12月 私の2000年ベスト10
さて、今年読了した本はいったい何冊だったんだろう?乱読書いたのが54、乱読ひとことが15、読了したのに書いてないのは、21冊は確実だが(1年分の日記を全部ざっと調べた)、それ以外にもあるかも。アンソロジーのうち、1篇だけ読んだのとかは数えてません。上下本は合わせて1冊でカウントしました。
覚えてるだけの総合計、90冊。やっぱり100冊は読めなかったな。やー、今年もたくさん楽しませていただきました。
それでは、ベスト10の発表です!(あくまでもワタクシ的なので、趣味走りまくりでオハズカシイですが。)
☆第1位『慟哭』(貫井徳郎、創元推理文庫)「慟哭」。この物語を語るには、このタイトルだけで十分だ。こんなに胸をえぐり、読者を号泣させるミステリを私は他に知らない。たとえようもない悲劇。綿密に練られた仕掛けにあっと驚く超超超一級品である。未読の方は、だまされたと思って読んでみてほしい。本当に傑作。今年はこの作家に出会えたのが何よりの収穫だった。
☆第2位『星降り山荘の殺人』(倉知淳、講談社文庫)
「カーン!!」このトリックを読んだ瞬間、私は場外ホームランのボールのように、空高く打ち上げられました(笑)。ポケモン見てる方は、ロケット団が毎回ラストに「やなカンジー!」と叫びながら飛ばされて星になって消えるところをご想像あれ。ええもう、そんなカンジでしたよ、この本は!!心からまいりました。さあ、あなたはこの直球ストレート、真っ向勝負のミステリに勝てるかな?倉知淳は今年まとめて読みましたが、どれも甲乙つけがたい傑作。強いてあげるなら、これ以外のオススメは『占い師はお昼寝中』(創元推理文庫)かな。
☆第3位『いちばん初めにあった海』(加納朋子、角川文庫)
加納さんの本も今年たくさん読みましたが、どれも皆よくて、1作に絞るのが本当につらかった。『魔法飛行』(創元推理文庫)も挙げたかったのだが、涙を飲んでこちらに決定。彼女のあふれるような優しさにすっぽり包み込まれるような、素敵なミステリ。ワタクシ的には、加納朋子のベスト1。
☆第4位『雨の檻』(菅浩江、早川文庫)
今年発売された『永遠の森 博物館惑星』(早川書房)にしようか迷ったが、この本で初めて菅浩江の素晴らしさに目覚めたので、あえてこちらを挙げておく。彼女の柔らかさ、みずみずしさが、SFと見事に融合している。心の琴線に触れる、痛くて美しい1冊。もっと早く出会っておきたかった!と心から悔やむ作家のひとり。うう、リアルタイムで追っかけてみたかった〜。
☆第5位『月の裏側』(恩田陸、幻冬舎)
今年出た恩田陸の新作、8冊(!)は全部読了。これもやはり『ライオンハート』とどちらにしようか悩んだ末、こちらに決定。あの、暗い水の街に自分も迷い込んでしまったような錯覚を覚える描写は実にツボ。ぞくぞくものの1冊。マジで鳥肌が立ちました。つくづく、これが梅雨の時期に発売されなかったことを感謝したい(笑)。しかし今年は大活躍でしたね、恩田さん。来年も期待しておりますですよ。ワタクシ的には『光の帝国』の続編がとても楽しみ。
☆第6位『エンジン・サマー』(ジョン・クロウリー、福武書店)
私の手には余る本だが、ぜひ入れておきたい。とにかくすべてが象徴や寓話に満ちていて、意味深なのである。何度も読めば読むほど、その物語の中に隠されていたものが出てくるのではないだろうか。実に美しく不思議で、難しく謎めいていて、でも読者に忘れがたい強い印象を残す1冊。
☆第7位『夏と花火と私の死体』(乙一、集英社文庫)
やはり今年出会えて収穫だった作家のひとり。なんとも独特で奇妙な味わいの、いうなれば心理的ホラー、かな。血ドバドバの、グロテスク系ホラーがダメな私には、この背筋をひんやりなでられるような感覚が非常にツボ。彼の今後が楽しみ。
☆第8位『光車よ、まわれ!』(天沢退二郎、ちくま文庫)
寮美千子系のダークファンタジー。平易な言葉で語られる、著者の紡ぎだすイメージの黒い美しさ、広がりにしびれた。明るい日差しの中、みたいなファンタジーもいいが、こういう闇系の味わいにもとりこになりそう。他の著作も読みたい!!
☆第9位『quarter mo@n』中井拓志、角川ホラー文庫)
ネット者の感覚を、こうも見事にホラー化した物語が他にあっただろうか?これで、著者はそんなにコアなネット者じゃないってんだからさらに驚きだよね。さぞかしハードなネットジャンキーかと思っていたのに(笑)。1度でも2ちゃんねるを覗いたことのある方なら、面白く読めること請け合いです。ネットにおける言葉の悪意の恐怖をどうぞ。
☆第10位『ぼくらは虚空に夜を見る』(上遠野浩平、徳間デュアル文庫)
上遠野浩平作品では、ワタクシ的ベスト1。ああ、やっぱり彼はSFのひとだったんだな、と強く感じましたね。話のまとまりもいいし、彼らしさがいい意味でよく出ている。彼の作品を読むなら、まず最初にオススメしたい1冊。
☆なお、特別企画賞としては、『20世紀SF』(河出文庫)シリーズ、早川書房の30周年記念企画で復刊された『果しなき旅路』『血は異ならず』(ゼナ・ヘンダースン)を挙げておきます。
今年はベストを絞るのが本当に難しい年でした。3位以下は、もう全部並んでるといっても過言ではないくらい、どれもみんなよかったんですよ。…しっかし、見事にミステリとSFとホラーしか入ってない!(笑)自分がいかに片寄った読書をしてるかが、よ〜くわかりました(笑)。さてさて、どうか来年も素敵な本にたくさんめぐり合えますように!
11月 特集 倉知淳
「ミステリにとって私が重要だと考えるのは、ユーモアと温かみと論理です」と(倉知淳は)言い切られた。(『星降り山荘の殺人』講談社文庫、西澤保彦の解説より引用)この一言が、彼の作風の全てを物語っている。飄々とした軽い語り口のユーモアの衣をまといながら、実はその芯に隠された驚くほどの精緻な論理で読者をあっと言わせる本格ミステリ。これこそが彼の魅力なのだ。今回の特集は、私の愛してやまない作家、倉知淳の作品を初出順にご紹介しようと思う。
『日曜の夜は出たくない』(創元推理文庫、98.1月刊)
もしあなたが倉知淳の本を一冊も読んだことがないのなら、まずはこのデビュー作(といっていいだろう)を読んでみて欲しい。これこそが彼の原点であると思うから。彼のユーモアと、たぐいまれな骨太の本格ミステリ精神がバランスよく出ている傑作である。
探偵役は「猫丸先輩」というキャラ。これがもう、サイコーにいいのだ。好奇心の固まりで、いつも違う仕事をしているという、マイペース人生を送る謎の男。童顔で一見年齢不詳、奇人変人、傍若無人、どこにでもふらりと現われては、難事件をあっという間に解決してしまう。ここに登場する7つの事件を見事に解いてしまう、彼の手腕をご覧あれ。
この本を最後まで読んだ読者は呆然とするはずだ。これでもか、これでもかというダブルパンチの仕掛け。これには本当にまいった。もったいないのでこれ以上書きません。とにかく私はノックアウトされました。彼の「してやったり」という笑顔が、行間から見えるようなラストです。いやはや彼の本格ミステリに賭ける矜持はハンパじゃないぞ、というのがよくわかる1冊。
『過ぎ行く風はみどり色』(東京創元社、95.6月刊)
これは長編である。ある一家に起きた、密室殺人の謎を、またまた猫丸先輩が解決する。が、前作とはちょっと雰囲気が違う。というのは、重要な語り手のひとりである左枝子という女性が、今時ちょっと珍しいほどのピュアで美しい心の持ち主だからである。猫丸先輩は脇役に近い。そのため、ユーモア度はかなり低めで、かわりに彼女のかもし出す静謐な空気が物語に漂っている。
オカルトがからむ、不思議としかいいようのない殺人事件に、合理的解釈でもって謎を明らかにしてゆくさまはいつものごとく。人間の愛憎が出るラストに、しみじみしたものを感じる一篇。謎解き、というより人間劇のような手触りを感じるミステリである。
『占い師はお昼寝中』(創元推理文庫、00.7月刊)
著者のやさしさ、温かさがもっともよく出ている、ほのぼの系ミステリ連作集。
こちらは心優しきインチキ占い師(笑)、辰寅叔父さんが安楽椅子探偵役。彼は、怪異現象に悩んだ末に「霊感占い所」に訪れるお客さんたちの話をまずふんふんと聞いてあげる。それだけでその現象のからくりを見事に推理して解き明かし、でも本人にハッキリ告げるわけではなく、「ご神託」としてそれとな〜く解決してあげるのだ。
本当にぐーたらでどうしようもないナマケモノの叔父だが、頭の冴えはぴっかぴか。その冷静な推理には、あっと驚く。しかも、ずばりと真相を告げるというわけでなく、当人も気がつかないくらい、さりげなく解決してあげるというところが実に心ニクイのだ。好感の持てるキャラつくりのうまさがここでもよく出ている。
何もかもわかってしまうから、人の心の裏の裏までイヤでも見えてしまう。彼はそれゆえの諦観をそっと胸に秘め、俗世を捨てたような生活をしているのか(蛇足だが、この「世界の傍観者」的な性格は猫丸先輩にも酷似している)。この辰寅叔父の続編をもっと読みたいものだ。
『星降り山荘の殺人』(講談社文庫、99.8月刊)
…や〜ら〜れ〜た〜!!!(笑)まいった。降参です。文句ナシの☆5つです満点です。「重要な伏線がいくつか張られている」とか「その説に誤りはない」とか、各章のはじめに著者がきちんと正当なヒントを与えてくれているにもかかわらず、見事にひっかかっちまったぜ!!ああくやしい!見事に一本取られた。
いかにも講談社ノベルス(最初はノベルスで発売)らしい、本格推理の一冊。なんたって、雪に閉ざされた山荘での連続殺人、というお決まりの設定ですから(笑)。が、ちょっと趣向が変わっているのは、すべての章の筆頭、四角で囲った枠の中に、著者からのヒントが書いてあるのだ。たとえば冒頭からの引用。「まず本編の主人公が登場する 主人公は語り手でありいわばワトソン役 つまり全ての情報を読者と共有する立場であり 事件の犯人では有り得ない」。もちろんこれはフェア。ウソ書いてない。全ての手札を著者は読者に提示しているのだ。で、「さあ、あなたには犯人がわかるかな?ふっふっふ」という、つまりこれは倉知淳からの、真っ向勝負の挑戦状なのだ!!
これでも気をつけて気をつけて読んでたんですよお。なのにね、なのにやっぱり、ひっかかっちゃったんです!(涙)ああ、あの犯人がわかったときの、スコーンと場外ホームランくらったようなショックときたら!!茫然自失。夜中にもかかわらず絶叫。地団太踏んでくやしがりましたとも、ええ!
しかも彼らしいユーモアが随所にあふれてて、おっかしい!主人公の徹底した虐げられぶりなんかも笑いを誘うが、中でも星園詩郎という人物がサイコーにヘン!超ドハンサムで、めちゃキザったらしい。これってなんかミッチー王子(及川光博)そっくり、というかほとんどモデルに使ってないか、倉知淳?(笑)読んだ方、そう思いませんでした?賛同者求む!
とにかく未読の方は読んでみてくださいまし。そして、スコーンとだまされてくださいまし!このくやしさを共有しようではありませんか!(笑)
『幻獣遁走曲‐猫丸先輩のアルバイト探偵ノート‐』(99.10月刊)
『日曜の夜は出たくない』の続編といった雰囲気の1冊。猫丸先輩大活躍の巻〜(笑)。彼がさまざまなアルバイト先で出会う、5つの謎を解くという趣向。
『日曜〜』は割とシリアス系の話が多かったが、こちらはどこかマンガチックで、思わずへなへなする脱力系(笑)。謎が解けた後、思わずくすりと笑ってしまうような、ほのぼのした話たちである。著者のユーモア感覚が、随所にあふれる連作集。もちろん、猫丸先輩の推理の冴えはあいも変わらずだが、それよりも彼の荒唐無稽な活躍ぶりをおおいに楽しんでいただきたい。軽〜い、笑えるミステリを読みたい!という方には最適の1冊。
『壺中の天国』(角川書店、00.9月刊)
はっきり言って、これ、おたく万歳本です(笑)。おたくで何が悪いんじゃ!何の楽しみもない大人になっちゃうより、幾つになっても自分の好きなことを極め、楽しむヨロコビを知っている大人のほうがゼッタイいいよ!という著者のメッセージには賛成。ただし、フツーの社会生活を営める程度にね(笑)。
主人公の知子は、私とほとんど同い年くらいの未婚の母。10歳になる愛娘と、実の父(娘にとってはおじいちゃん)と3人で、ほのぼのと暮らしている。静かな地方都市の、なんてことないのんびりしたこの町で、ある日、連続通り魔殺人事件が発生する。
電波な怪文書が出てきたり、先ほども述べたおたくな人々がぞろぞろ出てきたり、主人公一家のあったかぶりにほのぼのしたり(その隙間に殺人が起きている)。そういった細部の面白さにすっかり目がいってしまい、これがミステリだということを、ラストまでほとんど忘れてました。あれが全て、全て伏線だったとは!ああ、またしても著者の術中に。ここまで巧妙に練られた本格ミステリだったとは!
著者はやっぱりいろいろ仕掛けしてますからね、どうかひっかからないよう、注意してお読みくださいませ。おたくうんぬんや、アットホームな雰囲気に、ついついまったりとしちゃいますが、惑わされるなかれ。これがテーマじゃないんだな、実は。本書はやっぱりれっきとしたミステリだと私は思います。著者はね、ちゃんとヒントをくれてるんですよ。それは…この本のタイトルです。
☆これ以外にも、『競作 五十円玉二十枚の謎』(創元推理文庫)にて、佐々木淳のペンネームでリドルストーリーの解答を書いており、見事若竹賞を受賞している。これも例の猫丸先輩が出てきて、笑わせ&うならせてくれる一篇。
10月 ださこん4レポート
9月30日(土)〜10月1日(日)、初秋の雨の中、すでに参加者にはおなじみの東京・本郷の「朝陽館本家」にて、第4回ださこん(読書系ネット者のオフ会)が行われました。私は家庭の事情でださこん3には参加できなかったので、今回はなんとか参加できて、本当にうれしかったです。
18時半過ぎに、u‐ki総統の挨拶でスタート。総統は、過労で入院中の身をおしての参加(涙)。その熱意には頭が下がります。やっぱり総統がいなくちゃね!
森太郎さんの参加者紹介&挨拶に続き、いきなりDASACON賞授賞式。オンライン企画の書評サイトアンケートで、参考にしてるサイトの一番票の多かったサイトが受賞。最多投票数5票で(笑)、タニグチリウイチさんと、不詳ワタクシめが受賞。「DASACON4」の金箔文字輝く、皮製の文庫ブックカバーを戴きました。
乾杯&歓談のあと、19時半より、、「出版と書店について語る企画」スタート。『不良のための読書術』(ちくま文庫)を書かれたゲストの永江朗さんは、爽やか&ひょうひょうとしながらも、圧倒的データでもって出版界をガイダンス。
怒涛の洪水のような新刊点数→それによって書店の店頭に並ぶ日数の短縮→欲しい本が入手しにくい、というしくみや、再販制度や委託配本制度などの、書籍の流通のしくみなどをわかりやすく解説してくださいました。
その後は質問コーナー。活発な意見交換がなされて、拝聴するだけでも充実した時間でした。諸外国と比較した日本の書籍流通の現状、取次について、新古書店やオンライン書店の現在とこれからの展望、再販撤廃についてなどの質問に、永江さんが穏やかに解答してくださり、和やかな質疑応答でした。一介の書店員としても、実に勉強になった企画でした。永江さん、ありがとうございました。すぐにお帰りになったのが残念。
新刊洪水は書店にとっては大変ですが、読者にとってはいろんな本が読めて、うまく泳ぎさえすれば、ある意味非常に幸せな時代といえるでしょう。自分なりにこのノウハウを獲得することが、今の読者には求められているのかもしれません。業界側は問題が山積みですが、やはり何より読者にきちんと本が届くように努力する、の一点でしょうか。
適当に歓談する中、21時半頃より、「ジャンル分けの功罪」企画。司会はu‐ki総統。
総統あてに、バード中津さん(角川春樹事務所の方)からメールがきたそう。中津さんは、ハルキ文庫で新しくスタートした書き下ろしSFシリーズをどう売るかを模索中で、皆さんのご意見を伺いたいとのこと。で、なんとなく話の流れが「どうやったらハルキSFはもっと売れるか」という話に。
大森さんのご意見などで、ハルキと徳間デュアル文庫の比較。ハルキは上の世代に今若い世代が読んでるものを読ませる、デュアルは最近の若い世代に昔のSFを読ませるという構図というのが判明。上から下か、下から上か。総統は目ウロコのようで、しきりにうなずいていました。
23時半頃より「オンライン書評について語る」企画。司会はヒラノマドカさん。
ださこん前にとったアンケートをもとに話が進められました。主な話題は「自分のサイトの掲示板にいらしてくださったりして接触したことがある作家のレビューを書くとき、対応は変わるか?」というもの。アンケートでは「変わらない」という意見が大多数なのだが、「これは変わるでしょう〜!」というヒラノさんのご意見。ネットによって作家と読者の距離がぐっと縮まったのは確か。この距離の取り方には皆、どう対応すべきか、ちょっと迷いがあるようでした。
あとは古本オークションにちょっと出品したり。が、濃い人たちに囲まれてしまって辟易。私はあまりに場違いでした(涙)。
このあとはだらだら雑談モード。まこりんさんとイサイズ書評の話とか、東編集長や青木みやさん、森山さんたちとbk1の話をしたり、ちはらさんたちと「SFマガジンってどこを読んでます?」とか。今回はなぜか本の中身の話をほとんどしない、という珍しいださこんでした。3時に就寝。
翌朝起きると、総統の「SF者って実はもてない男なんじゃないか?」企画が始まっていた。総統の爆裂ぶりに後ろ髪ひかれつつ、閉会前に会場を抜けて仕事に向かう(涙)。
本についてたっぷり語り合えた、いつもながらの楽しいひとときでした。またお会いしましょう!
9月 新文庫の日本SFに注目!
…などという特集を組むほど、私はSF通ではない。残念ながら。が、そんな薄い私でも、このところの新文庫の日本SFの元気さには目を見張るばかりである。いったい、文庫界に何が起きているのか?蓄積された知識はなくとも、新刊に出会うスタートラインは皆一緒。というわけで、大胆にも一筆書いてみようかと思う。
出版界は、昨年あたりから、新書の新レーベルラッシュが起きている。さらに、今年に入って、文庫の新創刊も続々と続いている。ハルキホラー文庫、学研M文庫、新潮OH!文庫、などなどである。
そんな中、今年の8月31日に、記念すべき「徳間デュアル文庫」が創刊された。「SF」という文字はついてないにしろ、この路線はどう見てもSFそのもの。本のサイズは普通の文庫より縦1センチ、幅5ミリほど大きく、イラストが豊富で字も大きく、活字離れの激しい若い読者をターゲットに作られたと思われる装丁である。
しかもうれしいのは、上遠野浩平や三雲岳斗などの、今注目されている若手SF作家の新作を出すのみならず、今や絶版となってしまっているかつてのSF名作を、全くの新装丁で復刊させてくれていることである!
ああ、まさか梶尾真治の不朽の名作『おもいでエマノン』が新しい文庫で再び読めることになろうとは!ここに、確かに新しい風が吹いているのを感じるのである。
それにしても、いったい何故今、SF文庫が出てきたのであろう?前述の通り、文庫創刊ラッシュのタマのひとつということもあろう。新しいジャンルの開拓という意味で。が、文庫だけにとどまらず、徳間書店はムック「SFJAPAN」を発行したり、日本SF新人賞を創設したりと、SFに対して妙に意欲的である(笑)。これは、やはり今年の「SFセミナー2000」で、角川春樹氏が予言したとおり、「これからはSFブームが来る」という表れなのだろうか?
さてその角川春樹氏だが、かねてよりハルキ文庫で日本SFの旧名作を続々と復刊させていたが、この9月より、書き下ろしSFの新シリーズがスタートした。こちらも高瀬彼方、妹尾ゆふ子などの若手SF作家たちである。
このシリーズも装丁に気を配っていて、ビジュアルから手に取ってもらおうという出版社の作戦がうかがえる。徳間と同じく、やはり若い読者を狙っているようである。
電撃文庫や、富士見ファンタジア文庫の読者を、もっと本格SFに引き込もうという目論見なのだろうか。この目のつけどころはとてもいいと思う。
さてさて、それで、実際のところ、これらの文庫を買ってくれている読者の年齢層はどうなんだろうか。正直なところ、私はここが最も気になっている。若い人に読んでもらおうという、出版社の試みは果たして成功しているのだろうか?
今までSFを読み続けていた、いわゆるSF大会などに参加するような年代のSFファンには、大いに歓迎され、受けているようである。もはや、書いてる著者たちも同じ世代(あるいはそれ以下!)であることだし。昔好きだったが、既に絶版になっていた本が復刊されればそれだけでもうれしいし。なにせ夢物語であったのが、現実になってしまったんだから!このあたりの、かつて日本SFが熱かった頃を知っている年代が懐かしがって、あるいはその当時のような新作ラッシュぶりを喜んで買うのはまあ予想通りと言えるであろう。
が、私よりひとつふたつ下の世代の読者達に、この志はきちんと届いているんだろうか?願わくば「ああ、活字SFって結構面白いじゃん!」と思ってくれる読者が一人でも増えますように。次の世代に、バトンをきっちり渡すことができますように。その中から、私たちを楽しませてくれる新たな日本SF作家が現れますように!
記念すべき今世紀最後のSF大会が、8月5〜6日(土日)、パシフィコ横浜似て開催されました。さすが世紀末、超豪華な企画&ゲストの出血大サービス!ホント、参加できてよかったと心から思いました。いつも思うけど(笑)。
しかし、120もある企画のうち、自分が参加できたのは10にも満たないというのは非常に残念。カラダがひとつしかないのがどれほど悔しかったか!それほどに充実した大会でした。私が見ることができた企画だけ、ざっとご紹介します。
1日目
☆「宮部みゆきトークライブ」ずっと宮部さんのファンでしたが、実物を見るのは初めて!明るく元気な喋り方で、ちょっとミーハーで(笑)茶目っ気があるという、想像していた通りの方でした。聞き手は大森望氏。
話題は『クロスファイア』映画化の話や、ハマってらっしゃるプレステの話や(こんなにゲーマーだったとは知りませんでした!)、これから書こうとしてるSFの話などなどとにかく縦横無尽。
『クロスファイア』は映像を見たら強烈な暴力性が出ていて、書いた自分が驚いたとか(笑)。小説の影響などを考えさせられたそう。
これからはゲームや小説などのエンタテイメントは、そのひとに限られた時間をどう使ってもらうかのせめぎあいになる、というのには深く共感させられました。言葉の端々から、小説家としての職業意識があふれ出ていて、執筆に向かう真摯な姿勢に感動しました。
SFを書くことにも非常に意欲があり、これから書きたいのは、なんとレプリカントSFだそう!わー、楽しみ!期待してますからゼッタイ書いて下さいね、宮部さん!
☆「SFというジャンルの確立」
伊藤典夫(司会)、柴野拓美、野田昌宏のお三方の対談。ダイジマンが楽しみにしてた矢野徹は、残念ながら今回は欠席でした。
終戦当時、何をしていたかという話から始まり、SFの黎明期を懐かしそうに楽しそうに語っておられました。始まりの熱い鼓動が、こちらにもびんびん伝わってきました。SF一色の青春時代だったのですね。海野十三の話や、手塚治虫、福島正実、星新一など、今は亡きSFの立役者の方々のお話も実に興味深かったです。私の知らないことばかりだったので、とても勉強になりました。柴野さんの「やっとSFのジャンルが確立したと思ったら、もう浸透と拡散が始まったみたい」というお話には驚き。生まれた時から身近にSFがあった私には目ウロコでした。まだまだ若いジャンルなのですね。
☆「SFは楽しい!」
今回の大会で、私が最も楽しみにしていた企画。何しろ、「本の雑誌」の北上次郎(目黒考二)、椎名誠、大森望のお三方という豪華メンバー!彼らのSF話を聞けるなんて、うう、うれしい!
しかし、目黒&シーナ、のっけから「最近SFあまり読んでない」などとおっしゃる(笑)。でもシーナさんは『ハイペリオン』を絶賛してらっしゃいました。大森さんの巧みな誘導で、徐々にお二人のSFに対する、いや本の趣味そのもののスタンスが明らかに。が、これが見事にズレてる!(笑)目黒さんが『十二国記』を絶賛しても、シーナさん「ふーん…」。逆に、シーナさんが『月がもしなかったら』をベタホメしても、目黒さん「…そう、よかったね」。もう会場は大爆笑!
おふたりは昔、非常にSFを愛していて、銀背とSFマガジンを必ず買って読んでたとか。目黒さんの銀背絶賛には感動。
シーナさんは、これから頑張ってお好きな異世界SFを書いて下さい、という大森さんの言葉で幕。
☆「書評雑誌対抗・SF編集者座談会」
「ダ・ヴィンチ」、「本の雑誌」、「活字倶楽部」の三つの書評誌からゲストをお呼びして、福井健太氏が司会でお話をうかがいました。同じ質問に対して、答えが三者とも路線が異なるところが非常に面白く、興味深かったです。
「ダ・ヴィンチ」は本の啓蒙雑誌、「本の雑誌」は書評者そのものにファンがついてる雑誌、「活字倶楽部」はキャラ萌え雑誌(笑)、という傾向が如実に現われていました。三誌とも、読者をよく把握した作りゆえに、それぞれファンがついているんだということが実感できました。
ジャンル分けについてなどの意見をかわすうちに、司会の福井健太氏が過熱していくさまがなかなか爆笑モノでした。
2日目
☆「SF雑誌の創刊ラッシュ」森下一仁氏の司会で、向かって右から森下氏、新井素子、神林長平、川又千秋、谷甲州、山田正紀(敬称略)。神林さん以外は、皆様写真でしかみたことない方ばかり。
72年ごろは何をしていたか?という質問から始まり、おのおのが当時を語る、という形でした。それぞれのデビュー当時の話など。
意外にも、昨日の「SFというジャンルの確立」企画に比べて、パネラーの皆様が淡々としていたのが印象的でした。聞いていた雰囲気だと、あまりお互いの交流がなかったのかな?そのせいかも、と思いつつ拝聴。ま、小説書くのって個人作業ではありますからね。
この企画も、私の知らないSF界のことがたくさん出てきて、非常に勉強にはなりました。
☆「ジャンル別「最強」決定戦:SF、ホラー、ミステリ、ファンタジー史上最大の決戦」
この企画を見逃した方は、はっきり言って一生の損!(笑)あの時あの会場にいらした方で、この感想に意義を唱える方はおそらくひとりもいないハズ。いやあ、それくらい、マジ面白かった!!
各ジャンルから2名ずつ選手が出て、おのおの自分のジャンルから「こいつが最強の悪者だ!」と思う小説上の人物をあげ、そのわるものぶりを説明し、どっちが強いかを競う勝ち抜き戦というしくみ。
司会は大森望氏。また嬉しそうなんだ、これが!(笑)あんなに生き生きとした大森さんって、やはりわるもの、と心ひそかにつぶやく。しかもこの対決、ジャッジは、ほとんどSFを読んだことがないという18歳の声優、仙台エリ嬢。会場のウケや拍手は全く関係ナシ、彼女の意見が全て、という恐るべき判定方式なのでした!まず会場の参加者に予想アンケートをとってから、バトル開始!
この戦いの模様は全部書くとキリがないので、印象の強かったところのみ紹介。となると、やはりまず圧倒的強さで会場を驚愕の渦に巻き込んだ、山田正紀氏の事を書くのが第一でしょう。何を隠そう、私は彼の著作は一冊も読んでないのですが、あの活躍を見ていっぺんにファンになりました!(笑)
彼はSF代表だったのですが、挙げた人物が「エイリアン」のリプリー。まずこの意外さで掴みはオッケー。「えっ、なぜリプリー?」と思うでしょ。そして、彼女がいかに悪者だったかという、山田氏の驚天動地の発言が!私は本当にひっくり返りそうになりましたよ。彼女が不倫を清算するために架空の宇宙人、エイリアンをでっち上げ、宇宙船に搭乗していた自分以外の人間を全員殺してしまったというのですから!!その有無を言わせぬ圧倒的迫力と、見事な論法と、芝居がかった弁舌のカッコよさに、会場はひたすら呆然、爆笑。作家とはここまでやるのか!彼のプロ根性を見た思いが致しました。山田正紀、恐るべし。
他には、ファンタジー代表の高野史緒氏が、『ソフィーの世界』のアルベルトはストーカーだという説や(笑)、ホラー代表の倉阪鬼一郎氏の出した吸血鬼ロマー・マウルが実はただのいいひとでは、という逆転劇やら、ミステリ代表田中啓文のダジャレによる大ボケぶり、などが傑作。
決勝戦は、ファンタジー代表の菅浩江氏のウェンディ対山田正紀。菅さんのおっとりとした京都弁でのボケぶりも実に面白く、こんな方だったとは、と『雨の檻』のイメージが心の中でガラガラと崩れ行くさまを楽しみながら拝聴。
が、仙台エリ嬢の性格がウェンディに酷似しているのが発覚してしまったため、やはり優勝は文句ナシに山田正紀氏に決定!いやあ、実に素晴らしい戦いでした(笑)。見てるこちらまで燃え尽きました!
☆エンディング
ここで急遽、2003年のSF大会の開催地を全員の投票によって決定するという事態に。大阪と栃木の方がそれぞれ短く地元アピール。さて結果はいかに?
というわけで、たったこれだけの企画しか見られませんでしたが、ひとつひとつは非常に充実していたし、満足満足。欲を言えば、「SFの20世紀」の部屋だけでも、記録ビデオ発売してください、スタッフの方々!あんな豪華メンバーが揃うことはもうないでしょう。ああ、見たかった、小松左京!新井素子の朗読も聞き逃したし、上遠野浩平のトークも聞けず残念。
スタッフの皆様、お疲れさまでした。おかげさまで心行くまで楽しませていただきました。御世話になった皆様にも感謝感謝(特に牧眞司様)。来年は幕張だとか。おお、地元だ!来年、千葉の地でまたお会いしましょう!
7月 特集 2000年上半期私的ベスト10
お約束な企画で恐縮だが、今年の1〜6月に私が読んだ本の中からベストを選んでみた。あくまでワタクシ的「面白さ」でセレクトしてみました。
★1位 『慟哭』貫井徳郎、創元推理文庫
これはもう文句ナシ!超決定!どんな方にオススメしてもご満足いただける一冊だと思います。詳しくは今月の乱読をどうぞ。
★2位 『魔法飛行』加納朋子、創元推理文庫
優しさ・温かさとミステリ手法が見事にマッチした傑作。ラストまで読むと、いかに伏線をうまく張って構成された作品なのかがわかり、改めてうならされる。ふんわりした読後感が魅力のミステリ。
★3位 『雨の檻』菅浩江、ハヤカワ文庫
切ないとかいうレベルを遥かに超える、心のアキレス腱にささるような痛いSF。著者の瑞々しいセンスがあふれる短篇集。SFモノにはこたえられないでしょう。っていうか皆とっくに読んでるよね。
★4位 『月の裏側』恩田陸、幻冬舎
某作品のオマージュなので、ストーリー的にはすでにネタバレ同然なのだが、それでも怖かった!それはなんといっても、著者の描写のうまさによるものであろう。田舎の町の、真っ暗な夜の雰囲気、雨の音。それらの雰囲気をまさに肌で感じることができる一冊。登場人物のキャラも立っててよい。
★5位 『エンジン・サマー』ジョン・クロウリー、福武書店
大傑作なのだが、私は5位。なぜなら、今の私はまだこの作品を正統に評価しうるだけの技量を持ち合わせていないからである。もしかすると、この物語を完全に読み込むには、一生かかっても不可能かもしれない。いつの日か、これを1位に挙げることのできる日が来るだろうか。
★6位 『ハンニバル(上・下)』トマス・ハリス、新潮文庫
結末その他に賛否両論の本書だが、やはりぐいぐい読ませるあの圧倒的な彼の筆力にはさすがという他ない。エンタテイメントとしては申し分ないでしょう。一度は読んで損はないと思う一冊。で、次回作はまた10年後でしょうか?(笑)
★7位 『quarter mo@n』仲井拓志、角川ホラー文庫
ネット者にはイチオシ!文章などに多少アラはあるのだが、ネットのなんとも形容しがたい不気味さが非常にうまく表現されていた。実体がなく、感情のみがひとり歩きしてしまう。まさに現代のホラーである。
★8位 『老人と犬』ジャック・ケッチャム、扶桑社文庫
老人リベンジもの(笑)。宮部みゆきの『クロスファイア』を読んで面白かったとおっしゃる向きには是非オススメ。おじいちゃんがむちゃくちゃカッコイイのだ!
★9位 『薔薇の木枇杷の木檸檬の木』江國香織、集英社
恋愛小説のお好きな方にオススメしたい一冊。いろんな男性・女性のさまざまな愛が出てきます。自分とは全く違うのに、なぜか共感してしまうのだ、この人の本は。
★10位 『言壷』神林長平、中公文庫
神林さんの言語実験小説。好みの分かれる本だとは思うが、ワープロやパソコンで文章を書いている人間、あるいは書いたことのある人間なら面白く読めるハズ。あなたの何かを揺さぶられるでしょう。