48号                                                           2001年9月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 アメリカ同時多発テロの件で、書店の店頭はそれに関連した雑誌や、イスラム世界本・戦争本が、どどどっと平台を埋めている。一部の書籍は、重版が追いつかないほどの売行きである。さらには炭そ菌、狂牛病と、最近の平台の暗いこと暗いこと。これが、あの待ち望んでいた「未来」である2001年の真実の姿だとは、と思うと、なんだか気がめいってしまう。

 だが、その隣でこうこうと明るい光を放つ本。それが「ハリーポッター」シリーズである。ハリーは、日本のみならず、世界中に漫然と広がりつつある本離れ(これは「本とコンピュータ」などを読むとよくわかる)の時代に颯爽と現れた救世主、と言っては言い過ぎだろうか。この暗い世相にもかかわらず、いまだに衰えをみせぬ好調な売行きである。何より、子供たちが熱狂して読んでいる、というのがうれしいではないか。これで、彼らがさらに他の本に食指を伸ばすようになればしめたもの。そうだよ、本って面白いんだよ!わくわくするものなんだよ!

 しかも、シリーズ最新刊が、今年度のヒューゴー賞長編部門を受賞した。海外のSFファンにも、晴れてその面白さが認められたわけだ。と同時に、今までハリポタをただのベストセラーと思っていた日本のSFファンたちにも、本書を注目させるに大いなる効果があったのではないか。これでヒューゴー賞受賞帯つき本でも発売すれば、それまで見向きもしなかったのに、こりゃあ買わねばと思う方も少なからずいらっしゃるのでは?(笑)

 今年の暮れには映画にもなるし(すでにイギリスでは前売りの売行きがすごいらしい)、関連グッズはばしばし出そうだし、まだまだハリポタブームは続く勢い。がんばれハリー!魔法で戦争なんか吹き飛ばせ!本の未来に灯りをともしておくれ!

 

今月の乱読めった斬り!

『祈りの海』☆☆☆☆ グレッグ・イーガン(ハヤカワ文庫SF、00.12月刊)

 各所で絶賛されまくっているので、もはや私などが今更何も書く必要などないのですが。実に、実にゴージャスな、本格SF短篇集。いや、これはもはや短篇集などという領域・認識を遥かに越えている。なぜなら、1篇1篇がじゅうぶんに単行本1冊分に値するほどの、ずっしりとした読み応えがあるからだ。これを11篇も読むなんてのは、もうまさに満漢全席並みの満腹度である。

 といっても、別に1篇が長いわけではないのだ。「貸金庫」は33ページ、「キューティ」は21ページでしかない。なのに、このガツンとくる衝撃度のすごさはどうだ。すごい。すごいの一言。

 話はちょっとずれるが、私は短篇にこそSFの醍醐味があると思う。それは、読者をアイデアで仰天させてそこですぱっと終わりになるからだ。人間ドラマを書く余地がそんなにないから、いっそう鮮やかにそのSF手腕のみが際立つ。もちろん長篇SFも面白いけれど、純粋に「SF」というテイストを味わうなら、短篇集のほうがよいような気がする。話の数だけ、センス・オブ・ワンダーを体験できるから。

 その点において、とにかく本書はすごい。衝撃波を、それも超ド級のを11回も食らうのだから。正直言って、軽くサクサク読める本ではない。SFを読みなれてない方には、確かに少々しんどいかもしれない。私も「えっ!?えっ!?それナニどういうこと!?」と自問自答しながら、同じところを何度も反芻して読んだ。が、その苦労は十分報われた。これが今のSFなのか!というショックをたっぷり堪能することができたから。

 ワタクシ的ベスト1は「百光年ダイアリー」。Web日記書いてる方には特にイチオシ。思い当たるフシがあるはず(笑)。SFはちょっと、という方は、これだけでいいから読んでみて下さい。理論は読み飛ばしても大丈夫です、たぶん(笑)。他には「貸金庫」、「ぼくになることを」など、いやどれも本当に素晴らしい。もったいないので、話の詳細については書かないでおきます。

 蛇足だが、本書の瀬名秀明の解説は白眉。普段は解説など読まない、という方もぜひご一読を。最後に、彼の解説から引用。

 小説の未来を考えようとするすべての人に、グレッグ・イーガンはある。

『ドミノ』☆☆☆☆ 恩田陸(角川書店、01.7月刊)

 恩田陸の新境地!今度はコメディだ!(笑)

 いやはや、毎度毎度のことだけど、実際彼女はいったい幾つの引出しを持っているんだろう?さながら後から後からハトを出す、奇術師のようだ。とにかく、これまでに一度たりとも同じ傾向の話を書いたことがないのだから。その中でも、本書は特に異彩を放つ意欲作だ。ある意味、最も恩田陸らしからぬ作品とも言える。

 ユーモア・パニックもの、と評したらいいだろうか。最初はバラバラに登場する28人もの人物(!)が、クライマックスに従って徐々に続々と東京駅に集まっていく様はお見事。緻密な構成に驚くばかり。こんなにハチャメチャなのに、筋がきっちり通ってる。キャラクターの書き分けもばっちり。多種多様な人間たち、それぞれの悲喜劇に彩られた人生模様が描かれる。が、皆真面目なんだけど、やることなすこと、もう全部おっかしくておかしくて!(笑)そこここで、文字通り膝を叩いて大笑いであったよ。そう、どことなくマンガチック。

 とにかく読み始めたら止まらない!極上のノンストップ・ユーモア・エンターテイメント!傑作!

『上と外 1〜6』☆☆☆☆1/2 恩田陸(幻冬舎文庫、H12.8月〜H13.8月)

 そうか、完結まで1年かかったのか…。ついに終ってしまったと思うと、なんだかさみしい気もする。この1年、本当に本当に続きが待ちきれなくてじりじりしたよ!

 ふた月に1冊刊行というスティーヴン・キングの試みに果敢にもチャレンジした恩田陸版『グリーン・マイル』(笑)の正体は、手に汗握るハラハラドキドキのジェットコースター・アンドベンチャー・ノベルであった。もうね、どうしてこんなに次から次へと!ってくらいに、主人公の兄妹に危機が降りかかるのよ。一難去ってまた一難。「きゃ〜っ、この先は!?」ってところで「第2巻に続く」って、うっそお〜恩田さん、ひどすぎます〜×5!(笑)。しかも、巻を増すごとに大風呂敷がどんどん広がっていき、次々と想像を裏切る展開になっていっちゃうんだからまいる。このハイテンションをずううっと最後まで途切れることなく、失速するどころか加速度を増して維持し続けた筆力には、敬意を表するほかはない。

 ワタクシ的には、恩田さんの作品の中で最も血湧き肉踊る話であった。ん〜、何に似てるかっていうと、昔の紙芝居かな。私自身は見たことないけど、叔父さんがリヤカーを引っ張ってきて、公園とかでやるアレ。黄金バットなんかの、ハラハラドキドキの大冒険。または恩田版「天空の城ラピュタ」ともいえるかな?

 キャラの描き方は相変わらずのうまさ。主人公もいいけど、またその祖父が秀逸。カッコイイぞ、おじいちゃん!とにかく、登場人物すべてが魅力的。彼女の、人間というものへの愛が、そこかしこにうかがえる。本筋のストーリーからちょっと外れた脇道の書き込みがまたいいのだよねえ、恩田さんって。

 まあとにかく、無事に完結して何より(笑)。ふは〜っ、楽しませていただきました!

『R.P.G.』☆☆☆ 宮部みゆき 集英社文庫(01.8月刊)

注:ネタバレ部分は色を変えてあります。文字を反転させてお読みください。

 宮部みゆきの文庫書き下ろし。『模倣犯』の武上悦郎刑事と、『クロスファイア』の石津ちか子刑事が登場する。が、別にこの2つの作品が本書に重大な関係がある、というわけではない。まあ、ちょっと前のキャラを借りるという程度なので、この2作品を未読の人もご安心を。

 最初は展開がもたつき気味な感があったが、話が進み出したらあっという間のイッキ読み。宮部さんの、いつもながらの圧倒的な筆力でぐいぐいと終わりまで引っ張られてしまった。まさに2時間のテレビドラマか、一幕の舞台劇のよう。なんたって、場面はほとんど全部取調室のみなのだから。

 結論から言うと、…またやられました(笑)。いっつも騙されちゃうんだよなあ〜。読後、しみじみ思ったのは、構成の見事さである。ラストまで読んでみると、ああ、あそこはそういうことだったのか、というのがよく見える。タイトルの意味も。

 だが…私はこの小説にはどうも違和感を感じてしまうのだ。ここに書かれてるネットの捉え方と、登場人物たちの心理に。

 実は、これは大いにネットが絡んでくる物語である。とある中年男が殺されるのだが、彼は実の妻や娘がいたにもかかわらず、ネットに擬似家族がいたのだ。彼はそこでも「お父さん」役で、他にも「お母さん」と子供の「カズミ」「ミノル」がいた。この擬似家族3人を取り調べるのを、実の娘である一美がマジックミラーで面通しする、という形で話は進行する。

 ここで徐々に明らかになっていくのは、殺された男の過去と、その彼の擬似家族たちの心vs実の家族である母娘の心である。要するに現実と架空、リアルとバーチャル。それらは一体、人間にとってどういう意味を持つのか。

 しかし、どうも私には彼らの心情があまり共感できるものではなかった。なぜだろう。まるで異世界の人間たちの話であるような感覚のズレがある。まずはこの擬似家族たちの方。彼らとの違和感は、「素敵なオモチャ箱」という私のネット観と、「現実からの逃避場所」という彼らのネット観との差異だけだろうか。それとも、これはあくまでも『R.P.G.』であって、虚構の人物像だからだろうか?実の家族である二人の気持ちも、いまひとつよく理解できない。犯人の心情すらも。なんというか、この物語に出てくる人物全てが、どうも作り物っぽい気がしてしまうのだ。

 でも、これは著者の意図なのか?なんたって『R.P.G.』だからなあ。でもやっぱり、リアルとしてこういう人もいるだろうという意味でこれを書いたのだろうか…う〜ん、どうなんだろう。

 面白かったことは面白かったのだが、どうも読後感がすっきりしない印象。

『天帝妖狐』☆☆☆1/2 乙一 集英社文庫(01.8月刊)

 2つの中篇が収められている。表題作と、「A MASKED BALL」。

 「A MASKED BALL」は、設定が心ニクイ。匿名の人物たちとの文字によるやり取りが描かれるのだが、これがネットの掲示板とかではなく、なんと学校のトイレの落書きなのだ。ああ、そういえばやったよ、こういうの。や、トイレじゃないけど(笑)。高校の化学室みたいにいろんな知らない人が座る机に、メッセージ書いてやりとりしたり。クイズ書いといて、翌週に見るのが楽しみだったり。

 で、乙一はいつもの如く、どこか飄々としたトボケた筆致で、そのコミュニケーションを徐々にサスペンスタッチのホラーにしていく。ラストの、かくっと肩すかしを食わされた感じの、居心地の悪さも彼らしい。さらには、もうひとつ隠しネタを仕込んであるところがなかなか。(我孫子武丸の解説参照のこと)

 表題作は、悲劇である。幼い頃コックリさんに呪われてしまい、異形に姿を変えられてしまったある男の悲劇。切々とした語り口が、心にしんしん染みてくる。その彼がつかの間出会った、ある少女との心の触れ合い。人の優しさと憎悪と孤独が見事に描かれた、傑作。ラストの一文にはやっぱり泣かされてしまった。

 

 

このコミックがいい!

 『二階堂黎人が選ぶ!手塚治虫SF傑作集 異星人(ベム)篇』(手塚治虫、ちくま文庫)

 よく、手塚治虫の漫画は愛と夢と希望に満ち溢れていて、素晴らしいという評を聞く。が、反論を覚悟のうえで思い切って白状するが、実は私は一度たりともそう思ったことはない。というか、皆様本当にそう思ってらっしゃる?とむしろ聞き返したいくらいだ。だって、手塚治虫の漫画ってなんともいえず「こわい」じゃん!!『火の鳥』しかり、『三つ目がとおる』しかり、『ブラック・ジャック』しかり。確かにストーリーは申し分なく面白く、ぐいぐい読者を引き込む圧倒的な強さを持っている。が、読後感はやたら重くないか?私が暗い作品ばかりセレクトしていたのか?いや、そんなことはないはずだ。まあ『リボンの騎士』は読んだことないが。

 そんな、私にとってはどこか「こわい」手塚漫画の中から、ミステリ作家の二階堂黎人が、異星人(ベム)の出てくる短篇ばかりをセレクトしたアンソロジーが本書である。ベムとは「人間ではない化け物じみた宇宙生物全般を指す」そうだ。1963年の「SFマガジン」4月号に掲載された作品なども収録されている。

 で、感想。…やっぱりこわいよ(笑)。人間の心の奥にある、異物への根源的な恐怖や不安といったものを、手塚氏はその鮮やかで自由な表現力で描き見せてくれる。これこそが、君たち私たちの偽らざる本音だろう?と。彼は子供だましのいいかげんな幸福を一切描かない。どこまでも冷静に人間を見つめ、その心の闇にひそむ暗い感情を掘り起こす。そして、その暗闇に小さくチカリとまたたく、希望という光も。

 彼はさまざまな異星人とのコンタクトストーリーを描きながら(そのあふれるイメージは素晴らしいの一語に尽きる。実にバラエティ豊かな宇宙人たちの姿、特質!)、その実どの話も「人間とはなんなのか」という永遠の命題を描いているのだ。読み応えのある1冊。

手塚治虫SF傑作集

 

あとがき

 もはやおわびのしようもない遅れっぷり(今は11月)。しかも今回は特集もお休み。申し訳ありません…。

 どこに旅行にいっても、車窓から目が「本」という看板を探してしまうあたりがサガというかなんというか(笑)。時間があれば、どこの書店でもすかさず入ってチェックチェック!が、最近とみによく目につくのは、あの目にも鮮やかなブックオフの看板。本当に、今や日本中どこにでもありますね。地域による品揃えの傾向の違いとか調べたら面白そう。って違いなんてないのか?(安田ママ)


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