第22号                                        1999年7月

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 ついにトーハンが、ネット販売に乗り出すことになった。書店を通さずに問屋から売るということと、全国どこでも最寄りのセブンイレブンで本を受け取ることができるという点で注目のシステムである。

 書店の立場からすると、「やられたな」の一言である。書店を通さないので儲けの率はいいし、セブンイレブンの配送システムなら、普通の客注よりよっぽど迅速だ。お客様の立場に立てば、非常に便利であろう。

 出版社が直接ネット販売を始めるなど、出版業界はただでさえ狭まっている市場なのにますますパイを食い合う一方である。書店はどんどん苦しい方向に向かっている。

 今こそ、書店の存在意義が問われる時である。ネット販売に対抗するにはどうしたらよいか?それは「へえ、こんな本もあるんだ」と思わせる品揃えしかないと思う。書店員のセンスのみが頼りである。

 

今月の乱読めった斬り!

『時計を忘れて森へ行こう』☆☆☆☆☆(光原百合、東京創元社)

 いわゆる、日常の謎派ミステリか。だが、あまりそういったジャンルを気にしないで読んでいただきたい本。なぜなら、ミステリ色はかなり薄めだから。それよりも、この本の中にあふれる、森の空気に思う存分浸っていただきたい。 

 主人公は、若杉翠という16歳の女子高生。彼女が、父の都合で清海という土地に引っ越してきたところから物語は始まる。校外学習で出かけた森の中で迷子になった彼女は、自然解説指導員(レンジャー)である深森護という男性に出会い、助けられる。素朴で温かな彼の魅力に惹きつけられた彼女は、以後しょっちゅう彼のいる森に通うことになる…。

 話は3つの章に分かれていて、それぞれ翠が謎を提示し、護さんが名探偵役を勤める。彼は謎を解く(もつれた糸をほどく)というより、むしろ、事実という名のさまざまな糸たちを集めて、真実という名の布を織り上げてしまうのだ。この二人の清々しさが、前述の森の描写とあいまって、独特の世界を作り上げている。

 この本の魅力は、日常のさりげない幸福を描いているという点である。著者の筆というフィルターをかけると、世界は美しいものに満ちているのだ。そして、最も著者の描きたかった美しいものとは、人と人との心の結びつきではないだろうか。肉親、友人、教師と生徒、恋人。そういった言葉でくくれないつながりだってある。そんな人と人との何気ない心の交流が、実はどれほど幸福なものであるかを著者は描いているのだ。

 私達の世界はこんなにも小さな輝きにあふれている。人間と自然の美しさをどっぷり堪能できる一冊。

『心とろかすような』☆☆☆☆ (宮部みゆき、東京創元社)

 デビュー長編『パーフェクト・ブルー』の続編。主人公は元警察犬の、マサというジャーマン・シェパードである。彼は現在、蓮見探偵事務所という、家族ぐるみで探偵をしてるようなアットホームな事務所で飼われている。ここでおきた5つの事件がマサの目を通して語られるという、なかなかの異色短篇集である。宮部みゆきらしさがよく出ている、ほのぼのミステリである。

 事件は、どれも最初はささいなことから始まる。ああ、この路線なら日常の謎的なお話かな、と思ったら、意外や意外。事件は殺人や動物虐待などけっこう深刻で、温かで家庭的な雰囲気の舞台でありながら、その奥に病んだ現代社会が見える。著者の、人間への暖かいまなざしと、悪や犯罪に対するやりきれない悲しみ、怒りが伝わってくる。ほろ苦い人情ミステリ、いや、犬情ミステリとでもいおうか。これは著者お得意の路線。

 軽く楽しく読めるけど、その中に隠されたメッセージには深く考えさせられるという、1粒で2度おいしい(?)ミステリ。

『ノスタルギガンテス』☆☆☆☆1/2(寮美千子、パロル舎)

 冒頭からいきなり、イメージの洪水!こんなに鮮やかで美しい書き出しにはそうそうお目にはかかれない。たくさんの映像が、脳の中で一気に拡大し、高い虚空まで広がってゆく。いったい何なのだろう、これは?この本は!ひとつひとつの文章は普通なのに、それが集まるとたちまち今私達のいるこの世界をガラリと変えてしまう。

 この本に貫かれている世界のイメージは、廃墟、滅亡、破滅といったネガティブなものばかりである。読み進むうち、じわじわと読者はそれに浸されてゆく。

 主人公の少年櫂は、空き缶で作った恐竜「メカザウルス」を、森の公園にある「隠れ家の木」のずっと上に結びつけて隠した。するとその後、どういうわけかガラクタである「役にたたなくてもとてもすてきな物たち〜キップル」がその木に続々と集まってきたのだ。やがて、木は漂流物のようなキップルでいっぱいになる。集まるゴミに手を焼いた公園管理局は、木を切り倒そうとする。そんな時、櫂の前に、写真を撮りたがる男と、その木に名前をつけようとする芸術家が現れる…。

 ここに書かれているのは、子供の繊細な感性と大人の鈍さの対比ではないだろうか。無垢な感性だけで世界を把握している子供。名前をつけることによって、写真を撮ることによって存在を把握しようとする愚かな大人たち。それは、昔は確かに子供だった、そして今は大人の側になってしまった私達のなけなしの感性に電撃ショックを与える。思い出せ、あの頃の自分を、と。これは、子供のための本というより、かつて子供だった大人に読んで欲しい本である。

『もてない男』☆☆☆(小谷野敦、ちくま新書)

 童貞、恋愛、嫉妬、愛人、強姦などを「もてない男」の視点でさまざまな文学作品やマンガから読み解いたもの。といっても堅苦しいものではなく、言いたい放題に書きまくってるエッセイに近い。または、恋愛の観点からのお勧め本のブックレビューともいえるか。

 はっきり言うと、これ、全篇ひたすら「もてない男」の愚痴である(笑)。著者のいじけぶり、嫉妬ぶりが笑える。女性が読んでも楽しめること請け合い。意外な男性心理がわかってなかなか興味深い。が、あまりうのみにして読んではいけないだろう。これは、男全体ではなく、あくまで著者ひとりの考え方だから。

 恋愛至上主義の今の世の中を「もてない男」の視点から見る、という目のつけどころは非常に良かったと思う。ただ、ちょっと考え方が片寄りすぎてるきらいがあるか。誰かとの対談とかが入ってたら、もう少し視野が広いものになったかも。「じゃあ、もてない男はいったいどうしたらいいのだ?」という疑問は解けないままなので、後味もなんとなくすっきりしない。理論で煙にまかれた感じ。

 まあ、自分を振り返っていろいろと考えさせられる1冊ではある。

 

このコミックがいい!

専務の犬(高橋留美子、小学館)

 「高橋留美子傑作集」と銘打って、6つの短篇がまとめられている。どの話も、市井の人々の、一生懸命だけどそれゆえに滑稽でどこかほろ苦い日常を切りとって描いている。大笑いしつつもラストで胸がぐっとつまるような、そんな少々ビターな味わいの短篇集である。

 「日常」というものは、誰しも何も考えずにただのほほんと過ごしがちだが、実はそれの積み重なりこそが人生なのだ。作者はそれの断片を切りとって見せることにより、登場人物それぞれの人生を、その人なりの生き方を浮き彫りにしてゆく。

 表題作の主人公は日頃は全く冴えないダメ男なのだが、そんな彼にも確固たるポリシーがあり、愛する者を救うため、いざという時にはちゃんと戦うのだ。たとえ自分はどうなろうとも。これが、彼の生き方なのだ。

 「茶の間のラブソング」などもいい味出してるので、ぜひご一読を!

 

特集 99年上半期ベスト

 ベスト10なんてえらそうなものを書けるほどたくさん読んでないのですが、とりあえずこの中で順位なぞつけてみると自分の好きな本の傾向が浮かび上がってくるのでは?と思ってやってみました。基準は「いい本」ではなく、「心動かされた本」です。あくまで自分の好みでセレクトしました。

☆第1位『時計を忘れて森へ行こう』光原百合/東京創元社

 詳しくは今月の乱読参照のこと。読んでて気持ちが暗くなるような殺伐としたミステリが多い昨今、こんなに清々しく心優しいミステリが存在するということが何よりもうれしい。

☆第2位『ノスタルギガンテス』寮美千子/パロル舎

 これも今月の乱読参照。イメージの奔流といった言葉がぴったりの本。これほど激しく感性を揺さぶられたのは久しぶりだった。

☆第3位『クロノス・ジョウンターの伝説』梶尾真治/朝日ソノラマ文庫

 珠玉の純愛タイムマシンSF。ご存知の方は、「美亜へ贈る真珠」路線といえば想像がつくであろう。これはSFファンならずとも、ぜひ読んでみて頂きたい本。愛は時を越えて存在するのだ!心洗われるラブストーリー。書下ろし付き。カジシンの柔らかい感受性が全く昔と変わらないのには驚く。

☆第4位『恋愛中毒』山本文緒/角川書店

 とにかくすごい。読後、溜息しか出ない。オンナという生き物の心に潜む恋という名の暗闇を、ここまで書くか?というくらい深く掘り下げている。しかも説得力あり。今まで、こんなに重たい恋愛小説を読んだことはなかった気がする。

☆第5位『心とろかすような』宮部みゆき/東京創元社

 これも今月の乱読紹介ずみ。人情あふれるミヤベ節全開の、ファンにはたまらない一冊。直木賞受賞の『理由』なんかより断然いいです。もっと、彼女の持ち味が出てる本で受賞して欲しかったな。

☆第6位『たんぽぽ娘』風見潤編/集英社コバルト文庫(絶版)

 絶版本の紹介なぞしてすみません。これは甘口の短篇ばかりを集めた、SFアンソロジー。SFになじみのない人でもとっつきやすい作品ばかりを収録。しかも若い女の子が好きそうなのをうまくセレクトしてある。これがお気に召したら他のこんな本もどうぞ、という紹介もあとがきについてて、とても親切。集英社さん、ぜひ復刊を!

☆第7位『新解さんの謎』赤瀬川原平/文春文庫

 これは強力オススメ本!とにかく爆笑につぐ爆笑!これは辞書版VOWでんがな!辞書のヘンテコな記述から「新解さん」という人物像まで作り上げてしまうという、著者の目のつけどころの鋭さにはとにかく脱帽。コロンブスの卵的大発見だと思う。未読の方、ぜひお試しを!

☆第8位『スプートニクの恋人』 村上春樹/講談社

 彼はホントに変わってない。こういった恋愛小説を書くにはだいぶブランクがあったにもかかわらず。心に穴があいたような絶対的、絶望的な孤独を書かせたらこの人は天下一品だと思う。

☆第9位『青猫の街』涼元悠一/新潮社

 読んだ直後より、後になってじわじわ効いてくる本というのがある。これもそのひとつ。行方不明になった友人を探すというストーリーを追っていくうちに、人が生きているってどういうことだろう?という根源的な問題まで行きついてしまう。ラストの切なさが忘れられない。

☆第10位『星虫』岩本隆雄/新潮文庫

 すみません、これも今入手困難。新潮さん、復刊してね。実に爽やかでストレートな青春SF。もしも若い頃(10代とか)この本に出会っていたら、ひょっとしたら私の人生変わっていたかも、と思わせる一冊。

 

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

  本というシロモノを多少なりとも意識的に集め出したら、気になるのは、うかうかしてるとすぐに手に入らなくなること。いや、入手不可になろうが、それがあえて見送ったもの(かなりの割合で存在する)なら別にいいのだ。問題は、同時代で出版されながら、それに気付かないまま消えてしまう場合。これは恐怖以外の何物でもないね。

 そこで今回は、皆さんのアンテナに引っかかり難い(と思われる)シリーズをご紹介する。その名も『恐怖と怪奇名作集』全10巻だ!

オーガスト・ダーレス他 ロッド・サーリング他 ジェローム・ビクスビー他
W・W・ジェイコブズ他 レイ・ブラッドベリ他 ロバート・ブロック他
シルヴァーバーグ他 ヘンリー・カットナー他
ベン・ヘクト他 フリッツ・ライバー他


 聞いたこと無くとも無理はない。出版社は岩崎書店だから、児童書なのです。でも、じゃあオレいいや、と判断するにはまだ早い。まあ見てくださいよ。素晴らしく正統派の、怪奇小説アンソロジーに仕上がっているのだ、これが。

 各巻3〜4篇収録の全36作品。構成としては、いわゆる文豪の作品(キップリング、ディケンズ、ロレンス他)や怪奇小説の古典(ストーカー、ホジスン、ブラックウッド他)を始め、〈ウィアード・テールズ〉作品(ダーレス、ラヴクラフト、ブラッドベリ他)はもちろん、テレビシリーズ『ミステリーゾーン』(『トワイライトゾーン』)の原作(サーリング、マシスン)ばかりか、知る人ぞ知るマイナー作家の佳作まで、バランスの良い精選集として見逃せまい。

 選択から翻訳まで、一貫して矢野浩三郎が手掛けているという点でも、なかなかポイント高いぞ。巻ごとでテーマ・アンソロジーとしても読め、ジュヴナイルながらも、これだけアンソロジー・ピースが並ぶとちょっとした壮観である。

 気になる翻訳なのだが、いくつか既訳と比較してみた範囲では省略などは特に見受けられず、完訳と言って差し支えないものであった。また、以前の矢野浩三郎訳であったカール・ジャコビ「黒の告知」(『黒い黙示録』収録 国書刊行会87年)と、第8巻『吸血鬼』収録の同短篇の比較でも、漢字や言い回しなどで対象年齢層に配慮したと思われる形跡がうかがえるが、逆に言えば、だいぶ手直ししてるってこと。かなり気合の入った仕事振りと、ぼくは見た。

 そうそう、刊行ペースも気合入ってたね。こういう児童書のシリーズ物は図書館需要が最大のターゲットなので、まず春に完結することが絶対条件となる。そこから逆算して、1巻目の奥付が98年6月30日。月イチで4月には完結の予定でした。ところが第3巻で早くも一月遅れとなり、第5巻が2月15日。こりゃあ、取り返しが付かんわィ、と思ってたら、その後の快進撃がスゴかった! 6巻目から順に、4月25日、4月15日、4月20日、4月25日、4月30日!! 一体、本の製作でこんな離れ業、可能なのか? 第6巻と第9巻の奥付が一緒なのはご愛嬌。ちゃんと巻を追って発売されてたから、時空を歪めて奥付を遡らしてしまう程、現場は修羅場だったことが想像出来よう(笑)。名高い作品ながらも、今新刊で読むためにはこのシリーズしかない!というのも多数収録された『恐怖と怪奇名作集』。大型書店でも揃えてる所はマズ無いから、迷わず注文しよう!

 続いては、気合の入っていない刊行ペースで、やっと6月に完結した…なんてウソです嘘ですゴメンナサイ! とにかく出版されたという事実だけで、もう何も言いますまい。ぼくはそれだけで、純粋に嬉しい。その叢書の名は《魔法の本棚》(全6巻 国書刊行会)。掉尾を飾るは、アレクサンドル・グリーン『消えた太陽』(沼野充義・岩本和久訳)。

 この、待ち望まれた最終配本にこぎ着ける迄の道程は、決して平坦ではなかった。イキオイでまた奥付を確認してしまおう(笑)。第1回配本、A・E・コッパード『郵便局と蛇』(西崎憲訳)が96年6月20日で、以後隔月にて刊行される予定であった。ヨナス・リー『漁師とドラウグ』(中野善夫訳)、H・R・ウエイクフィールド『赤い館』(倉阪鬼一郎・鈴木克昌・西崎憲訳)までは順調だったが、第4回配本リチャード・ミドルトン『幽霊船』(南條竹則訳)が97年4月25日、第5回ロバート・エイクマン『奥の部屋』(今本渉訳)は97年9月20日。そしてズルズルと延びてしまっていた、待望の最終巻『消えた太陽』が99年6月25日。3年に渡った大団円である。

 ご覧の通り、少数の人々に愛されて来た作家たちゆえ、本邦初訳多数収録にして本邦初単行本、あるいは初作品集ばかりである。失礼ながらも、冒険を伴う意欲的事業だというのは想像に難くない。

 しかしそれ以上に特筆すべきは、この叢書の「書物」としての美しさだ。内緒だけど予告の段階では買うつもりが無かった。でも初めて現物を目にした時…。かつてこれほど秘密めいた本があっただろうか。華奢な造りの函に、ちょっと擦れただけで霞んでしまう帯を纏い、脆く儚く、それゆえ虜にして離さない魔力がいや増すばかり。ハッキリ言って、一目惚れ。手にする度にその美しさを堪能し、喜びと、ある種エクスタシーに似たものさえ感じるのだ。「…前から心配だったけど、アイツは思った通り(以上に)ヤバイらしい」と避けられたって、かまうもんか!

 長文の解説は作家論としても充実、書誌も完備して言うことなし! 装幀者妹尾浩也、編集者藤原義也、辛抱強く完結させた国書刊行会と支えた読者たち、皆に感謝しよう。

 「怪奇と幻想、人生の神秘とロマンス、失われた物語の愉悦と興奮を喚びもどす、書斎の冒険者のための夢の文学館。」(内容見本の惹句)という言葉に相応しい、まさに魔法の香りのする書物である。

 

あとがき

 前号にひきつづき、またしても更新が遅くなり、まことに申し訳ありませんでした。1周年記念アンケートがあったり、SF大会レポートを書いたりと、何かと忙しかったんですう(言い訳)。ああ、ホントならもう8月号をアップしなきゃならないと言うのに〜(涙)。


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