5月号
『朝霧』☆☆☆☆☆(北村薫、東京創元社 98.4月刊)
女子大生からついに出版社の編集者になった“私”と、落語家円紫のコンビシリーズ第五作。95年から毎年一作ずつ発表していた中編を加筆してまとめたものである。
このコンビが、日常のささいな謎ー「山眠る」では、定年退職した校長先生が、なぜ急にH本をどっさり買うようになったのかーを解くというスタイルは変わらない。
ただの謎解きではなく、その謎の奥にある深い悲しみや苦しみが胸を打つ。ここが北村薫の、他のミステリ作家と大きく異なるゆえんである。
文章の美しさに気を取られがちだが、決してトリックを軽視しているわけではない。特に、「走り来るもの」と「朝霧」は謎解き重視である。後者は暗号解読だし、前者はリドル・ストーリーである。
前者は、「走り来るもの」というショートショートの結末二センテンスを当てるという趣向。これは、“言葉”に極力こだわったミステリである。それも、たった一文字で全く文脈が変わってしまうといった、繊細な感覚を持っていなければ気づきさえしない謎である。
著者の、言葉に対するセンスが光る一冊。(余談だが、帯に“私”の初めて編集したという本の表紙が載っている。もちろん、これは架空の本である。)
『凍りついた香り』☆☆☆☆(小川洋子、幻冬舎 98.4月刊)
この著者の描く世界は、静謐で密やかである。彼女の手にかかると、日常が、今の世の中とかけ離れた別世界になってしまう。そこには騒がしさや忙しさといったものはない。時間さえ、ここではゆっくりと流れている気がする。
代りに、匂いや触感の描写が際立っている。感覚≠ニいうものに、著者の強いこだわりを感じる。
調香師だった彼が、突然自殺してしまう。涼子は、彼の自殺の理由を知るために、彼の過去を調べはじめる。すると、彼女の全く知らなかった彼の素顔が、次々と現れるのだった。
彼の弟や母、学生時代の彼女を訪ね、涼子はプラハへ旅立つ。そこで彼女は、彼の調合してくれた香水と同じ香りに出会う…。
本の帯に「ミステリ」とあるのが、何かひっかかる。確かに、大きな意味で言えば、謎解きではあろう。が、理詰めで謎を解明するわけではなく、死んだ彼の心理を推測していくというストーリーなので、「ミステリ」と名づけるのには少々疑問が残った。
むしろこれは、デビュー当時から一貫している、小川洋子独特のタッチを楽しみつつ、読むべきではないだろうか。
『おもいでエマノン』☆☆☆☆☆
『さすらいエマノン』☆☆☆☆(梶尾真治、ともに徳間書店)
カジシン第二弾。これも初版は83年と92年なので、だいぶ前の本。
地球に生物が誕生してからのすべての記憶を持つ美少女、エマノンを主人公とした連作短篇集である。
彼女は永劫に生まれ変わりながら、自分の存在意義を知るため、ずっと旅を続けている。旅の中で、彼女はさまざまな人に出会う。SF好きの青年(これはカジシン自身の投影に違いない)、未来の記憶をもつ男、かつてエマノンを愛した男…。どれも切ない物語である。
エマノンは、言いかえれば、地球の生命そのものである。彼女の時間や空間を超えた大きな愛が、この物語全体を貫いている。愚かな人間たちを、彼女は聖母のように優しく包み込んでくれる。
『さすらい…』では、著者が地球の未来に大きな不安を抱いているのが感じられる。『おもいで…』から九年、いっこうに反省することなく自然破壊を続ける人間たちに、著者は警鐘を鳴らしていたのかもしれない。そして今、世紀末が来ようとしている。著者が物語の最後に描いた、小さな希望の光は、まだ人間の心の中に存在するのだろうか。
『仔羊たちの聖夜』☆☆☆☆(西澤保彦、角川書店 97.8月刊)
匠千暁という大学2年生主人公の、探偵キャラクターもののシリーズ。彼と、超美人でクールなマドンナと、大学のヌシのような先輩の三人を柱に話が進行してゆく。
三件の自殺の謎を解くべく、三人が奔走する。軽いテンポとジョークで話を進めてはいるが、実はこの事件の奥にあるものは重い。愛ゆえの子供への独善的支配が、いつしか人の心をゆがめ、悲劇を起こす。
コミカルで魅力的なキャラクターを主軸に読むのもよし、純粋なミステリとして謎に挑戦しながら読むのもよし。このシリーズは、一冊読みはじめると止まらなくなることうけあいである。
4月号
『エドガー@サイプラス』☆☆☆☆(アストロ・テラー、文芸春秋)
全編電子メールという、ユニークな形態の小説である。著者は、カーネギー・メロン大学で、人工知能の研究開発をしているそう。さもあらんという感じである。
この小説、電子メールになじみのない方には読みにくいであろうという感は否めない。専門用語も随所に出てくる。(分からないところは、カンで読み飛ばしたけど。)
が、そういったマイナス面を差し引いても、実にスリリングで面白い小説であった。
大学院で、ある女子学生が、ひょんな偶然から人工知能を作り出してしまう。「やあ、アリス。」というメールが、彼女の制作中のコンピュータ・プログラムから突然送られてくるのだ。
生まれたての彼エドガー≠ヘ、アリスとのメール交換と、コンピュータ内のデータから、ぐんぐん知恵を付け、成長してゆく。
情報探査を目的として作られた彼は、彼女の制止も聞かずに政府の極秘データを読むのに夢中になり、ついに捕まってしまう。
コンピュータ・プログラムが人格を持つ。こんな設定はありふれていると言えば言えるが、著者はフィクションとは思えないほどのリアル感をもってこれを描いている。
政府のコンピュータに閉じ込められた彼は、最後にどうなるのか?大発見が一転して政府のお尋ね者になってしまった彼女の運命は?
ね、面白そうでしょ?なんで文春さん、この本もっと宣伝しないんだろう?ある書店じゃ、理工書に積んであるし。(わざとか?)これは、立派な小説(SF?ミステリー?)なんだぞお!
『天使の卵』☆☆☆
『BAD KIDS』☆☆☆☆
『きみのためにできること』☆☆☆☆(村山由佳、ともに集英社)
今月は、K嬢のおすすめ、村山由佳にチャレンジしてみました。著者は、基本的に青春恋愛小説(ちょっと照れる言い方だが)の作家のようである。
彼女は、割とオーソドックスにものを書くタイプである。あまり奇をてらわない。でも、読後感がとても気持ちいい。夏の日差しの下で、サイダーを飲んだ後のような爽やかさが残る。
それはたぶん、登場人物がみなひたむきだからだと思う。自分を偽らず、正直に生きている。悩んだり、傷ついたりしても、そこから逃げずに正面から向かっていく。そんなところが、とてもすがすがしいのだ。
また、単純に恋愛と呼べない微妙な感情を書くのが非常にうまい。
例えば「BAD
KIDS」は、お互いに好きな人がいる男女の、友情を描いている。恋人よりもわかりあえる、なんでも話せる、一緒にいて心地よい間柄。なんとも言いようのない関係が、ごく自然に書かれている。
「きみのー」では、同い年の彼女がいるにもかかわらず、年上の女性に惹かれる青年を描いている。彼は二人のはざまで非常に悩むのだが、どちらも大切な存在であることに気づく。この辺も、ちっとも嫌味がなく、素直に共感できる。
今後の活躍が楽しみな作家である。
『ゲームマシンはデイジーデイジーの歌をうたうか』☆☆☆☆(小野不由美、ソフトバンク社)
これは、Y嬢にお借りして、大変面白かった本。初版96年。
著者の、ゲームへの愛がひしひしと伝わる、感動の名エッセイ(?)である。ゲームファン(特にRPG)なら、共感を覚えずにはいられないだろう。読後、すぐ著者にお会いして、がっしと固い握手をし、「やっぱドラクエですよね〜!」と言いたかった。でも私は格闘ゲーはやらないけどね。
このエッセイ、最初の方は92年ごろに書かれたものなので、ネタが古い!というか、めちゃ懐かしい。旧ファミコンが出てくるんだもん。ゲームの進化って、ホントにすごい速度で進んでるなあ。
ところどころに入る、水玉蛍之丞劇場もグー。このお方は深い!この方こそ、真のオタクである。尊敬というより、平伏。
『くっすん大黒』☆☆☆☆(町田康、文芸春秋)
この人の文体は、実に独特である。言葉が、折り紙で作った輪飾りのようにつながっていく。だから、一つのセンテンスが非常に長い。でもちっとも読みにくくなく、このずるずるとしたテンポにいつのまにかのせられてしまうのだ。
表題の「くっすんー」は、毎日飲み暮らしていて、ついに妻にも愛想をつかされた男が、大黒の置物を捨てに行くところから始まる。文体のごとく、主人公もぐだぐだしていて、話がどんどんおかしな方向に進んでゆく。あまりの荒唐無稽さに、思わず何度も吹き出してしまった。登場人物はみんな変だし、ストーリーは無意味でわけがわからない。とにかく、笑えることはうけあいである。
3月号
『消えた少年たち』☆☆☆(オースン・スコット・カード、早川書房)
「本の雑誌」で絶賛されていたので読んでみたが、長かった!なんせ500ページ近くあり、しかも二段組!時間かかったよ。
少年が消える≠ニいうから、てっきりミステリだと思って読んでいたが、いっこうに事件が起きない。400ページくらいまでは、ひたすら家庭小説。ストゥベンという町に引っ越してきた、モルモン教徒の一家の生活が淡々と綴られてゆく。
何がすごいって、この著者は人の内面をえぐり出すように書いてゆくのだ。善も悪もすべてである。この人物描写のリアルさには舌を巻く。この本を読んでいる間、まるでこの家族と共に暮らしていたような気にさせられたほどである。
最後の最後にやっと事件が起き、驚天動地の結末を迎える。最後まで読んでやっと、今まで長々と伏線が張られていたのだ!ということに気づいて、呆然としてしまった。読み応えのある本だった。
『人魚姫のくつ』☆☆☆(野中柊、新潮文庫)
題名のイメージから、メルヘンチックな恋愛小説だろうと思っていたら、大違い。砂糖衣をかけてはいるが、かなり苦い、毒入り小説だった。どちらかというと、純文学の領域に近い感じがする。
これは、三人の恋人とのフワフワした恋愛の末、その一人と結婚した女性のその後の物語である。
結婚すると、どんなに最愛の人と結婚しても、その〈恋〉は、〈日常〉に変わってしまう。その時、恋はどこへいってしまうのだろうか?というのがテーマ。
主人公は再び恋をしようとするが、これには苦い結末が待っている。
物語のタッチは非現実的なのだが、実は、著者はシビアな現実を突きつけていたのだった。
『日曜の夜は出たくない』☆☆☆☆(倉知淳、創元推理文庫 98.1月刊)
単行本で出た時から気にしつつも読まずじまいで、今回文庫化を期に手にとった。
新本格ミステリの、連作短編集である。猫丸先輩という、いわゆる変人≠ニいった人物が探偵役である。彼は、さまざまな事件にふらりと顔を出しては、ひょうひょうと事件を解決してしまう。彼のキャラクターが愉快でいい。
ユーモアたっぷりで、軽く楽しく読めるミステリである。要チェックの作家が、また増えてしまった。
最後の2章に、いかにも新本格っぽい仕掛けが入っているので、お楽しみに。
『地球はプレイン・ヨーグルト』☆☆☆☆(梶尾真治、ハヤカワ文庫 79.5月刊)
『サラマンダー殲滅(上・下)』☆☆☆(梶尾真治、ソノラマ文庫)
某Y嬢のおすすめで、今月はカジシンにチャレンジしてみた。彼の新刊は必ず書評に載るので、ずっと気になっていた作家だった。
この2作、発刊はかなり古いので、今ごろ読むのはちょっと恥ずかしいのだが、出会った時が新刊だ!ということでお許しを。
「地球はー」は、サクマドロップ缶のような、どこか懐かしくてさまざまな味のする第一短編集。ふざけまくった爆笑ものあれば、ほろ苦いラブストーリーもある。
著者のアイデアの面白さにまずうなる。が、文体は正統派で、どこか古めかしい感じがする。まるでセピア色のフィルターを通して読んでいるような感じなのだ。
私の一番好きな話は、「清太郎出初式」。H・G・ウェルズの「宇宙戦争」にヒントを得て、あの宇宙人が当時(明治33年)の日本に攻めて来たら?という発想のもとに書かれている。このアイデアにもなるほど!と思ったが、実に見事なほら話に仕上がっていて、ほらと知りつつも泣けた。
「サラマンダー」は、SF大賞受賞作。ある女性が宇宙組織に復讐を挑む、波瀾万丈の大エンターテイメントである。映画みたいで面白かった。
『すいかの匂い』☆☆☆☆(江國香織、新潮社)
私は子供の頃、こわいものがたくさんあった。天井の木目や、心霊写真の本など。大人になるにつれて、そういった理由のない恐怖心はひとつずつ減っていった。
子供は、頭でなく心で物事を感じ取るのだ。そこには理由も理屈も存在しない。ただ、そう思うだけ。
この短編集は、この子供独特の、鋭い感性をちょっとミステリアスに描いている。この感覚、誰でも覚えがあるのでは?著者は、微妙な心のひだを物語として作り上げるのが本当にうまい作家だと思う。
2月号
『クリスマスのフロスト』☆☆☆☆☆
『フロスト日和』☆☆☆☆(R・D・ウィングフィールド、創元推理文庫)
いやあ、ミステリー読んでてゲラゲラ笑ったのは初めて。
とにかく主人公のフロスト警部が型破りでいい!ひとことで言うなら「下品なコロンボ」。汚いカッコで朝から晩まであちこち飛び回り、エログロなジョークを欠かさず、でも頭脳明晰で人情に厚い、煙草と酒と正義をこよなく愛する人物なのだ。
彼は、笑っちゃうくらい行きあたりばったりで行動する。ゆえに会議に遅刻はするわ、書類の締め切りは忘れるわ、おかげで部下は振り回されっぱなし。これでホントに警部なのか?という間抜けぶり。でも、ちゃーんと事件を解決しちゃうんだなあ。そのへんも、なんかコロンボっぽい。
彼のセリフのセンスがまた抜群である。と思ったら、著者はなんと現役の脚本家だった。どうりで!
本国イギリスでは、ドラマシリーズにもなっているそうだ。NHKあたりで放映してくれないかなあ。
『ナイフ』☆☆☆☆☆(重松清、新潮社)
「子供たちのいじめ」という重いテーマの中編集なのに、不思議とちっとも暗くない。ものすごく残酷ないじめにあっても希望を失わない、子供たちの明るさ、強さに心を打たれる。まるで踏まれても踏まれても咲く、雑草のようだ。
大人が子供を書くというのは、とかく理想やノスタルジーに走りがちである。だが、著者は、変に子供を美化しない。ずるさや汚さもあわせ持つ、悩み多き人間として描いているところに、好感が持てる。(実際の子供からは、なんと言われるか分からないが。)
登場人物たちの心の痛みにシンクロして、一気に読んでポロポロ泣いた。感動の一冊であった。
『リング』『らせん』『ループ』(鈴木光司、角川書店)
3部作だが、それぞれ全くテイストが違う。「リング」は純ホラー、「らせん」は遺伝子ミステリー、「ループ」は、あっと驚く大どんでん返しといったところ。ネタがばれると面白くないので、これ以上は伏せておく。
それぞれ面白いけれど、私は、やはり「リング」が最高傑作だと思う。じわじわと読者を恐怖のどん底にたたき落とす筆力は、すごいのひと言。ぐいぐい人を引きこんで離さない展開で、3作一気に読める。でも、無理に続きとして書かなくても良かったような気も…。
『チャイナタウン』☆☆☆☆(S・J・ローザン、創元推理文庫 97.11月刊)
28歳の中国人女探偵と、ずっと年上の白人男性探偵のコンビの活躍。
主人公の、女探偵リディアがすごくいい。負けず嫌いで、強気。だが、本当はこわくて膝がふるえそうなのを、必死でこらえている。そんな強がりがなんだかけなげで、大人の女のかわいさすら感じさせる。かっこいいというより、普通っぽくて、身近にいそうな感じが新鮮である。
男性探偵の方は、そんな彼女を、ひとまわり大きな優しさで包みこむ。くっつきそうでくっつかない二人の関係も、微妙でいい感じ。次作は、男性側が主人公で、現在翻訳中とのこと。ううっ、楽しみ!
『戦士志願』☆☆☆(L・M・ビジョルド、創元SF文庫 91.1月刊)
設定はバリバリのSFだが、中身は少年の成長物語である。
あとがきにもあるが、著者は人間の心の葛藤に力点を置いて書いているそうだ。だから、SFを読み慣れていない人にも、わりと読みやすいと思う。
体が弱いゆえに、軍隊に入れなかった主人公が、持ち前の頭脳と度胸で、だんだん周りに仲間を作っていく。気がつけば、一船団を率いる隊長になっているというストーリー。話がどんどん大きくなっていくさまは、愉快痛快である。
テンポも良く、主人公のいちかばちかのハッタリに、ハラハラドキドキさせられる。成功した時には、思わずやった!と声をあげてしまった。