
1995年1月17日午前5時46分52秒。
私たちの想像をはるかに超える悲しみと恐怖が一瞬にして阪神・淡路間を襲った。
淡路島北部沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として発生したM7.3の阪神・淡路大地震は、淡路島や阪神間・大阪府北西部・東播磨地方南部を中心に、大きな被害をもたらした。
特に神戸市の市街地は、壊滅的な状況となった。
地震による揺れは、東は福島県、西は長崎県、北は新潟県、南は鹿児島県にまで達した。
震度7を記録したこの地震は、死者6,434名、負傷者43,792名を出す、戦後日本で最大最悪・未曾有の大震災となった。
この大震災の被災者の中に、ある兄弟がいた。復興が進む街で、仮設住宅に住む老人とある約束をした。それは「お金を持ってくる」というものだった。
"お金がなくて困っている多くのおじいちゃんおばあちゃんのために、沢山のお金を持ってくる"という目的のために、兄弟は日本中をまわって募金活動をすることを計画する。その方法は、彼らが唯一持っていた自転車だった。