第17号                                        1999年2月

書店員はスリップの夢を見るか?

 先月号のあとがきでちょっと触れたが、本の雑誌2月号にこの銀河通信とネット版銀河通信が紹介された。さすがに雑誌のパワーはすごい。おかげさまで、ネットの方のアクセス数は以前の2倍に跳ね上がった。URLも掲載されていなかったのに、わざわざ検索してまで訪問して下さった方々には、本当に感謝!である。
 意外にも紙版の銀河通信を見たいという方もちらほらいらして、恥ずかしくも嬉しいことである。

 ネットのあちこちの掲示板で、今、電子出版が話題になっている。紙とネット、私は両方とも使っているわけだが、どちらも好きである。
 ただ、本と電子出版といわれたら、やはり本を選ぶなあ。やはりこれは愛しい愛しい大事な宝物である。
 まあ、まだ電子出版の方はシステム的にイマイチなので、これからかもしれないが。作家にも、ネットになじみのない方も大勢いるし。

今月の乱読めった斬り!

『秘密』☆☆☆(東野圭吾、文芸春秋)

 「'99このミステリーがすごい!」第9位など、今年のミステリの中ではかなり評価が高く、話題にもなり、しかもよく売れているという(笑)注目の本。

 スキーバスの事故で、妻と娘を失ったかに見えた主人公、平介。が、奇跡的に娘はほぼ無傷で助かった。しかし、なんと娘の体の中には、妻の意識が入りこんでしまったのだ。二人は、周囲を偽り、一見親子、だが心は夫婦として暮らすことになる。
 この設定!こりゃミステリじゃなくてSFだよ!別に謎解きがあるでもないし。

 娘(中身は妻)は、自分のかつての人生の反省を生かし、もうあんな後悔はすまいと猛勉強を始める。これからの未来に向かって、人生のやり直しをする妻に、平介は嫉妬を覚える。妻にボーイフレンドが出来たりして、ふたりの心の複雑な葛藤が入り乱れる。

 その他いろいろあるのだが、まあとにかく人間の気持ち(肉親を失ったつらさ、嫉妬、ほのかな恋、親子の愛情など)はそつなく書けていると思う。確かにうまいと思う。ラストで明らかになる秘密も、なるほどそうかと思った。でも、私はこの本の帯にある方々のコメントのようには、感動はしなかった。なぜか?

 うーん、なんだか月並みな感じがしてしまうのだ。私でもそういう事態に陥ったらそう思うだろうな、といった感情が当たり前に書いてあるだけ、という気がしてしまうのだ。ラストにしても、彼女の立場ではああするより他にないだろう。確かに、ふたりにとってあまりに悲しく残酷な道だが。 読んでみて損はないですが、未読の方は、先入観抜きで読んだほうがいいかも。

『青猫の街』☆☆☆1/2(涼元悠一、新潮社)

 これは、第10回日本ファンタジーノベル大賞、優秀賞受賞作(に加筆したもの)である。
 ファンタジーというより、インターネット・ミステリまたはサスペンスといった感触の小説であった(あくまで私の見解ではね)。内容が内容なだけに、横書き小説である。そこここに、メールやら何やらが出てきて、ネットの小説を読んでいるような感じが新鮮。

 SEである主人公の友人、Aが旧式のパソコン1台だけを部屋に残し、行方不明になる。主人公はAを探し始めるのだが、どうもインターネットにその謎を解くカギがあることをつかむ。キーワードは、「青猫」である。果たして青猫とは?そして、Aの行方は?

 やがて、青猫は非常に危険なものだということがわかり、青猫からのさまざまな妨害工作が入るのだが、これ、けっこうコワイ。だって、ホントにありそうなんだもん(FAXがじゃんじゃん出てくるとことか、怖かった〜)。ネットという新しい媒体ゆえの、新しいホラーと言えなくもない。

 青猫の正体についてはちょっと肩透かしだった気がしないでもないが、著者にしてやられた、といえよう。ラストはけっこう衝撃的だった。そっちの世界に行ってしまったAが、とても切なかった。ネットもの必読!この小説の中に、あなた自身がいるかもしれない。

『ブギーポップは笑わない』『ブギーポップ・リターンズvsイマジネーター1.2』
『ブギーポップ・イン・ザ・ミラー「パンドラ」』☆☆☆☆(ともに上遠野浩平、電撃文庫)

 私は、実はこのテのいわゆるヤングアダルト系というか、マンガチックなイラストの表紙の若い子向け文庫(角川スニーカー、富士見ファンタジアなどなど)は日頃全然読まない。が、周りの方々があまりにも良いと絶賛するので、思いきってチャレンジしてみた。

 結果は…案外面白かった。設定もなかなかだし、いろいろな仕掛けがたくさん詰まっていて、先が早く知りたくてぐいぐい読ませる。3作、あっというまの一気読み。1作目はちょっと書き方がぎくしゃくしてるような感があったが、2作目、3作目と進むに連れて飛躍的に腕が上がっている、と思ったのは私だけ?

 ブギーポップ―不気味な泡。学園に異変を察知したとき、彼は泡が浮かび上がるように現れる、どこかあやしげな影のヒーローである。彼は、女子高生、宮下藤花のもうひとつの人格として存在する。

 『〜笑わない』では、彼は学園に密かに入りこみ、家出したと思われていた女の子達を食い尽くしていた“人喰い(マンティコア)”を倒すべく登場する。マンティコアは、どこかの生化学研究所の失敗作の人造人間のようである。学園をのっとり、いずれは世界をという彼の野望を打ち砕いたのは、実はあるひとりの女子高生のやさしい心だった…。

 以下は字数の都合でカット。とりあえず1作目にトライしてみて。これがオッケーの方は全作一気読みのはず。

本の雑誌風雲録』☆☆☆(目黒考二、角川文庫)

 現発行人、目黒考二から見た「本の雑誌」の創世記である。飲みながら酒の肴として話していた夢の雑誌が、いかにして実現し、今に至るかがつづられている。

 まず、目黒氏の変わり者ぶりに今更だが驚く。「本を読む時間がないから」と言って、会社を3日でやめることを繰り返す彼。本当にやってしまうところが大物というか、普通人離れしてるというか。営業がいやでいやで、業務拡大など全く考えてなかったという。本さえあれば幸せで、自分の本棚や書店の本棚を見てるだけで飽きないという。

 著者が思いつくままに昔の思い出を語るという感じで、話があっちこっち飛んでいるが、一貫して感じられるのは、彼の心の細やかさである。椎名誠がガーッと突っ走るのにうまくブレーキをかけてフォローし、「助っ人」学生たちにあれこれ気を配る。淡々とした文章に、表面にはおそらく出にくい、彼のなにげないやさしさが感じられる。

 ただの夢に過ぎなかった雑誌を本当に創刊し、だんだん軌道にのせていく彼ら。ひたすら情熱だけで動く彼らに、若さと並々ならぬパワーを感じる。これは、目黒氏と、「本の雑誌」の青春記でもある。

このコミックがいい!

『お父さんは時代小説が大好き』(吉野朔美、本の雑誌社)

 ふた月に1回「本の雑誌」に掲載される、「ぶーけ」などで有名な漫画家の、本にまつわるコミックエッセイ。私はこのコラムの大ファンで、とても楽しみにしている。
 まず、なんといっても吉野朔美という漫画家のファンである。『少年は荒野をめざす』など、数々の傑作を発表している。

 彼女も立派な活字中毒者のひとりで、彼女の本に纏わる日常≠ェ描かれるのだが、これが実に面白いのだ。
 例えばやっぱりアルジャーノンには花束を?=B著者はタイミングを逃してしまい、この本をまだ読んでないとのこと。ああ、あるある、そういうこと!という、本好きなら誰しもが思い当たるフシのある話ばかりなのだ。

 そしてなぜかこのエッセイに紹介された本は、妙に読みたくなる。。さりげない書き方が、逆に「いったいどんな本なんだろう?」と興味をかき立てるのかもしれない。

今月の特集

いつか行きたい、この国へ

 今回は、紀行文のお勧め本をいくつかピックアップみました。読んだら、その国に行ってみたくなること請け合いの本ばかりですよ!

☆『マザーグースころんだ』ひらいたかこ・磯田和一/東京創元社

 ひらいさんのイラスト満載の、スケッチ紀行。絵が描ける人っていいなあ、こういう本が作れて!絵本作家なので、街を歩いてても目のつけどころがどこか違う。例えば、看板やガーゴイルなど、うっかり見過ごしてしまうところを、ちゃんと描いてくれてる。

 しかも、この本の素晴らしいのは、フツーの観光客が行かないような街を紹介してくれているところ!やはり、イギリスは(に限らずかな)田舎町がいいっす!ガイドブックとしても使える本。同じシリーズで、『グリムありますか』『アンデルセンください』もお勧め。

☆「モロッコへ行こう ダヤンのスケッチ紀行」池田あきこ/中公文庫

 これはダヤンという猫(著者の絵本のキャラクター)が、著者の代わりにイラストに登場しているので、ダヤンのファンにもお勧め。こちらは、イラストと文章が交互に描かれている。
モロッコなんてどんな国だか全然知らないのだが、これを読むと市場の喧騒までが聞こえるよう。地中海の迷宮都市、サハラ砂漠の夜明け、どれも旅心をかきたてる。街で会った人々の表情も、味があっていい感じ。『英国とアイルランドの田舎へ行こう』も出てます(こちらはMPC出版)。

☆『「イギリス病」のすすめ』田中芳樹・土屋守/社会思想社

 全篇、ふたりの対談でイギリスの話が繰り広げられる。この方達なので、内容が単なる紀行文と一風変わっててユニーク。イギリスの歴史や文化にまで言及している。といっても堅苦しくはなく、楽しく読めてイギリスのことがいつのまにか良く分かってしまう本。

☆『マリカのソファー/バリ夢日記』吉本ばなな/幻冬舎

 「マリカ〜」の方は小説で、「バリ〜」が紀行エッセイなのだが、どちらを読んでもバリに行きたくてたまらなくなります!バリのことを書きたくて、無理やり小説化したのではと思うほど。吉本ばななの描写にかかったら、バリはもう天国のよう!とにかく、気持ちよさそう。でも、どこかあやしげな所があって、それがまた良い。

☆『パタゴニア』椎名誠/集英社文庫

 シーナさんの紀行エッセイはどれもお勧めなのだが(あやしい探検隊シリーズはホントに爆笑もの!)、これはわりと真面目路線。パタゴニアなんてどこそれ?という感じだが、なんとこれが南米大陸の最南端なのだ。シーナさんお得意の辺境もの。ここ、風と氷河の国なんですね。おそらく、自分は一生行くことはないであろうワイルドな土地を体感できる。

 が、実はこのエッセイはもうひとつ、隠しネタがある。全篇、静かで深い妻への思いで貫かれてるのだ。ラストのタンポポのシーンがじいんと胸を打つ。

☆『ハイジ紀行』新井満・新井紀子/白泉社

 雑誌「MOE」に掲載されたエッセイの単行本化。新井夫婦が旅した、ハイジの足跡紀行。奥様が、ハイジのファンらしい。マイエンフェルトには、あのアニメのまんまのハイジの家があり、私の長年の憧れである。スイスって、本当に写真の通りの美しい国です。

☆『雨天炎天』村上春樹・松村映三/新潮社

 箱入りの二冊セットで、ギリシャ編とトルコ編になっている。
 ギリシャ編は、エーゲ海からアトス山までを修道院に泊まりつつ歩く、質素で厳しい旅。トルコ編は、4輪駆動の車で21日間でトルコを一周するハードな旅である。

 淡々とした村上春樹の文章と、村松映三のくっきりとしたモノクロの写真のコンビが絶妙。どちらも表現が饒舌でないところがいい。装丁も素敵。ぜひハードカバーで!

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

 どりゃ〜!買っちまったゼ、例の本。言わずと知れた『星新一ショートショート1001』(3冊セット、新潮社98年)であります。

 星新一の業績がどうの、この本の意義がどうの、そんな事を今更言うまい。ぼくはただ、星新一という稀有なる小説家が、生涯をかけて磨き抜いた“物語の結晶”として本書を受けとめた。
 遥かな高みに登り詰めた、まさにワン・アンド・オンリーの作家であった。

 話は替わるが、最近ぼくのブックハンティング(?)の領域が、困ったことにちょっとずつ広がっている気がする。どうも気のせいではないらしい(笑)。新たなターゲットのひとつがジュヴナイルSFなのだが、これには逆の意味で困ってしまった。どうにも“本が集まらない”のである。

 執念に欠けるためなのか、この手の本にはとんとお目にかかれない。理由も無いわけじゃない。まずそもそもの部数が多くないし、子供は大体乱読だから、図書館のお世話になることは皆さんにも思い当たるでしょう?出版社側も図書館需要で成り立っている節があり、基本的にこれらは古書市場に出て来ない。たまに一般家庭からのものを見掛けたとしても、子供は文字通りの意味で“乱読”だから、落書き上等、函もカバーもあったもんじゃない(笑)。という次第で、ジュヴナイルSFにはオソロシク苦戦を強いられているが、何とか紹介できそうな本を見つけてきた(ってこれだけネ)。

 古手のSFファンなら、あるいは子供の頃に楽しんだことを懐かしく思い出されるかもしれない。レスター・デル・リーの『火星号不時着』と聞いて、「おっ、石泉社か」とピンと来た方は、かなりの通である(なんのだ?)。

 石泉社の《少年少女科学小説選集》は日本初の翻訳ジュヴナイルSFシリーズとして、1955年から21冊刊行された。中でもこの『火星号不時着』は、横田順彌の『日本SFこてん古典』の第24回で、ダイジェストを織り混ぜて詳しく紹介されている。

 面白いのは、「チャック(主人公)の大の親友となり、チャックと力をあわせ、さまざまの危険をのりこえてゆく。勇ましく思いやりのある少年。」という日本人、リューイチ・ヤマムラ(山村隆一)が活躍すること。子供たちにとても喜ばれたのではないだろうか。

 ところが!ぼくの本は石泉社ではないのだ。先の『日本SFこてん古典』の文中、「現在入手することは非常に困難だが、中でも新紀元社版『火星号不時着』は珍しい本」とされた、その新紀元社のものなのだ。表紙絵も同じ構図ながら微妙に違っている。

 この本は、59年に石泉社のシリーズを再編集のうえ出し直した、新紀元社の《宇宙科学小説集》全24巻の一冊目である。であるのはいいのだが、このシリーズ、実は『火星号不時着』を発売したのみで消えちゃった(!)幻のシリーズなのだ。よっぽど売れなかったのか、珍本たる所以である。

 「この小説は、いまから三十年ほどのちに、世界ぢゅうの人々が力をあわせてつくった、火星探検隊のロケットが、長い宇宙旅行をして、はじめて火星を探検する、空想の小説です。」という書き出しの、翻訳者福島正実のまえがき「火星は近づく」が実に泣かせる。追い討ちをかけるような、この小説の冒頭一行目はこうだ。
 「一九九〇年の春……。」

 今ぼくたちは、かつて誰も想像し得なかったような、突進するテクノロジーに囲まれている。しかし一面では、ああ、なんと未来から取り残された世界にいるのだろう!

あとがき

 今年の一月は、一家全員インフルエンザにやられて子供が入院するなど、大変な目にあいました。おかげで、すっかり発行が遅れて申し訳ありません。(安田ママ)


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