。吉岡美佳とマラーホフ、これほど相応しいカップルはないだろうと思わせるほどの感動的なフィナーレでした。
主役の二人以外では、道化の古川和則が、見事な跳躍と回転など、とても良い味を出していて、拍手を誘っていました。
ただ、いくつか気になった点があります。まず、白鳥たちのコールドバレエは、とても良く揃っていて綺麗でしたが、トゥシューズの靴音がとても大きかった。これは、是非直して欲しい。また、第三幕、マズルカなど、各人が揃っていなかった。東京バレエ団のコールドは定評があったのですが、どうしたのでしょう。
それに、オーケストラが良く音をはずしました。 特に、第三幕、オディールのパ・ド・ドゥのアダージョ。肝心の第一ヴァイオリンのソロが数回音をはずしていました。これは頂けません。ステージで精魂込めて踊るマラーホフと吉岡さんに気の毒です。 それに、先にも書きましたが、指揮者がステージにお構いなしに、ぐいぐいとオーケストラを引っ張っていたこと。 特に顕著だったのは、オディールの32回のグラン・フェッテ。音楽がどんどん進んでしまい吉岡美佳が必死に追いかける感じになっていました。これではダンサーが気の毒。 舞台のダンサーと、音楽が調和してこそ、良いステージになるのだから、指揮者はダンサーをよく見て、ダンサーが踊りやすいようオーケストラを導いて欲しいものです。 かって、吉岡美佳がインタビューで「舞台上は華やかに見えるバレエ。でも裏では怪我も大きく、レッスンも過酷です。たた、その辛さがあるからこそ、表面だけではなく、奥深い美しさが演じられると思うんです。」と言っておられた記事を見たことがあります。 苦手なパートでも、自分で納得いくまで練習すると自信を持って踊ることが出来るそう。このストイックな精神こそが、吉岡美佳の美しさを際だたせているのでしょう。「白鳥の湖」は主役の女性ダンサーにとって、心身共にとても過酷な演目だと思います。二幕は白鳥オデット、三幕は黒鳥オディール、そして四幕は再びオデットと、続けて出演しているのですから、休憩中は着替えるだけでも一苦労、休む暇もないでしょう。 「眠りの森の美女」と同様、踊るものにとって最も辛い古典作品の一つと言っても良いでしょう。 それを見事に踊り抜いた吉岡美佳、カーテンコールでは、抱えきれないほどの花束を贈られ、思わず込み上げてきたのでしょう、眼には、光るものがありました。 清楚で可憐で知的な優しさ、溢れる気品・・・・、バレリーナの資質をすべて備えた吉岡美佳。幸せに包まれたオーロラ姫から、はかなげで澄み切ったオデット・クールなオディールへと、たゆまぬ努力で、また一歩、技術的にも内面的にも、確かな成長を感じさせてくれました。心から、労いと祝福の言葉をかけたい気持ちです。 |
「白鳥の湖」全4幕
吉岡 美佳(オッデト/オディール)
ウラジーミル・マラーホフ(ジークフリート王子)
高岸 直樹(悪魔ロットバルト)
古川 和則(道化)
指揮: アレクサンドル・ソトニコフ
演奏: 東京ニューシティ管弦楽団
東京バレエ団
11月6日(土)ゆうぽうと簡易保険ホール
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「白鳥の湖」のプログラムより |
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