『七回死んだ男』☆☆☆☆ 西澤保彦 (講談社文庫、98.10月刊)
注:ネタバレのため、一部文字色を変えてあります。ドラッグしてお読みください。
西澤保彦の代表作として、誉れ高い作品。を今ごろ読んでいる(恥)。あまりに有名なので、話の筋もだいたい知っていた。が、それでもやっぱり驚いてしまった。いやあ、そうくるとは!
「反復落とし穴」という、自分ひとりだけ同じ日を9回も繰り返してしまう、実にユニークな体質を持つ高校生、キュータロー(久太郎)が主人公。当然、この設定はSFである。その設定をお約束として、このミステリは幕を開ける。遺産がらみの複雑な事情を持つ親戚どうしが集まり、元旦に恒例の宴会を祖父宅で催した翌日の1月2日。目覚めたキュータローは、その日が「反復落とし穴」の2周目だということに気づく。が、その2周目で、なんと祖父が死んでしまうのだ。1周目では死ななかったのに。なぜ?殺したのは誰?
キュータローは、なんとかして祖父の死を阻止しようと、あの手この手を試す。猶予はあと7日。が、なぜかいつも失敗し、祖父は死んでしまう。その艱難辛苦の過程が繰り広げられるわけだが、これがめっぽう面白い。主人公の考えに考えた策略ぶり、なのにそれが必ず裏目にでるおかしさ。ユーモアたっぷりの書きっぷりがまた笑える。しょっぱなから「トレーナーにちゃんちゃんこ」だしねえ(笑)。
で、私はキュータローが最後には無事祖父の死を防ぎ、めでたしめでたしで終わりになるんだと思っていたのだ。が!まだ先があったのだ!!このラストの仕掛けには呆然。まさに天地がひっくり返るような驚き。ここで、いきなり驚愕のミステリに変貌するのだ。すごい、すごい。こうくるとは思わなかった!
確かに普通のミステリとちょっと異なり、この物語の謎を解くことは、著者にしかできないかもしれない。でも、このトリックを考え出したというだけで、この作品は実に稀有でユニークなミステリの傑作といえるであろう。設定も無理なくスムーズに理解でき、読者に違和感を抱かせないところも見事。世評通りの快作であった。
『アイ・アム』☆☆☆☆ 菅浩江 (祥伝社文庫、01.10月刊)
うまい。菅浩江って、やっぱりうまい。や、もちろん「何をいまさら」と失笑を買うのは承知のうえだ。が、長篇なら長篇を、中篇なら中篇をきっちり書ける作家というのは、実は案外少ないのではないかと私はひそかに思っている。そして、菅浩江はまぎれもなくその少ない作家のひとりだと思うのだ。
ホスピス病院で目覚めた「私」は、自分がロボットの体をしていることに気づく。「ミキ」と名づけれらた彼女は、介護ロボット。しかも、ドラム缶に人間の頭と腕と車がついてるという、かなり奇異な姿のロボットだ。ロボットゆえの患者との確執、悩み、そして何より「私は本当にロボットなの?それとも?」という悩み…。
彼女の複雑に揺れ動く心が繊細に書かれており、読者の胸に切ない痛みと激しい共感を呼ぶ。彼女は、まさに生と死に毎日正面から向かい合い、そのはざまのきわどい瞬間に立ち会っているのだ。私たちが日常、なんとはなしに隠蔽している、だが逃れようのない「死」に、彼女はいつも立ち向かい、その都度患者に答えを出してあげなければいけないのだ。その苦しみ、つらさは、いかほどであろう。しかも自分はロボットなんだか人間なんだかわからない、中途半端な存在であるということが、さらにその苦しみを込み入ったものにしてしまう。患者たちの気持ち、介護する人々の気持ちもわかるだけに、読者はなおさら痛い。
このロボットのこと、痴呆老人などのことも含め、本書のテーマは、実は「人間とは何か」という非常に重い問いかけだ。そして、著者の出した答えは、やはり菅浩江ならではの胸にしみるような答えだった。涙の着地。温かな感動の1冊。
『CANDY』☆☆☆1/2 鯨統一郎(祥伝社文庫、01.10月刊)
わははは。やってくれるなあ、鯨さん!いやもうサイコーのお馬鹿SFですよ!!>もちろんホメ言葉
「目覚めたとき、元の世界にいるとは限らない。」「あなた」は、記憶を失い、どうやら元の世界とは違う世界に迷い込んでしまったようだ。しかも、今までと似てるようで似ても似つかない、ヘンテコリンな世界に!さらには、追われる身であるらしい…。
もう、ここからはノンストップハチャメチャアドベンチャー。そこここに駄洒落がしかけてあり、それがおかしいのなんの。そこらじゅうに、ギャグの地雷が!ああ、また踏んだ!
駄洒落SF作家といえばまず田中啓文が浮かんでしまう私だが、あの彼にまさるとも劣らないすごさ。ただ、鯨氏はこう、ちょっと懐かしネタっぽい、一部のわかる人間には大ウケ、みたいな急所を突いてくるんだよなあ(彼は本当に私より年下なのか?)。そ、それを出しますか!というネタを(笑)。
でも、確かにこういう夢って見るよね。いや、ここまでハチャメチャじゃないけどさ。ねえ、あなたが昨夜みた夢、あれは本当に夢だったのかな?それとも、実は違う世界に行ってたんじゃない…?(笑)ほら、こんなふうに、さ。
『虹の天象儀』☆☆☆1/2 瀬名秀明(祥伝社文庫、01.10月刊)
注:ネタバレのため、一部文字色を変えてあります。ドラッグしてお読みください。
冒頭、いきなりツボ。こ、これは!今年の3月12日ついに閉館した、あの渋谷の五島プラネタリウムではないか!(涙)まさに五島プラネタリウムへのオマージュ。と同時に、タイムトラベルSFでもあり、著者の星空への思い、プラネタリウムへの愛が語られるという、私の大好きなものを全部並べて差し出されたような話である。
物語は、閉館当日の五島プラネタリウムの場面から始まる。主人公は、プラネタリウムの解説者である(ちなみにこれ、私の憧れの職業でありました。小6の卒業文集の「将来なりたいもの」の寄せ書きにこう書いた記憶があります)。閉館の翌日、片づけをしていた彼のもとに、謎の少年が現われる。少年にプラネタリウムの機械を説明するうちに…。
枚数が少なかったせいもあると思うが、ちょっとこの中盤の展開に、やや難があるかも。もう少し読者がするりと納得するように書けば、絶品の大傑作になったと思う。ネタは本当に素晴らしいのだから。未来のプラネタリウムがタイムマシンとは、なんとロマンティックな!
ラストの纏め方は綺麗。ああ、私の一番見たい夜空も、まさに今のこの空ですよ、瀬名さん。
この小説の残す余韻や味わいは、本当にいい。心の中に、満天の星が広がるような、そんな美しさがある。タイムトラベルSF特有の切なさや愛しさも申し分ない。素敵な物語。
『マリオネット症候群』 ☆☆☆1/2 (乾くるみ、徳間デュアル文庫 01.10月刊)
読後、唖然。「目が点になる」っていう言葉は、まさにこういう時のためにあるのだろう。ヘンだ。ヘンすぎるよ、乾くるみ!!
たとえばハリポタならハッピーエンド、というように「ああ、こういう話だったらきっとこうなるんだろうな」と、だいたいの小説はある程度ラストの着地点が想像できるではないか。が、乾くるみは違う。「え?」と思わず絶句するような、なんとも奇妙な形で裏切ってくれちゃうのだ。
この奇妙な感覚のズレは、ちょっと乙一をほうふつとさせる。乙一が陰性の「ヘン」な作家だとしたら、乾くるみは陽性の「ヘン」な作家だ。とてつもなくユニーク。ぽかーんと、どこか明るく突き抜けている。
女子高生の私は、ある朝目覚めたら、自分の体が自分の意志で動かせなくなってた。どうやら誰かに乗っ取られちゃったみたいだ。いったい誰に?えっ、これはもしや憧れの先輩?しかも先輩、昨夜殺されちゃったって!?犯人は誰よ?
設定もその状況も、とてもうまく書けていて、読者をつるりと納得させる。しかも実に面白い!確かにこの味はクセになりそうだ。ある程度読者を選ぶ作家かもしれないが、私は大いに気に入ったぞ。とりあえず、要チェック作家として今後ピックアップすることに決定。