ハンギング・ロックの秘密

作・藤九郎

ピクニック at ハンギング・ロック

 1900年のバレンタインデーに、その事件は起こった。オーストラリアのメルボルンに近いウッドエンド村のクライド女学院の生徒たちは、この日毎年恒例のピクニックに、馬車に乗って地元の景勝地ハンギング・ロックへと向かった。
 ハンギング・ロックは、数百年前の火山の噴火によってできた山で、平原の真ん中に150メートルの高さで聳え立っている。山頂は石礫と一枚岩の重層でできており、その名の由来となっていた。麓にはキャンプ場があり、当時人気の行楽地であった。
 クライド女学院の一行は、女学生19名と教師2名(フランス語とダンスの教師デュアン・ド・プワチェイと数学のグレタ・マクロー)、馬車の御者1名(ベン・ハッシー)の、合計22名であった。
 一行は朝早く出発し、66キロ離れたハンギング・ロックに正午に到着。昼食後思い思いに、居眠りをしたりおしゃべりをしたりした。
 午後3時ごろ、年長組み(17歳)の3人の生徒、アーマ・レオポルド、メアリアン・クエイド、ミランダ某と14歳のイーディス・ホートンが、岩山に探検にいきたいと許可を求めてきた。
 教師たちは、自分たちの時計が例外なく正午で止まってしまっているのを不思議に思いながらも、相談の結果許可を出した。
 こうして少女たちは岩山に行くのだが、そのまま行方が知れなくなってしまう。また、おそらく生徒たちを探しに行ったのであろうミス・マクローもいなくなってしまった。
 少女たちが岩山へ行く後ろ姿は、キャンプ場に居合わせたフィッツヒューバート一行(元インド駐留の退役軍人フィッツヒューバート大佐とその婦人、夫妻の甥で英国貴族の子息マイケル、使用人アルバート・クランダル)のマイケルとクランダルによって目撃されている。ただし、彼らはミス・マクローがいなくなる前にキャンプ場を後にしたという。
 クライド女学院の一行は、2人一組となり、大体1時間くらいの捜索を行った。そして、狂ったように悲鳴を上げ続けるイージス・ホートンを発見するのである。彼女は、ショックのあまり何も答えることができない状態だった。
 翌日、ウッドエンド警察署によって、本格的な捜索が行われた。地元の人間にも協力が要請され、マイケル・フィッツヒューバートとアルバート・クランダルも協力をした。が、この岩山は、深いやぶに隠された洞窟や縦穴が多く、危険なために捜索は難航した。捜索は数日続けられたのにもかかわらず甲斐がなく、マイケルらに容疑がかかったりもしたが、結局証拠はなく解決を見なかった。
 病院に収容されたイーディスのほうは、ウッドエンドのマッケンジー医師の診察を受け、軽い脳震盪、擦り傷や引っ掻き傷、打ち身程度の軽いケガと診断され、意識がはっきりしたところで事情聴取されている。
 イーディスは事情聴取に、ハンギング・ロックから帰る途中、逆に山へと向かうミス・マクローを見たということだけをもらした。ミス・マクローは、大声で呼んでも振り替えることはなく、しかも普段身なりはしっかりしているのに、その時はスカートをはかない ズロース姿だったという。
イーディスの事情聴取後、警察は捜索に猟犬を加えたが、犬たちは山の中腹まで上ると、丸い岩棚のところで立ち止まり、毛を逆立ててそれ以上進もうとしなかったため役に立たず、捜索はそのまま打ち切られた。
 捜索が打ち切られた翌日、マイケルとクランダルの2名は独自に捜索を続けた。手がかりもなくマイケルは野宿することに決め、クランダルを家に知らせに行かせたのだが、クランダルが山に戻ってくると足首を捻挫して気を失っているマイケルを発見する。マイケルの衣服のポケットには、殴り書きされたメモが押し込まれていたが、内容は支離滅裂で意味を成さないものだった。
 ともかく、まだ何かあると考えた警察は再び捜索を開始、とうとう意識不明のアーマ・レオポルドを発見するのである。
 アーマは1週間やぶの中にいたはずだが、その割りにイーディスと同程度の軽傷で、何が起こったのかまったく覚えていなかった。
 これが事件の全貌で、ほかの3人は今でも見つかっていない。原因については、縦穴に落ち込んでしまったという見解から、UFOにさらわれたという珍説まで数に限りはない。

ハンギング・ロックにまつわるその他の事件

 1900年の事件以外にも、この岩山には多くの事件が起こっている。それらはほんの些細なことか、センセーションを巻き起こすこともないありふれた事件に過ぎず、地元ウッドエンドの事情通が記憶にとどめている程度のものだ。
 それらのほとんどは行方不明事件であり、残りは墜落事故である。事件の詳細を述べるのは無意味で、ただこの岩山の周囲にはその手の話しが多い、程度に理解されているのだ。
 ただし、現在の教団がウッドエンドにできてからは、そういった事件は鳴りを潜めている。
 いずれにせよ、これはウッドエンド周辺でのみ入手可能な情報である。
 キーパーは、事件の引きとして、これらを自由に作成してかまわない。

事件の真相

 この事件は、世間一般で言う常識に照らしあわせれば、確かに奇妙な話である。が、神話を背景として読み解けば、そう複雑な事件ではない。神話事件としてはむしろ単純なほうだ。
 事件の張本人は、アルバート・クランダルである。クランダル家は、代々ハンギング・ロックの山頂付近にある“裂け目”深くに巣食う旧支配者ニョグタを崇拝する呪われた家系である。たびたび、(そのほとんどは、証拠が残らないため、無計画に)生け贄として人間を“裂け目”に送り込んでいたのだ。
 普段目立たなかったこれらの誘拐事件が、なぜ1900年のものだけ目だったのかといえば、いっぺんに4人もねらったこと、一人(イーディス)にニョグタを見られた挙げ句逃げられたこと、マイケルがアーマを気に入ってしまったこと、クライド女学院が廃校に追い込まれるといった社会的変化を巻き起こしたことなどがあげられる。

バニィール

 1900年の失敗を繰り返さないために、アルバートは計画的な生け贄獲得を課題とされた。
 フィッツヒュ−バート家は、羊で築いた盛時の財を利用して、新興宗教を経営し始める。“バニィール”という名の新興宗教は、自然に密着した形の共同生活をするありふれたタイプの宗教で、その排他性もおなじみである。自給自足には成功しているほうであり、教団内部のことはなかなか外部の者が知ることはできない。
 教団の名前の由来は、アボリジニたちの神話に現れる森羅万象の創造主の名前である(バニィールは神話でいうウボ・サスラのことと思われるが、ここでは関係ない)。教団の聖地はハンギング・ロックであり、年に数度は信者全員が岩山へ登る。
 この教団を作った実際の功労者は、アルバート・クランダルである。フィッツヒューバート大佐夫妻の死と共に、彼はマイケル・フィッツヒューバートを丸め込み、ニョグタの熱心な崇拝者にすることに成功したやり手である。
 一見自然回帰的な信仰を持つ新興宗教教団“バニィール”は、その信者を生け贄用の家畜とみなす邪教である。其の教義も祭祀も、すべては“在りうべからざる存在”への生け贄とするための見せかけに過ぎない。

ウッドエンド

 静かな田舎町である。町外れに新興宗教教団の敷地が在ることを除けば。
町の人間は人懐こく、教団とフィッツヒューバート家のうわさをする時以外はやたらと大きな声で親愛の情をあらわす。
 メルボルンから近く、観光客もたまには訪れるため、小さなホテルが建っている。宿泊場所には困らないだろう。
 現在町の人間にとって、ハンギング・ロックは行方不明の現場というよりは、怪しげな教団の聖地であるという意識が強い。よって、探索者がハンギング・ロックのことを調べようと思えば、教団の話になることは避けられない。町の人間は、教団のことをおおっぴらに口にすることを嫌っており、聞き出すには交渉が必要だろう。

調査

 残念ながら、1900年当時の事件について詳しい人物はほとんど存在しない。フィッツヒューバート大佐夫妻は他界しているし、クライド女学院は閉鎖され、関係者の多くは他へ移り住んでしまっている。有力な情報者(事件経過などのたいていの事ならば、年配の住人は知っているが)となる人間は、アルバートの手によって巧妙に誘拐殺害(生け贄)にされてしまっているのである。探索者にできることは、ハンギング・ロックをあてもなくさまようことと、余りにも情報者が少なく、しかもその不自然な失踪、および死亡記事から、陰謀のようなものを嗅ぎ取ることである。
 ハンギング・ロックでは、POW×1のロールに成功した者が地鳴りにも似た胸を圧迫するような感覚(音ではない)を感じる。この感覚は0/1D3のSANを喪失させる。これは旧支配者の放つ鬼気のようなものである。
 また、探索者の誰かが、犬などを使った探索を試みようとすると、彼らが決まって中腹で立ちすくんでしまうことに気付く。その場所は丸い岩棚で、特に何もないように見える。実際は岩盤が外れるようになっていて、ニョグタのいる祭壇まで降りる階段が隠されている。これはアルバートらの後をつけるなどして、誰かが開けるのを見なくては発見不可能である。
 その他に探索者のできる行動といえば、がむしゃらにそこら中にあいた洞穴に踏み込むことくらいであろう。これは消して安全な行為ではなく、落盤や野犬との遭遇程度の恐い目に在ってもらうといいかもしれない。
 さて、町の人間からの情報は、すべてが“バニィール”という教団の存在にぶつかってしまう。勘のいい探索者なら、この教団の経営者が、1900年の事件に縁の深い人物であることに気付いて、接近しようとするかもしれない。そうなれば最高だが、仕方なしに教団に接近する(それしか調査の進展は考えられない)のでも十分である。
 教団の黒幕アルバート及び、書類上の教主であるマイケルは、1900年の事件について詳しく知っており、その真相を知られることは教団の破滅につながると考えている。彼らは無関心を装い探索者を追い返そうと試みるが、いよいよになったら邪魔者を生け贄として消すことを考えるだろう。
 上記の理由で、探索者側の働きかけによる事件の進展はない。探索者が十分情報収集の真似事をしたならば(TRPGはこれができたかどうかで大きく達成感が違う)、キーパーはアルバート、あるいはアルバートに指図されたマイケルを使って探索者をハンギング・ロックにおびきだす。
 たとえば、彼らの不信な行動を捉え、後をつけていったらハンギング・ロックで隠し空洞に入っていくのを発見したとか、教団信者の聖地参りに紛れ込んでいたら、数人の信者を連れてアルバートがいなくなったとか(当然隠し空洞を見つけさせる)。いずれにしてもそれは罠であり、隠し空洞の階段を下へ降りて行くと待ち構えていたアルバートと彼の神ニョグタと鉢合わせということになる。何の用意もなければ、探索者は全滅を免れないだろう。

フィッツヒューバート館

 探索者にとって、有効な情報源となる人物が、実はフィッツヒューバートの館にいる。館の召し使いの一人であるロナルド・レオポルドである。勘のいい人は気付くかもしれないが、ただ一人ニョグタの気まぐれで助かったアーマ・レオポルドの息子である。アーマはあの事件の後、マイケルとの子供を懐妊していたのである。気の違ったアーマは、黒い影や這いずり回る漆黒について、うわごとのように言って亡くなっている。ロナルドは、いわば母親の敵討に、フィッツヒューバートの家に潜り込んだのである。よって、早くから主人と召し使いの長であるアルバートの邪悪な行いについて感づいており、どうにかしたいと思っている。
 彼が探索者たちの存在に気付けば、手引きをして主人とアルバートのいない時を見計らって、探索者たちを館に招じ入れることができる。彼はアルバートらがどんな事をしているかという具体的なことは知らないので、直接的なアドバイスはできないが、探索者たちを最も重要と思われるマイケルとアルバート共用の書斎に通すことができる。

書斎

 たくさんの本がある。そのほとんどが、オーストラリアの歴史、羊、神秘学のものである。探索者の役に立ちそうな本は以下のとおり。
 上記の書物に関しては、ルールブックおよび「禁断の魔道書抄」を参照のこと。
唯一「ネクロノミコン」だけが魔道書だが、以下の引用句のあるページが開いておかれている。置かれているのは魔法陣の中で、「オカルト」の判定に成功した者は、その魔法陣が中にいる邪悪なものを外に出さないために用いられるものであることがわかる。
 また、通常未装丁の写本で出回っている英語版だが、ここにある物はきちんと装丁され、邪悪に装飾されている。もっとも、内容に比べれば、そのような装飾は余計なものでしかないが…
 この書物を発見して、「クトゥルフ神話」チェックに成功したものは、1D3のSANを失う。
この存在(もの)、世には「闇に棲む者」、旧支配者の朋(ともがら)の一人にしてニョグタと呼ばれたるもの、もしくは「在りうべからざる存在」として知らる。この存在、しかるべき秘密の洞または地の裂け目あらば、そこよりこの地上に呼び出だすを得ん。シリアの地にて、またレンのぬばたまの塔の下には、その姿を目にした魔道士あり。この存在、タルタルのサンの渓谷より狂い来たり、偉大なる汗(カーン)の幕舎のただ中に恐怖と破壊をもたらしたると。そを静めんがためには、エジプト十字架、ヴァク=ヴィラジの呪文、あるいはティクーンの霊液をおいて他に術なし。これによりてのみ、その存在、己の棲み処たる隠秘の濛気立ちこむ暗黒の洞穴に再び追い返さんを得んか
 引用にあるニョグタを追い返す方法であるが、「図書館」と「英語」チェックに成功すれば、ネクロノミコンの中から以下の呪文(ヴァク=ヴィラジの呪文)を得ることができる。原文と同時に藤九郎流の訳(?)を載せる。キーパーは別に訳を行ってもよい。
Ya na kadishtu nilgh’ri stell-bsna Nyogtha;
K’yarnak phlegethor l’ebumna syha’h n’ghft.
Ya hai kadishtu ep r’luh-eeh Nyogtha eeh,
S’uhn-ngh athg li’hee orr’e syha’h.

ヤ ナ カディシュトゥ ニルグリ ステルブスナ ニョグタ
クヤルナク フレゲトール ルエブンナ シャ・ハ ングト
ヤ ハイ カディシュトゥ エ ルルイェ ニョグタ イェー
シュング アシュ リヘー オレ シハー

 上記の呪文を唱えることで、ニョグタを退散させることができるが、発音が極度に難しいため、いずれかの「言語÷3」のチェックに成功する必要がある。戦闘ルール的には唱えるのに失敗するたびにニョグタ側が行動すると考えていい。
 この書物を持ち出すことも可能だ。ただし、そうすることによって、ロナルドの内応がアルバートらにばれ、ロナルドは見せしめとして殺されてしまう。森の木にロープをかけて自殺したのように見せかけられるが、キーパーはこの事態に陥る前に、探索者たちにロナルドは自殺をするような人間でないことを理解させておく必要がある。内応がばれることによってアルバートの探索者に対する敵意はより明確なものになるだろう。

ハンギング・ロック

 探索者がアルバート、あるいはマイケルを追ってハンギング・ロックを登ると、彼らは中腹の岩棚の隠し空洞の入り口を開けて中に入っていく。
 探索者をおびき出そうとしているのだから、入り口は閉めずに階段を降りていく。探索者の追跡に気付いていないような場合(もちろん探索者側は「追跡」チェックの必要がある)、入り口は閉めてから階段を降りる。その場合、探索者は自分で入り口を開けるために「知力×2」のチェックに成功しなくてはならない。
 前述したように、穴の底にはニョグタを祀る祭壇があり、探索者がおびき寄せられたのなら、ニョグタ本人がそこにいる。
 また、アルバートあるいはマイケル、ある場合には2人とも、それに信者が何人かいるかもしれない。彼らはニョグタが探索者たちをなぶり殺しにするのを見物している。そして万が一探索者が呪文によってニョグタを退散させた時には、彼らが敵として立ちはだかることになる。

マップ

 マップ上のAは祭壇で、黒い石で作られて、まがまがしい文様が彫られている。これをじっくり観察したものはSANを0/1D3失い、「知力×2」のチェックに成功すれば「ニョグタの招来/退散」の呪文を修得することができる。
 Bはニョグタの棲み家につながる裂け目だが、裂け目の正面には意味不明のさまざまな文様が彫り込まれている。
 Cは棚で、アンク十字、ティクーンの霊薬が置かれている。また、アルバートのノートも置かれていて、ノートには「ニョグタのわしづかみ」「マインドブラスト」「支配」の呪文が書かれている。それぞれ修得するためには「英語」と「知力×3」のチェックに成功する必要がある。

結末

 探索者がアルバートを葬った場合、“バニィール”はやがて解散する事になる。解散と同時に不正、主に行方不明、が白日の下にさらされて、マイケルは裁判沙汰に巻き込まれる。もちろん、言い逃れは通用せず、刑務所に一生いなくてはならなくなる。
 マイケルは葬ったもののアルバートを残した、あるいは2人とも残した場合、彼らは教団とともにどこかへ忽然と姿を消す。おそらくどこかで再びニョグタの崇拝を始めるのだろう。
 2人とも葬った場合、すぐさま教団は解体し、世界中にこのセンセーショナルな行方不明事件および教団の不正についてニュースされることになる。
 この探索を生き残ったことによって、全員は1D10のSANを得ることができる。また、“バニィール”を解散に追い込むことができたならば、さらに1D6のSANが与えられる。