第13号                                        1998年10月

書店員はスリップの夢を見るか?

 祝「銀河通信」1周年!
 ついにこの10月で、めでたくも1周年を迎えることができました。本当に、自分でもここまで続くとは思いませんでした(笑)。これもひとえに読者の皆様の、日頃のご愛顧とご協力のおかげです。心より御礼申し上げます。

 最初はA4用紙2枚だったのが、それでは書き足らず4枚になり、あげくの果てにはホームページ開設にまで至る始末。この“もっと書きたい〜”という欲望は深まるばかりで、困ったものです。

 が、私ひとりではとてもここまでやれなかったでしょう。私にパワーを下さったのは、アンケートや座談会に快くつきあって下さった皆様です。皆様の、本に対する熱い思いを聞くことができ、大変励みになりました。実は同志は私の周り中にいたのですね!
 これからも、なにとぞ「銀河通信」をよろしくお願い致します。

今月の乱読めった斬り!

『六番目の小夜子』☆☆☆1/2(恩田陸、新潮社)

 「三月は深き紅の淵を」の著者のデビュー作。92年に新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズとして刊行され、その後長らく絶版だったのを大幅加筆したものである。

 ある高校に密かに伝わる奇妙なゲーム。3年に一度、卒業生から在校生の一人にそっと渡される古びた鍵。その鍵を受け取った者が、今年の「サヨコ」である。
 「サヨコ」として選ばれた者は、誰にも見破られないまま、学園祭のときに上演する劇のシナリオを書かなければならない。その劇がうまくいけば、今年は“成功”。受験に合格する率がとても高くなる。失敗すれば、浪人をはじめ、さまざまな不幸がふりかかる年になってしまうのだ。
 そして、「六番目の小夜子」の年に、同じ名前の転校生がやって来た時から、歯車は狂い出した…。

 この妖しく魅力的な設定のうまさ!これだけでも、面白そうでしょう?ひきずりこまれるように読んでしまった。謎が次々と出てきて、早く先が知りたくてうずうずする、そんなもどかしい気持ちで。
 何が起こるかわからないという恐怖が、じわじわと忍び寄り、やがてクライマックスの学園祭当日を迎える。ここのたたみかけるような描写も素晴らしい。なにが怖いのか、自分でもよくわからない、だが意味もなく、わけもなく、ただ怖いのだ。

 そして、明快な結末といったものは提示されないまま、物語は終わる。この漠然と余韻を残す感じが心地よいのだ。物語が終わっても、どこか何かが終わらずに胸に一部分残ったままになっている。実に不思議な味わいの作品である。

『光の帝国』☆☆☆☆(恩田陸、集英社)

 もうひとつ恩田陸。彼女の作品は、1作1作ジャンルが違うので、その違いを楽しみつつ比べつつ読めてなかなか面白い。この作品は、無理やりジャンルで分けるならSFかな。私にとってはどれを読んでも楽しめる、宮部みゆきみたいな感触の作家である。

 さて、本作ですが、彼女の作品の中ではベスト1!(まだ全て読んだわけじゃないが。)読み進むうち、知らず知らずに、ぼろぼろ泣いてました。ひたひたと静かに寄せる悲しみといったらいいか。

 これは、「常野」と呼ばれる、不思議な能力をもつ一族の物語である。彼らは、普通の人達にまぎれてひっそりと暮らしている。
 この一族による、10の連作短篇なのだが、それぞれの舞台設定が全く異なり、作者いわく「手持ちのカードを使いまくる総力戦になってしまった」というほどの贅沢な作品である。どの短篇も、読者をうならせるうまさ!不思議で神秘的で、深みがある。

 人間界における異端者である彼らは、迫害されたり、自らの能力に疑問を持ったりする。彼らの苦しみ悲しみが切なく胸を打つ。

『ホワイトアウト』☆☆☆1/2(真保裕一、新潮文庫)

 平成7年に刊行され、吉川英治文学新人賞を受賞した作品である。

 大雪の中、日本最大のダムが、テロリストに占拠された。彼等は外界と通じる唯一の道路を爆破し、職員を人質にとり、50億円を要求してたてこもる。運良く、あるひとりの職員だけが彼等の手を逃れる。彼は、かつて自分のミスで命を落とした同僚の婚約者のため、彼等に殺された上司のために、ひとりでテロリストに立ち向かう。

 ここまでくれば、もうわかりますね。これは、厳冬期の日本版「ダイ・ハード」なんです(笑)。主人公は、冬山に慣れてるということ以外、なんの特技もないただの人。なのに、火事場の馬鹿力的超人パワーを出して、初めて触れる銃を撃ち、吹雪の中を10キロも歩いて麓まで歩き、氷のような水の中を泳ぎ、テロリストにじわじわと恐怖を与えるという奴なのだ。

 ちょっとすごすぎない?とも思うが、彼は決して立派な正義の味方というわけではない。自分の弱さときっちり向き合い、必死でそれと闘い、克服しようと努力する。この葛藤が、彼を等身大の人間に見せていて、好感が持てる。

 緻密な描写、緊迫感あふれる展開で、とても上質のエンターテイメントだと思う。人間も脇役までよく書きこんであるし。次はどうなるの?と読み進まずにはいられない、それでいて綺麗で丁寧な文章は、お見事。

『ダブ(エ)ストン街道』☆☆☆(浅暮三文、講談社)

 第8回メフィスト賞受賞作。というからミステリなのかと思いきや、私の感触ではファンタジー。

 ある男が、強度の夢遊癖のため行方不明になってしまった恋人を探しに、「ダブ(エ)ストン」という国に迷い込む。ここは常識の通用しない迷宮のような国だった。

 登場人物誰もがヘンテコで、謎めいている。そして、彼らは皆道に迷っている。この不可思議な世界をさまよううち、主人公は、迷うことこそが楽しいのだと気づく。
 「なにかを見つけた時も、そりゃ悪くはないが、俺にはなにかを探してる時の方が楽しくて仕方ない。」主人公の友達アップルはこう言う。
 主人公は、ここから出る方法を考えるのをやめ、ずっとここで暮らそうと決意する。結果より、過程を楽しむ生き方を選んだのだ。

 なんだか、妙に主人公の生き方がうらやましく思えてしまうのはなぜだろう。今、私達の生活は結果を出すことだけに追われていないだろうか。彼みたいに、飄々と風のように生きていけたらさぞ気持ちがいいだろうなと思った。

このコミックがいい!

 『きんぎんすなご』(わかつきめぐみ、講談社)

 自分の進路に悩む、高校生の女の子が主人公。彼女は、元家庭教師のにーさんのところに、ふらりと遊びに行く。そこは、電車で7時間、歩いて2時間というド田舎なのだが、にーさんは将来を約束された身だったのをあっさり捨てて、そこに住んでいるのだ。

 彼女は、そこでパワフルなおばあちゃんや、素っ頓狂な友人と知り合い、話すうちに、自分の悩みが消えて行くのを感じる。そして、「いつか あたしの星を手にいれる」と決意する。

 自分の道を探すのに、焦ることはない。自分のペースで、自分のやりたいことを見つけていこうと思うのだ。

 私が十代の頃に読んだら、きっと自分の人生を揺さぶるくらいのインパクトがあっただろうと思う。(私にとっては「あいつ」1、2巻 成田美奈子、白泉社がそう)惜しかったな。本って、読むべき時期ってのがあるよね。タイムマシンで、昔の私のところに行って、「悩んでるなら読んでごらん、勇気が出るよ」と手渡してやりたい漫画だった。

今月の特集

乱読めった斬り!総決算

 「銀河通信」1周年ということで、この1年(97年10月〜98年9月)に自分が読んだ本の棚卸し総決算(?)をしてみた。
 「乱読めった斬り!」を書くようになってから、記事を書くために、意識してたくさん読もうと頑張ってきたが、やはり100冊には至りませんでした。残念。でもまあ、月に5冊以上という目標は達せられたので、よしとしよう。

 〔集計結果〕

☆この1年の総読破冊数 約85冊
☆ひと月平均        約7冊
☆読破所要日数平均   一冊あたり約4〜5日
  (これはかなりバラつきあり)
☆ジャンル別冊数
 ・ミステリ 32冊
 ・男性文学 5冊
 ・女流文学 20冊
 ・エッセイ 7冊
 ・絵本、児童文学 8冊
 ・SF 10冊
 ・外国文学 3冊

 (注:ジャンル分けはかなり独断。 例えば、『らせん』『ループ』はミステリ、『消えた少年たち』は外国文学に入れました)

 やはりミステリがダントツでしたね。今、一番面白くて元気がいいのは、このジャンルってことでしょうか。これは、ワタクシ的にも世間一般にもいえると思いますが。意外だったのは、女流文学をけっこう読んでたこと。コミックは集計とってなかったので不明。残念だな。とっときゃ良かった。
もしかすると、この他にも読んだけど記録をとってなかったものもあるかもしれません。

 〔年間ベスト10〕

1位『テロリストのパラソル』(藤原伊織、講談社文庫)

2位『光の帝国』(恩田陸、集英社)

3位『朝霧』(北村薫、東京創元社)

4位『クリスマスのフロイト』(R・D・ウィングフィールド、創元推理文庫)

5位『三月は深き紅の淵を』(恩田陸、講談社)

6位『おもいでエマノン』(梶尾真治、徳間書店)

7位『ナイフ』(重松清、新潮社)

8位『雪が降る』(藤原伊織、講談社)

9位『ガラスの麒麟』(加納朋子、講談社)

10位『日曜の夜は出たくない』(倉知淳、創元推理文庫)

 〔解説〕

1位 文句なしの第1級エンターテイメント!これは今のところ、お勧めして読んで下さった方全員が「よかった、面白かった」と言って下さってるので、勧めた方としても実にうれしいです。

2位 今回の乱読にある通り。ぜひ一読を!隠れた傑作です!

3位 北村薫はとにかく好きなんです〜。ほとんどひいきに近いかも。ネタのひねりはまだまだと周りからは言われますが。リドル・ストーリーのところは面白かったですよ。相変わらず、文が美しい。

4位 フロスト警部のキャラがよかった。しょうもないおっさんなのだが、彼のオヤジギャグにウケまくり。こんなに笑いながら読んだミステリは初めてだった。

5位 実験的ミステリ。つかみどころのない、なんともいえない話なのだが、読後、妙に印象が残ったので。後からじわじわ効いてくるってヤツですかね。

6位 甘く切ないSFでした。絶版なのが、ホントに残念。せめて文庫だけでも復刊してくれればいいのになあ。SF復刊しまくってるハルキ文庫あたりでどうかな。

7位 今の子供たちのいじめのつらさが、まさにナイフのように、心に鋭くつきささります。涙のツボを押されたみたいに、いくらでも泣けた。この著者は注目です。ああ、そういえば読もう読もうと思ってて、『定年ゴジラ』まだ読んでないや。

8位 藤原伊織は、短篇も上手です。しみじみ、文章のうまさを味わって頂きたい。話ももちろん、味があっていいです。

9位 日常ミステリの傑作。女子高生の繊細な気持ちそのものをうまくミステリとして使用していて、うならされた。

10位 彼の文体、書き方がとても気に入ったので。軽妙だけど、本格らしいひねりが効いてる。これと同じ探偵が登場する『過ぎ行く風はみどり色』、買ったのにまだ読んでない〜。

 なお、☆の採点のつけ方が甘い!と言われますが、これは自分の好きな本しか紹介してないためです。
今度はボツ本も紹介しますかね?

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

 今、SFは燃えているか?
 おかしなこと聞くねえ、お客さん。ぼくの答えはもちろん「YES!」
 特に1998年の夏は、長く記憶に留められるべきかもしれない。

 理由は二つ。まず、以前も取り上げた「宇宙を空想してきた人々」の放送が完結したこと。「SF」で埋め尽くされた愉しいレクチャーを、教育テレビの人間大学という枠で、テキストも発売されて真っ正面から受ける、ということはかつて無かったワケで、これを画期的と言わずして何と言おうか。

 もちろん、改善すべき点が無いこともなかった。作家の名前を出版物の表記とは違った読み方をしていたり、最終回で特にお勧めと紹介された、ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』が旧装丁版で、J・G・バラード『ヴァーミリオン・サンズ』はとうに絶版、など情報としての不備もあった。また、これまでSFとは縁の無かった視聴者もいるだろうから、言及される作家や作品名などには、クドイと思えるほどテロップを活用した方が理解の助けになったのではないだろうか。

 しかしながら内容は、毎回の放送時間が短く感じられるものであり、「ああ、ここでアシモフの話が出るゾ」なんて野田エッセイでお馴染みの部分も見られたが、そこは「一般教養課程、初級SF史概論(前期)」という設定通りであって、そんなことを批判するのは的外れっちゅうもんです。

 色々あるけど、オーソン・ウェルズが引き起こした、伝説的な“火星人騒動”のラジオテープが聞けたこと、そして筒井康隆本人熱演!の「お紺昇天」朗読が聞けた(観れた)ことが個人的収穫かな。完全録画成功再三鑑賞我歓喜万歳!

 じゃあ理由その2は?といえば、当然〈銀河通信〉が電脳SF界にデビューしたこと。ってのは出来の悪い冗談として、人間大学にも登場、あの巨大な『SF大百科事典』(ジョン・クルート編著95年)が8月の下旬にグラフィック社より邦訳刊行された事に他ならない(日本語版監修高橋良平)。

 ぼくが思うに、このテの資料本が出版されるかどうかというのは、いろんな要因があれど、最終的にはそのジャンルの勢いに左右され、その意味で活力を計る一種のバロメータになりうるんじゃないか、と考えています。まあ、それが正しいかどうかはさておき、グラフィック社の勇気と英断に、心からの快哉を叫ばずにはいられない。

 このような大判ヴィジュアル本は、《スター・ウォーズ》を代表とする空前のSFブームを迎える78年の、『SF百科図鑑』(サンリオ、ブライアン・アッシュ編、日本語版監修山野浩一)以来、実に20年振りのことである。

 『事典』の後に『図鑑』を見比べ、少なからず驚いた。「こんなに字ばっかりだったっけ…」そう思わせるまでに『事典』のヴィジュアルは充実しているのである。
 著名作家を多数動員し、テーマ別解説に重点を置いた『図鑑』、百十一人に上る作家紹介を、そのほとんどをサイン入りで収録し、年表を縦横に駆使する『事典』と、この2冊はそれぞれ異なる個性と特徴を持つ。雑誌についての記述が少々物足りないが、ページを開いた時の華やかさ、楽しさというグラフィカルな面は、もう文句無しに『事典』の方が上である。

 本体6500円はちょっと…とためらう気持ちも良く分かる。しかーし、内容考えりゃむしろ安い位だし(マジで)、上下巻5000円強の本なんてザラなんだから、SFショウケースの本書『SF大百科事典』はマニアは当然マストバイ、初心者の方にもオススメの、迷わずゲットの必須アイテムだ!

あとがき

 この1年、死ぬほど忙しかったけど、これほど充実した年は今までなかったと思います。最後になりましたが、良き(?)サポーター、ダイジマンに感謝!(安田ママ)


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