27号                                                                         1999年12月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 ついに、とうとう、2000年がやって来てしまう。子供の頃から、2000年と言えば、未来の象徴、まさにSFの世界であった。まさか、現実に自分がその時代を迎えることになろうとは!

 さて、21世紀の出版界はいったいどうなるのだろう。これで口に糊してる身からの私見を言わせてもらえるならば、とても明るい未来が待っているとは思えない。再販制度見直しや、新古書店のますますの参入により、業界はかなり苦しくなると思われる。

 が、一読者として考えてみれば、携帯電子ツールで本が読めたり、絶版本を注文して製本することができたり、ネット書店が増えたりと、大変面白くなりそうだ。

 しかし最も大事なのは、本自体の面白さである。器よりも流通よりも、結局は本は中身。21世紀も、寝食忘れて読みふけることができる本に、一冊でも多く出会いたい。

 

今月の乱読めった斬り!

『MISSING』☆☆☆1/2(本多孝好、双葉社)

 書評などで評判がよかったので、ちょっとさわりだけでも、と思って読み始めたら止まらなくなってしまい、するするっと読んでしまった。短篇「眠りの海」が94年に小説推理新人賞を受賞。これに、以後発表した4本の短篇を加えた本書がデビュー作である。著者は71年生まれ。若いなあ。でもなかなか力量のある方である。ひょっとしてひょっとすると、将来大化けするかも。

 とてもみずみずしくて、いい感性のミステリ。加納朋子あたりの路線の、男性版といった雰囲気。謎解きよりも、人間の心の傷に重点をおいたストーリーである。恋愛小説も一篇入っているのだが、どれもしっとりと味わい深い。しんと静かな気持ちになる。

 「眠りの海」は、海に飛び込んで自殺を図ったが失敗した三十男が主人公。波打ち際で気がつくと、そばに見知らぬ少年がいた。どうやらその子が助けてくれたらしい。自殺の理由をを尋ねる少年に、主人公は「人を死なせてしまったんだ」と答える。そして彼は、恋人の話を始める…。

 主人公と恋人の、愛情を求めながらもまわりを拒絶してしまっている、他人との間に透明なガラスが一枚あって隔てれらている、といった微妙で複雑な感情が切なくて、しんみりさせられる。人間の心の表面でなく、奥にそっと隠してある感情を掘り下げるように、著者は書いてゆくのだ。

 「祈灯」も秀逸。幼少時にいっしょに歩いていた妹を交通事故で失って以来、自分が妹だと思いこんでいる女の子。が、それにはもっとずっと暗く深い理由があったのだ。彼女の心にずっと隠されていた痛みを思うと、本当にやりきれない。

 「彼の棲む場所」は最もブラックな話。テレビでもカリスマ的人気を持つ、温和な大学教授の心の奥に隠された、真っ黒な感情―憎しみと殺意。背中がひんやりとする話である。

 これからの活躍がとても楽しみな作家である。

『群青の夜の羽毛布』☆☆☆1/2(山本文緒、幻冬舎文庫)

 なんとも恐ろしい小説である。いや、べつにホラーではない。母と姉と妹という女だらけの家族の中の葛藤というか愛憎劇なのだが、これがドロドロ!夜10時からやってるドラマみたい。ちょっとミステリ的趣向も入ってるので、謎が気になってぐいぐい一気に読めてしまった。

 全く山本文緒は、どうしてこんなに女の裏の感情を描くことに長けているのだろう。これを読んだら、男性はまずオンナという生き物にぞっとするであろう。「ああもう、そこまで赤裸々に書かなくても!」みたいなとこまで、上野公園の蓮池のヘドロの中に手をつっこむようにして著者は女性の裏側を白日の元にさらしてゆく。中途半端でなく、ここまで徹底的に書いてくれると、かえって小気味よい。

 女同士の葛藤って実にコワイ。しかも、血の繋がった家族だから更にコワイ。これがただの他人ならすっぱり絶ち切ってしまうこともできるのだが、肉親という血の繋がりは、生きている限りどうやっても絶ち切ることができない。愛していながら憎んでいる。憎んでいながら愛している。この相反する2つの感情で編まれた縄によって、がんじがらめに互いを縛り、縛られあって身動きできない3人の母娘。この3人に長女の恋人がからんできて、つまり肉親の「愛」に恋愛の「愛」がからみ、事態は更に複雑になるのだ。

 この解説は、彼女の作品を「それでいて嫌な生々しさがなく、読後感は不思議なほどあたたかい。」と評しているが、私はとんでもない!と思う。彼女の小説はどれも非常に生々しく、読後感はちっとも暖かくなどなく、どんよりとした不愉快というか嫌な感じが残る。でも、読んでしまうのだな、山本文緒。なぜだろう?それは、彼女の描く「愛」の裏側に存在する毒を一度味わったらもうやみつきになってしまうからだ。毒は危険だ。体に悪い。心に悪い。だからこそ、たとえようもなく甘美なのだ。まさに中毒。この毒にしびれたくて、もっともっとあおってみたくて、私は彼女の作品を手にとってしまうのだ。

 あなたも彼女の毒を一服いかが?

『蜂工場』☆☆☆(イアン・バンクス、集英社文庫)

 こ、これは…どう表現したらいいのだろう。一言でいうなら、まさにクレイジーな1冊である。ジャンル分けは実に難しい。いったい、どこに入るだろう。SF?ミステリ?純文学?ホラー?エンターテイメント?なんだかどれもそぐわない。まさにボーダー、あらゆるジャンルの境界線にいる1冊といえるだろうか。

 何がおかしいって、この表紙のタイトルの下にさりげなく小さな文字で書かれた「結末は、誰にも話さないでください」というセリフ。こんな本が今までに存在しただろうか?これだけで、食指をそそるではないか!いったいどんな結末が待っているのだろう?

 私の感想は、「だーいどんでん返しっ!」(笑)である。やられた〜。そう来たか!

 主人公フランクは、16歳の少年。スコットランドの小さな島に父親と住んでいる。兄は、精神を病んで刑務所に入っている。ある日、その兄が脱走した。彼はフランクに、「いまから帰る」と電話をかけてくる。期待と不安でフランクの心は騒ぐ…。

 フランクの日常生活、過去の罪、兄の過去などが綴られてゆくのだが、なんとも奇怪でグロテスク。こいつこそ、どっか狂ってるよ!といった残虐な行動を読んでゆくうち、どうにも気持ち悪くて背中がぞわぞわしてくる。猟奇的な死の影が全篇に満ちている。

 と考えるなら、やっぱりホラーテイストなのかなあ。とにかく、気持ち悪さにかけては傑作。といっても、血がドバッと出たり、内臓がどうのみたいなのとは違うのだ。なにかこう、生理的に不快といったらいいか。こういったクレイジー本(笑)がお好きな方はどうぞ。

『ハサミ男』☆☆☆(殊能将行、講談社ノベルス)

 猟奇的な連続美少女殺人事件がおきる。彼女らは、みな喉にハサミを突き立てられた格好で発見されているため、その犯人は通称「ハサミ男」と呼ばれている。このミステリの主人公は、この犯人自身、「ハサミ男」である。

 彼が3人目のターゲットに選んだ女子高生をねらっていたところ、なんと彼女は自分の犯行を真似た誰かに殺されてしまったのだ。彼は、その真犯人を探すはめになる。

 シリアル・キラーの内面の、狂気の世界に背中がぞくぞくする。トリックもお見事。すっかりだまされてしまった。実に気持ちのいいだまされ方。グウの音も出ない。構成はしっかりしているし、ミステリとしては文句なしの出来のよさ。そこそこ面白かったのだが、ワタクシ的趣味でいうとあまり肌に合わなかったかな。なぜなら、主人公のシリアル・キラーに感情移入できなかったから(笑)。できたら私も異常者だって。私には狂気は理解できん。読んでても不愉快。ああ、でもここが逆に愉快なところでもあるんだけど。

 これは左脳を刺激する、論理的展開ミステリ(パズラーっていうの?)なのだ、と思う。こういった、パズル的趣向のミステリがお好きな方にはオススメ。

『てのひらの闇』☆☆☆☆(藤原伊織、文芸春秋)

 藤原伊織、待望の新作!なんと2年ぶり!しかし、待っただけのことはありました。心の熱さを感じるハードボイルド。しびれました。
主人公はすでに40過ぎの、ある飲料会社の広告宣伝部の課長。だが、ワケありの途中入社で、しかも今回の希望退職募集に真っ先に手を挙げたという、一風変わった男である。

 彼の最後の仕事として、恩ある会長から請け負った仕事。それは、あるビデオテープをCMとして使ってみたらどうか?ということだった。が、彼がそのからくりに気づいて会長にNOといったその夜、会長は自殺を図る。「感謝する」のひとことを残して。いったいなぜ?彼ひとりの捜索が始まる。

 なんといってもこの主人公がカッコイイのだ。一見クールで世をすねているへんくつもののオジサンだが、決してそうではない。彼は仁義を重んじる熱いハートを持ち、人から受けた恩は忘れない。そして世の中の常識的な価値観からは外れた(たとえばこの就職難に課長職をぽいっと投げ打ってしまうような)価値観を持っている。というか、普通の人とは明らかに毛色が違うのだ。これは読み進むうちに理由がわかる仕掛け。

 また、彼の周りに登場する部下の女性やあるバーの姉弟などもカッコイイのだ。とにかくみんなオトナ。嫌な上司にしろ、果ては悪役にしろ、登場人物すべてが、さまざまな苦しみを乗り越えてきただけあって、人間に深みがある。今年できたての甘くて軽い新酒ワインなんぞではなく、じっくりと時間をかけて熟成されたウイスキーのよう。そういったオトナたちの苦味が、この物語に実にいい味わいを出しているのだ。

 後半、彼が自分の過去を語りだすあたりから、物語は一気に弾みがつく。読み終わるのが惜しくてもっとじっくり読みたかったのに、ラストは結局ひといきに読んでしまった。

 これは大人の男と女の物語だ。彼らのぶざまに見えるが実に高貴な人生を味わっていただきたい。至福に浸れること、保証します。

 

特集 私の99年ベスト10

  さて、この時期どこでもやってることで芸がなくて恐縮だが、今年のワタクシ的ベストを出してみようと思う。といっても、今年出版されたものからではなく、個人的に今年読んだものの中からのベストなので、皆様にはなんの参考にもならないかとは思うのだが。

 ざっと数えてみたところ、今年読んだ本の総数(12月12日現在で記録の残ってるものに限る。コミックは除く)は、76冊。ひと月平均6冊ちょっとかな。うーん、もう少し読みたかったなあ。「これはゼッタイ読みたい!読もう!」と思って買った本がまだ積ん読なままになってるものも多いしなあ。

 今回のベストを選ぶにあたり、今年中に読んでいたらゼッタイにベストに入ったと思うのだが、タイムリミットになってしまったものがいろいろあり、非常に残念であった。題名を挙げるとこのあたり。

 ☆『永遠の仔』天童荒太
 ☆『木曜組曲』恩田陸
 ☆『赤い預言者』オースン・スコット・カード
 ☆『冷静と情熱のあいだ』江國香織・辻仁成
 ☆『幻獣遁走曲』倉知淳
 ☆『瞬きよりも速く』レイ・ブラッドベリ

 などなど。他に既刊本も山のよう(笑)。来年まで持ち越しね。

 それでは、ベスト10の発表です!



☆第1位『バトル・ロワイアル』(高見広春、太田出版)

 1位はもう考えるまでもなくこれに決定!これしかない!あれほど夢中になって本に没頭したのは、ひさびさの体験だった。体中の血が熱くたぎるような感覚にしびれまくった。生と死という絶体絶命の選択の中で繰り広げられる悲劇につぐ悲劇。非常にブラックな話ではあるが、でもこれは間違いなく心揺さぶる感動の傑作である。著者の荒削りなパワーがびしばしに感じられる。私が読みたいのは、まさにこういうパワーを感じさせる小説なのだ!あ、蛇足だが、これの映画化には断固反対だ!ヤバすぎるぞ!それに、あれは映画にしなくても、読んでれば十分頭の中で映像化できます。

☆第2位『時計を忘れて森へ行こう』(光原百合、東京創元社)

 これもまた傑作。というか、モロ私の趣味!(ちょっと少女趣味入ってます、すみません)森の匂いのする、優しく暖かいミステリ。『バトル・ロワイアル』とは実に対照的。『バトル〜』が影なら、こちらは光。こんなに美しいミステリに出会えたのは収穫であった。光原百合は、今後ゼッタイ注目の作家だぞ!

☆第3位『ノスタルギガンテス』(寮美千子、パロル舎)

 イメージの美しさで言えば、間違いなく今年のベスト1。小難しい言葉は一切使わず、小学生でもわかる平易な言葉しか使っていないのに、どうしてこんなにまで豊かな表現ができるのだろう!自分の頭が一挙に宇宙にまで広がるような感覚。しかも、正のベクトルじゃなく、滅びや死などの負のベクトルの美しさ!何度も読みたくなる宝物のような一冊。

☆第4位『ななつのこ』(加納朋子、創元推理文庫)

 いやあ、デビュー作がいきなりこんな傑作だったとは知らなかった。凝った構成、人間の心のひだをしっとりと描く味わい、さりげない小さな謎とそのあっと驚く謎解き、文句なしに彼女の代表作でしょう。胸にしみじみとした思いを残す、良質のミステリ。好みです。

☆第5位『てのひらの闇』(藤原伊織、文芸春秋)

 2年ぶりの藤原伊織は、やはり期待を裏切らなかった。一見世捨て人のような、でも実は熱い男のハードボイルド。く〜っ、カッコイイよオジサン!と先日人に言ったら、「安田さんてオジサン趣味なんですか?」と聞かれて愕然とした。そ、そうだったのか?(笑)
 世間の常識なんてくそくらえ。自分の正しいと思うものを信じて生きる、主人公とその周りの人物たちの潔さにしびれた。

☆第6位『恋愛中毒』(山本文緒、角川書店)

 今年は何冊か彼女の本を読んだが、やはり彼女の最高傑作はこれに尽きるでしょう。彼女の毒がじわりじわりと心に染みてきて、最後にガツンとやられます。

☆第7位『キリンヤガ』(マイク・レズニック、ハヤカワ文庫SF)

 好みで言うと『クロノス・ジョウンターの伝説』や『ジョナサンと宇宙クジラ』あたりの方が好きなのだが、今年のベストに入れるとしたらやはりこれでしょう。人によって、これほど受け取り方の分かれるSFも珍しいのでは?実にさまざまな視点から読める一冊。しかも、コリバはパロディにすると最高だ!(失礼)

☆第8位『象と耳鳴り』(恩田陸、祥伝社)

 これは純然たる本格推理短編集。全編を通して、どことなく、海外ミステリの古典みたいな古めかしい空気が漂っている。本格ファンもうなる謎解きがたっぷり楽しめる短編集。でも、やはり恩田陸らしさが随所に現れていて興味深い。普通のミステリだと、最後に謎が解けてああスッキリ、で終わるのだが、彼女の場合は謎が解けてさらになお謎が深まってしまうのだ。迷路から出たと思ったらそこは迷路の入り口だった、で終わるような読後感。これが、好きな人にはたまらないんだよなあ〜!

☆第9位『神様のボート』(江國香織、新潮社)

 読んだ直後はそうでなかったのだが、あとになってじわじわ効いてきた一冊。母と娘、ふたりだけで神様のボートに乗ってふわふわと夢と現実の隙間を漂う。そのそこはかとないさみしさが、静かに心に染みてゆく。いつも一緒にいたふたりが、だんだん離れていくところも切ない。このラストも、人によって読み方が分かれるところ。

☆第10位『MISSING』(本多孝好、双葉社)

 今回の乱読参照。日常の謎派路線の、叙情ミステリといった雰囲気の一冊。なんといっても、これがデビュー作だというから楽しみではないか。今後の活躍におおいに期待したい、注目の作家。今年の『このミステリーがすごい!』第10位にもランクイン。めでたい!

 

 

このコミックがいい!

 『ファンタスマゴリア デイズ』(たむらしげる)

 今年の秋に創刊された、「月刊コミックフラッパー」(メディアファクトリー刊)で、ただいま連載中!この新雑誌、あの懐かしの『超少女明日香』(和田慎二)、『アタゴオルは猫の森』(ますむら・ひろし)などが連載しているという、かなりオイシイ雑誌なのだ。他には新谷かおる、竹本泉、島本和彦などが名をつらねているという豪華ぶり。『明日香』なんてホントにあのまんまだよ!

 で、『ファンタスマゴリアデイズ』だが、これはほんの8ページの連作短篇である。例によって例のごとく、シルクハットをかぶった博士とブリキ製のようなロボットが登場し、独特のファンタジックな世界を舞台に、ささやかな冒険を繰り広げるといったストーリーが展開される。

 最新号の1月号掲載の第2話の題は「流星堀り」。「小さな質の良い美しい星は宝石になり、大きな星は電池として高く売れます」。ああ、いいなあ!流星の宝石!どんなに美しい輝きを放つことか!きっとダイヤモンドもかなわない。

 「星が降るとどこからかバクがやってきます」。バクは流星が大好物なのです。それは遠い昔の夢のかけら。はるか彼方から降ってきたそれは、いったい誰の夢なのでしょうか?

 といった、あの夢あふれる“たむらワールド”が静かにほのぼのとつづられてゆく。

 セリフはすべて著者の手書きのまま。味のある文字が暖かい。

 ギスギスした現実をつかのま忘れさせる、一服の清涼剤コミック。

 

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

 今年はどんな年だったかを振り返ってみれば、レポートがここんとこヤケに増えてる事実から判断して、ぼくにとってSFファン活動大幅推進年間(?)でした!

 さて、その1999年のSF出版界を彩る数々のトピックのなかでも、東京創元社から『合本 火星のプリンセス』を手始めに6月より刊行が開始された、《火星》シリーズ復活を抜きには語れないだろう。初の試みというワケでは決してないが、その“合本”という手法にも大きな関心が集まった。これについては、様々な制約に縛られ困難であった、シリーズ作品の復刊に道を拓いた点を高く評価したい。

 もちろん、復活の大前提が作品の力量なのは当然だろう。その点、大衆小説作家エドガー・ライス・バローズ(早川表記は「バロウズ」だが、ウィリアム・バロウズと区別する意味も含めて却下!)の小説が放つ、時代に左右されない、物語としての普遍的な魅力があってこそなのは言うまでもあるまい。時代がかったその筆致は、しかし古典の風格で他と一線を画し、科学や社会背景が変貌しようとも、輩出した大量の模倣者に消費されようとも、物語の面白さそのものの本質で勝負を仕掛けているために、思いのほか古びない。

 好みの相違で受け付けない方もあろう。こういう言い方は語弊があるかもしれないが、実のところバローズの小説は、あらすじを紹介するのがムズカシイ。いつのまにか似通ってしまうのだ(笑)。それぞれのシリーズ、また個々の作品は、明らかな質感の違いを有し、鮮烈なイメージを焼き付けるにもかかわらず、事実、そうなのだ。が、それはむしろ、あくまで読者サービスに徹したバローズの、面目躍如と言わずして何と言おう。

 常に異邦人の主人公が、自らの勇気と類いまれな行動力によって、名誉と最愛の伴侶を手に入れるという構図を始め、移民の国アメリカ人のスピリットに訴えかける点を見つけ出すのはたやすい。また、ハミルトンやブラッドベリら多くの作家たちが目標にした事実から、後のアメリカSF界にバローズが果たした功績など、語るべき切り口は多い。しかし今回は、日本のSF出版の牽引者として、バローズの活躍を見てみたい。

 1965年9月27日、創元推理文庫SF部門(当時は東京創元新社)から、《火星》シリーズ第一弾『火星のプリンセス』発売さる。もともと、野田宏一郎(昌宏)の連載「SF英雄群像」(〈SFマガジン〉1963年10月号)により、SF読者には待望の邦訳刊行であった。武部本一郎による美麗な装幀、しかも初のカラー口絵+挿絵付として登場したそれは、編集者厚木淳の熱い期待をも上回ろうかという、熱烈な読者の支持を獲得する。コワモテのスレッカラシが集う(!?)〈宇宙塵〉65年11月号(97号)でも、「実によく出来ている」「あまり手放しで面白がると評者のコケンにかかわりそうで気になるが、この作品の魅力は、やはりストーリイテリングのみごとさにある」と絶賛(評者/C・R)。

 引き起こした反響のスゴさについては、厚木、野田両氏が折に触れ述懐しているが、編集部の意気込みの一端は、「雄大な構想で展開する、波瀾万丈のスペース・オペラ!」「007の痛快さと風太郎忍法帖のおもしろさ、SF・アクション・大ロマン!」といった惹句が踊る、挟み込みの刊行内容案内からも感じ取ることができる。

 バローズの《火星》《金星》シリーズを筆頭に、E・E・スミスの《スカイラーク》《レンズマン》といったスペース・オペラの大量訳出による、創元推理文庫の大攻勢を受けた形で1970年に創刊されたのが、ハヤカワSF文庫(現ハヤカワ文庫SF)である。往年の名叢書ハヤカワ・SF・シリーズ(銀背)は、当時全318冊中まだ250番台と、本格SF中心のラインナップで健在だった。そのため初期のSF文庫は、通俗性を意識した、より娯楽色の強いセレクションにて差別化を図っていた。

 とは言うものの、調べてみると意外にも、ハヤカワ・SF・シリーズに《キャプテン・フューチャー》が3冊、E・E・スミスが6冊収録されていたのみならず、『宇宙のスカイラーク』は創元より一年早い1966年発行なのである。バローズの《ペルシダー》に至っては、創元に先駆け5冊を刊行している(創元推理文庫版は1973年〜)。

 このように早川書房の反応は早かったが、やはり“文庫”スタイルの持つ、ヴィジュアルと廉価さに対抗できなかったという所だろうか。折しも「文庫戦争」という言葉が叫ばれ始めた時代であった。

 いずれにしても、バローズ作品が引っ張りだこであった状況は一目瞭然であろう。ハヤカワSF文庫創刊ラインナップの5冊に、バローズの『月の地底王国』が含まれていたのは、むしろ当然過ぎると言える。だが驚かされるのはその後だ。通巻25番までで、バローズがナント9冊! 50番まででも12冊と、にわかには信じ難い驚異的ハイペースにて続々と発売されたのだ。さらに記念すべき101番から125番は、特別仕様の黄色の背表紙に「TARZAN BOOKS」と銘打ち、バローズの《ターザン》シリーズが鳴り物入りで登場するのである(内3冊未刊。SF114の『地底世界のターザン』は、SF25に収録済の《ペルシダー》の一編と同一作品だが、「TARZAN BOOKS」としては欠番のための4冊とも言える)。いかに文庫そのものの柱として、高い依存度を示していたかが分かるだろう。

 と、まあ、これだけの勢いを以ってしてもなお、バローズ=東京創元社とのイメージが広く刻み込まれているようなのは、恐るべき事実と言わねばなるまい。バローズとしては平凡と思わざるを得ない作品も含め、読者は全作品を貪欲に求め歓迎し、その欲求に精力的な紹介で応え続けたのが、訳者厚木淳と創元推理文庫だった!

 これだけ一世を風靡しながら、紹介するタマが無くなればおのずと新刊も途絶え、ここ数年不幸にして書店店頭で姿を見られない状況にあった。だが、あれだけの点数が20年に渡り増刷を重ねたとは思えないほど、意外に古本屋で見掛けず、場合によってはプレミアさえ付く事実をして、バローズ人気の証明の一端にならないだろうか。

 《火星》のみならず、厚木『ターザン』がディズニー映画化の追い風を受け、創元SF文庫より新訳刊行された。完結目指し突き進む事を願ってやまない。ガンバレ〜!

 

あとがき

   今年もはや、あと数日を残すのみとなりました。本年も皆様には大変御世話になりました。私なんぞの駄文をいつもお読みくださり、感想をいただき、まことに感謝の念に耐えません。ありがとうございました。また来年も、コラムニストともども、頑張ります!(安田ママ)


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