阪神淡路大震災を忘れないで!
トップページ | その後の矢崎兄弟と家族
長男は東京・次男は米国在住でどちらも家庭を
持ち現在は社会人として、子供の頃の経験を
決して忘れる事無く、今も頑張っております。

そして母はそんな息子たちの後押しを受けて
今も震災の語り部として頑張っております。

矢崎兄弟の活動や、自身のボランティア経験を元に、活発な講演活動を行っています。
世界中で大規模災害が相次ぐ中で、「伝えて行く」ことが使命だと感じています。

矢崎由美子 講演活動

<肩書き>
阪神大震災の語り部・ 骨髄バンクボランティア

<専門分野>
ボランティア・災害経験を活かした防災・命の重み・高齢者の生き甲斐

<主な経歴>
1972年~東京を拠点にラジオパーソナリティー・MC・TVタレントとして活動。
フジTV子供番組「みんな集まれキーパッパー」メイン司会・文化放送「ダイナミックサタデー」NET「独占女の60分」・「ガンバレロボコン」白雪劇場「雪国」フジTV「青い山脈」他
80年より神戸を拠点にサンTV・ラジオ関西で活動。85年結婚、出産 渡米により一旦引退。
92年より骨髄バンクボランティアとして紙芝居などを利用してシンポジウムなどでボランティア活動を始める。
95年芦屋市にて阪神淡路大震災に被災し、その体験がモデルとなり(岸川悦子著)童話「地球が動いた日」になる。2年後、当時小学生5年生と3年生の息子達が被災地支援の為、自転車で日本一周を達成。その後、震災体験や子どもたちの日本一周への経緯や命の重みを軸に様々なテーマで全国各地で講演活動を行っております。
パソコン知識活かし2000年春より、芦屋市で中 ・高齢者を対象にマンツーマンのパソコン教室を開設。



<主な講演テーマ1>
命って重い、そして子どもってすごい
骨髄移植と阪神大震災。二つを結ぶ童話と子ども達の日本一周

内容)童話「金色のくじら」(作・岸川悦子)を紙芝居と言う手段で、
私が骨髄バンクボランティア活動をするに至るまでの経緯と、
今は亡き協力者の患者女性の思いやその活躍をお話します。
そしてその後に起こった阪神大震災の被災体験から私たち家族がモデル
となって生まれた童話「地球が動いた日」「走るんや!」骨髄移植と
阪神大震災を結ぶ事になった2冊の童話に至る多くの辛い被災体験と震災から
二年後の'97夏 当時10歳と8歳の二人の息子が自力で考え行動を起こした、
被災者救済の為の自転車日本一周と言う壮大な夢物語の実現まで。
体験の中から知った命の重さと人の優しさを母親の目線でお話します。


<主な講演テーマ2>
阪神大震災で子どもが教えてくれた沢山のこと
  ~子どもの可能性についていこう!

(内容)阪神大震災と言う未曾有の大災害の体験の中から、
子どもたちが自分で考え行動できたこと。そして子どもたちの純粋な姿から 大人が学んだ多くのこと。
二人の息子がモデルとなった童話「地球が動いた日」「走るんや!」(作・岸川悦子)。
この2冊の童話に至るまでの話を中心に 未曾有の災害から立ち上がり乗り越えて行く子どもの姿や成長を伝えます。
阪神大震災で当時8歳と6歳の二人の息子たちが、多くの辛い被災体験の中から自分たちで物事を考え、
大人をも驚かせる程のパワーを発揮し 行動した被災者救済の為の自転車での日本一周。
被災からその成功までの道のりと親子での葛藤や、地域や周りの協力など・・・
避難所生活での数多くのエピソードや当時の人々の生活を話します。
そしてその後も続く子どもたちの成長で親が、周りの大人がどう変わって行ったか・・・


<主な講演テーマ3>
「ボランティア」に、する人・受ける人の配役はありません
(内容)92年友人の子ども(当時12歳)の白血病発病をきっかけに始めた、
私なりの骨髄バンクボランティア活動としての紙芝居。そしてそれを支えてくれた今は亡き患者女性との約束。
95年1月 あの阪神大震災での被災体験。この大きな二つの経験で、ボランティアをする側と受ける側、
両方を体験することになった私が、それぞれの立場で気づいた多くの事柄をお話する事で、
個々の持つ「ボランティア」と言う言葉の定義や考え方を振り返り、
聞いて頂ける多くの皆様の生きがいや明るい未来に繋げて頂く力になればと考えています。
話の中で沢山の被災者の姿もお話します。辛く重い話の中にも、明るく元気をもらえる様な被災者の姿もあります。
世代や人種を超えた、人と人との思いやりや繋がりこそがボランティアの基本では・・・


<主な講演テーマ4>
阪神大震災から以後、私が見た思いやりの心と福祉の町づくり
(内容)高齢者や障害のある方、幼い子供や妊婦さんなど、色々なハンディを抱えた方々にとって住み慣れたまちで、活き活きと暮らすことができる社会の実現に向けて、今、全国で「福祉 まちづくり」を考える動きが出ている様です。
阪神大震災で被災した私の当時の経験を振り返ると、被災者一人一人の立場や個々の状況の違いの中で
あの頃考え出したあらゆる生活術。今思えばそれが自然の中で生まれた思いやりの心と福祉を考えながらの
街づくりになっていたと思います。
その後、私自身高齢の母の介護をする事になり、勉強したヘルパー2級講習を受けた数ヶ月間で体験し感じた事や
多くの失敗談など、気楽に聞いて頂く中で皆様方の福祉と街づくりを身近なものに感じて頂く機会になればと
思っております。


<主な講演テーマ5>
実際に被災してわかったこと
内容)阪神大震災で被災し 避難所生活や仮設住宅ボランティアなどの経験から学んだ多くのこと。この日本国内において 今後 いつ誰の身の上にも起こりえるかも知れない 突然の地震災害を乗り切る為に、被災者が知った数々の知恵と体験談をお話します。あなたの今後の備えにしてください。何の前触れも無く襲って来た あの阪神大震災。
当たり前の日常が機能しなくなった町で私たち親子が取った行動とは・・・
避難所内での多くの問題や解決方法。被災する前までは 報道で知るだけの他人の災害。
被災地内と被災地外での 物の見方の誤りや考え方の違い。
考えもつかなったった高齢者の知恵で救われた高度成長人間たち。
親が思う程 子どもは馬鹿じゃ無かったこと。子どもたちがすごいってこと!
一主婦被災者の目線で 震災を伝えます。


<主な講演テーマ6>
還暦からの私の終焉準備の数々!
これって極端ですか?

阪神大震災の被災後人生観が変わった私が、還暦を前に子供たちも自立し、親も全て見送った後、さて自分の終焉までをどう過ごすかを考え計画し、取った数々の行動をお話します。
如何にお金を掛けずに先祖の墓やお仏壇の処分・永代供養・アルバムの整理に処分・過去の思い出の物や溜め込んだ全ての断捨離・ライフスタイルの変更・各種生命保険の解約・死後の検体登録に医療行為への意思表示カードの作成等
私が自分らしく気楽に楽しく老後を過ごす為に実行した行動の数々の話を聴いて頂いて、自分ならどうだろうかって?置き替えながら、どうぞ気楽に笑って私と時間を共有して下さい。
意外と知らなかった事や、やたら聞けない事を知れる機会になるかも知れませんよ。 兎に角明るく朗らかにお話し笑って頂きます。

<受けられる講演形式>
※お喋りだけの90分
※日本一周時のスライド約20分を使用しての講演
※日本一周時パワーポイント約20分を使用しての講演
※骨髄バンク理解の為に紙芝居約30分使用の講演


<講演実績>
1998年より 全国の社会福祉協議会や教育委員会 PTA連合 学校関連の福祉大会や家庭教育講演・ボランティアフェスティバル・保護者会等 

<年間講演回数>
10~15回 

<メディア出演等>
95年YTV・ニューススクランブル・ABC ワイドABC特集・NHK震災特集
95・96年 SUNTV 震災報道特番他 2006年SUNTV「素敵家族」・
MBSラジオ「ネットワーク1.17」
2005年1月 震災10年目ドキュメント(読売TVニューススクランブル)


<モデルになった童話>
新日本出版 岸川悦子著「地球が動いた日」
新日本出版 岸川悦子著「走るんや!」


<出身地>
大阪市

<母校>
東大谷高等学校・東京写真専門学校

<依頼者への要望>
命の重みや災害への備えや教訓などを一主婦の立場でお話させて頂くつもりですので、
先生 と呼ばれる事には抵抗が御座います。さん付けでお願い致します。
こちらから、お気軽にお問い合わせください
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