第11号                                         1998年8月

書店員はスリップの夢を見るか?

 よく書店のレジなどに置いてある、出版社のPR誌には、けっこう版元も気合を入れているらしく、あなどれないものが多い。
 今私が定期購読しているのは、幻冬舎の「星星峡」と、角川書店の「本の旅人」の二誌である。

 「星星峡」は、今年の二月にスタートしたばかりで、現在7号まで刊行されている。幻冬舎がいずれは文芸雑誌を出そうともくろんでる計画の一環らしい。さすが幻冬舎!という感じの、そうそうたる連載陣メンバーが、目次にずらりと並んでいる。
 私が今読んでる連載は、群ようこと江國香織。今月号なんて、吉本ばななの短篇も入ってるのだ。毎月執筆者が変わる、巻頭エッセイも、初めて読む作家の入門には最適。これでタダとは、超おトク!

 「本の旅人」は、現在コミック誌に連載を持っていない、大島弓子のネコマンガエッセイが読めるのだ!これは、単行本になるかわからないから、超レアものだぞ!

今月の乱読めった斬り!

『テロリストのパラソル』☆☆☆☆☆(藤原伊織、講談社文庫)

 この人の本に出会えて良かったと心から思える作家というのは、年に一人か二人いればいい方である。私にとっての今年の収穫は、この人、藤原伊織である。この作品は、文句なしに私の今年度上半期ベスト1!である。

 これは第一級のエンターテイメントである。面白い!の一言に尽きる。ここには、エンターテイメントとしてのあらゆる要素が入っている。ミステリあり、友情あり、恋あり、のぜいたくな小説なのだ。

 冒頭、土曜日の平和な新宿の公園で、いきなり爆弾が爆発するところから話は始まる。もうここからいきなり読者はストーリーの虜になってしまう。主人公のアル中バーテンダー、島村は偶然そこに遭遇し、この事件に巻き込まれる。かつて東大で共に学生運動をやっていた友人と、その頃一緒に暮らしたことのある女性がその爆発で死んだことを知り、彼は犯人を捜す決意をする。

 この、主人公のキャラクターが抜群にカッコイイ。暗い過去を持つ40過ぎのくたびれたアル中なのだが、彼は今やほとんど絶滅寸前の、古いタイプの男なのだ。
 自分のプライドに背くことは自分自身が許せない、誇り高い一匹狼。ハードボイルドと言えなくもないが、気取った自己陶酔のハードボイルドとは違う。彼は決してカッコつけて生きているわけではない。むしろ、他人から見たらぶざまな生き方に写るかもしれない。が、彼は自分が危機に陥っていても他人の身を思いやるといった、不器用な生き方しか出来ないのだ。

 彼の過去と、その後の20年の人生の重みが、ラストで読者を強く揺さぶる。これは心に傷を抱えた一人の男の生きざまの物語といえるだろう。

『ユニコーン・ソナタ』☆☆☆(ピーター・S・ビーグル、早川書房)

 久々に、正統派ファンタジーを味わった。著者は非常に寡作な作家で、ファンタジー界ではル・グィンに並ぶほど有名な方だそうだ。

 ある少女が、ふとしたきっかけでユニコーンたちの住む異世界に行くという、設定としては極めてスタンダードなもの。とてもシンプルに素直に書かれたファンタジーといえようか。昔読んだ、児童文学のような懐かしい味わい。美しくて、清らかで、夢がある。

 日頃あくせく生きている大人たちには、はっとさせるような言葉や行為が、そこここにあふれている。忘れかけていたものを思い出させてくれる、目に見えない美しいものたちがきらめいている。

 が、現実から目をそむけるわけでなく、むしろ夢の世界よりこの混沌とした現実こそ素晴らしいと訴える著者の姿勢に好感が持てた。

「謎のギャラリー」☆☆☆☆(北村薫、マガジンハウス)

 これは、雑誌「鳩よ!」に連載されてたコラムの単行本化。著者と編集者の対談という形になっていて、北村さんが謎、こわい話、恋などに関するアンソロジーを編むという設定。で、二人であれこれ語りつつ、北村さんがお勧め短篇をいろいろ紹介して下さるという形式になっている。

 6つの章に分かれていて、それぞれにかなりマニアックな短篇が紹介されている。もちろん絶版本もあり。うるうる。悔しい。だが、ここで感動するのは、彼は存在しない本をひけらかすのではなく、入手しにくいものもなんとかして読者にも読んでもらおうと、お勧め小説で本当にアンソロジーを作ってしまったのだ。それが、同時発売の『謎のギャラリー 特別室』。なんとも気の効いた、ありがたい配慮ではないか。おかげで、読者は欲求不満に陥らずに済むわけである。絶対にこちらも読まずにはいられなくなるハズだ。

 それにしても、人にすすめられる本って、どうしてこんなに面白そうなんだろう。紹介者の、その本への愛が加算するからだろうか。

 お勧め本の選択で、その選者の好みがよくわかる。北村さんは、やはり「謎」というものの虜になっているらしい。まあ、よくもこれだけと思うほどの、古今東西の本への幅広い知識には脱帽する。ホント、この方よく読んでるよ〜。

『浩子の半熟コンピュータ』☆☆☆(谷山浩子、毎日コミュニケーションズ)

 「PCfan」というパソコン雑誌に創刊号から4年あまり連載されていたものの単行本化。
いうまでもないが、彼女はナゼか濃いファンの男性が非常に多いので有名(?)な、シンガーソングライター。小説はちょっと歌の世界に似てるが、エッセイは軽妙で面白い。

 彼女は突然思いついて趣味に走ることが多い。が、その中で10年以上続いているのは歌と(笑)、コンピュータだけだそうだ。そう、彼女はなんと14年も前からコンピュータをやってるのだ(動機は、家で誰にも見られずにインベーダーゲームをやりたかったためというから笑える)。その頃の話も書いてあるのだが、あまりにも昔過ぎて、私なんかその頃コンピュータなんぞにまっったく興味なかったので、想像もつかない。フロッピーなんてなくて、テープに入れてたって、どういうことだろう?未知の世界だ。

 この方、さらにゲーマーでもあるので、自分のやったゲームについての批評もある。実を言うと、私がゲームにはまったのも、彼女が原因。この方の、ゲームへの愛もすごいものがある。ソリティアにハマった話も爆笑もの。

 マウスが大嫌いで、キーボードをこよなく愛し、ウインドウズに複雑な感情を抱き、昔のパソコンへの郷愁を語るこのエッセイには、パソコン好きなら思わずうなずく話が満載。ファンならずとも、お勧め。

このコミックがいい!

 ライン@(西村しのぶ、講談社) 

 「サード・ガール」で知られる著者の、最新作。
 彼女はナゼか、連載している雑誌がことごとくつぶれるというジンクスがある(笑)。それがやっと、天下の講談社で、しかも女性誌で(「Kiss」)連載されるようになったのだ。よかったよかった。

 これは、仕事バリバリのかっこいい大人の女性と、年下の男の子との恋愛を描いたもの。
 彼女の描く恋愛は、いつもカラッとしていて、実に明るい。恋愛漫画独特の、片思いでうじうじしたり、ぐちゃぐちゃ悩んだりが全くないのだ。恋愛の、いちばんオイシイところを全面に押し出していて、恋ってこんなに楽しいものだったんだな、というのを再認識させてくれる。日本の漫画の中で、これほど湿度の低いものは、かなり珍しい部類に入るのではないだろうか。

 登場人物がみな元気で、自分の気持ちに正直に生きている。ガッツとパワーがあり、豪快でイキがいい。この感覚は、関西人ゆえか?
 センスがよく、カッコよくて、読んでて元気が出る一冊である。

今月の特集

私の好きな海外作家ベスト1

☆ジェイムズ・ブリッシュ(「宇宙大作戦シリーズ」/ハヤカワ文庫)

 作者名を見て、すぐ誰だかがわかる人はダイジマンくらいかなァ。ご存知スタートレックの原作である。若かりし頃、TV再放送にハマリまくった(現在に至るが、「ニュージェネレーション」は認めない)。60〜70年代の映画の色あせた味わいが、ひなびたにおいが、何とも良いのである(フン!どうせ枯れた趣味さっ)。(理工書担当アニキ・36歳・女)

☆アイザック・アシモフ(〈ファウンデーション〉シリーズ/ハヤカワ文庫SF)

 「いまさらアシモフ」であるが、「されどアシモフ」なのだ。“銀河帝国興亡史”と呼ばれる、この7巻11冊に及ぶシリーズ全巻文庫化記念として。早川書房エライ!SF史上永遠に輝き続ける、まさにアシモフのライフワークである。(ダイジマン・25歳・男)

☆レイ・ブラッドベリ(「火星年代記」/ハヤカワ文庫)

 言わずと知れた名作。何度読んでもジーンとくる。この人の表現、文体はとても綺麗でせつない。原文で読む能力がほしい…。(I郷妹・25歳・女)

☆ジョージ・R・R・マーティン(ワイルド・カートシリーズ/創元推理文庫SF)

 あっちの世界に生まれたかった!(Y田・31歳・男)

☆ダニエル・キイス(「心の鏡」/早川書房)

 洋物が苦手な私が手にした、数少ない海外作家の一人。
 「アルジャーノン」と「心の鏡」の二作しか読んではいないが、「心ー」の方が大好きな私。短篇で、人の心の本質を鋭く書き描いていると思う。共感したのを理由に、彼を推しました。(S沢・26歳・女)

☆アゴタ・クリストフ(「悪童日記」/早川書房)

 話が淡々と進んで行くのが良いです。「悪童日記」のシリーズは、主人公の名前を出さず、ずーっと三人称で続いてゆく所なんか、好みです。(A木・20歳・女)

☆ジョナサン・キャロル(「沈黙のあと」/東京創元社)

 我が息子に拳銃をむける父親の描写(ラストシーンでもある)から始まるダークファンタジー。理想的な家族になにが起こったのか?物語中盤での少年の変心が衝撃的。(I郷兄・32.7歳・男)

☆アガサ・クリスティ(「そして誰もいなくなった」/ハヤカワ文庫)

 うそだ!こんな都合良く人が殺せるか!!と怒りながらも読んでしまったから。腹が立つ推理小説、それもまた良し。(H野・16歳〔大ウソだ!発行人注〕・女)

☆ジェイムズ・エルロイ(「ホワイトジャズ」/文芸春秋)

 たんたんとした、乾いた文章が、しっくりきます。特に「ホワイトー」は絶品と思います。読み終えて「もう一度、読みたいなあ。」と思う本にはそうそう出会えませんが、この作品は、そうでした。実際に、何ヶ月かしてから、もう一度、読みました。(S藤・32歳・女)

☆ジェイ・マキナニー(「ブライト・ライツ・ビッグ・シティー」/新潮文庫)

コメント略。(I沢・男)

☆ジョージ・プリンプトン(「シド・フィンチの奇妙な冒険」/文芸春秋)

 最初は「SWITCH」に短篇で掲載された小説ですが、ノンフィクションの形式をとった大ウソつき小説だったんですね。これがメチャクチャ、面白い。商業的には失敗だったかもしれませんが、こういうセンスある外文がもっとあってもいいのでは。とにかく、面白いぞ。(O竹・36歳・男)

☆ローズマリー・サトクリフ(「ともしびをかかげて」/岩波書店)

 ローマン・ブリテンを舞台とした壮大な歴史物語。児童文学に分類されているようですが、お子様にはもったいねーぜ!(みけ・300035歳・猫)

☆トールキン(「指輪物語」/評論社)

 今のところ、これ以上スゴイと思った本に出会ってません。文庫で読み、単行本を買い、豪華本も手に入れ、文庫新装版を買おうかどうしようか迷っているところです。おばあちゃんになったらもう一回読み返そうと思ってる(私の老後の楽しみの1つ!)。今読み返すにはあまりにも長い。(K友・32歳・女)

☆ローラ・インガルス・ワイルダー(「大草原の小さな家」シリーズ/福音館書店)

 感情を抑えぎみに淡々と書かれているが、行間からにじみ出るなんという暖かさ、素朴さ。この物語のような、人々が支えあって生きる、貧しくとも心豊かな暮らしが、120年前には実際にあったのだ。一家の生活はささやかながら、波乱万丈で、長いシリーズだが、ストーリー的にも面白い。児童文学のジャンルにとどまらず、心乾いた現代の大人にこそ読んでほしい。(安田ママ・32歳・女)

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

 真夏のホラー連続企画は、アメリカ初の怪奇幻想小説出版社「アーカム・ハウス」に最後を飾ってもらおう。アーカム・ハウスは、1939年にオーガスト・ダーレスが設立した。何のために?ラヴクラフトを出版するために!

 37年3月、ラヴクラフト死去。ダーレスは師匠であるラヴクラフトの作品を、なんとかして残したいと考えた。確かにラヴクラフトはパルプ・マガジン最大の人気作家ではあったが、それはあくまでパルプの世界での話であり、生前に単行本は一冊も刊行されていないのだ。いや、これはSFを含む全てのパルプ・ライターも同様であった。印税生活なんて、夢のまた夢。

 ダーレスは自宅の新築費用を流用してまで、ドナルド・ワンドレイと資金集めに奔走した。その結果出版されたのが、ラヴクラフトの『THE OUTSIDER AND OTHERS』1268部である。しかし150部しか予約が集まらず、2ドルの予定が5ドルにまで高騰。売り切るのに4年を費やしたという。

 しかしダーレスは、発行部数を三千部前後に限定し再版を行わない、という方針で本の希少性を高め、またウィアード・テールズ系を中心に収録作家も広げて、読者の支持を確実に掴んでいった(但し、のちにラヴクラフト作品に限り再版したようである)。そのためSF史に興味を抱く者にとって、アーカム・ハウスは特別な思い入れの対象なのである。

 それでは、ぼくの所有しているアーカム・ハウスのラヴクラフト本を紹介しよう。まず最初の『SOMETHING ABOUT CATS AND OTHER PIECES』(49年3000部)は、地味な表紙ながらお気に入り。かの紀田順一郎に、「…本が届いたときの、ほとんど官能的ともいうべき歓びは筆舌に尽しがたいものがあった。〜私の書庫に収まった記念すべき日のことは、永久に忘れることはないだろう。」(『ウィアードテールズ3』巻末エッセイ「黄金時代は一度だけ」国書刊行会84年)と言わしめた本である。同エッセイには、コピーの普及していない時代にあって、本書収録の創作ノートにある「壁の中の鼠」の地図を「…どうしても欲しかった大伴昌司が、私の勤務する会社にそっと忍びこんで、コピーを取った」というエピソードも紹介されている。

 お次は『COLLECTED POEMS』(63年2000部)といこうか。この本は、大阪の古書店の棚隅から拾い出してきたものである。これにはビビった。なにがって、数カ所に“NYU LIBRARIES〜”というハンコが押してあるじゃあーりませんか。最初は何かと思ったけど、カバーに隠れた部分に貼り付けられたプリントを見て、疑問は氷解した。「NEW YORK UNIVERSITY」。ニューヨーク大学の蔵書がウチにあるミステリー。誰だ?ガメて来たのは!?そういや大学図書館の分類カードまで挟んであるゾ。

 さて今度のは…ゲッ、もうスペースが無い!ので、あとは駆け足で。古い順に、『THE DUNWICH HORROR AND OTHERS』(63年3000部)は、「the BEST of LOVECRAFT」の副題が付けられている。『AT THE MOUNTAINS OF MADNESS AND OTHER NOVELS』(64年)は、グリーンジャケットと呼ばれる緑の表紙の重版もの。4刷4000部。赤い表紙もあるらしいから、それが初版なのかな?

 『DAGON AND OTHER MACABRE TALES』(65年3000部)、『THE HORROR IN THE MUSEUM AND OTHER REVISIONS』(70年4000部)、『THE WATCHERS OUT OF TIME AND OTHERS』(74年5000部)の全部で7冊。日本でも『アーカム・ハウス叢書』が刊行されてます。

 あとがき

 今年は、夏風邪が周りで異様に流行ってるように思う。梅雨が長引いたりしたせいか?私もやられてしまいました。うう、おかげでどこにも行けない夏。(安田ママ)


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