28号 2000年1月
書店員はスリップの夢を見るか?明けましておめでとうございます。今年も銀河通信をなにとぞよろしくお願い申し上げます。 さて、去年から今年にかけての出版界での一番の話題と言えば「ネット書店」であろう。あらゆる書店、出版社が続々参入してきている。日経新聞など、ネット物販の記事が載ってない日はないという程。もうこれからは何を買うにもネットの時代だ!的な煽り方である。 が、実際の利用状況はどうなのだろう?新システムの記事は目にするのだが、現実にお客様がどの程度利用していて、どれほどの利益が上がっているのかがイマイチ見えにくい気がするのだ。 私は、まだまだネットで本を買っている方はごく少数なのではないかと思っている。システム的にもまだまだ改善の余地があるし。 だからこそ、書店の店頭にいらっしゃるお客様をなお一層大切にしなくてはいけないと思うのである。 |
今月の乱読めった斬り!『象と耳鳴り』☆☆☆☆1/2(恩田陸、祥伝社) 待望の、待望の恩田陸の新刊これは純然たる本格推理短編集。「待合室の冒険」などは、かの有名な『九マイルは遠すぎる』を下敷きにして書かれている。彼女は、こういうどっかからもらったヒントを自分流にアレンジして、彼女なりの話を作ってしまうという技が非常にうまい。で、今回もこの試みがよく成功してるのだ。 全編を通して、どことなく、海外ミステリの古典みたいな古めかしい空気がある。他人のたった一言の言葉から悪事を暴いたり、数枚の写真からその人の人となりを推理したり、姪との手紙のやりとりからある事件の謎を解いたりと、本格ファンもうなる謎解きがたっぷり楽しめる短編集である。 が、やはり恩田陸だなあと感嘆せずにいられないのは、謎が提示されて、ラストにそのトリックが説明されて、普通のミステリならああすっきりチャンチャン、で終わるところが単純にはそうならないところだ。彼女の話でも、確かに謎は解明される。だが、それが真実とは限らない。ぼかしたり煙に巻いたり、解決されたらさらに謎が深まってしまったり。まるで出口のない迷路に迷い込んだよう。そして、読者はいつまでもそこから出ることはかなわず、心の中に小さな疑問がいつまでもチリチリと残ったままである。この余韻が、実に恩田陸なのだ。音楽で言うならリフレインがいつまでも残って耳から離れない、そんな感じ。なんともいえないあいまい感、これこそが彼女の醍醐味である。 ミステリファンなら絶対読んで欲しい一冊。太鼓判のオススメ! 『青の炎』☆☆☆1/2(貴志祐介、角川書店) 犯罪者側から書かれたミステリ。だが、これは辛い。「怒り」という青い炎に飲み込まれてしまった彼があまりに哀れで切ない。 彼は母と妹を守るために、自分の手を血で染めることを計画する。もちろん、これを正義という名のもとに実行していいものか、彼はさんざん悩みあぐねる。彼の葛藤がまた痛く、辛い。そう、彼は本当なら殺人などという大それたことをするような少年ではないのだ。 殺人を実行した直後から、彼は自分の犯した罪に押しつぶされる。たとえ隠し通せても、一生この殺人の罪から逃れることはできない。そしてさらなる悲劇が…。 確かに彼は罪を犯したのだが、私には彼が悪かったとはどうしても思えない。彼がそうせざるを得なかったということが痛いほどわかるから。でももちろんどんな理由があれども、殺人はしてはならないこと。この矛盾が読者の心をふたつに引き裂く。 あまりなラストに、胸が痛くてたまらなかった。これはある運命に翻弄され、暗い感情に抗うことができなかったひとりの少年の悲劇といえるだろう。ミステリという枠に入れる必要はない小説かも。 『戦闘妖精・雪風』☆☆☆☆(神林長平、ハヤカワ文庫) 思っていたよりずっとラクにするする読めてしまった。彼の文章は歯切れがよく、一切の無駄がない。戦闘シーンのスピーディさ、簡潔さは臨場感にあふれ、実に爽快である。人物も非常に魅力的。 舞台は近未来の地球。30年ほど前、ジャムという正体不明の異星体から攻撃を受けて以来、地球人は防衛軍を組織し、南極点にある通路を通過した未知の惑星フェアリィで戦闘を続けていた。 そのはぐれ者ばかりの寄せ集めのような軍隊で、零は「雪風」という名の高度な電子頭脳を搭載した戦闘機に乗っていた。彼の指名は、ただ戦闘を記録するだけ。戦いには参加しない。たとえ、味方が全滅しようとも。零は、雪風以外のものを信じない。冷静沈着、というより心まで機械になってしまっているかのよう。 この物語の中で、繰り返し問われるのは人間と機械との関係である。機械を作ったのは人間だ。が、機械はもはや人間の能力をはるかに超えてしまっている。機械とは、いったい何なのだろう?人間は、機械と言うものをどう把握し、どう距離を取ったらいいのか?友なのか、敵なのか?人間は、この戦いに必要な存在なのか?さまざまな疑問が次々に溢れ出す。 よその惑星のなんとも奇妙でぞっとする描写、異星体との遭遇など、SFテイストたっぷりで楽しめる。人間描写も素晴らしい。「ぼくは…人間だよな」というセリフの、どうしようもない切なさ。 ぽんと突き放したラストにも驚愕。ネタバレなのでこれは秘密。 メカメカしたSFはどうも苦手、とおっしゃる方にもぜひオススメ。 『グッドラック』☆☆☆(神林長平、早川書房) 上記の『戦闘妖精・雪風』の続編。といっても、なんと15年のブランクがあるのだ!確かに設定は前作のままなのだが、この2冊は全くタッチが違う。同じ著者とは思えない程。前作が歯切れ良く爽快な、テンポのSFだったのに比べ、こちらはどんどん自分の中へと思索を深めていくSFなのだ。まるで、「…とはなんぞや?」といった哲学の問題を解いてゆくよう。 零のその後が語られるのだが、前作のように戦闘シーンが出てきて活躍するという描写はほとんどなく、むしろ体は動かず、心の中の葛藤を繰り広げると言った感じ。今回の戦闘の舞台は、彼や他の登場人物の頭の中、心の中なのだ。まず、零自身の心の変化、さらにはジャムと雪風の変化が物語をさらに複雑にしてゆく。 人間と機械と異星体。この3つの関係を、著者は考えつつ考えつつ筆を進めている。 これの続編が待たれるところ。神林さん、何年でも待ってます! 『永遠の仔』☆☆☆1/2(天童荒太、幻冬舎) ご存知99年一番の話題作。 内容は巷の評判どおり、児童虐待がテーマ。子供の頃、親によって心に深い傷を負った優希は、児童精神科のある病院に入院させられ、そこで二人の少年に出会う。彼らの過去と、17年後に再会してからの現在が、微妙に絡み合いつつ、交互に語られる。彼らが過去に犯した罪と、そしてそこから引き起こされる、現在の罪。 なんかもう読んでてつらいことばかりで、ひたすら悲劇につぐ悲劇だった。誰も彼もが苦しみ、傷つき、落ちてゆく。が、なんといってもかわいそうなのは、なんの罪もないのに傷つけられる子供たちだ。大人に振り回され、でもすべて自分が悪いのだと心を痛め、どんどん自分を追い込んでしまう彼ら。大人たちのあまりの身勝手さ、鈍さに激しい怒りを覚える。 「生きていてもいいんだよ」そのたったひと言をもらえなかったがために、ここまでどん底の悲劇が起きてしまうとは。人間がいかに脆く弱く、誰かの愛なしには生きてゆけない動物かというのがしみじみわかる。著者は児童虐待による悲劇をこれでもか、というくらい痛烈に描きながら、実は人間が生きてゆくために一番必要なものは何か、ということをじわじわとあぶり出しているのだ。それは、自分という存在を認めてもらうということだ。それだけのことが、いかに重いか。人間とはなんてさみしい生き物なんだろう! これはミステリというジャンルをはるかに超越した物語である。 |
特集 皆の99年ベスト1皆様からアンケートを取り、99年に読んだ本の中から新刊・既刊を問わず、一番面白かった本を一冊挙げて頂いた。ご協力して下さった方々、ありがとうございました。 ★鬼女の都(菅浩江、祥伝社) ★宇宙消失(グレッグ・イーガン、東京創元社) ★キリンヤガ(マイク・レズニック、ハヤカワSF文庫) 物語自体の吸引力もさることながら、読後、こんなにいろいろ ★ソリトンの悪魔(梅原克文、朝日ソノラマ) 上下巻、約800ページを一気読みしてしまいました。荒唐無稽すぎますけどとにかくおもしろい! 極大射程と思いましたけどあえてSFものにしました。 お名前&メールアドレス:アクセル asahina@tctv.ne.jp ★ハイ・フィデリティ(ニック・ホーンビィ、新潮文庫) ★危ない飛行機が今日も飛んでいる 上・下
(メアリー・スキアヴォ 、 草思社) ★アラビアン・ナイトメア(ロバート・アーウィン、国書刊行会) ★大西洋漂流76日間(スティーブン・キャラハン、ハヤカワ文庫) ★ななつのこ(加納朋子、創元推理文庫) 旧刊もいいということで、「永遠の仔」を押し退けてこれがベストです。 お名前&メールアドレス:YOSAKOI@そらーん、Noanoa11@aol.com ★クリスタルサイレンス(藤崎慎吾、朝日ソノラマ) ★公共考査機構(かんべむさし、徳間文庫) ★深夜特急(沢木耕太郎、新潮文庫) ★巷説 百物語(京極夏彦、角川書店) ★星の陣(森村誠一、角川文庫ほか) ★日光鱒釣紳士物語(福田和美、山と渓谷社) ★図鑑少年(大竹昭子、小学館) ★題名:脳のなかの幽霊(V.S.ラマンチャンドラ サンドラ・ブレイクスリー、角川書店) ★偏執の芳香(牧野修、アスペクト) お名前&メールアドレス:給仕犬 fwkd3301@mb.infoweb.ne.jp ★ブルーソルジャー 蒼き影のリリス(菊地秀行、中央公論社) ★バトル・ロワイアル(高見広春、太田出版) ★順列都市(グレッグ・イーガン、:ハヤカワ文庫) ★オレンジ党と黒い釜(天沢退二郎、筑摩書房) ★オルガニスト(山之口洋、新潮社) ★死の記憶(トマス.H.クック、文春文庫) ★火星のプリンセス(合本版第1集)(E・R・バローズ、東京創元社) ★屈辱ポンチ(町田康、文藝春秋) ★プリズム(貫井徳郎、実業之日本社) ★甦る帝国(上下)(グレッグ・アイルズ、講談社文庫) ★題名:スポーツとは何か(:玉木正之、講談社(現代新書)) 一見繁栄しているように感じるスポーツの世界だが、日本においてのスポーツの位置とか お名前&メールアドレス: 鳥海忠之 ★六番目の小夜子(恩田陸、新潮社) ★恋愛中毒(山本文緒、角川書店) ★透明人間の告白(H・F・セイント、新潮文庫(上下巻) ★鉄(くろがね)コミュニケイション(秋山瑞人、電撃文庫) ★復刊しろー!ベスト1: ★エンディミオンの覚醒(ダン・シモンズ、早川書房) ★星降り山荘の殺人 (倉知淳、講談社文庫) ★長い長い殺人(宮部みゆき、光文社文庫) ★題名:スコッチに涙を託して(デニス・レヘイン、角川文庫) ★バトルロワイヤル(高見広春、太田出版) ★精霊の木(上橋菜穂子、偕成社) ★ねじれた町(眉村卓、ハルキ文庫) ★題名:バトル・ロワイアル(高見広春、太田出版) |
ダイジマンのSF出たトコ勝負!あれよあれよと2000年。ぼくらはSFの時代にいるんだね。アァ、長生きは三文のトク>違います。あいも変わらずまだまだ続く、出たトコ勝負を今年もヨロシクゥ!! 何事も最初が肝心と言うけれど、イキナリ前号の積み残しだ(笑)。 バローズを中心とする、創元推理文庫の大攻勢に応戦するため(!?)設立されたハヤカワSF文庫だが、そこでもメインはやっぱりバローズ! その紹介のハイペース振りを前回チェックしたが、長田秀樹さんから頂いたご指摘(感謝!)により、見落としていた事実が判明した。通巻101番からスタートするハヤカワSF文庫特別版《TARZAN BOOKS》(後のハヤカワ文庫特別版SF)だが、実際の刊行開始時期は、本筋のSF文庫がまだ35冊の時点だったというのだ! すっかり忘却の彼方になってたけど、そういえば…。早速、確認だ。 ハヤカワSF文庫の創刊が最初に読者に予告されたのは、〈SFマガジン〉1970年7月号(135号)である(以下全て同誌より。なお実際の発売月は表記と異なるので注意)。 二代目編集長、森優(南山宏)による「日本最大のSF専門出版社を自負する当社が贈る新しいシリーズ」との巻頭言に後押しされ、7月発刊予定のそれは姿を現した。翌8月号では「7月下旬よりいよいよ発刊」と、第一回配本5作品のラインナップも公表。同号には大伴昌司「SFファンのための万国博ガイド」(大阪万博)や、「国際SFシンポジウム趣意書」も掲載されている。つまりはそういったアツい夏であり、森優の編集者生命を賭けた新企画が、ものの見事に呼応したのだった。 9月号の時点で「8月中旬より」と若干の遅れが見られたが、無事に発刊、大反響を巻き起こす…。 《TARZAN BOOKS》発刊の告知は、1971年5月号(146号)を皮切りに、これぞ真打ち登場!と思わせる派手な姿で読者の前に現れた。「それはSF編集部が総力をあげて、全SFファン、冒険小説ファン、バロウズ・ファンにおくる本年度最大の企画!」「それは世界大衆冒険小説史上、永遠不滅の光に輝く最高最大の遺産として、全世界を熱狂させつづけてきたヒーロー中のヒーロー!」と大変な鼻息で、自ら「壮挙」と評す程。ぼくが前号で書いた「鳴り物入り」というのは、嘘じゃないのだョ。 この5月号では「7月より毎月一冊刊行」だったのが、8月号(149号)から「8月より毎月一冊」となり、最終的には隔月刊行へと推移していく。が、なにはともあれハヤカワSF文庫特別版101、《TARZAN BOOKS》第1回配本『類猿人ターザン』は、ハヤカワSF文庫35『栄光のペルシダー』(これまたバローズだ)に続いて世に出たのであった。 さて、そうなると文庫の通巻番号から読み取れる情報より、バローズ紹介の集中度に関しては、事実の方が遥かに凌駕していたことになろう。これはもはや尋常ではない。日本の翻訳出版史上、かような怒涛の勢いで紹介が進んだ作家は、空前にして絶後なのではあるまいか? しかも遠く1950年に没した作家、つまりは全てが旧作だというのに。バローズ・バブルとでも表現する以外になさそうである。 実は1960年代後半〜70年代にかけて、東京創元社、早川書房の二大SF専門出版社のほかにも、児童書も含めればそれこそ各社から、バローズの特定作品が繰り返し刊行されていた。残念ながらぼくの今の力ではとても全貌が掴めないが、代表作のみに片寄らない紹介を続けた点が“専門”たる所以だし、今また復活を遂げている点で、決して内実の伴わないバブルじゃなかったとだけは言えよう。って、前振りのつもりが…以下次号にて。 |
あとがき 心配していたY2K問題もたいしたことはなく、無事に2000年を迎えることが出来て何より。今私たちは未来と呼ばれた時代に生きてるのですね。(安田ママ) |