かなしみの電脳少女


突然の明日
オンラインRPG「プリズムコンタクト」のキャラクタを操りながら、私は久しぶりだな、と感じた。
そう、私の好きなもの、それはなにげない毎日。
くだらない噂話やテレビの話題で友達と笑い、過ごす時間。
永遠に続く平凡な毎日が、私の大好きなものだった。
 
私は「長い眠り」から醒めた。
...学校へ行かなきゃ。
その時、私はそう思った。
私はどうしていたのだろう、とか、私はあの「事故」でどうなったのだろう、とかいうことは、あまり気になら
なかった。
...はやく普通の生活に戻りたい。
私は、どれだけ眠っていたのだろう。そんなことも気にならなかった。
 
学校帰りに私は時々、駅前のネットカフェに寄ることがあった。
父の親戚で、今は会社勤めをしている香月かすみと一緒に。
二人で一緒にゲームをしていると、元の生活に戻ったんだな、と実感できた。
「また一緒にここで、ゲームできるようになったんだね」
かすみは私の顔を見て言った。
いつもの紺のワンピース。仕事帰りのようだった。彼女は割と自由な出勤体系のようで、よく一緒に遊んでくれ
る。
でも、変だな、なんか前と違うようなしゃべり方だ。
何て言うか、一言一言、かみしめて喋っているみたい。
「あの...」
私はすぐに言葉が出てこなかった。
「あ、ありがとう。かすみ。私、助けてくれて」
私はただ、それだけを言った。
かすみはにっこり笑って私の手を取った。
「よかった。元気になって」
変に胸に熱いものがこみあげてくる。しかし、涙は出なかった。
「この前の続き、だね」
私が言うとかすみは、え?という表情をした。
「え?、なんか、おかしかった?」
「続き?」
「そうだよ。だって、かすみが誘ってくれたんじゃん。一緒にプリコンやろうって。あの日に」
「マナミが事故に遭った日だよね。そうか、そうだったよね」
かすみは自分の頭をたたいた。
 
私、大河内真菜美が、父の所有していた研究室で火災事故に遭い、意識不明の重態になったのは数ヶ月前。
あの日も私は、こうしてかすみと駅前で待ち合わせし、ネットカフェへ来る予定だった。
父、大河内護は大学の教授で博士の称号を持っていた。
父が他界したのは、まだ私が幼い頃だったから、私にはほとんど記憶がなく、世間的には「天才」と呼ばれてい
た父の仕事のことは私はよく知らなかった。
私もまた小さい頃から実験などが好きで、理系の成績だけはよかった。これも血というものなのだろうか。
と言っても、その頃の私はすでに、ごくあたりまえの普通の高校生になっていた。
したがって、父が所有していた研究室などにも興味はなく、本来ならばそんなところに近づきもしなかったに違
いない。
私がその電話を受けたのは、かすみと約束して電話を切った直後だ。
「はい。大河内ですが」
電話の向こうから、何かかすれた風のような音が聞こえた。
「もしもし...びしょうのふじくら、と申しますが、まなみさん、でしょうか」
「はい」
びしょう?ふじくら?
聞いたことはないが、私は答えた。
「あなたの、お父さんの遺品を、お預かりしている者ですが、本日、お時間はありますでしょうか」
随分と唐突な話だ、と思った。
大体何故そんな話が今ごろ。
と、ここまで考えて私はふと思い当たった。
びしょう...そうだ、MPC美商は確か父とも付き合いのあった会社で、今ではかすみの勤めている会社だ。
「あ。もしかしてMPC美商の方ですか?」
ふじくら、という名前には心当たりがなかったが、聞いてみた。
「はい。あ、もちろん時間と言っても、このまま少しお電話する程度ですので、それほどかかりませんが」
かなり年配の人間のようだった。
「実は最近、私どもの研究で、一点だけ解明された事がありまして、そこにまなみさんへのメッセージが添付さ
れておりました。簡単な内容ですので読み上げます」
...まなみへのいひん、あかのおうぶ。
はあ?
私は受話器を持ったまま首を傾げた。
「とにかく、お伝えいたしました。では、これで」
一方的に電話は切られた。
...あ、あやしい、怪しすぎる。
実は私は父の数年後に母も失っていた。
今は母方の親戚に引き取られ、そこで生活していたのだが、両親の遺産のおかげで特に不自由なく生活できてい
たようだ。
ようだ、というのは、当時の私にはそのあたりのことがまるで知らされていなかったのだった。
 
父の研究室は、私の生活していた家から駅前のネットカフェの中間にある。
かすみと約束した時間より早く家を出た私は、そこへ向かった。
途中でかすみの携帯電話に連絡したが留守録になっていたので、私は美商のふじくらという人の話をし、メッセ
ージを登録した。
赤のオーブ。というのは幼い頃に私は父と交わした記憶があった。
もっともそのあたりの記憶はうろ覚えで、定かではなかったが、「遺品」というものがあるならあそこだろうと
いう漠然とした考えがあった。
それは...
そこからの私の記憶は、かなり曖昧だ。
事故の後遺症だろうか、嫌な記憶を葬り去りたいと言う本能が働いているのかもしれない。
私は向かった父の研究室で事故に遭い、かすみに助けられた。
私のメッセージを聞いたかすみが、研究室に駆けつけて見ると大惨事になっていた、というわけである。
実際にあの事故で、多くの人が亡くなった。と私は後で知った。
 
これらのことを、私はその時、かすみに語った。
二人はゲームをしながら、時々休んでその話をしていた。
「ごめんね。嫌なこと、思い出させちゃって」
かすみは神妙な顔で言った。
私は首を振った。今はもう、こうして元の生活に戻れたのだ。
「警察では実験中の事故、と考えているみたいなの。もちろん私は、あなたのお父さんの残した研究はまるで知
らなかったけど、ああいうのって結構危険なものなのよね」
かすみは何か遠い世界のような感じで話した。
確かに、私にも遠い世界の出来事のような気がする。
「でも、もしただの事故なら電話があったこととは関係ないことになるわね」
私はうなづいた。でも、本当にただの偶然だろうか。
だいたい父が「いひん」などというメッセージを残すのだろうか。
「ただね。美商の藤倉さん、私の上司に当たる人なんだけど、彼はそんな電話していない、と言うのよ」
私は驚いた。
「そうなの?」
「マナミは何か知っているの?赤のオーブについて」
オーブ。
その言葉を聞くと何故か頭が痛んだ。
何だろう。どうして...
「今は...わからない...全然。でも、あの時は何か、漠然と知っていたような気がする。事故のショック
で忘れちゃったのかな」
私が頭を軽く抑えながら言うと、かすみは少し哀しい表情をした。
「うん。もう止めよう、この話は。いいよね。こうやって元気になったんだから」
私は何か釈然としない気持ちでゲーム画面に向かった。
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