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眠りの森の美女:吉岡美佳、マラーホフ、東京バレエ  (2006.2.19)
 マラーホフの演出の妙に感嘆、吉岡美佳の気品にうっとり

吉岡美佳、ウラジミル・マラーホフ主演のバレエ「眠りの森の美女」を観てきました。マラーホフの演出の妙と、吉岡美佳の気品溢れる踊りに、久々の大満足の舞台でした。
私は、今回の「眠りの森の美女」には三つの楽しみがありました。一つは、マラーホフの演出によって、今まで不満だった東京バレエ団の「眠り・・・」がどう変わったか、二つめは、「オーロラ姫」に三たび挑戦する吉岡美佳の演技、最後に初めての「リラの精」の上野水香の踊りです。
 
さてマラーホフによる新演出。マラーホフは、今回「眠れる森の美女」を、観る者が最初から最後まで、眠らず集中して見ていられる長さ、途中で外に出て行きたくならない長さにしたかったとか。確かにプロローグと第1幕を連続して、また第2幕と第3幕も続け、物語と関係ない不自然なシーンをカットし、休憩を入れて2時間半と、通常より1時間近く短くなっており、スピード感のある舞台になっていました。短くしたと言っても、第2幕幻影の場面で、旧東京バレエ団の演出では全面カットに近かったオーロラと王子のパ・ド・ドゥをたっぷり見せてくれたのは有り難く思いました。特に感心したのは、第2幕のパノラマの部分とそれに付随する移行のシーンをカットし、この音楽をプロローグと第1幕の繋ぎに使っている点。パノラマの音楽はチャイコフスキーの傑作の一つとも言われているのですが、これをプロローグと第1幕の間に使い、このシーンに少女のオーロラ姫を登場させています。少女にカラボスが近づき狙うところを、リラの精が阻止し、しっかりとオーロラ姫を守っているということを表現しています。また、フィナーレ近く、一瞬音楽が中断し、カラボスを登場させたところも新鮮です。一瞬の不安が一層ハッピーエンドの効果を高めるのに成功しています。 また、通常、リラの精を含む6人の妖精の出番はプロローグだけですが、マラーホフの演出では妖精をすべての幕に登場させています。妖精達がオーロラ姫を常に守っていることを表現するのに役立っています。 今まで、ダンサーとしてのマラーホフしか知らなかったのですが、彼は演出家としても素晴らしい才能の持ち主だと言うことを知りました。
 
幕が上がってプロローグ。通常は背景に城が見えるのですが、今回の演出はバラに囲まれた庭園。 6人の妖精達が登場します。その中でもひときわスラッと大きくなダンサー、リラの精の上野水香です。 私は彼女が牧阿佐美バレエ団に属していたころ、彼女のオーロラ姫を見たことがあります。 ダンサーの体は時代を映すと言われますが、彼女の体は、それを象徴しているようです。 しなやかな曲線を描きながらスーッと伸びた長い脚、アニメのヒロインを思わせる大きな目に小さな顔。今までのバレリーナとどこか違う。これが21世紀、いや未来に向けての体なのかなと思いました。でもこれがオーロラ姫???・・・と違和感もありました。今回のリラの精でも、上野さんは、技術的にもしっかりとして否を打つところがなく、舞台上では存在感もあるのですが、「とても上手な発表会を見ている気分」とでも言うのでしょうか、醸し出す雰囲気がなんとなく「リラの精」にはしっくりしないのです。 この辺りは好みもあるところだと思いますが、繊細な吉岡オーロラを守るリラの精としては堂々と目立ちすぎる?と感じました。和製ギエムとも言われている上野さんは、ベジャールの作品やドンキホーテのキトリのような激しい動きのある役がよく似合い、オーロラ姫やリラの精のように繊細さや気品を要求する役には、不向きでは?と感じてしまいました。

第1幕、花のワルツが終わって、いよいよオーロラの出、吉岡美佳の登場です。 一言で言うと、清楚で可憐で輝くばかりに気品に溢れたオーロラ姫でした。吉岡美佳は人一倍ナイーブであがりやすい性格とのことで、8年前の前々回も5年前の前回もこのシーンはかなり堅くなっていたようですが、今回はそんな様子は全くなく、やわらかな笑みを浮かべて余裕すら感じられました。 一月前にベルリンで踊ってきて自信がついたのでしょうか。1幕の衣装は、上半身を比較的大きく開放している花柄のプリントの可愛らしいチュチュで、華奢な吉岡さんを一層華奢に感じさせ、とてもよく似合っていたと思います。
ひとしきり踊ってローズアダージョ。オーロラ姫を踊るダンサーが最も神経を使う難関です。でもこの4人の王子とのローズアダージョは、吉岡美佳の繊細さと気品が、もっとも輝いた場面でもありました。王子の手を静かに離して頭上にあげ、しっかりとバランスをとります。上げた腕はまろやかな円を描き、やわらかな表情には気品があふれていました。ベテランのバレリーナでさえ緊張する終盤のアチチュードの回転(プロムナード)でも、終始やわらかな笑みを絶やさなかったのは立派。 3人目の手を離し4人目の手に掴まるまで、わずかに揺れたものの懸命に粘ったポーズの時間はありあまるほどで、細いトウの先に根が生えているようで、時間が止まったかと感じた位でした。この時はさすがに一瞬険しい表情を見せましたが、ひたむきな努力をうかがわせる目線が何とも魅力的。意地で無理に引き延ばしているというような嫌らしさが全く感じられず自然なのはまさに芸術であり、彼女ならではのもの。 4人の王子が恋しても、まったく不思議のない可憐な姫ぶり。観客は興奮し、劇場は大きな拍手に包まれました。
ローズアダージョの稽古に励む吉岡美佳
(東京バレエ団のブログより)
第2幕幻想の場。このシーンでの吉岡美佳の溢れ出る気品にはうっとりでした。 幻影と言うことで技術偏重になりがちなこの場面、これだけ気品をもって踊れるバレリーナはおそらく吉岡美佳をおいて他に居ないし、 少なくとも過去二回の彼女のオーロラ姫よりもはるかに丁寧で繊細さに溢れていました。 マラーホフは、吉岡美佳を「美しい陶磁器のような」と言ったそうですが、彼女の踊りは本当に陶磁器のように触れて壊れてしまいそうな繊細な美しさであり、これが彼女の魅力なのです。 このパ・ド・ドゥの最後、吉岡さんは。180度まで足を高く上げたアラベスクのポーズで終えました。 普通はここまで高く上げると下品に見えてしまうものですが、少しもいやらしさを感じなかったのは、吉岡美佳の周りに溢れ出ている「美しい陶磁器のような」慎ましやかな気品によるところが大きいのでしょう。
第3幕のグラン・パ・ド・ドゥは、まさに、マラーホフと吉岡美佳の黄金のパートナーシップが輝いたところ。パートナーのマラーホフをして、「互いに舞台で高めあう理想的なパートナー」と感嘆させたという彼女。彼女の周りにふわっと漂うような優しさ、育ちの良さを感じさせる慎ましやかさと気品がマラーホフを引きつけ、二人の比類ないパートナーシップが築き上げられたのだと思います。 信頼し合っている二人の気持ちがいたいほど伝わってきて、この二人、このまま一緒になってしまうのではと思われるほど、結婚の喜びに満ち溢れた微笑ましいパ・ド・ドゥでした。 難しい3連続フィッシュダイブは、ちょっと危ないところもありましたが ダイナミックになりすぎないのはマラーホフのサポートの上手さなのか、吉岡美佳の繊細な持ち味なのか、とても素敵でした。 マラーホフは、「美しい陶磁器のような」吉岡美佳を、手荒く扱って壊れないように細心の注意を払って丁寧にサポートし、 一方、吉岡美佳は、わりと小柄で華奢なマラーホフに負担をかけまいと、フィッシュ・ダイヴ では、やんわりと飛び込んでいくなど、二人がいたわり合っている気持ちがひしひしと感じられます。 二人の息のあった舞台に、客席からは大きな拍手とブラボーの嵐でした。 カーテンコールは何度も何度も繰り返され、吉岡美佳の涙ぐんでいた姿が印象に残っています。
私は、この吉岡美佳とマラーホフのペアの「眠りの森の美女」を観るのは1998年、2001年と今回で3度目です。1998年の初演の時には客席にも吉岡美佳の緊張が伝わってきて思わず頑張れと叫びたくなったのを覚えています。どんなに彼女があがっていたかは、マラーホフの言葉からもわかります。 マラーホフは「美佳、そんなに緊張しないでいいよ。何が起っても僕が君を助けてあげるから・・・」と、吉岡美佳をリラックスさせたとのこと。でもこんなナイーブな性格だからこそバレリーナとしての円熟期に入った今になっても、吉岡さんはデビュー当時と少しも変わらない初々しさと気品を失わないのでしょう。
吉岡美佳の踊りはよい意味での「日本的な繊細さ」に尽きます。 均整のとれた細くしなやかな体のライン、アートを超越した美しさ、繊細で優美な仕草、溢れる気品。クラシックのバレリーナとしての資質をこれほど備えた人は他にいるでしょうか。マラーホフをして「美しい陶磁器のような」と言わせた彼女、いつまでも触れると壊れてしまいそうな繊細な陶磁器のような透明感を大切にして、永遠にバレエのプリンセスでいて欲しいと思います。 ウラジミル・マラーホフの演出の妙と、吉岡美佳の気品に酔いしれた一時でした。
東京バレエ団公演「眠りの森の美女」
オーロラ姫: 吉岡美佳 、デジレ王子: ウラジミル・マラーホフ
リラの精: 上野水香、カラボス: 芝岡紀斗
妖精キャンディード(純真の精):大島由賀子、小麦粉の精(活力の精):乾友子
パンくずの精(寛大の精):高木綾、カナリアの精(雄弁の精):高村順子
妖精ビオラント(熱情の精):田中結子
4人の王子:高岸直樹、木村和夫、後藤晴雄、平野玲
ルビー:長谷川智佳子、エメラルド:門西雅美、
サファイア:佐伯知香、ダイヤモンド:西村真由美
シンデレラ:井脇幸江、フォーチュン王子:木村和夫
フロリナ姫:小出領子、青い鳥: 古川和則
アレキサンドル・ソトニコフ指揮、東京シティフィルハーモニック管弦楽団
2006年2月18日 東京文化会館大ホール

「眠りの森の美女」のプログラム
(バックはオーロラのチュチュの柄だそうです)
この公演の評がありました。→こちら

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