53号                                                           2002年6月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 いやあ、今月はお店がすいていた!そう、言わずと知れた、W杯のおかげである。いやはや、まさかここまで影響があろうとは。夜はもちろんのこと、昼の3時から日本の試合なんて時は、日本人っていつからこんなに総サッカーファンに!?と唖然とするほどガラガラに。

 こういう言い方をしては申し訳ないが、日本が負けてからとたんにお店にお客様が戻ってきて、正直ほっとしている。売上でいえば、予想してたほどひどい落ち込みではなく、もうちょっと踏んばればなんとかなったかも、という数字であったが。惜しい。文芸は、むしろ去年よりよかったし。

 サッカーが売上に貢献してくれたのはPHP研究所の『ベッカム』くらいだろうか。これはすごかった。あらゆる年齢の女性から、「『ベッカム』ありませんか?」と聞かれまくった。もちろん、当店でも売上第1位。これから夏にかけて、W杯の総まとめ写真集や記念出版などが目白押しだ。これらが、サッカーの試合中にへこんだ売上をカバーし、さらにはアップしてくれることを祈りたい。しかし、そんなにベッカムってカッコよかったのか。いや確かに写真でもモデルみたいにハンサムだけど。なにしろ、1回もまともにサッカーを観てない非国民なもので、私(笑)。

 

今月の乱読めった斬り!

『ハローサマー、グッドバイ☆☆☆☆ (マイクル・コニイ サンリオSF文庫 80.9月刊 品切れ)

 絶版となったサンリオSF文庫の中でも、特に傑作との誉れ高い、誰もが絶賛する1冊。私にとっては、ごおおっという感動というより、静かにじんと心に沁みた1冊であった。しいて言うなら、『エンジン・サマー』(ジョン・クロウリー、福武書店、品切れ)に似た読後感。美しく、詩情豊かな香り高い物語であり、同時に見事な構成のSFである。

 最初の「作者から」という一節にあるとおり、この小説は「恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにそれ以外のものでもある」。この言葉がすべてを語っている。赤い海のある、とある惑星でのドローヴという少年とブラウンアイズという少女との瑞々しい「恋物語」であり、彼の町の外で起きていて、やがて彼らにもその影が忍び寄ってくる「戦争小説」であり、この惑星におけるなんとも驚嘆すべき「SF」であり、さらに「それ以外のもの」なのだ。そう、これはとても大きな「物語」なのである。

 語り口の美しさは筆舌に尽くしがたい。主人公達少年少女のみならず、その親たち大人も含め登場人物たちの心の描写が、実に生き生きとして鮮やかなのだ。そう、人物の心だけはリアルに書いてある。それ以外は何気にぼやかしてあるのは、後になって…。

 ラストで、物語は壮大なSFへと昇華する。ここではあえて詳しくは触れない。

 深くて厚みのある豊かな物語を読み終わった時の、なんともいえぬ静かな感動に包まれた。こういう物語をもっともっと読みたい、と心から思う。

『ブロントメク!』☆☆☆1/2 (マイクル・コニイ サンリオSF文庫 80.8月刊 品切れ)

 「コニイはストーリーテラーである」との思いをさらに強くした1冊。不思議な吸引力で、読者をひきつけて離さない。

 うーん、この話はどう説明したものやら。とにかくいろんな要素が入っているのだ。アルカディアという奇妙な惑星のSFであるのはもちろん、アヤシゲな巨大企業に乗っ取られようとする小さなコロニーの住民たちとの社会的戦い、主人公の恋愛、ひとりでヨットに乗り込んでこの惑星の不思議な海を1周する男のサスペンス…。とにかくもろもろのピースが融合し、とあるコロニーでのひとつの物語を形成している。

 そういう話なので、読者の着眼点によって、いろんな風に読める。ある意味、あっけない幕切れのハッピーエンドとも読めるが、私自身は、やはり何とも切ない話だなあという印象。ひょっとして…とは思っていたが、やはりそうであったか。

 しかしラスト間際で、表紙イラストのでっかい耕運機、ブロントメクがいつ活躍するのかと待ってたのに、あれれ?(笑)

 なんとなくつかみどころのないヘンテコな話、ではあるが、それでいてめっぽう面白いのは確か。マイクル・コニイ、なんとも不思議な作家である。さて、『冬の子供たち』と『カリスマ』を探さねば。

『ルート225』☆☆☆ (藤野千夜、理論社 02.1月刊)

 えっ?マジで?と、読了後しばし呆然としてしまった。これはかなりの衝撃的問題作ではなかろうか。作品に問題があるとか、そういうことではない。普通、こういう終り方はしないと思う。その締め方を選んだ作者に驚いたのだ。いったい、彼(彼女か?)はどういうひとなのだろう、どういう作品を書く作家なのだろう、と無性に思ってしまった。

 中学生と小学生の姉弟が迷い込んだ、日常からほんの少しだけズレたパラレルワールドの話である。ほんの少し、というのがポイント。妙なリアル感がある。微妙な年頃の主人公たちの書き方もなかなか。ちょっと醒めた、斜めに見ているというよりは物事に少し距離を置いて、自分から切り離して客観的に見ているような感覚。ここにいる自分と、それを客観的に横から見ている自分のふたりがいる、というか。こういうのが今の子たちなのかな。実際のところはよくわからないが、いいセンいってるように思う。

 しかししかし、このラストは!私にはとても冷静には受け止められない。もし私が彼らのような状況に置かれたら、とてもこんな風にはふるまえないであろう。こりゃ堂々たる「SFだ。しかも救いようのない。コワイよ。すごくコワイよ。でも彼らはこれをまともに受け止めるというよりは、例の醒めた感覚でもってあまりストレートに痛みを感じないように自分でセーブしつつ、現実にきちんと向き合っている。そこんとこに、驚愕してしまうのだ。なんという強さ、いや逞しさ、図太さ、軽さ?なんにせよ、やっぱり強いよ。

 とはいえ、彼らだって本当は…と、その心の奥を想像すると、うわあああっ!と叫びたくなってしまう。これは切ないよ。

 中学生くらいのお子さんの感想をぜひ聞いてみたいものです。この主人公たちの選んだ道に共感するのか否か。

『青空の卵』☆☆☆1/2 (坂木司、東京創元社 02.5月刊)

 装丁の美しい本。「名探偵はひきこもり」という帯が印象的。そう、ワトスン役の保険営業マンである主人公に対して、このホームズ役の友人は、人ぎらいで家にこもりぎみのプログラマーなのだ。で、そんな友人をきづかって、外界への興味を持たせようと、主人公はあれやこれやと謎を持ち出して、なんとか連れ出そうと日々努力しているわけである…が…。

 むむ、これは!このふたりの友情は、どう考えても普通のレベルを超えてるぞ(笑)。やお○と聞いてはいたが、こりゃマジでラブだよ、このふたり!(どっちも♂)若干でも、血液中にそれ系の血が流れてる読者にはたまんないかも(笑)。

 それを脇に置けば、いつもの東京創元社お得意の「日常の謎」派ミステリとして楽しめる。「冬の贈りもの」の謎解きなどは、はたと膝を打った。「夏の終わりの三重奏」みたいな社会問題系の話より、この著者にはこっち路線のほうが向いてると思う。

 主人公たちがやや感情的に過ぎる(そんなにぽろぽろ泣かんでも…)など、若干気になる点もなきにしもあらずだが、さまざまな小さな事件を解決していくうちに、だんだんと彼らに人の「輪」ができ、それが広がっていく様は微笑ましい。加納朋子あたりとはまた少し違った、独特の暖かさを感じる。なんとなく、手ざわりが今の若い人の感覚なのだ。よっぽど心を許す相手以外には、自分の感情の扉を全開にはしないところとか。自分の領域をかたくなに守り、侵入を許すのは限られた信頼できる人間のみ、でもそれでもやっぱり他者と接点を持ちたいとも思う、その葛藤や矛盾。そう、他人との距離のとり方が独特なのだ。自分と他者との間に、薄い透明な壁があるような感じ。

 ちょっと新しいタイプのミステリではなかろうか。「かつくら」読者あたりに強力オススメ。

 

 

このコミックがいい!

 『ラグナ通信』(外園昌也、大都社)

 実はこれ、新刊ではなくて復刊。もとは1983年に、東京三世社から出ていたもの。1ページ目からびっくり。とても、あの『琉伽といた夏』1、2巻〜(集英社)を描いた作者と同一人物とは思えない。絵柄も雰囲気も全く違う。『琉伽〜』はバリバリのSFなのだが、こちらは異世界ファンタジー。雰囲気としては、ますむらひろしに近いだろうか。

 マントをはおった「きのこ人間」ナサニエルと、彼に拾われ育てられた少年、誠一郎とのラグナでの暮らし。美しく不思議なイメージが炸裂する、ファンタジックで、ややSFな世界。絵も、どこか懐かしさを感じさせる、ぬくもりあるタッチで描かれており、なんとも心地よい。

 作者の中には、「ラグナ」という異世界が確固として存在するのだろう。彼は、それを美しい物語にして、読者にも垣間見せてくれた。復刊に感謝。

 

特集 2002年上半期私的ベスト10

 はっと気がつけば、早いもので、もう2002年も半分を過ぎてしまいました。この半年で読んだもののなかから、ベストを選んでみました。しかし、正直1位をのぞけば、皆甲乙つけがたい。なので、順位はかなりの僅差です。例によって、全くもって自分の私的趣味で選びましたが、どれも超オススメです。冊数だけは55冊と一見たくさん読んでるようですが、実際は巻数ものがあるので、たいして読んではいないです。

★第10位 『定本 物語消費論』(大塚英志、角川文庫)

 ショッキングな1冊でした。今までの価値観に、ガツーンと一発かまされたような。
ネットでの皆様の反響ともあわせて、「本を読むということ」について、いろいろと考えさせられました。いい刺激になりましたよ。

★第9位 『殺人鬼の放課後 ミステリ・アンソロジー2』(恩田陸、小林泰三、新津きよみ、乙一 角川スニーカー文庫)

 非常に質の高い、ミステリというよりホラーアンソロジー。どの話も、ものすごく怖かった。特に小林泰三(泣)。乙一も傑作。

★第8位 『パレード』(川上弘美、平凡社)

 『センセイの鞄』の番外編。短篇程度の長さだが、イラストや本の作りも含めて、素敵な1冊に仕上がっている。大人のための絵本と思って読んだほうがいいかも。

★第7位 『丹生都比売』(梨木香歩、原生林)

 飛鳥時代の、権力に翻弄される大人たちと、それに巻き込まれる無垢で優しい子供たちを描く傑作。ひっそりと静かに沈みゆくような悲しみの描写が、たとえようもなく美しい。

★第6位 『ゆっくりさよならをとなえる』(川上弘美、新潮社)

 社会や時流の、ジェットコースターなみのスピードなんてどこ吹く風。川上弘美はひとり、ゆっくりゆっくり、自分の歩幅で道草しつつ、のんびりと歩いてる。思わず知らず、こちらまでゆるゆると気持ちよくなってくる。幸福なのに、静かで、さみしくて、すこうしせつないエッセイ。

★第5位 『きみに会いたい』(芝田勝茂、あかね書房)

 口に出したら、そのよさがこぼれ出してしまう、という紹介者泣かせの本。ある日突然、その声は僕の心に聞こえてきた。孤独な魂の行きつく先は?ハートフルな傑作。

★第4位 『ハローサマー、グッドバイ』(マイクル・コニイ、サンリオSF文庫)

 SFとしての美しさもさることながら、ひとつの物語として、愛すべき作品。詩情豊かで、味わい深い1冊。

★第3位 『暗いところで待ち合わせ』(乙一、幻冬舎文庫)

 乙一は、出る本出る本そのたびに最高傑作を発表するという稀有な作家のひとりだと思っている。誰もがひっそりと心に抱いている孤独やさみしさ、他人とうまく交われないときの微妙な居心地の悪さ、他人に傷つけられたときの辛さ。しかしそれを越えれば他人のやさしさに触れることもできる。人間はそう悪いものでもないよ、という著者からのエールが心に沁みる1冊。

★第2位 『エンジェル エンジェル エンジェル』(梨木香歩、原生林)

 kashibaさん、ニムさんのオススメで読んだら、これがビンゴ。梨木香歩の作品としては、最も完成度の高い作品ではなかろうか。祖母と孫娘の、時空を超えてシンクロする、不思議な心の交流。ひとの心に眠っていたのは悪魔、それとも天使?珠玉の1冊。

★第1位 『指輪物語』1〜9巻 (J・R・R・トールキン、評論社文庫)

 もはや今更、私なんぞが語る必要もないでしょう。皆がハマるわけがよくわかりました。これを読みふけっていた4月は、本当に至福の時でありました。本読み冥利に尽きるといいますか。おそらく、オールタイムマイベストに入るであろう作品。波乱万丈のストーリー、描写の美しさ、そして何より登場人物たちの人間くさい弱さと強さ。ああ、追補編を読まねば。

 

あとがき

 お久しぶりでございます。ほぼ半年ぶりに、突然復活してみました(笑)。すみません、ナマケモノで…。問題は、この空白の4ヶ月間をどうするか、ということ。遡って書くか、どうしようかなあ。(安田ママ)


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