第14号 1998年11月
10年ひと昔というが、書店の現場もこの10年で本当に様変わりしたなあ、と最近つくづく思う。特にここ3年ほどの機械化の著しさには目を見張るものがある。
私が入社した12年ほど前は、なんといっても“スリップ命”であった。とにかく時間を惜しまずスリップを見て、今何が売れてるか把握せよ、と先輩に教わった。
それが今や、POS直結レジになったため、データは直接出版社に届く。会社のパソコンをちょっとたたけば、いつ何が何冊売れたか、ひとめでわかる。昔を知ってる者には、感慨深いものがある。
不景気の風がこの業界にも吹き荒れ、もはやのんびり仕事をしてるヒマはない。人手がない分、機械化して効率よくどんどん仕事をかたさないと、やってられないのだ。
でも、どんなに忙しくても、満足のいく棚を作りたいものだ。これは永遠に終わらない仕事である。
『プラスティック』☆☆☆1/2(井上夢人、双葉文庫)
こ、これは書評家泣かせの小説である。ネタバレせずに解説するのは非常に難しい。なぜなら、たった一言書くだけで、この本の面白さの90%は減退するから。既読の人は、未読の人に、「読んでみて!びっくりするよ!」という他はない。これが出た当時、プロの方はいったいどのように書評を書いたのだろう?不思議だ。
著者は、その当時の最新のメカや社会状況を、小説の重要なキーポイントに使う。これが実に巧みで、いつもうーんとうならされる。
今回の小説のキーポイントは、ワープロである。ま、これはそう新しい道具というわけではないが、小説の形式としては新しい試みと言えるだろう。
というのは、この小説は、何人かの登場人物によって書かれたワープロのファイルを読者が読むという形式になっているのだ。最初は、向井洵子という主婦のファイル。次に、高幡英世という男性、というように、ファイルの羅列によって物語が進められてゆく。
最初は、「?」である。これが読み進むうちに「???」となってゆき、読者はどんどん迷宮に迷い込まされる。そして、「!!」。ああ、もうこれ以上は書けません。とにかく、お読み下さい。読み終わった人としか、この本の話はできないのです。ううう、ラストについて語りたいのになあ〜!
『血は異ならず』☆☆☆1/2(ゼナ・ヘンダースン、ハヤカワ文庫SF)
先日読んで大変感銘を受けた『光の帝国』(恩田陸)の、元ネタとなった話。
これは、ある宇宙人たちの、地球への移住物語である。
自分達の住む星が消滅するのを察知した預言者の言葉に従い、彼等《同胞》(ピープル)たちは、他の星に移住することを決意する。彼等は地球に漂流し、人間にまぎれこんで生活するようになる。
彼らは、姿形は人間と同じだが、いわゆる超能力を持っている。空を飛んだり、地中に埋まっている鉱物を感知したり、触れずに物を動かすことが出来たり、人によって能力はそれぞれ違うのだが、それは人間から見ると異端の存在である。迫害を恐れて、彼等は人間の前ではその力を隠し、目立たないように暮らしているのだ。
著者の筆致がとても暖かく、好感を覚える。家族や他人への思いやり、恋人や亡くなった夫への愛情、《故郷》への郷愁。そういったものが、ろうそくの灯のように、ほのぼのと心を照らす。人間にひどい目にあわされたり、逆に人間を見下す話もあるのだが、どれも最後はハッピーエンドに終わらせてくれているのも、うれしいところである。
この手の話が好きな方には、お勧めのSFである。ただ、申し訳ないのだが現在絶版。古本屋でみかけたら、即購入をオススメする。
『つきのふね』☆☆☆☆(森絵都、講談社)
この著者は、今の中学生(の中でも本を読む習慣のある、ごく一部の子達)には大変人気のある作家だそうである。
物語の雰囲気が、どことなく大島弓子のマンガをほうふつとさせる。奇抜な発想、ハートフルなストーリー。これは大人にもぜひ手にとって欲しい本である。
主人公のさくらは、「人間ってものにくたびれてしまって」いる、女子中学生である。、それは、親友だった梨利と、ふたりでやった万引きの件で仲たがいしてしまったから。梨利の追っかけだった勝田くんは、ふたりをなんとか仲直りさせようと奔走する。尾行が好きだというちょっとアブナイ奴なのだが、彼の努力は空回りばかりする。万引きの時にさくらと知り合った智さんは、彼女の唯一の安らぎなのだが、彼も全人類を救う宇宙船の設計図ばかり描いている、これまたアブナイ人である。
皆、何かに行き詰まっている。それぞれが孤独な魂を抱え、未来に漠然とした不安を抱いている。でも、「ともだち」がいる。さみしい彼らの、たったひとつの支え。「月の船はこないよ」「でもあたしたちはきたよ」とさくらは言う。
つらくて、なにもいいことのない世の中かもしれないけれど、「ともだち」さえいれば、どうにかこうにか乗り越えていけるのではないか、という著者のメッセージが聞こえた。
最後の一行に、涙があふれた。こんな世の中だけど、誰の心にも小さな灯は残ってると私も思う。
『カラフル』☆☆☆☆(森絵都、理論社)
『つきのふね』のテーマのシリアスさに比べ、こちらは明るく軽快なストーリーである。
死んだはずのぼくは、天使の抽選に当たったかどで、人生を再挑戦できることになる。自殺した少年の中に「ホームステイ」して修行し、前世のあやまちに気がつけば成功。失敗すれば、輪廻できないという、天使の勝手な決定により、ぼくは下界に戻ることになる。
こうしてぼくは、中学3年生の少年の体の中に入り、「小林真」として暮らすことになる。彼は絵を描くことを生きがいにしている、おとなしく、親しい友達もいない子だった。家族は一見なんの申し分もないが、実はろくでもない人間ばかりだったのだ。
しかし、話はそこでは終わらない。いろいろな経験をするうち、ぼくには周りの人達の、本当の気持ちが見えてくる。人間は善、悪一色ではないのだ、ひとりの人間にもいいところ、悪いところと、「カラフル」にいろんな色が入ってる。ぼくは、やっとそれに気がつくのだ。心温まるラストに、ほっとさせられる。
この本はつらい時に読むと、いいかもしれない。「しょせん、今の人生だってほんの数十年のホームステイだ」と思えば、少しは楽になれるかもね。
『ふたつのうた時計』(太刀掛秀子、集英社文庫)
'81〜'84年に「りぼん」や「りぼんオリジナル」で発表された短篇の文庫化。今や、古本屋でも入手が難しいものばかりなので、ファンには感涙ものの復刊である。
彼女の作品は、どれもピュアでやさしさに溢れている。少女漫画が本当に美しく清らかな世界を描いていた時代の作品である。愛、生と死、友情、親子の情など、テーマはけっこう深いのだが、たとえどんな悲しみを描いていても、そこには作者の人間に対する暖かいまなざしがある。
表題の「ふたつのうた時計」は、中学に入ったばかりの女の子を主人公とした初恋もの。初めての気持ちに戸惑う少女の、揺れる心を描いている。
これがまたなんとも初々しくてかわいい。「好き」と告白されて、自分もそうなのに口に出されたとたんに違和感を感じてしまい、「さいこう大切なともだち」と言ってしまう主人公。この年頃の繊細な感情を、こわれ物を扱うようにそっと丁寧に描いている。
他4つの短篇が収められている。
祝、映画上映!
11月14日より、銀座テアトル西友にて、『クジラの跳躍』という彼のアニメ映画が上映されるのを記念して、今回は彼の特集を組むことにした。
たむらしげるの絵を目にしたことのない方は、おそらくいないであろう。雑誌の表紙になったり、CMになったこともあったはず。
ブルーを多用し、星や鉱物をモチーフにした彼独特のファンタスティックな世界に、惚れこむファンは多い。
近年はMacを使って絵を制作しており、CDーROMやビデオも発売されている。
彼の描く世界はいつも決まっている。たいてい、帽子を被り白いひげを生やした老紳士と少年が登場する。また、ロボット(それもブリキで出来てるような、ホントに子供のおもちゃみたいなヤツ)や、動物なども出てくる。彼らが奇妙で美しい世界で、ちょっとした冒険を繰り広げるというストーリーなのだ。
この彼の世界観が素晴らしくいい。大きくそびえる水晶の結晶、キノコの森、銀河の海を泳ぐ魚、歩くビルディング…。これらが、透明感のあるキレイな色で描かれているのだ。彼の使うブルーは本当に美しいと思う。
彼の多くの作品の中から、オススメをいくつかご紹介しようと思う。
☆『スモール・プラネット』(青林堂)
85年発行だから、かなり昔の本。「ガロ」などに発表された作品をまとめたものである。ここで特筆すべきことは、この中に短篇「銀河の魚」が収められていることである。そう、近年ビデオにもなった作品の原作である。彼の描く世界が、いかに変わってないかがよくお分かり頂けると思う。9つの短篇漫画が収録されているのだが、始めの3本のみ、きれいなブルーの2色刷りになっていてウレシイ。
☆『PHANTASMAGORIA』(架空社)
この画集には、まさに彼のエッセンスが凝縮されている。それぞれのイラストに題名と解説がついていて、彼の空想世界を余すところなく伝えてくれる。ファンタジックな世界にどっぷりひたれる、美麗本である。
☆『スターヘッド』(架空社)
これは特に私の好きな大判絵本。表紙を見ただけで、惚れてしまった。頭が☆になっている男が、青い星空の中を歩いているのだ。これだけでもうメロメロですよ、私。この星オトコと、サンタクロースの冒険譚である。私も、アルタイル酒場の「スターライトスピリッツ」(星の光を発酵させ、十億年貯蔵したブランデー)、いっぺんでいいから飲んでみたいなあ。
☆『ダーナ』(ほるぷ出版)
〈イメージの森〉という、いろいろな作家によるシリーズ絵本の中の一冊。かなり、大人を意識して作ったシリーズらしい。ストーリーは、いつもの老紳士と、ブリキのくまのコックとの話。
まあとにかく、4ページ目からのブルーの美しさをご覧頂きたい。海の底のような、夕暮れ時のような、どこか懐かしい美しさである。
おしまいのページの深いブルーもいいよお!
☆『羊の宇宙』(講談社)
夢枕獏が文章を書き、たむらしげるが絵を書いている本。ある老物理学者が、中国の草原に住む羊飼いの少年を訪ねてくる。ふたりは、宇宙や時間や物質についての、物理談義をする。少年の、シンプルな物の見方がいい。絵と文章が見事に溶け合っていて、素晴らしいハーモニーをかもし出している。
☆クジラの跳躍(メディアファクトリー)
彼にしては珍しく、グリーンを基調にした最新絵本。ガラスの海で、何時間もかけて跳躍するクジラを見物するという、老紳士の話。海の上でキャンプをするという発想が素敵。一度やってみたいなあ。
どうした、ダイジマン!?今回は格段にマニアックだぞ!!
戦後初の海外SF叢書である『アメージング・ストーリーズ日本語版』は、1950年に誠文堂新光社から7冊刊行された。まだ日本にSFという言葉が定着していない時代ゆえに、このシリーズは「怪奇小説叢書」と銘打たれており、作品選定の悪さがポシャった原因として定説になっている。確かに、三流SF誌に転落していた〈アメージング〉からの選集なので、そのほとんどが知らない作家であり、翻訳陣も黒沼健、乾信一郎以外はまったく無名なのだが、「これにイカレて多くの日本の青少年が世を誤ることになる(笑)。」
(インタビュー「ずっとSFを夢見ていた」〈未来趣味〉2号89年限定250部)と今日泊亜蘭が証言するように、多少の影響力はあったようである。
…とまあ、いきなりマクシたててしまったが、「現代日本SF史の出発点」としての記念碑的書物であることを考慮に入れれば、それも当然と言うもの。実物は新書サイズのちゃちい本で、これがまた紙質が悪いと来てるので、それなりの状態の物には、それなりにお目にかかれません。
奥付によると、このシリーズは1950年4月10日に1・2・3集が同時配本され、以後5月31日第4集、6月5日第5集、6月15日第6集、7月30日第7集と矢継ぎ早に刊行したが、残念ながら打ち切られてしまった。裏表紙には、
Amazing Storiesはアメリカで一 般大衆の好評を博している月刊雜誌である。日本でいう推理小説とか科學小説とかに似ているが、これよりも更に假空的なものであり、異常な好奇的内容を盛つたものである。これに對して日本には適切な表現がないので、假に怪奇小説と譯した。今回、その發行所Ziff Davis會社の好意により本社が飜譯權を得たので、毎月出版されている同誌の中から、とくに面白いと思われるもののみを選定して、この叢書に纒めたものである。これにより讀者は目下アメリカで流行している新らしい分野のStoriesを愉しく讀まれることができると信じて、本叢書を發行した次第である。
との理念を掲げた文章が、全巻に掲載されている(同時発売の1〜3集は「假に怪奇小説と…」の所が「怪奈小説」という誤植に。どうでもいいけど)。
それでこのシリーズ、造本がかなりおもしろいノダ。表紙画は本国版〈アメージング〉からの流用で、1〜3集では当然ながらカバーに印刷されている。中身の白い紙の本体は、なんか落書きみたいな絵の素っ気ないシロモノである。しかしシカシだ、4〜7集は本体に直接表紙画をプリントした、最初からカバーの存在しない裸本なのである。また、背表紙は黄色のバックに黒字が使用されているのだが、第4集のみ白地に黒なのである。
どういうことか分かります?えっとですね、同時配本の3集までは、カバー付の黄背の本でした。それが、何らかの事情によって続巻分のカバーが省略されたんだけど、ウッカリ背表紙を今までの白い中身のままで出しちゃって、あ、しまったってんで慌てて次の分から黄背に戻した、というワケなのです。つまり第4集は、言ってみれば脱皮の最中(!)であり、変更の過渡期なのであります。
『アメージング・ストーリーズ日本語版』によって、日本の戦後SF史は開幕した。その挫折は同時に、SFが迎える長い苦難の時代の始まりをも意味していた。
全てを犠牲にし、ただ情熱だけでSF出版のジンクスに立ち向かった先駆者たちの勇気と努力は、決して忘れてはならないだろう。
いやあ、今回はしんどかったです。ふた月で3号出すなんてハードなこと、もう2度とやらないぞ(笑)というわけで、次回は11月末に12月号が出ます。 (安田ママ)