35号                                                           2000年8月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 『出版クラッシュ!?』(編書房)を読んだ。現在bk1コーディネーター安藤哲也、フリーライター永江朗、出版社経営者小田光雄の3人が、出版業界を斬りまくる対談集である。

 今あちこちで言われてるような、この業界の現状と危機が語られている。それはまあその通り。が、この本で最も衝撃を受けたのは、先の見えない状況にあっても光を失わない安藤さんの発言である。

 別に彼は目からウロコが落ちるような画期的な意見を述べているのではない。むしろ、ごくごく当たり前のことを言っているだけ。

 なのに彼の言葉が胸に刺さるのは、自分がその当たり前のことすらできてないからだ。売れないのをひとのせいにしてないか?私に棚編集能力はあるのか?お客様の方を向いて仕事をしているのか?うう、深く反省。とにかく、自分のやれることからやっていこう。

 

今月の乱読めった斬り!

『いちばん初めにあった海』☆☆☆☆☆(加納朋子、角川文庫)

  絶品である。まさに珠玉の1冊。数ある加納作品の中でも、最もワタクシ的好み。こんな物語を読みたかったのだ。ずっと。

 ミステリ手法を用いてはいるが、「謎」はあくまで話の重要な鍵というだけで、話の主役ではない。この作品の主役は、「謎」ではなく、ずばり「感動」である。著者はその感動を盛り上げるために、実に効果的に「謎」を用いているのだ。非常に綿密に練られた作品。

 「いちばん初め〜」の主人公は、千波という20代の女性。安アパートの一人暮らしをする彼女だが、周りの住人のあまりのうるささに耐えかねて引越しを決意する。その荷造りの最中に、彼女は読んだ記憶のない本と、そこに挟まれた未開封の手紙を見つける。いったいこの手紙は?差出人の「YUKI」とは誰なのか?

 読み進むうちに、徐々に潮が満ちてくるように、謎がひとつひとつ解けてゆく。そして最後の謎が解けた瞬間、堰を切ったように、大きな感動の波が心に打ち寄せてくるのだ。最後の一行の、「ええねん」という言葉のなんという温かさ。関西弁が、こんなに優しい言葉だったなんて知らなかった。というか、読者にそう思わせてしまうこと自体が、この著者の腕なのだ。ガラスのように脆く繊細な女子高生の心情とその友情を描き出す手腕も、彼女ならではである。

 「化石の樹」も、著者の大きく包み込むような愛を感じる。どちらも優しく温かい物語である。

『掌の中の小鳥』☆☆☆☆(加納朋子、東京創元社)

 5つの中篇からなる、連作短篇集。テイスト的には『ななつのこ』あたりのミステリ色が濃いめの作品。が、同時にとある男性(主人公)と、とびきり魅力的なある女性が出会い、徐々に惹かれあってゆく、という恋愛小説の色も濃い。

 彼女の作品を読んでいつも感じるのは、ミステリとは殺人やその犯人探しばかりじゃないんだな、ということだ。たとえば展覧会に出すはずの絵が、ぐちゃぐちゃになっていたのは何故か?(「掌の中の小鳥」)、女子高生が、主人公の古ぼけた男ものの傘と自分の赤い傘をすりかえていったのは何故か?(「自転車泥棒」)など、ごく些細なことではあるが、はて?と考え込んでしまうような。

 そして、謎が解けた瞬間に、すべてのパズルのピースが組みあがった「かちん」という音がすると共に、その謎に隠された、さまざまな人間の思いが溢れ出す。それは夢をあきらめるほろ苦さであったり、なんともいえぬ温かさであったり、ちくりと刺さる痛みであったり、片恋の切なさであったり。それらが読者の心にじんわりと染みてゆくのだ。ああまたしても著者にしてやられた、と思う。

 恋愛小説の部分もとてもピュア。甘さとほろ苦さの加減がなんともいい感じの一冊。

『夏と花火と私の死体』☆☆☆☆(乙一、集英社文庫)

 2つの中篇が収められている。表題作で第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を、なんと17歳で受賞。小野不由美絶賛の帯つき。

 表題策は非常に上質のホラー。申し分ない。描写の美しさと鮮やかさ!誰もが経験したことのある、夏の光景。行間から蝉の声が聞こえ、夏草の匂いがあふれ出てくるようだ。じっとりと汗にぬれた肌の感覚など、描かれた五感すべてがはっきり伝わってくる。

 びっくりしたのはまずその設定だ。コロンブスの卵的発想!この叙述の視点がなんとも画期的。驚いた。こういう手があったのか。決して幽霊からの視点ではなく、まさに「私の死体」なのだ。

 そして何より、サスペンス調のストーリーだろう。読者は登場人物とともに、次々訪れる危機に汗握り、ど、どうなるのどうなるの?と次のページをめくらずにはいられない。この読者をぐいぐいひっぱる展開のうまさもマル。

 読後、なんともぞわぞわっとした気持ちにさせられる、この快感!実はホラーの苦手な私だが、単に気持ち悪い、グロテスクというのでなく、こういう心臓の裏側をひんやりとなでられるような心理的ホラーはいいね。世間の常識とどっかひとつずれてる、この妙な居心地の悪さがなんとも魅力。

『猫の地球儀 焔の章』『猫の地球儀その2 幽の章』☆☆☆(秋山瑞人、電撃文庫)

 SF的設定は非常に優れているし(この装丁からは想像もつかないほど、といっては失礼か?)、筆力はあるし、ひとつひとつのエピソードはぐっとくるのだが、心に響くものに欠ける気が。敗因としては、構成がいまひとつ散漫だったのではないかと思う。いろいろテーマを詰め込みすぎて、結局どれが言いたかったのかがぼやけてしまっており、強くガツン、と胸を押すパワーが弱くなってしまっているのだ。構成さえうまく組み立てて盛り上げれば、大傑作になったと思うのだが。実に惜しい。

 非常に力のある、まぎれもない日本SF作家のおひとりだと思うので、ぜひ次回作に期待したいところ。将来大化けする可能性大。楽しみに待ってます。

 

このコミックがいい!

 『グーグーだって猫である』(大島弓子 角川書店)

 角川書店のPR誌に連載されていた、4ページくらいのミニマンガエッセイの単行本化。彼女の新しい飼い猫、グーグーとビーとの静かで愛情あふれる生活がつづられている。「新しい」というのは、大島ファンならご存知のことと思うが、彼女がずっと一緒に暮らしていたサバはもういないからである。グーグーとビーのことを描いていても、そこかしこに亡くなったサバへの深い愛がにじみでていて、涙を禁じ得ない。彼女にとって、サバがいかに大きく大切な存在であったか、そのサバを失った悲しみがどんなに深いか。淡々とした絵と文章が、静かに読者を揺り動かす。

 そんな傷心の彼女のもとに、ある日突然グーグーはやってきた。サバとの日々を回顧しつつ、グーグーを慈しむ彼女のまなざしは、これがただの愛猫エッセイではないことを物語る。誰かを愛しく思う気持ち、というのは、幸福なもののはずなのに、なぜ読んでて切なくなってしまうのだろう。生命というのが、はかない一瞬のものだからなのだろうか。子猫のとのやりとりから、彼女は哲学的な思考にまで思いを馳せる。ストーリーマンガとはひと味違った、でもやっぱり大島弓子らしい一冊。ご病気はもう大丈夫なのでしょうか。またマンガ描いてくださいね。『グーグー』の続きも来年あたり出るかも、というので楽しみに待ってます。

 

特集 第39回SF大会 ゼロコンレポート

  記念すべき今世紀最後のSF大会が、8月5〜6日(土日)、パシフィコ横浜似て開催されました。さすが世紀末、超豪華な企画&ゲストの出血大サービス!ホント、参加できてよかったと心から思いました。いつも思うけど(笑)。

 しかし、120もある企画のうち、自分が参加できたのは10にも満たないというのは非常に残念。カラダがひとつしかないのがどれほど悔しかったか!それほどに充実した大会でした。私が見ることができた企画だけ、ざっとご紹介します。

1日目
☆「宮部みゆきトークライブ」

 ずっと宮部さんのファンでしたが、実物を見るのは初めて!明るく元気な喋り方で、ちょっとミーハーで(笑)茶目っ気があるという、想像していた通りの方でした。聞き手は大森望氏。

 話題は『クロスファイア』映画化の話や、ハマってらっしゃるプレステの話や(こんなにゲーマーだったとは知りませんでした!)、これから書こうとしてるSFの話などなどとにかく縦横無尽。

 『クロスファイア』は映像を見たら強烈な暴力性が出ていて、書いた自分が驚いたとか(笑)。小説の影響などを考えさせられたそう。

 これからはゲームや小説などのエンタテイメントは、そのひとに限られた時間をどう使ってもらうかのせめぎあいになる、というのには深く共感させられました。言葉の端々から、小説家としての職業意識があふれ出ていて、執筆に向かう真摯な姿勢に感動しました。

 SFを書くことにも非常に意欲があり、これから書きたいのは、なんとレプリカントSFだそう!わー、楽しみ!期待してますからゼッタイ書いて下さいね、宮部さん!

☆「SFというジャンルの確立」

 伊藤典夫(司会)、柴野拓美、野田昌宏のお三方の対談。ダイジマンが楽しみにしてた矢野徹は、残念ながら今回は欠席でした。

 終戦当時、何をしていたかという話から始まり、SFの黎明期を懐かしそうに楽しそうに語っておられました。始まりの熱い鼓動が、こちらにもびんびん伝わってきました。SF一色の青春時代だったのですね。海野十三の話や、手塚治虫、福島正実、星新一など、今は亡きSFの立役者の方々のお話も実に興味深かったです。私の知らないことばかりだったので、とても勉強になりました。柴野さんの「やっとSFのジャンルが確立したと思ったら、もう浸透と拡散が始まったみたい」というお話には驚き。生まれた時から身近にSFがあった私には目ウロコでした。まだまだ若いジャンルなのですね。

☆「SFは楽しい!」

 今回の大会で、私が最も楽しみにしていた企画。何しろ、「本の雑誌」の北上次郎(目黒考二)、椎名誠、大森望のお三方という豪華メンバー!彼らのSF話を聞けるなんて、うう、うれしい!

 しかし、目黒&シーナ、のっけから「最近SFあまり読んでない」などとおっしゃる(笑)。でもシーナさんは『ハイペリオン』を絶賛してらっしゃいました。大森さんの巧みな誘導で、徐々にお二人のSFに対する、いや本の趣味そのもののスタンスが明らかに。が、これが見事にズレてる!(笑)目黒さんが『十二国記』を絶賛しても、シーナさん「ふーん…」。逆に、シーナさんが『月がもしなかったら』をベタホメしても、目黒さん「…そう、よかったね」。もう会場は大爆笑!

 おふたりは昔、非常にSFを愛していて、銀背とSFマガジンを必ず買って読んでたとか。目黒さんの銀背絶賛には感動。

 シーナさんは、これから頑張ってお好きな異世界SFを書いて下さい、という大森さんの言葉で幕。

☆「書評雑誌対抗・SF編集者座談会」

 「ダ・ヴィンチ」、「本の雑誌」、「活字倶楽部」の三つの書評誌からゲストをお呼びして、福井健太氏が司会でお話をうかがいました。同じ質問に対して、答えが三者とも路線が異なるところが非常に面白く、興味深かったです。

 「ダ・ヴィンチ」は本の啓蒙雑誌、「本の雑誌」は書評者そのものにファンがついてる雑誌、「活字倶楽部」はキャラ萌え雑誌(笑)、という傾向が如実に現われていました。三誌とも、読者をよく把握した作りゆえに、それぞれファンがついているんだということが実感できました。

 ジャンル分けについてなどの意見をかわすうちに、司会の福井健太氏が過熱していくさまがなかなか爆笑モノでした。

2日目
☆「SF雑誌の創刊ラッシュ」

 森下一仁氏の司会で、向かって右から森下氏、新井素子、神林長平、川又千秋、谷甲州、山田正紀(敬称略)。神林さん以外は、皆様写真でしかみたことない方ばかり。

 72年ごろは何をしていたか?という質問から始まり、おのおのが当時を語る、という形でした。それぞれのデビュー当時の話など。

 意外にも、昨日の「SFというジャンルの確立」企画に比べて、パネラーの皆様が淡々としていたのが印象的でした。聞いていた雰囲気だと、あまりお互いの交流がなかったのかな?そのせいかも、と思いつつ拝聴。ま、小説書くのって個人作業ではありますからね。

 この企画も、私の知らないSF界のことがたくさん出てきて、非常に勉強にはなりました。

☆「ジャンル別「最強」決定戦:SF、ホラー、ミステリ、ファンタジー史上最大の決戦」

 この企画を見逃した方は、はっきり言って一生の損!(笑)あの時あの会場にいらした方で、この感想に意義を唱える方はおそらくひとりもいないハズ。いやあ、それくらい、マジ面白かった!!

 各ジャンルから2名ずつ選手が出て、おのおの自分のジャンルから「こいつが最強の悪者だ!」と思う小説上の人物をあげ、そのわるものぶりを説明し、どっちが強いかを競う勝ち抜き戦というしくみ。

 司会は大森望氏。また嬉しそうなんだ、これが!(笑)あんなに生き生きとした大森さんって、やはりわるもの、と心ひそかにつぶやく。しかもこの対決、ジャッジは、ほとんどSFを読んだことがないという18歳の声優、仙台エリ嬢。会場のウケや拍手は全く関係ナシ、彼女の意見が全て、という恐るべき判定方式なのでした!まず会場の参加者に予想アンケートをとってから、バトル開始!

 この戦いの模様は全部書くとキリがないので、印象の強かったところのみ紹介。となると、やはりまず圧倒的強さで会場を驚愕の渦に巻き込んだ、山田正紀氏の事を書くのが第一でしょう。何を隠そう、私は彼の著作は一冊も読んでないのですが、あの活躍を見ていっぺんにファンになりました!(笑)

 彼はSF代表だったのですが、挙げた人物が「エイリアン」のリプリー。まずこの意外さで掴みはオッケー。「えっ、なぜリプリー?」と思うでしょ。そして、彼女がいかに悪者だったかという、山田氏の驚天動地の発言が!私は本当にひっくり返りそうになりましたよ。彼女が不倫を清算するために架空の宇宙人、エイリアンをでっち上げ、宇宙船に搭乗していた自分以外の人間を全員殺してしまったというのですから!!その有無を言わせぬ圧倒的迫力と、見事な論法と、芝居がかった弁舌のカッコよさに、会場はひたすら呆然、爆笑。作家とはここまでやるのか!彼のプロ根性を見た思いが致しました。山田正紀、恐るべし。

 他には、ファンタジー代表の高野史緒氏が、『ソフィーの世界』のアルベルトはストーカーだという説や(笑)、ホラー代表の倉阪鬼一郎氏の出した吸血鬼ロマー・マウルが実はただのいいひとでは、という逆転劇やら、ミステリ代表田中啓文のダジャレによる大ボケぶり、などが傑作。

 決勝戦は、ファンタジー代表の菅浩江氏のウェンディ対山田正紀。菅さんのおっとりとした京都弁でのボケぶりも実に面白く、こんな方だったとは、と『雨の檻』のイメージが心の中でガラガラと崩れ行くさまを楽しみながら拝聴。

 が、仙台エリ嬢の性格がウェンディに酷似しているのが発覚してしまったため、やはり優勝は文句ナシに山田正紀氏に決定!いやあ、実に素晴らしい戦いでした(笑)。見てるこちらまで燃え尽きました!

☆エンディング

 ここで急遽、2003年のSF大会の開催地を全員の投票によって決定するという事態に。大阪と栃木の方がそれぞれ短く地元アピール。さて結果はいかに?

 というわけで、たったこれだけの企画しか見られませんでしたが、ひとつひとつは非常に充実していたし、満足満足。欲を言えば、「SFの20世紀」の部屋だけでも、記録ビデオ発売してください、スタッフの方々!あんな豪華メンバーが揃うことはもうないでしょう。ああ、見たかった、小松左京!新井素子の朗読も聞き逃したし、上遠野浩平のトークも聞けず残念。

 スタッフの皆様、お疲れさまでした。おかげさまで心行くまで楽しませていただきました。御世話になった皆様にも感謝感謝(特に牧眞司様)。来年は幕張だとか。おお、地元だ!来年、千葉の地でまたお会いしましょう!

  

 

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

  今年の第39回日本SF大会「Zero―CON」は、ぼくにとって関東で開催される初の大会である。しかも節目の年とくれば、これが行かずにいられるもんか! いざ、横浜!!

 電車で普通に行けちゃうんだから、やっぱ近いのはラクチン。予算をその分オークションに投入できるしね(笑)。ということで、ちょっと早めに会場のパシフィコ横浜に出向き、オープニングは二の次とばかり、早速牧眞司さんらの即売&オークション設営のお手伝いにディーラーズへ急行。紀子さんや北原尚彦さんが作業してるのは予想通りだが、なぜ桐山芳男さんまで(笑)。ホント人が良いんだからァ。ぼくも即売用の雑誌をワシワシ並べ始めるが、作業の途中もミステリ雑誌掲載SFについて、桐山さんから教えて戴くことしきり。タメになります感謝です。

 オークションは5日の初日終了までの入札制だから、行きたい企画の合間に覗けば大丈夫。出品もサンリオ文庫の珍しい所や各種雑誌・単行本のみならず、いわゆる黒っぽい本″もノミネートされてる、さすがの品揃えでしたね。

 さていよいよ第1企画、「SFの日本上陸‐日本SFの芽生え‐」にGo! これは『SFの20世紀』と銘打たれた、リレー座談会の連続企画1コマ目である。パネラーが横田順彌、長山靖生、牧眞司と来れば、書影スライドを見ながら本の紹介や説明を加える、ライブ版『日本SFこてん古典』の趣。

 照明を落とし、最初のスライドが投影されるまで若干の間が。するとすかさず、「えー、これがいわゆるSFの空白時代でして…」と説明を始める横田さん(笑)。SF前史の、いわゆる一連の「奇想小説」の系譜紹介がメインであったが、なに分にも明治・大正と扱う範囲が広いため、要点をフォローした所で時間切れ。最後にザザザッと見せたスライドにだって、幾つもオッ!?てな本があったのになー。「日本上陸」ならば、例えば翻訳に絞ってSF移入史をまとめた方がスッキリしたのかも。

 そのまま『SFの20世紀』2コマ目、「SFというジャンルの確立」へ。疑心暗鬼で半信半疑、人に聞いては一喜一憂、ホントに矢野さん来るのかな?と淡い期待を抱いていただけに、パネル直前にキャンセルの知らせを受けガックシ。矢野さんに会うという、同時代を生きる者なら当然の義務を果たしたいだけなのだが、大会はおろか、宇宙塵40周年パーティーに会員でもないのに飛び込んだり、「ホシヅルの日」に行ってみたりしても肩すかしの日々。それがまたしても…。オノレ矢野徹許スマジ。

 ということで、柴野拓美、野田昌宏、伊藤典夫の3氏によって、各人のSF体験から日本SF黎明期が語られた。聞き手が伊藤さんとはゼイタクな。野田‐伊藤コンビを同時に見るのも初めてですね。

 アメリカ仕込みの日本のSFファン第1号″である矢野徹。星新一らの賛同を得、矢野徹に参画を願い〈宇宙塵〉を創刊した柴野拓美。その器に、学生だった野田昌宏や伊藤典夫を始め、多数の才能が続々と集結する様は驚異の1大スペクタクル! こりゃ昔語りがおもしろいワケだ。日本SFの売り込みに渡米した福島正実が、〈アナログ〉のジョン・W・キャンベル・Jr相手に苦労した話などは、これまで聞いたことがなく興味深かった。

 さらに続けて3コマ目、「初期の日本SF作家‐SFマガジンが生んだ作家達‐」に。小松左京、石川喬司、森優、森下一仁、高橋良平に加え、当初予定された眉村卓に代わり豊田有恒が登壇。初めて拝見した森さんが、エネルギッシュで印象的。第1世代作家(小松、豊田)と、同時代の裏方(評論家・石川、編集者・森)、それらを読んで育った世代(森下、高橋)というメンバー構成である。

 「日本SF作家クラブ」設立のための発起人会(1963年3月5日、新宿の台湾料理屋「山珍居」)に於ける録音テープなどという、歴史的モニュメントが披露された。議事進行は福島正実。なんとなく(ぼくの勝手な)イメージと異なっていたが、やはり精力的なその肉声に、豊田有恒は「今聞いても怖い」と言うんだから相当な物だ。

 小松左京のSF歴など、やはり第1世代作家中心の話題で進んだが、テープが予想以上に長く、他のパネラーにも十分な時間が割けなかったことが惜しまれる。

 この後はお休み。武部本一郎原画展で、あの名画が小さいのにびっくりしたり、オークション会場でのんびりと。突発的に即売用の〈SFマガジン〉を整理したりしつつ、人様が競っているのを眺めるのは実に楽しいものである(笑)。

 終了後はみんなで食事。横田さん、北原さん、長山さん、牧さん夫妻、喜多哲士さん夫妻、天野護堂さん、SF乱学講座の宮坂収一さんに、u‐ki総統、掲示板常連のπRさんで、安田ママにぼくという大所帯。料理がぐるぐる廻ってました。おや、廻っているのはテーブルだ。なぜならここは中華街!

 和やかに会食が終わり、「また明日」と解散した後は、u‐ki総統、πRさん、安田ママに、加藤隆史さんを加えた5人で、大会の夜を語り楽しむ。汲めど尽きせぬ泉かな。

 8月6日、大会2日目。1コマ目はやっぱりリレー座談会その5番目、「SF雑誌の創刊ラッシュ」へ向かう。森下一仁を聞き手に、パネラーは山田正紀、谷甲州、川又千秋、神林長平、新井素子が登場。主に70年代から80年代前半にかけての、デビュー当時の逸話などが語られたが…。注目は新井さんが三村美衣さんにソックリなこと(笑)。「ホシヅルの日」で拝見した時は、なるほど著者近影の通りの新井素子であったが、今日のパネルに登壇したのは、どこから見ても三村美衣その人であった。裏企画の「ミニファンタジーコン3 日本編」には誰が出演しているのかと疑念が生じたが、演技とは思えない位ぬいぐるみをかわいがっていたので、多分本物なのだろう。

 昨日のオークション結果をあれこれ見てまわり、会計を済ませる。いつまで経っても入札が無いことに業を煮やして(笑)札を入れた、〈宝石〉1955年2月、60年12月、〈別冊宝石〉122号(63年9月)の3冊のSF特集号は、そのまま無競争の底値で落札。それぞれ400円也。未所持本だったりするが、他に欲しがる人はいないのか!

 次の企画は、「ジャンル対抗「最強」決定戦:SF・ホラー・ミステリ・ファンタジー史上最大の決戦」に行く。おお、初めてリレーパネル以外だぞ。大森望を司会に、要は〈本の雑誌〉最強決定座談会ライブ版。SF/山田正紀&野尻抱介、ホラー/倉阪鬼一郎&牧野修、ミステリ/我孫子武丸&田中啓文、ファンタジー/高野史緒&菅浩江という代表作家陣による、ジャンルの誇りを賭けた熾烈な戦い(!?)が期待された。

 ジャンルの誇りと言えば、倉阪さんのホラー愛が会場を激震。沸騰するような熱き魂の叫びは、勝敗などに捕われていた世俗のぼくらを超越していた。「双葉山の殺人鬼」@綾辻行人『殺人鬼』で登場の田中啓文さんは、「最強対決なんだから、実際に戦ったらどっちが強いかですよ」という勝負の原点を提起したが、概ね人型の登場人物には有効な論法も、対戦相手が「アラハバキ神」@梅原克文『カムナビ』の野尻さんでは逆効果かと危ぶまれた。だが我孫子さんの冷徹な批判による力添えや、田中さんの期待通りの一発ギャグ攻勢により、優勝候補の一角「アラハバキ神」は破れ去ったのだった。「やってみたら、案外勝つんちゃう?」という田中発言が秀逸。

 しかし何と言っても、並み居る強豪および聴衆を驚倒せしめたのが、山田正紀である。「あれほど小説の登場人物だよ、って言ったのに」と大森さんが苦笑した通り、「リプリー」@『エイリアン』をエントリーした山田さんは、当初は企画意図を十分に掴み切れていないのでは?とさえ危惧された。だが、大胆な仮説と緻密な計算で構築し尽くした「リプリー完全犯罪説」を続々と繰り出し、対戦相手の戦意を喪失させるに十分な破壊力を発揮。密室ミステリの謎解きに、センス・オブ・ワンダーを併せ持った力技をナマで堪能しなかった山田正紀ファンは、残酷だが一生後悔すべきである。勝ちにこだわる飽くなき執着心も、エクセレント&ブラボー!!ぼくは事前予想で1位山田、2位菅浩江と、会心の冴えで的中させてみせたが、正解者の抽選に外れ景品ゲットならず。時々に強権を発動する、特別審査員仙台エリの活躍も見逃せない。

 かくしてリレー座談会『SFの20世紀』により、「Zero―CON」は一本スジの通った大会として、充実した満足感を与えてくれた。スタッフの労を最大限にねぎらいたい。

 

あとがき

 …ついにやってしまいました。8月中に発行できませんでしたああ!ああ、どうしてこうダメダメなのか。申し訳ありません。なにとぞお許しを〜(涙)。(安田ママ)


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