29号                                                           2000年2月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 我が家の階段や居間の床にあふれ返る本にいいかげん業を煮やし、ついに先日、本棚を購入することになった。

 が、ここならあるだろうと見当をつけてあちこちの店をのぞいてみたのだが、私の求める本棚が売ってない!なぜだ!なんであんな棚板ぺこぺこの、どうにも安っぽい本棚しか売ってないのだ?うーむ、本棚を買うお客っていないのか?いやそんなはずはない。不思議だ。いったい皆、どこで本棚を買っているのだろうか?

 と、グッドタイミングで、「ダ・ヴィンチ3月号」にて本の収納術の特集が。さっそく見てみる。が!なんとまあ作家の方々の本棚の立派なことよ!皆、注文して家に合わせて作らせたとかおっしゃってるではないか!あうう、庶民にそこまではできましぇん。「一番収納量の多い方法は、壁全体を本棚にすることです」…できないって!

 

今月の乱読めった斬り!

『りかさん』☆☆☆(梨木香歩 偕成社)

 ジャンルとしては児童文学だが、もちろんオトナが読んでも十分楽しめる内容。いや、大人にこそ読まれるべき話かもしれない。ほわほわした甘いだけのファンタジーではなく、どこか苦味がある。

 小学生の女の子、ようこが主人公。友人が持っているのを見てどうしてもリカちゃん人形が欲しくなり、おばあちゃんにねだったところ、やってきたのは「りかさん」という名前の日本人形だった。がっかりしたようこだったが、実はこの「りかさん」はとても不思議な人形だったのだ…。

 おばあちゃんの言うとおりに、りかさんの世話をするようこ。すると、なんとりかさんは、ようこに話しかけてきたのだ。さらに、ほかの人形たちの会話も聞けるようになる。そこには人形たちの実に複雑な思いがこめられていた。

 私も昔さんざん人形遊びをやったクチなので、この物語には違和感なく、すんなり入れた。心をこめてかわいがっている人形と話ができるなんて、いいなあ!いやもしかしたら、私も昔、こんなふうに人形と話していたのかもしれない。もう忘れてしまっただけで。

 が、この物語に私はどこか怖いものを本能的に感じるのだ。うまく説明できないのだが、りかさん以外の古い人形たちのセリフや行動、アビゲイルという西洋人形の悲惨な話など、物語に漂う空気がどことな〜く不気味なのだ。人形たちの描写があまりにうまいので、それをまるで目の前で見ているように感じるからかもしれない。

 著者は、目に見えないもの、実体がなく心でしかとらえられないものを描くのに長けていると思う。が、それがなんだかねっとりした濃い暗い情念のように感じられるのだ。人形と女の子の心の交流というファンタジーに見せかけて、実はこれはものすごく怖い話なんじゃないか、という気がする。

『天才はつくられる』☆☆☆☆(眉村卓、角川文庫、品切れ)

 テイストはいかにも少年ドラマシリーズだが、とにかく話がスピーディ。いきなり超能力全開炸裂なのよ!(笑)おいおい、そんなにカンタンに超能力が身についちゃっていいのか?というツッコミもありますが、まあそれはおいといて。最近の小説は、じっくりディテールを書き込んでじわじわ話を進めるという形式が非常に多く、なかなか話が進まない。それに比べてこの小説!まるで直球ストレート!

 中学の図書委員会の史郎が、図書館の本を整理していて見つけた、なんだか妙な一冊の本。それは、なんと超能力を身につけるための教科書だった。半信半疑でそのとおりに学習した彼は、本当に超能力を会得してしまった。が、そのために彼はその本を作ったとおぼしき、中学生の超能力組織に狙われる羽目になる…。

 ひと昔前の中学生の気持ちや行動が、とても初々しくていい。まっすぐな正義感。読んでて非常にすがすがしい気持ちになる。清潔感あふれる爽やかな超能力戦争SFとでもいおうか(なんだそりゃ?)。

 昭和42年に書かれた話なのに、今でも本当に面白く読めるというのはすごいと思う。ぜひぜひこの本、復刊してくださいよ、ハルキ文庫さーん!

『木曜組曲』☆☆☆1/2(恩田陸、徳間書店)

 これはいかにも女性らしい心理ミステリ。というのは、登場人物(容疑者?)が全員女性で、その5人の腹のさぐり合いで話が進行するのだ。オンナの性格のいやらしさ丸出し(笑)。おおいやだ、自分のいやなとこモロに書かれてるみたい(笑)。でも、それを逆手にとって小説に仕立てることに、著者は見事に成功している。というのは、推理のもとになるものがすべてこの女性たちの告白のみなのである。つまり、その告白が真実だという確証は全くないのだ。彼女はああいったけど、実は嘘かもしれない。でも本当かもしれない。で、真実を求めて皆が皆腹のさぐり合いをしあうわけである。

 耽美派の女流作家、時子は4年前に毒で死んだ。自殺ということで当時はかたがついたが、実はそれはどうも納得いかないものであった。その後毎年、命日をはさんだ2泊3日、彼女と縁の深い女性たち5人が、時子の住んでいたうぐいす館に集まり、ささやかな宴を催していた。そして今年、その席で、ついに真実の扉が開き始めた!果たして時子は自殺か他殺か?もし他殺なら犯人は5人の中の誰?

 次々と飛び出す意外な告白に、推理は二転三転四転、どんでん返りまくる。謎が明らかになるかと思いきや、ふりだしに戻るの繰り返し。いやはや恩田陸ってまったくどうしてこう人を煙に巻くのがうまいんだろう!ミステリってのはだんだん霧が晴れるように真実が見えてくるものなのに、彼女のミステリは霧が深くなるいっぽうだ。こんな奇妙なミステリを書く人を私はほかに知らない。

 ラストについての言及は、あなたのためにとっておきましょう。ふふふ。あなたの驚く顔が楽しみ。

『人間以上』☆☆1/2(シオドア・スタージョン、ハヤカワ文庫SF)

 いやはや、この奇妙さをどう説明したらよいのだろう。とにかく、こんなに変わったSFを読んだのは、生まれて初めて。良く言えば含蓄のある表現、悪く言えば、文章がまわりくどくて難解。

 ストーリーは、超能力者たちの「ブレーメンの音楽隊」かな?(笑)どこか人と違うところがあるため、社会からつまはじきにされていた登場人物たち。実は、彼らは超能力を持っていのだ。が、ひとりではたいした力ではないが、5人がそれぞれ手、足、頭として機能したとき、それは「人間以上」の大きな恐ろしい力になるのだ…。

 この物語で強く感じるのは、彼ら登場人物たちの「孤独」だ。彼らは人から愛されたことがほとんどなく、愛というものがなんだかわからない者さえいる。それがゆえに、3章の「道徳」に出てくるジャニィの献身的な愛情は、優しく読者の心にしみる。それまでのどこか寒々しい話を、一気に慈愛に満ちた物語に変える。それはつまり、著者がいかに愛を渇望しているかということの表れなのだろうか。

 何回か読まないと、本当の意味は理解できない話かも。

『夢みる宝石』☆☆☆(シオドア・スタージョン、ハヤカワ文庫SF)

 これは『人間以上』よりははるかに読みやすく、わかりやすい。が、やっぱり奇妙なSF。著者の感覚と発想は、突飛という言葉すらはるかに超越している。

 ある人間嫌いの男(奇形カーニバルの座長)が、偶然森で奇妙にそっくりな2本の木を発見する。どうやら、その木を作っているのは、不思議な能力を持つ水晶であるらしい。その水晶は夢を見、夢の産物として奇形生物を作ってしまうのだ。彼は水晶を使って人間すべてに復讐しようとたくらむ。それには水晶とコンタクトをとるための仲介者が必要だ。彼は主人公の少年ホーティにその力があるらしいと気づき、執拗に狙う。

 この物語もやはり「愛」と「孤独」がキーワード。心暖まるラストに、救われる思いがした。読後感がよくて、なんだか心からほっとした。

 

特集 ほのぼのSF

  私はあったかい話が好きである。ほのぼのした話が好きである。物語のラストはやはり「めでたしめでたし」で終わってほしいと願う、おめでたい人間である(笑)。

 でふと思い立って、そういうあったかほのぼの系のSFを集めてみた。といってもSF力薄弱な私のこと、真のSFものの方々から見たら「なんだこれは!」という実にぬるいラインナップだろうことをどうかお許しいただきたい。そして願わくば、「あの話もいいよ!」というオススメがあればぜひとも教えていただきたい。

☆『いさましいちびのトースター』『いさましいちびのトースター火星へ行く』(トーマス・M・ディッシュ、ハヤカワ文庫SF)

 前者はSFというより限りなく童話なのだが、後者はがぜんSFである。トースターたち家電製品が、とんでもない方法(想像しただけでもおかしい)でホントに火星まで行ってしまうのだから!でその火星で大活躍!地球の人間達は、彼ら家電製品たちのけなげでどこかお間抜けな(笑)活躍によって滅亡から救われたのだった。誰もその事実を知るひとはいないのだが。彼らの愛と勇気あふれる行動に拍手!

☆『ジョナサンと宇宙クジラ』(ロバート・F・ヤング、ハヤカワ文庫SF)

 珠玉のSF短編集。10篇のどれもが、やさしく暖かく、どこかノスタルジックでセンチメンタル。現代のおとぎ話のよう。この著者は、SFという形式を使って、「愛」というものを実にストレートに照れもなく描いている。どれも話の締めがお約束に過ぎるかもしれないが、そこがまたいいのだ。セピア色の古い写真のような、ロマンティストにはこたえられない一冊。

☆『ラモックス』(ロバート・A・ハインライン、創元SF文庫)

 思わず読みながらくすくす笑ってしまう、お茶目で愉快なSF。ラモックスという、一見お化け大福のようだが臆病でキュートな宇宙生物と、その飼い主の少年の心暖まる友情に、ほのぼのとした気持ちにさせられる。ささいな事件がとんでもない事態に発展するあたりもスリルがあり、会話のテンポもよく、実に楽しめる話。

☆『鍋が笑う』(岡本賢一、朝日ソノラマ)

 淡い色彩のイラストもぴったりの、まさにほのぼのSF。「鍋が笑う」というクレームを受けた営業サラリーマンが向かった人工惑星コロニー。そこは畑の広がる、のどかな世界だった。この鍋と人とのふれあい(笑)がなんともいえずあったかくていいのだ。ぽかぽかの陽だまりのような、童話めいた話。現代社会への風刺の入った、寓話SFとしても読めるかも。

☆『星虫』(岩本隆雄、新潮文庫 品切れ)

 ほのぼのというよりは、ストレートな爽やか青春SF。密かに宇宙飛行士になることを夢見ている女子高生、友美。ある晩、世界中に流星のようなものが降り注ぐ。それが星虫だった。彼女の額に寄生し、成長を始めたその異星物体はやがて迫害されるが、友美はそれを懸命に守ろうとする。主人公の、宇宙へのまっすぐな憧れと、それに向かってひたむきに努力する姿が胸を打つ。読後感が非常に爽快なSF。

☆『イーシャの舟』(岩本隆雄、新潮文庫 品切れ)

 『星虫』の姉妹編。「宇宙へ出ること」への夢が前者なら、「その宇宙でめぐりあう異星人」への夢が後者といったところ。宇宙への夢を、人間と異星人との愛にからめて描いた、ひとの優しさに包まれるファンタジックな青春SF。

 

このコミックがいい!

 『BREATH』(川原由美子、朝日ソノラマ)

 川原由美子選集、8巻目。これが最終巻である。なんとオール単行本初収録作品!川原ファンはいますぐ買いに書店へ走れ!

 初出は78年から94年という幅の広さ。「BUBBLE GUM REVOLUTION」なんて、まー10年以上前になっちゃうのか! このあたりが彼女の分岐点なのかな?

 軽い浮わついたコメディタッチの作品はこの頃を境にして影をひそめ、やがてもう少し大人っぽい恋愛モノの作品が書かれるようになる。

 彼女の描くコメディも、それはそれで悪くはないんだけど、ワタクシ的にはこの選集の後半に掲載されているような、胸がきゅっと切なくしめつけられるような短篇のほうがずっと好きである。

 ストーリーとしては他愛ないものである。でもひどく印象的で、一度読んだら忘れられない。なんともいえない微妙な感情が、元オンナノコ(笑)のツボを突くんだよなあ。

 倦怠期に入ったカップルの女の子。デートをすっぽかすが、やっぱり気になって待ち合わせ場所に急ぐと…(「途中下車」)。久しぶりに田舎に帰ったら、ばったり出会ってしまった、昔好きだったアイツ。彼女が都会でつきあっててつい先日別れたのは、その兄だった。別れてしまったホントのわけは…(「白い帽子の夏」)。中でも一番好きな話は「PARK」かな。いまどきの女子高生と、その子にゲイと誤解されてる小説家の、なんだか妙なカンケイとその恋の行方。こういう路線、もっと読んでみたいな。今後に期待!


 

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

   エドガー・ライス・バローズがアメリカの国民的作家である(なんたってディズニーだ!)ことは、作品の内容からして良く分かる。じゃあ、異国ニッポンでもズバ抜けた人気を誇ったのは何ゆえ?

 恐らく皆さんは、そのワケを既に知っている。そう、アナタもやはり、かの洗礼を受けし者ならば!

 今回は、ひとりの“カリスマ”にスポットを当ててみたい。その名は武部本一郎(1914‐1980)。 1999年3月号の「作家とイラスト」では意図的に触れなかったが、エドガー・ライス・バローズと、彼の《火星》シリーズ以下ほとんどの作品を飾った武部本一郎コンビこそ、日本のSF界が世界に誇るスーパー・ユニットである。

 その実力、比類無し!未だ日本SFアート第一人者のひとりとの評価、小揺るぎもせず。その絶大な支持と人気を獲得した画伯が、SFファンの前に本格的な姿を現したのは、東京創元社の『火星のプリンセス』刊行によってであった。

 そもそも、大人向けのものとしては初のカラー口絵+挿絵入り文庫であり、それ自体がエポック・メイキングなチャレンジと言えた。そこに満を持して登場した武部画伯の、艶やかで豊かな色彩に満ちた、絢爛でありながらどこか憂いを含んだ作品は、抽象画主流の銀背などを見慣れた当時のSFファンに、強くアピールする。

 なんせSFアートなど皆無に近かった黎明期である。画家の選定は難航し、武部画伯に白羽の矢が立つまでには、当時の編集者厚木淳は随分と児童書などを渉猟したようである。早くから活躍していたその分野における代表作としては、『ガラスのうさぎ』や『かわいそうなぞう』が有名どころ。《火星》シリーズの依頼をその場で快諾なさったというが、画伯にとってそれは、SFなどという未知なるジャンルへ足を踏み入れる始まりであり、結果的に、そのSFファンから最も愛されたのであった。

 その流麗な画風を表現する言葉を、残念ながらぼくは知らない。ただ、これだけは言えよう。読者の目を否応なしに惹きつけて止まないその“絵”から、背後に横たわる広大な物語世界が垣間見える。言葉が呼び起こすイメージを、より活き活きと増幅する深みがあるのである。その魔力は登場人物の姿を、他の画家ではどうしようもなく違和感を感じるまでに刷り込んでしまうが、読者はむしろ幸福である。武部ヒーロー・ヒロインが冒険を繰り広げる存在しない挿絵さえ、読者の頭の中でシーンごとに浮かぶのだ。“絵が物語る”とは、何より絵が生きている証拠であろう。これはもう、復刊という豊饒に恵まれたからには、是非とも皆さん自身の目でご確認頂きたい。

 そして、見落としてはならない。復刊と共に生き残る絵というのが、実は稀有な存在だということを。いかな名作・ベストセラーであろうとも、10年20年のスパンで見れば、掘起しが必要になってくる。『SFハンドブック』(ハヤカワ文庫SF1990年)のオールタイム・ベストが掲載された口絵ページを見よ! 題字デザイン変更のマイナーチェンジからフルモデルチェンジまで、そのほとんどが化粧直しを行っているし、これはSFに限った話でもない。ましてや一度店頭から姿を消していた作品だ。秋の恒例東京創元社復刊フェアへ、多くが新装幀で登場することから分かるように、中身が良くても以前のままのパッケージングでは再び世に問えないのである。その中でデザインのリニューアルを受けつつも、変わらぬ新鮮さでまたもやぼくらを魅了する、武部画伯の不変の輝きは特筆に価する。

 “甦った伝説”武部本一郎は、そう、とにかくバローズファンを熱狂させた! 野田大元帥が海外のマニアからの熱い要請に応え、せっせと日本版を送ってあげたのは有名な話だし、〈紙魚の手帖〉6号(1983年10月)の創元推理文庫SFマーク20周年特集には、「イコール武部本一郎」と題した(!)熱烈な讃辞を中島梓が寄せている。

  武部画伯の代表的な作品は、3点5冊の画集に纏められている。刊行順にまずは岩崎書店《武部本一郎SFアート傑作集》1『火星の美女たち』、2『月下の魔女たち』、3『宇宙の騎士たち』の3冊(共に1981年)。それにとても大部な2冊、早川書房『武部本一郎画集』(82年限定600部)と、東京創元社『武部本一郎画集』(86年限定600部)の計5冊である。早川版と創元版は、共に二重函付と大変立派なもの。早川版はさらに、本体にカバーが巻かれている。でもその分、創元版は函に、しかも背中まで絵が印刷されていて、負けてはいないのだ。

 創元版『武部本一郎画集』は、全102点(内カラー70点)を収録。同社文庫を飾った作品の鮮明な画像に加え、『ガリバー旅行記』など児童文学の仕事の側面も伝える。巻頭には栗本薫、加藤直之、野田昌宏が、巻末には厚木淳がそれぞれ寄稿している。どれもが印象的な、実に良い一文である。

 早川版『武部本一郎画集』は、全112点(内カラー53点、二色刷3点)を収録。巻頭は野田昌宏、巻末には生前親交のあった中山知子の文章を収めている。内容はハヤカワ文庫等を飾った作品を中心に、他社のSF作品や児童書からも渉猟しているが、編集に関して若干不満が残る。モノクロページではデッサンも収録し、創作の過程を知る上でも興味深い。また武部画伯自ら、父と伯父の残した不思議な写生帖について記した画文、「洞人挽歌」が異色である。この2冊の限定版に重複は一切無く、どちらも武部ファン必携であろう。

 最も早く纏められたのが、岩崎書店《武部本一郎SFアート傑作集》である。画伯の没後間もなく企画出版された画集だけに、追悼としての意味合いが色濃く表れている。最大の特徴は、全店カラー作品のみにて構成されていること。その他には長文の解説が挙げられよう。ことに第1・2集は、付された作品ごとにコメントを加えるという詳細なものである。

 第1集『火星の美女たち』は全46点収録。創元文庫版《火星》《金星》《ペルシダー》の三大シリーズ表紙・口絵から成り、解説は野田昌宏。第2集『月下の魔女たち』は全39点収録。同じく創元文庫を中心に、久保書店や岩崎書店の表紙も含む。解説は厚木淳が担当。第3集『宇宙の騎士たち』は全34点収録。創元文庫に岩崎書店のSFジュヴナイル、それと実業之日本社の児童書などで構成されている。加藤直之が解説を担当。巻末に特別収録された、武部夫人・鈴江さんの「絵のほかのこと」には、何度読んでも熱いものが込み上げてくるのを禁じ得ない。

 この岩崎書店版は、羨まし/悔しがられるだろう、幸運な巡り会わせの贈物である。ふと思い立って、当の岩崎書店に電話してみたのだ。応対したのが、この画集を覚えているくらいベテランの方だったことも味方した。「う〜ん、無いと思いますけど、一応確認してみますよ」との有難いお言葉。たとえ無くとも素晴らしい親切さに感謝しつつ、はやる気持ちに宣告が。ハレルヤ! 在庫あったぁ!!

 オッと、もう遅いゼ諸君。なにしろ社内在庫最後の一組(!)だったんだから。これ、98年夏のお話。

 この際、驚くべきことを告げられる。
 「3冊を納めるケースが有るのですけど、カドの所が擦れていたりして、ちょっと見栄え悪いんですよ。付けない方が良いですか? いかがなさ「いえ、付けてください!」
 即答、実に早かった(笑)。

 そもそも、セット函が存在するなど全然知らんかった。それは欲しい。よくある完結後のセット販売用なのだろう。畏るべし、児童書出版社! それにぼくの仕事柄よく解る。運搬のため大きなダンボール箱に詰められた本が、まして画集のような定形外のサイズなら尚更、いかに傷付いてしまう危険性を孕んでいるかを。なにしろ最後の一組だ。万に一つであっても、危ない橋を渡りたくないではないか…とか、モロモロが0.021秒(公式記録)で駆け巡った結果の発言であった(笑)。

 私見を述べれば「SFアート」と銘打っているだけあり、岩崎版が最も充実していて断然のオススメ! 限定の創元版や早川版より見掛けない気がするが、チャンスがあれば即決するべし。ちなみに岩崎版は創元版と多少被るが、早川版との重複はありません。

 ひとつオマケでご紹介。『アポロ月へいく』は武部本一郎の手掛けた、いわゆる“飛び出す絵本”。打ち上げから帰還までを追ったページごとに、浮き上がった画の矢印を動かすと…と楽しさ満点! ださこん2のオークションで入手したんだけど、いやあ、いい買い物させていただきました。おお、これも岩崎書店ですな。

 武部画の本を集めてる人って、密かに多いのでは? 1000点を越すと言われるそれらの本のうち、せめてSFの文庫くらいあってもいいな、なんてぼくも思ってみたりする。険しくも素敵な道程…。

 画集を鑑賞し証言を読むと、少しだけ、今まで知らなかった武部画伯の姿が見えてくる気がした。バラがお好きで、熱心に栽培なさったという。コンテストで賞を受けるほどに。自分の一度完成した作品も、ためらわずに手を入れる方だったらしい。少しでも良かれと思って。そういった作品を、鈴江さんに見せる姿が思い浮かぶ。

 若かりし頃、京都新聞社賞かなにかを受賞したことがあった。とはいえ名誉は得たが芸術家の常で金に苦労し、新しいカンバスが買えない。しかし激しく燃え盛る創作の意欲押さえ難く、とうとう栄えある受賞作を削り取り、そこに描いて渇を癒した…。これは厚木淳が直接伺った忘れ得ぬ話として伝えるエピソードだが、その時画伯は、今にして思えば惜しいことをした、と長嘆息なさったという。あなたは、画家武部本一郎に、どんな感慨を抱くのでしょうか。

 

あとがき

  2月あたまにひいた風邪がまだ治らない。うーむ、治癒能力が低下してるのだろうか?(笑)梅も咲き始めたし、春はもうそこまでだというのに!  (安田ママ)


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