4月 《ハヤカワ・ファンタジイ》大図鑑 その1(工事中)

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 《ハヤカワ・SF・シリーズ》は、日本で初めて成功した継続型SF出版物であり、SF界の中枢を長く担い続けた往年の名叢書です。そのコンセプトとラインナップは《ハヤカワSF文庫》(現ハヤカワ文庫SF)へと引き継がれますが、文庫未収録のタイトルも少なくなく、またマニア心をくすぐる造本と相まって、一種のコレクターズアイテムとなっています。

 刊行開始当時は「SF」という言葉の普及度も理解もまだ低く、そもそも明確な「SF読者」というものが、ほとんど確立されていませんでした。そこで取り込みたい、頼みのミステリ読者からの拒否反応を避けるため、《ハヤカワ・ファンタジイ》(HF)としてスタートした叢書でした。この企画を推進した都筑道夫と福島正実は、「サイエンス・フィクション」の、とりわけ「サイエンス」の部分を、まだ前面に押し出すのは時期尚早と判断し、より馴染みのある「ファンタジイ」を選択したのでした。 またこれは、囁かれる「SF出版のジンクス」に立ち向かうに際し、翻訳出版で多大な実績を有する早川書房には、失敗は絶対に許されない。万一そんな事態になれば、SF出版は何年もの停滞を余儀なく強いられてしまう、という「成功」以外許されない背水の陣的使命感が、一見慎重とも言える編集判断を下した理由に見え隠れする気がします。

 その第一回配本の2冊が、ジャック・フィニイ3001『盗まれた街』と、カート・シオドマク3002『ドノヴァンの脳髄』。奥付は共に昭和32年(1957年)12月31日印刷発行。

 初回配本には、創刊記念の帯が付いています。しかし、あまりにも現存数が少な過ぎる事情もあり、どういった経緯で作製された帯なのか良く分りません。

 帯の文面は、表に
「空想科学小説シリーズ  
 ハヤカワ・ファンタジイ         
 第一弾!」


 裏面には
「人工衛星がもはや科学者の夢想ではなくなつたよ
 うに、科学小説も、いまや現代読書人の真面目な
 読書の対象となりつつある。これは、探偵小説の
 早川書房が自信をもつて贈る、最新最高の空想科
 学小説シリーズ、現代読書界の人工衛星である!!」


 背の部分には 「ハヤカワ ファンタジイ」と記載され、2冊とも共通帯。


3001『盗まれた街』
ジャック・フィニイ/福島正実 訳
都筑道夫「予備知識不要」
昭和32年12月31日印刷発行
180円

3002『ドノヴァンの脳髄』
カート・シオドマク/中田耕治 訳
都筑道夫「科学小説というもの」
昭和32年12月31日印刷発行
150円
 


 

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 このシリーズの通しナンバーは、SFは3000番代が割り振られています。肝心の「函」なのですが、3005『吸血鬼』までは、初刊時に函が付いていなかったようです。これは先行するHPB(ポケミス)の函が製作され始めた時期から見ても一致します。
そういう訳で、これらのタイトルにも題名入り専用函(ハヤカワ・ファンタジイ函)付、且つ本体も初版、というケースがありますが、だいぶ後になってからの再出荷版と思われます。何より初回配本の2冊が帯付なのも、函が無かった故でしょう。

 余談ですが、この函はホチキス留め(上下各3ヶ所)のため、本体の底の部分にホチキスの山による僅かな凹みが出来てしまいます。書影の3冊にはもちろん、この凹みはありません。

 『宇宙人フライデイ』は、一昔(二昔以上?)前には、SFシリーズ最大のキキメとして有名でした。


3003『火星人ゴー・ホーム』
フレドリック・ブラウン/森郁夫 訳
都筑道夫「ブラウン問答」
昭和33年2月15日印刷発行
150円

3004『宇宙人フライデイ』
レックス・ゴードン/井上一夫 訳
都筑道夫「イギリス科学小説の新人」
昭和33年3月15日印刷発行
150円

3005『吸血鬼』
リチャード・マティスン/田中小実昌 訳
都筑道夫「最近のアメリカ作家の一傾向」
昭和33年5月31日印刷発行
150円


 

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 ここから、いよいよ「函」の登場です。
この叢書はきわめて異装版が多いのですが、基本的には題名などが印刷された「刷函」(すりばこ)付きのものが最初となります。厳密に見ていくと、一口に刷函と言ってもいくつかのパターンがあるのですが、泥沼にハマるので明確に断言できません。
タイトル記載が無い「無地函」(共通函)や、ビニールカバー、映画化作品などのフォトカバーもありますが、それらは原則的に重版、もしくは再出荷版となります(はず)。のちに函が廃止され、初刊時からビニールカバーとなりますが、それもここでは省略します。

 さて、この『21世紀潜水艦』ですが、注目すべきは函裏面下部に小さく印刷されたタイトルと価格です。つまり、ナントこれは無地函ではなく、初刊時に付された『21世紀潜水艦』専用函なのです。通常知られている刷函の形式が確立される以前の、過渡的な形態とでも言いましょうか。このような変則刷函は、《ハヤカワ・ファンタジイ》ではこの一冊のみです。

 ハヤカワ・ファンタジイ函の特徴は、上部に帯状の「HAYAKAWA FANTASY」という印刷がされていること。《ハヤカワ・SF・シリーズ》改称後は、基本的にその文面が「HAYAKAWA S‐F SERIES」に変更されますが、例外も多数あります。

 その他を細かく見てみますと、「ハヤカワ・ファンタジイ」という横棒表示が「中央」に入っています。

 六角形の囲みデザイン
「 TOKYO
 HAYAKAWA
   BOOKS   」

というマークは、函表面「上部」右隅にあります。これは、タイトルが上方に大きく印刷されていないこの巻ならでは、と言えるでしょう。

 函裏面の決まり文句、
「お手許に綺麗なままの本をお届けしたくこん
 な簡単な函をつくつてみました。いわば包装
 紙がわりです お買上げ後にはお捨て下さい」

が「3行」で、しかも函の「上部」に、「300巻突破を記念して」という文面と共にあるのも通常とは異なる部分か(後の最も多いのは「6行」)。

 その他、函裏面下部だけでなく、函の底の部分にも「21世紀潜水艦 ¥180」とアンダーライン付で印刷されています。
この函底部の印刷がある巻も、判る範囲で記載していきます。


3006『21世紀潜水艦』
フランク・ハーバート/高橋泰邦 訳
都筑道夫「S・Fの海洋もの」
昭和33年6月30日印刷発行
180円


 

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 次の配本『クリスマス・イヴ』からは、函上部に大きくタイトルと著者名・訳者名を配置した、刷函の基本的フォーマットで登場します。ただし面白いのが、タイトルが函の表裏双方に印刷されていること。これは初期刷函のみの特徴と見られます。

 上部帯状印刷部分は「HAYAKAWA FANTASY」

 「ハヤカワ・ファンタジイ」ロゴは函の中央。

 六角形のHAYAKAWAマークは表面の「下部」右に移動。

 「お手許に綺麗なままの本をお届けしたく…」の文面は、3行で裏面「下部」左に移動。それに「300巻突破を記念して」と付くのは同一。

 あと、その右側には定価も印刷。
価格は重版の際変更されることがしばしばあるため、後には函に小さな覗き穴を開けて、本体の価格記載部分が見えるように変化していきます。しかし、この当時はまだ重版や、それに伴うあれこれまで心配する必要が無かったのかもしれません。

 函底部にもタイトルと価格を印刷。

 なお、作者のコーンブルースは本書刊行直前の3月21日、35歳の若さで急死。解説にて都筑道夫は、やはり同年2月3日に43歳で世を去ったヘンリイ・カットナーと共に触れ、哀悼の念を表した。
「コーンブルースの著書が、日本に紹介されるのは、おそらくこれが初めてのはずだが、その初めて紹介される作品が、翻訳進行中に、原作者の急死にあい、日本語版を見せることが出来なくなつたのは、企画者としていかにも残念だ。本書をこのシリーズの最初の十冊のうちに、加えることを決めたときには、原作者はまだ三十代なかばの働きざかりではあり、こんなことになろうとは思いもよらなかつたのである。」

3007『クリスマス・イヴ』
C・M・コーンブルース/新庄哲夫 訳
都筑道夫「故人コーンブルース」
昭和33年7月15日印刷発行
160円


 

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 SFシリーズ初のアンソロジーである3008『宇宙の妖怪たち』。
基本フォーマットは3007『クリスマス・イヴ』と同様、函の両面にタイトル、編者名、訳者名を印刷しています。

 変更点としては、「お手許に綺麗なままの本をお届けしたく…」の文面に付されていた「300巻突破を記念して」という一文が削除されていること。確かに、そういつまでも記念してはいられないであろう。

 その他の定価表記、函底部の印刷等は同一。

 そうそう、これまで触れなかったのですが、本体の奥付が3001『盗まれた街』から3007『クリスマス・イヴ』までは、当時の出版事情を反映してか(重版対策?)、本来なら印刷発行年月日の記載があるべき奥付ページ(訳者略歴や検印紙の貼り付けられたページ)に記述が無く、代わりとして裏表紙の内側に、「印刷発行年月日」「タイトル」「著者」「訳者」「定価」の各事項を二重線の四角い枠で囲った、もうひとつの奥付が付いていました。
きちんと確認していませんが、当時は重版した場合「○月○日○版発行」とあるだけで、初版の年月日を併記しなかったようです。それが後に、様々な書誌情報の混乱を招いてしまった原因のひとつとなっています。

 この裏表紙奥付にも重版があるのかどうか、一目でそれと判るのかは、現時点のぼくには分りません。

 さて、今回の3008『宇宙の妖怪たち』からは、裏表紙奥付が無くなり、検印紙が貼られた正規の奥付ページに日付が記載されるように変更されています。


3008『宇宙の妖怪たち』
ジューディス・メリル 編/中村能三 他訳
都筑道夫「アンソロジストという職業」
昭和33年10月10日印刷 昭和33年10月15日発行
230円


 

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 3009『大真空』。刷函の特徴は従来通り、まだ両面刷函が続きます。ただし「お手許に綺麗なままの本をお届けしたく…」の文面に付されていた、アンダーラインが無くなっています。

 3006『21世紀潜水艦』にて初めて函が付いた際、上記の文面にアンダーラインではさむ形の「―300巻突破を記念して―」と添えてあったが、それは3007『クリスマス・イヴ』までの2冊だけ。3008『宇宙の妖怪たち』はアンダーラインのみとなり、3009『大真空』ではライン無しと、刊行ごとに何かしら変更があってまだまだ流動的である。

 奥付の裏側、広告ページには「空想科学小説シリーズ ハヤカワ・ファンタジイ」として、次回刊の3010『宇宙病地帯』まで含んだ既刊リストを掲載し、「第1期10巻完結」としている。 最終的には318冊にまで至り、長く翻訳SFの中枢を担い続ける一大叢書に成長した《ハヤカワ・ファンタジイ》(《ハヤカワ・SF・シリーズ》)であるが、刊行開始当時は様子を見ながらの船出であったことが伺えます。その下には「ご要望に応え、目下第2期10巻を準備中です。乞ご期待!」との一文が踊っている。

 それにしても「完結」と謳っているものの、『宇宙病地帯』は別に同時配本でもなんでもありません。5月刊ですから『大真空』の3ヶ月後です。
それよりも、やはりまだ1950年代の日本SF黎明期、〈SFマガジン〉さえ創刊前ですから、さすがに供給の少なさを感じずにはいられません。当時のファンたちの渇望と、待ちわびた新刊を貪るように読んだであろう様に、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


3009『大真空』
チャールズ・E・メイン/高橋泰邦 訳
福島正実「月ロケット第一号」
昭和34年2月10日印刷 昭和34年2月15日発行
160円

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