『ハゴロモ』☆☆☆☆1/2 (よしもとばなな 新潮社 03.1月刊)

 夜に降り積もる雪のように、静かに静かに、音もなく心に沁みいってくるような作品。

 初期のばなな作品と感触は似てるけど(『王国』あたりから、”戻ってきた”という気がする>『ハネムーン』あたりは正直つらかった。真っ暗なところがあって。)、あの頃より文章が円熟味を増してる気がする。最初の頃はもっと青くてがむしゃらな感じがあったけれど、今は思いをよく噛み締めて言葉にしているというか。あくまで印象だが。でも著者の気持ちはストレートに伝わってくる。

 20代後半のほたる。8年もの不倫生活が唐突に終わりを告げ、傷ついた彼女は都会を離れて川のある故郷に戻ってくる。これは、彼女が徐々に立ち直っていくまでの、静かな回復の物語。

 大きな失恋で失意のどん底にある主人公が、周囲の自然や人々から優しい力をもらって、少しずつ少しずつ、まさに病が治っていくようにゆっくりと癒されていく様が丁寧に描かれている。読んでいるこちらまで、浄化されていくような気がする。心の中に、優しさと澄んだ空気が染み透っていくような。

 後半、ちょっとスーパーナチュラルな展開がやや気になるが(このあたりはもう少し抑えたほうが個人的には好み)、まあ著者のあとがきにもあるように「おとぎ話」ということで。それにしてもラーメン屋の設定は秀逸。このあたりはまさに初期の『キッチン』あたりをほうふつとさせる。ヘタに恋愛がからまないところがまたいい。

 著者のあとがきより抜粋。「どうにもほっとできない気持ちの中にいる人が、ふと読んで、何のメッセージを受け取るでもなく、ただちょっとだけ苦しみのペースを落とすことができたらいいな、と思います。」まさにそんな物語。いい話です。

この本を買ってみたい方へ

 〔乱読トップへ〕


『対話篇』☆☆☆1/2 (金城一紀 講談社 03.1月刊)

 『フライ、ダディ、フライ』と同時発売のこちらは、今までのポップで明るいエンターテイメントとはうって変わったシリアス路線。装丁も、真っ白なだけの表紙に小さく小さくタイトルが書かれただけの、実にシンプルなもの。「恋愛小説」と「永遠の円環」と「花」の、3つの中篇が収められている。

 3つの話のどれにも、死が暗く大きな影を落としている。若き主人公たちの前に見え隠れしては、彼らを脅かす「死」。誰もが、ここから逃れる術はない。人間の死亡率は100%だ。誰しも、いつかは死を迎える。しかし、若いのにいきなりそれを目の前につきつけられた彼らに、救いはあるのか?著者は「yes」と答える。それは…言葉にするとあまりに陳腐だが「愛」だと。この世で最も過酷な業を突きつけられても、著者は希望を失わない。

 「恋愛小説」の最後の5行に、著者の思いが集約されているように思う。生きていくのに、大切なことはひとつだけ。「花」は実に傑作。若いときに離婚した男女の、別れてからの互いの人生。こういう人と人との結びつきもあるのだと号泣。「花」のラスト3行も素晴らしい。といっても、当然だがそこだけ読んでも意味はないので、最初から読むように。ここまで到達して初めて、この言葉の意味が心に届くのだから。

この本を買ってみたい方へ

 〔乱読トップへ〕


『フライ、ダディ、フライ』☆☆☆☆ (金城一紀 講談社 03.1月刊)

 ごく平凡な中年サラリーマンに、突如ふりかかった災厄と、そのひと夏の冒険譚。前作『レヴォリューションbR』の、「ザ・ゾンビーズ」のメンバーが再び登場する。

 それはある日、ひとり娘がチャンピオン級のボクサーである高校生男子にボコボコに殴られて入院する、と言うショッキングな事件から始まった。あまりのことに、どうしていいかわからない主人公。激怒しているのに何もできない自分に苛立ち、やがて逆上して包丁を持って犯人の高校に殴りこみをかけるが、そこで思いがけず「ザ・ゾンビーズ」のメンバーと遭遇する…。

 『GO』や『レヴォリューションbR』が若者への応援歌なら、この小説は間違いなく大人への熱いエールである。ルーティンワークに慣れっこになり、ただただ同じ毎日を消費してるだけの、夢も希望もすっかりすり減らしてどこかになくしてしまった、くたびれた大人たちへの。夢物語かもしれない。こんなこと、ありえないかもしれない。でもでも、この主人公の熱いファイトを見よ。やる前からあきらめちゃダメだ。要はやる気、勇気なんだ。やろうと思うことが、何よりも大事なんだ。自分次第で、世界はこんなにも美しい輝きを取り戻すんだ。

 主人公が徐々に自分の弱さに気づかされ、そこから逃げないで向かっていく姿には強く励まされるものがあった。少しずつ少しずつ、変わって行く彼。そしてクライマックス!

 (ああ、今思いついたけど、映画「ロッキー」がお好きな方にはたまんないかも)

 彼を助ける「ザ・ゾンビーズ」たちが、またなんとも素敵。ほんとカッコいいし、愛すべき連中。大好き。

この本を買ってみたい方へ

 〔乱読トップへ〕


『レヴォリューションbR』☆☆☆☆1/2 (金城一紀 講談社 01.10月刊)

 予想外。いい意味で。こんなにいい話だったとは。『GO』よりもさらにずっといい。なぜなら、あれは主人公の高校生男子ひとりの輝きだったけれど、こちらは主要登場人物が何人もいて、そのひとりひとりが皆、それぞれに『GO』の主人公並みの等級でびかびかに輝いてるから。

 表題作と「ラン・ボーイズ・ラン」と「異教徒たちの踊り」の3つの連作中篇が入ってるのだが、最初の表題作が実に傑作。泣いた泣いた。といっても、湿った涙ではなくて、なんかもう彼らのひたむきさにじんときてしまって、いつのまにか気づくと目が潤んでる、という。ヒロシの話が切なくて。

 周りの進学校から「ゾンビ」と呼ばれる、とある新宿のオチコボレ男子校。「君たち、世界を変えてみたくはないか?」という教師の一言に感化された生徒達が結成した「ザ・ゾンビーズ」は、彼女を作るべく、近くのお嬢様女子高の文化祭になんとか潜入しようとする。が、去年もおととしも失敗に終り(これが爆笑)、3度目の秋がきた。今年こそは負けられない!

 日本とフィリピンのハーフである、超魅力的でしたたかなアギーや、史上最悪のヒキを持つ山下、リーダー格だが今は入院中のヒロシ、韓国人の舜臣、優等生から転落した僕、唯一彼らに理解のある教師ドクター・モロー、と個性豊かで魅力的なキャラの活躍ぶりが実に愉快爽快。世の中の不条理を蹴飛ばして、まっすぐ駆け抜ける彼らの眩しさ、すがすがしさよ。青いだけじゃなくて、ちゃんと世の中の醜さがわかってて、何に勝てないかもわかってて、でも自分の勝てるもので勝負しようと思う、そのしぶとい雑草のような強さがいいのだ。何度失敗しても彼らはくじけない。へこたれない。骨がある。行動力がある。パワーがある!

 ユーモアのセンスも最高。コミックみたいなノリのよさがある。激オシ!

この本を買ってみたい方へ

〔乱読トップへ〕


『永遠の出口』☆☆☆☆☆ (森絵都 集英社より3月26日発売予定)

 ツボ。むちゃくちゃツボ。だってこれ、全部あたしのことだもん!ひょっとして著者がそっと電柱の影から、子供時代の私をずううっと盗み見ていて、小説化したのかと思ったほど。このエピソードもあのエピソードも、思いあたるフシがありすぎて。

 これはおそらく著者の子供時代から大人になるまでを下敷きに書かれた、ひとりの少女の成長物語。9章のエピソードに分かれており、最初は小学3年の時のお誕生会の話。次が小学5年の担任教師との軋轢、次が小学6年の春休みに友達とデパートに行く話、というふうに年代を追って物語は進む。

 出てくるネタが懐かしすぎる。まんま、あたしの通ってきた道そのもの。著者と年齢が2つしか違わないから、たのきんトリオやらサンリオの「風の子さっちゃん」やら、時代背景がほとんど一緒なのだ。主人公の紀子は、やがて中学に入り、高校に行き、というふうに話は進むのだが、違うのは5章のグレた中学時代の話のみ。ああ、その友人関係の葛藤や親との距離や、ほのかな初恋や卒業式の心境や、みんな身に覚えが…。

 8章の、高校時代の恋の話が痛過ぎ。ああもう本当にそうなんだよ。この頃って変に強烈なパワーばっかりあって、でもそれがうまい方向に行かなくて、なんか妙にズレた方にばかり行っちゃって何もかもうまくいかなくて結局すれ違っちゃって。はたからみるととてもまともとは思えない、ヘンテコな行動ばかりしちゃうんだけど、でも当人はものすごく真剣で。あの物事が冷静に見られなくなるほどの強い強い想い、それが恋だった。おとなになっても恋の本質は変わらないけど、ここまでの不器用さと真面目さと純粋さは、やっぱり10代だけのものではないだろうか。

 もうとにかく、著者はよくぞここまで書いたと思う。もう洗いざらい、全部ぶちまけたという感じ。実に実に丁寧に正直に、あの頃の想いをなぞってる。甘酸っぱいとか懐かしいとかいうより、もうほんっとリアル。女の子の本音を丹念に書いてある。かつて女の子だったひと、そして今でもその女の子が心の奥にいるひとにぜひ読んでほしい1冊。これは、あなたの話です。

〔乱読トップへ〕


『阿修羅ガール』☆☆☆☆1/2 (舞城王太郎 新潮社 03.1月刊)

 待ちに待ってた、舞城王太郎の最新長篇。今回もまたまたしょっぱなからハイテンション!いつものごとく、さながらマシンガンのように彼の物語る怒涛の嵐に、ごおおおっと巻き込まれてはるか遠くへ連れ去られてしまうこと間違いなし!最初からアクセル全開で突っ走ってます。皆さん、しっかりつかまって下さい。うかうかすると振り落とされますよ。イッキ読み必須。

 今回は女子高生が主人公。しかし筋書きは紹介できない。説明のしようがないというか、書いても信じてもらえそうにないというか。冒頭は好きでもないクラスメイトとのラブホの場面で、キーワードはホントに好きな男の子、誘拐、スーパーキック、2ちゃんねるみたいな《天の声》というネットの掲示板、アルマゲドン、グルグル魔人(バモイドオキ神も!)の三つ子バラバラ殺人、その他いろいろ、って何がなんだかわかんないでしょ?でもオウタロウの手にかかれば、これが今年最大級の台風みたいな物語になってしまうのでありますよ。

 第一部の終わりのほうの《天の声》の描写と、第二部の「森」と「グルグル魔人」がものすごく怖かった。「崖」はぶぶっと笑いながらも、ものすごく共感を覚えた。非常に優れた描写。こういう荒唐無稽な「」ってよく見るよ。「森」は心底ぞっとした。でも私はこの恐怖をよく知っている気がする。根源的で絶対的な恐怖。おそらく、私の中にもあるのだ。いや、どんな人間の心の中にもあるのかもしれない、こういう深くて暗い逃れようのない「森」が。

 死と恐怖と暴力と殺人と2ちゃんねる的な悪意と。そういったマイナス的なものがぐるぐる渦巻いてるすさまじい話なのだが、やっぱりオウタロウの話の奥底には驚くほどピュアでまっすぐな気持ちがある。それが主人公、愛子の恋心だったりするわけだ。時々、はっとするほど美しい文章が隠されているので油断できない。「好きな相手が誰だかなんて、答えは唯一無二でこの世で一番明らかなのよ」。彼女のしぶといまでの強さ、ストレートさがなんとも爽快で気持ちいい。いつもオウタロウの視線は前向きで、ガッツにあふれてる。そこがたまらなく魅力的だ。

 誘拐ネタなんて最後まで決着なしでほっぽらかしのまんまなんだけど、でもオッケー。これはとある女子高生が地獄を見て、帰ってきて現実を見つめ直すという、あくまでも彼女の身に起きた物話なのだから。頑張れよー、愛子!

この本を買ってみたい方へ

〔乱読トップへ〕


『世界は密室でできている。』☆☆☆☆1/2 (舞城王太郎 講談社ノベルス 02.4月刊)

 講談社ノベルス創刊20周年記念の密室本。つまりは全部袋とじ。予想どおりとはいえ、紙破くの失敗しましたー(笑)。こういう企画もののせいか、前の2作に比べて、ややミステリ色を強めにしてる気が。といっても、やっぱりそこはオウタロウ。伏線いっさいなし。地球上の誰ひとりとして解けないパズルを出し、勝手に自分だけで解いて平然としてる(笑)。

 うん、これはオウタロウの青春ミステリだね。心の傷を乗り越えようとする、少年の成長物語。なんだかんだいって、オウタロウってすごく前向きだと思う。傷や苦しみから目をそらさず、必死でそれと戦おうとするから。

 1作めで名探偵として出てきて、目立った活躍もせずすぐに殺されてしまったルンババの中学時代の物語。主人公は友紀夫という少年なのだが、彼の隣に住む幼馴染としてルンババは登場する。うわー、ルンババってこんなにいい子だったんか!しかもホントに名探偵だったのね!まるで「名探偵コナン」みたいだよ!(笑)

 オウタロウにしては、驚くほど明るく爽やかで読みやすい話。人はめちゃくちゃいっぱい死ぬし、その方法も壮絶というかものすごいのだが、暴力はかなり抑え目。キャラがみんな元気で、特に友紀夫の頑張りがいい。ルンババの姉が自殺したときにできた彼の心の傷を、カラダを張って乗り越えさせてあげようとする。友達だから。その気持ちが泣ける。

 とてもいい話でしたよ!

この本を買ってみたい方へ

〔乱読トップへ〕


『暗闇の中で子供』☆☆☆☆☆ (舞城王太郎 講談社ノベルス 01.9月刊)

 前作『煙か土か食い物』の続編。奈津川家4兄弟のうち、前作は四郎の話だったが、今回は三文ミステリ作家の三郎が主人公。いやいや、今回もまたというかさらに壮絶な話でしたよ…。わりとストレートだった前作に比べて、もっと話が複雑になっている。実験作か?

 相変わらず、猛烈にハイなテンションは全く落ちていない。このガンガンたたみかけるラップのような文章のテンポのよさがもう!1文読んでは「ぐはあ〜〜」とシビれまくりですよ!(例をひとつあげると、生命維持装置の「パチン。」の描写。うますぎ。)

 四郎は常人とはかけ離れた天才で超カッコイイヒーローだったが、三郎はもっと普通の人で、自分のダメさ加減にぐじぐじ悩んでいる。一生懸命まともになろうとしてるのに、なかなかなれない。これは、ダメダメな彼が自分のダメさ加減に目覚め、立ち直ろうと必死であがく物語。

 『ハンニバル』の映画のモチーフが繰り返し入ってることからもわかるように、これはとても心理的な物語。人間の心の中の暗い場所にずぶずぶと入っていき、どれが真実でどれが夢でどれが妄想だかわからなくなる物語。痛い話だ。とてつもなくつらい話だ。でもその奥にはやはり愛がある。血と暴力とセックスにまみれた心の一番奥のほうに、こんなにも優しく穏やかな愛情がある。誰かを大切に思う気持ちがある。これが涙なしに読めようか。これは実はとても切ない恋愛小説でもあるのだ。すれちがう恋心…。

 彼らのやってることは常軌を逸したことばかりなんだけど、どうしてこんなに胸に迫るものがあるんだろう?著者も本の中で語っているけれど、やはり嘘の中にこそ真実は隠されているということか。そうなのだ、ここに書かれていることは全て、人間の本質。それを、すっとんきょうなストーリーに仕立てながらかくも鮮烈にえぐり出す著者の筆には、もはやどんな賞賛の言葉を尽くしても足りないほど。すげえよ。

 奈落の底に突き落とされるような、ある意味ハッピーエンドの(>苦すぎる!)ラストには呆然。が、作中にある誰でも気づく矛盾点を含め、読了後にタカアキラさんに教えていただいて納得。なるほど、そういうことか!

 とにかくまたもや打ちのめされました。どうか、どうかミステリという枠をぶっ壊して読んで下さい!

この本を買ってみたい方へ

〔乱読トップへ〕


 

『煙か土か食い物』☆☆☆☆☆ (舞城王太郎 講談社ノベルス 01.3月刊)

 ひょっとすると、早くも今年のベスト1決定かも。ガツーンと脳天に一撃くらったような、いや体中に電撃がビビビッと走ったような、ものすごい衝撃。圧倒的。打ちのめされた。なんなのこのひと!すごい!すごいよすごすぎるよオウタロウ!!『熊の場所』を読んで、彼はダイヤの原石だと思ってた。が、それは大きな間違いであった。まさしくデビュー作こそが、とてつもなくでっかいダイヤモンドだったのだ!

 メフィスト賞受賞作だし、てっきり新本格ミステリだと思っていたのだが、そして確かに事実そうではあるのだが、でも私のこの作品の捉え方は全然違う。これは1ジャンルに小さく収まっちゃうようなもんじゃない。これは小説だ。それも最高に素晴らしい小説だ。血と暴力と愛と憎悪が炸裂する、怒涛の家族小説だ。最高に熱くてクールな、深夜に高速道路をギュンギュン爆走暴走する車のような小説だ。

 アメリカのERで働く緊急外科医、奈津川四郎の元に、母親が連続主婦殴打生き埋め事件の犠牲になったという知らせが届く。彼は故郷の福井に帰るが、そこで子供の頃から遡る地獄の血族劇が明かされる…。

 最初の1、2ページを読んだだけで、そのスピーディでクールな長文爆走文体にやられっぱなし。とにかく愉快痛快怪物くん。カッチョイイ!!このチープさ、センスのよさ、そこに見え隠れする頭の回転のよさに、もうメロメロ。このひと、猛烈に頭いいわ。

 正直言って、かなりダークでインモラルな小説だ。暴力、暴力、暴力の嵐。中盤における二郎の暴力描写の壮絶さには、さすがにぞっとした。でも不思議と、そう不快感はなかったのだ。なぜか?彼の暴力は、えげつない弱いものいじめではないからだ。二郎の暴力には、ちゃんと意味がある。彼の暴力は、復讐なのだ。父との、世界との、自分自身との戦いなのだ。著者は彼の暴力の根底にある本質を、実に繊細に描いている。それは、血縁ゆえの、逃れようもないドロドロの愛と憎悪だ。この延々と続く地獄のような家族喧嘩の迫力に、圧倒されない読者が果しているだろうか?父親や兄弟との確執に、僅かでも共感を覚えない読者がいるだろうか?

 そして一番大事なこと。それは、この物語の根っこにあるのは「愛」だということだ。壮絶なまでの残酷さの奥にあるのは、家族へのどうしようもなく深い深い愛情なのだ。

 ミステリ部分に関しては、おそらくわざとだとは思うが、著者がひとりで暴走してて読者おいてきぼり(笑)。伏線も何もなく、主人公が勝手にどんどん解決していく。おいおい、そんないきなりカタツムリみたいな地図出されても誰もわかんねえよ!とツッコミを入れたくなるほど(笑)。まあでもいいのだ。私はミステリと思ってないから。

 タイトルの意味がわかったときには、またしてもガーン!涙が出そうになってしまった。なんというセンス!

 とにかくミステリだからと食わず嫌いしてた、あらゆる小説読みに薦めたい。愛と憎悪という、人間の本質を描いた熱く激しい傑作。オウタロウ、最高だよ!!

この本を買ってみたい方へ

  〔乱読トップへ〕


『ラヴ☆アタック!』☆☆☆1/2 (川上亮 角川書店 02.12月刊)

 「既存の文学賞に収まらない才能が集結する、まったく新しいタイプの小説賞!」という触れ込みでスタートした、第1回NEXT賞受賞作の1冊。読んでみて納得。なるほど、確かにこれはどのジャンルでもないけど、非常に面白い小説、と断言できる内容であった。

 ひとことで言うと、ネットの出会い系サイトでの男女のドタバタコメディ。もてない「おたく」な男性4名(ミステリおたく、軍事おたく、ゲーム&フィギュアおたく、猟奇趣味おたく!)が、その中のひとり、出会い系サイト経験者であるブンロクの指導のもと、ネットハンサムになるべく立ち上がる。彼らのメールを受け取った女性ふたりと、その周囲を取り巻く人々と、話は混線しまくって…。

 とにかく、苦笑と爆笑の連続。オタク男性の生態があまりにリアルで(笑)。なんかホントにそのへんにいそうだよ、こういう人たち。話が進むにつれて、苦味が増してきて、ああなんかこれけっこうイタイ話では…と思っていたら!いやあ、最後にやってくれました。まさかこういうオチとは、予想もしてなかったよ!このラストが、話をとても爽やかで後味のよいものにしてくれている>読んだ方にはわかりますよね?(笑)

 登場人物の混線ぶりや、話の転がし方もなかなかにうまい。テンポも軽く、楽しく読めた。

この本を買ってみたい方へ

 〔乱読トップへ〕


 

『熊の場所』☆☆☆☆ (舞城王太郎 講談社 02.10月刊)

 表題作、「バット男」、「ピコーン!」の3篇が入った中編集。先の2点は「群像」に発表されたもので、ミステリではなく純文学とのこと。この方の著作は初めて読んだのだが、なかなかの好印象。ピカリと光るものを持った作家だなと感じた。

 感覚としては、サブカル系のコミックみたいな雰囲気。たとえば山本直樹あたり。明るい破滅、乾いた残酷さ。ダークなことを書いてるんだけど、じめっとしてない。殺人さえもどこか軽く、ギャグすれすれというタッチ。その事実の重みとのギャップに、今の時代の空気を感じる。

 好みとしては表題作がよかった。主人公は小学5年生の少年。彼はある日友人のランドセルから落っこちたものに衝撃を受ける。それは、本物の猫の尻尾だったのだ。友人は猫殺しなのか?いいしれぬ恐怖。でも主人公はそれを克服すべく、友人に近づいていく。途中で挿入される、父親の話がすごい。「熊の場所」というタイトルの理由がわかったときは、ちょっと感動してしまった。

 「バット男」は重すぎる愛ゆえのすれ違いと、暴力の絡み合う一篇。「ピコーン!」は文体の軽さがいい感じ。書いてることはけっこうすごいんだけど(笑)。やはり女は強し。一見すんげーむちゃくちゃなこと書いてるんだけど、でもその芯には「うんうん、それわかるわー」と共感を覚えるものがある。不思議。

 この方、ひょっとすると大化けするかも。ダイヤの原石。これからが非常に楽しみな作家。

この本を買ってみたい方へ

〔乱読トップへ〕


『四日間の奇蹟』☆☆☆ (浅倉卓弥 宝島社、1月上旬発売予定)

 第1回「このミステリーがすごい!大賞」金賞受賞作。2002年12月25日に船橋ときわ書房にて行われた先行サイン会にて本書を購入。本の巻末に選評が載っており、大森望氏、香山ニ三郎氏、茶木則雄氏、吉野仁氏の全員が絶賛。

 いや、確かにうまいと思う。非常に洗練された質の高い文章で、これで新人、というのは確かにすごい。デビューするに十分な実力を持った方とお見受けする。しかし…しかし、これ、ミステリじゃないよ!!むしろSFというかファンタジー。せっかく「このミス」大賞なんだから、もっとバリバリミステリなののほうがよかったのでは、という気も。まあ最近の「このミス」は、かなり非ミステリなものも入賞するから、余計なお世話か。

 選考委員の方々も書いておられるが、本書は、ミステリ通の方が読めばすぐに思いつく某作品とネタ的には同じ。まあそれは別にいい。若干、話が都合よく進みすぎるなどの細かい点が気になるといえば気になるが。

 内容は、まさに「四日間の奇蹟」。事故により指を1本失ったためにピアノを弾けなくなった男性と、彼が預かりピアノを教えているサヴァン症候群の少女。彼らは山の上にある脳科学センターにピアノ演奏の慰問に行き、とある事件に巻き込まれる…。そこで起こる、数奇な出来事。まさに不可思議、神の力としかいいようのないあらゆる人智を越えた奇蹟。

 筆が非常に巧みなので、まさにすうっと吸い込まれるように読まされる。人の生とは、死とは、生きがいとは、果してなんなのだろう。著者は淡々とした筆致で、その不思議さを語る。ある人間が一生懸命生きていった道のり。そのラストはささやかな涙と静かな感動を呼ぶ。

 うまいし読ませるし、悪くはないんだが、もうひとつ食い足りないかな。次回作に期待。

この本を買ってみたい方へ

〔乱読トップへ〕


ホーム ボタン