DATA
名称恙虫(つつがむし)
分類1蛛形綱蝨類前気門亜目ツツガムシ科
分類2原生生物
生息地日本各地
大きさ0.2ミリ前後
出典日本の伝説
参考文献金竹原春泉『絵本百物語』
『日本伝奇伝説大事典』角川書店
 ”むかしつつが虫といふむし有て人をさし殺しかるとぞ。されば今の世にもさはりなき事をつつがなしといへり。下学などにも見ゆ。”

 竹原春泉『絵本百物語』「恙むし」の項の詞書きである。『下学集』(古辞書の一つ。1444年成立。著者不明。)には斉明天皇の治世(西暦655〜661年)に、石見(現在の島根県)は八上の奥に「つつが」という虫が発生したとある。これは夜人が寝静まると、家の中に侵入して生き血をすすり、多くの者を死に至らしめたという。天皇はある陰陽博士に命じて虫を封じさせたので、その害がなくなったという。この事をひいて無事なことを「つつがなし」と言うとある。
 この説話の原典は、前漢時代の文学者東方朔(前154〜前93)が記したという『神異経』であると思われ、そこには北方の辺境にいる”[獣恙]”という獣について述べられている。”恙”という字も見られ、これに噛まれると病気になるだとか、家に侵入したことがあって黄帝に成敗された等の記事がみられる。「つつがなし」の語源についてもここで同様の事が述べられている。もっともこの『神異経』、東方朔の著というのもどうやら根も葉もない噂のようで、どこまで信用して良いのかわからない。江戸時代最大の百科辞典『和漢三才図会』巻三十八の「[獣恙]」の項には、これを唐代の伝説として、その姿を「獅子に似ていて虎、豹及び人を食う」と記している。
 さてこの恙虫であるが、生物学的にみると蛛形綱壁蝨類前気門亜目ツツガムシ科 Trombiculidae に属するダニの総称である。体長は幼虫で0.2ミリ〜0.3ミリ吸血後は0.45ミリくらいになる。これらのダニは幼虫の時に脊椎動物に寄生し、皮膚炎やツツガムシ病(リケッチア症)を媒介するので恐れられる。日本でツツガムシ病リケッチアを媒介するものとして有名なのはフトゲツツガムシ Leptotrombidium pallidum (北海道にも分布)で、四季を通じて伝播の恐れがある。東北では特にアカツツガムシ L. akamushi の害が顕著で、これは夏季に集中している。特に後者は昔から有名で、酷い時には致死率が40%を超えたという。前者は謎の風土病とされていた類であり、発見は遅く、致死率も1%と低い。
 恙虫はよく人を害したので、一種の祟り神として考えられ、多くの発生説話が伝えられている。それらはアカムシ(アカツツガムシ)の分布する東北の伝説であり、中でも新潟のものが多い。以下に数例を示す。

  • 伊勢神宮の御祓箱を焼いて河に流したところその灰が毒虫に変じた。(新潟県魚野川)
  • 天正年間、三条城主三条三衛門が長尾景虎に攻められた時、長岡にいた三条の娘は城に駆けつけようとした。信濃川を下ったが、乗っていた船の船頭が身の危険を感じ、ひき返そうとしたところ、娘は長尾景虎に恨みの言葉を吐いて入水し、恙虫となった。(新潟県信濃川中之島村)
  • 横越島を荒らしまわった強盗を村人が捕らえ、毒虫の多い茅野に投げ込んで報復したところ、怨念が固まって恙の形となった。(新潟県中蒲原郡横越村)
  • 信濃川の砂洲には動物の溺死体が安らかに眠っていたが、一帯を開墾したために腐敗の気が解き放たれ、動物たちの怒りとして虫の形を取った。(新潟県長岡市及び天神村)

 こうして荒ぶる神となった虫はどうにか防除しなくてはならず、そのため恙虫よけの虫送りなどが行われるようになる。その神名は「赤虫大明神」「島虫神」「島神」「虫神」「虫堂」(新潟県)「毛木虱大明神」(山形県)「毛木虱大権現」(秋田県)など多岐に及ぶ。ちなみに「毛木虱(けだに)」とは、特に秋田県の雄物川流域での恙虫の呼び名で、人の顔をした毒虫であるという。


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