『フロン』☆☆☆1/2 岡田斗司夫(海拓舎、01.6月刊)
「タイトルの「フロン」とは、婦論であり、夫論であり、父論です」とまえがきにある。読者対象は女性らしいが、男性にもぜひ一読をオススメしたい。
ここには、現代の悩める女性達(未婚も、妻も、母も含む)の心が的確に、明確に書いてある。日頃、心の中でもやもやっと感じている何か、違和感みたいなものを、ばきっと明確な言葉として表現してくれている。しかも男性側からこれを書いてくれたということがさらにすごい。
パート1からパート5までは、家庭論、結婚論、恋愛論、さらには子育て論までが、順を追って述べられている。読んでいくにつれて、ボロボロと目からウロコが落ちていった。要するに私達は、昔作られた既存の価値観にガチガチに縛られていた、というのだ。「家庭は安らぎの場」だとか、「結婚こそが女の幸福である」とか、恋愛に関しては「オンリーユー・フォーエバー症候群」だとかに。そして、それはもはや現代の感覚とは著しくズレているのに、なんとか無理やり自分の心をその古い器に押し込んで、良き女・良き妻・良き母であろうとするから苦しいのだ、と。
このあたりの論理は、実に納得がいく。私は女だから、女の立場のことしかわからないが、少なくともここに書かれているのは現代女性のホンネの一端をズバリと言い表していると思う。男性の皆様、女性にとって家庭は「安らぎの場」ではなく「もうひとつの職場」だと知っていましたか?(いやもちろん100%そうだとは言わないが)「結婚は女性にとってデメリットばかりだ」と私達が密かに考えてることに気がついていましたか?(これも100%じゃないけどね)そういったことがちゃんとわかってる男性は、本書を読む必要はないかもしれない。でも、まだまだまだまだ、古い概念の上にのうのうとしてる男性は多いと思う。そういった方々にこそ、ぜひこれを読んでいただきたい。そして、悩める女性の皆様にも。
著者は、ここまでのパートで現代の女性・男性心理を分析し、以後のパート6と7で、じゃあどうしたらいいのか、という実践論を展開している。が、これはいささか極論であると思わざるをえない。夫は使えなーい、じゃあ家庭からポイしちゃおう(著者の言葉でいうとリストラしちゃおう)、そんで目的別にパートナーを選ぼう、ってそんなに単純でいいのか?(笑)それは単に面倒からの逃げではないのか?まあ、これは彼なりの結論なので、あまり本気にせず、実例のひとつとして面白おかしくちょっとカナシク読んでおけばそれでいいのではないかと思う。これに賛同する人はさすがにあまりいないと思うのだが。そんな極論に走らんでも、単に本書前半で述べられている女性の気持ちを少し理解してもらうだけで、かなり女性側の心理的負担は軽くなると思う。
とにかく、強調しておくが、本書の読みどころは、著者が結論付けた、いかにも冷え冷えとした「夫リストラ論」ではない。それはむしろどうでもよくて、何より読んで欲しいのは、前半に書かれている、既存の思想・幻想に苦しんでいる現代の女性心理分析だ。そう、本書は、自分の今の姿をさらし出す鏡といえるかもしれない。ここに書いたのはあくまで私の感想であって、人によってそれぞれ受け取り方は大きく異なるだろう。男女どちらにとってもかなりシビアな本だが、これを踏まえたうえで互いの幸福を探すことは、じゅうぶん可能であるはずだ。
『ホテルカクタス』☆☆☆1/2 江國香織(ビリケン出版、01年4月刊)
童話のような、ファンタジーのような、なんともいえない不思議な味わいの物語。
ホテル・カクタスという名の石造りのアパートに住んでいた、3人の交流を描いた物語である。が、実はこの3人がちと奇妙なのだ。引用すると、「3階の一角に帽子が、二階の一角にきゅうりが、一階の一角に数字の2が住んでいました。」というのである。何かの比喩だろうか?と思うでしょ。でも、ホントに帽子ときゅうりと数字の2なんですよ。きゅうりは体がまっすぐだから椅子に座れないとか、ね(笑)。
その3人が、ふとしたきっかけで仲良くなり、きゅうりの部屋に集まっては飲み物を飲んでおしゃべりするようになる。楽しくも淡々とした、彼らの日常がつづられていくのだ。3人は皆、ユーモラスなほどに個性的でマイペース。ほかのふたりと全然違う。でも、その違いを認め合い、尊重しあっている。そのお互いの距離の取り方がなんともいい感じなのだ。ときには一緒にいることに疲れたりもするが、でもいないととても淋しく感じてしまう、友達。
ああ、今わかった。これ、江國版『くまのプーさん』なんだ!彼らの、自分の思うまま飄々と生きているところや、それでも友人として仲良くやっていってるところなんかがよく似てる。どこか哲学的なところも。
そこここに入ってる挿絵も素敵。懐かしさと、そこはかとない哀しさを感じさせる1冊。本棚の隅にそっと入れておいて、ふとした時に読み返してみたくなるような本。
『きみにしか聞こえない』☆☆☆1/2 乙一(角川スニーカー文庫、01.6月刊)
ひとは誰でも、心の奥底に、大切なものを隠し持っている。それは、さながら桃の実のようにみずみずしく柔らかく、心無い他人に雑に扱われるとすぐに傷ついてしまう、そんな“ピュアな気持ち”なのかもしれない。それを、「あなたの隠してるのはこれでしょ?」とそっとやさしく手のひらに包んで見せてくれる。乙一はそんな作家だ。
ここには3つの中篇が収められている。相変わらず、彼らしいなんとも変わった設定のヘンな話だ(ホメ言葉です)。「Calling You」は、『失踪HOLIDAY』の「しあわせは子猫のかたち」がお好きな方ならジャストミートの一篇。ワタクシ的にはこれがイチオシ。いいです。誰もが少なからず、こういった周囲との疎外感を密かに抱えている、あるいは抱えていたはず。相手の言葉を真摯に受け取るゆえに傷つき、いつしか心を閉ざすようになってしまった主人公の、心の柔らかさとどうしようもない孤独感が胸にしみる。優しさと温かさに包まれた解決に、くっと切なさがこみあげてくる。
「傷―KIZ/KIDS」も、少年たちの無垢な魂が深い感動を呼ぶ。「華歌」は…ある意味、もっとも乙一らしい話といえるだろう。ものすごく奇妙な味わいの一篇。こういうのをさらりと書いちゃうから、乙一はあなどれない。びっくり箱だね。
『学校に行かなければ死なずにすんだ子ども』☆☆☆1/2 石坂啓(幻冬舎、01.5月刊)
なんとも強烈なタイトルではないか。来年の春に、娘を小学校へ送り出す身としては、思わず不安にかられて本を手に取ってしまうにじゅうぶんな惹句だ。ここんとこのニュースだの新聞だのを見ていると、残念ながら学校に強い不安を持たざるをえない。もはや、学校がいったいどうなってしまっているのか、外の人間には想像すらつかない。そこへ、かの石坂啓が、学校にまつわるエッセイを書いたとなれば、これはもう読まなければ、である。私は『赤ちゃんが来た』を読んで以来、彼女の文章を非常に信頼しているのだ。えらぶらず、等身大の言葉で語っているし、何よりものの価値観がごくごくまっとうに思えるからだ。正しいものにはイエスと言い、世間にまかり通っていようが納得できないものにはきっぱりノーという、その態度の潔さがいい。本書もまさにその通りであった。
3章からなるこの本は、1章が学校の近くにいる子どもや大人へのメッセ―ジめいたもの、あとの2章が実際に自分の子供のことについての軽いエッセイ仕立てになっている。
1章はかなりマジな内容。これは、大いなる共感とともに、私の学校への不安をかなり軽くしてくれるものであった。たとえば、「学校は、軍隊ではない」という章。私も小・中学生の頃、やたら行進隊列にうるさい先生達を疑問に思っていたのだ。やっぱりあれは軍隊のまねっこだったのか。子供心にもなんだかイヤだったよ。他にも、「学校は子供に画一化を押しつけるくせに、同じ口で個性化を薦めるのはおかしい」とか。確かにそれじゃ子供はどうしていいかわかんないよなあ。などなど、どれも非常に納得・共感できる内容であった。特に一番の趣旨である「学校は、降りてもいい」というその主張は、今の学校に不安を抱いていた身を大いに勇気づけ、ほっと安心させてくれるものであった。
2章と3章は、彼女お得意の軽くて楽しい育児エッセイ。『赤ちゃんが来た』から読んでるせいか、もうすっかりリクオくんのことを知り合いの子供みたいに感じてしまっている(笑)。ああ、大きくなったねえ、みたいな。リクオくんは相変わらず元気で天真爛漫で、かわいい。
学校や子供に不安や疑問を持ってる方にはぜひオススメ。あなたの迷いを取り除く、心強い1冊。何が一番大事か、ってことがよくわかります。当たり前のことなんだけど、実際には意外と見失いがちだよね。
『椰子・椰子』☆☆☆1/2 川上弘美(新潮文庫、01.5月刊)
ひとことで言うと、「なんだかオトボケなヘンな話〜」(笑)。とある女性の日記といった形式で、彼女の春夏秋冬がつづられている。が、これがぜーんぶヘンテコでむちゃくちゃなのだ。淡々とした筆致のくせに、とんでもないことばかり書いてある。もぐらと写真を撮ったり、友人の会社のコピー機に4歳くらいの女の子が住み着いたり、殿様が町内副会長をつとめていたり、もうとにかく全編こんな調子なのだ。
現実からぽーんと飛んでむちゃくちゃなこと書いてるんだけど、その飛び方が実にいいカンジ。わざとらしさがなくて、肩の力が抜けている。飛ぶ方向、飛距離、着地点、どれもがなんだか心地よい。ふふっと笑いたくなる。そう、夜中や明け方にみる、なんともいえない奇妙な夢みたい。目覚めて、雰囲気やそのときの感情(すごく悲しいとか、なんだか切ないとか)ははっきり覚えてるのに、いざ言葉にしようとするとどうにもうまく説明できなくて、ただのヘンテコな話になっちゃう。あの感覚にいちばん近いかもしれない。
ちなみに、私のいちばん好きな話は「ぺたぺたさん」。こういう恋愛小説もあるんだなあ!