人を導く者の魂とは
「教師の哲学」
愛と情熱
森信三、新渡戸稲造、安岡正篤、福沢諭吉、夏目漱石・・・・・・。
かって日本には、こんなにも誇りある教育があった。
序章
日本人の誇りある教育はどこへ行ったのか
いったい、日本人はどうなってしまったのか
「戦後」と言う言葉も遠くなり、すでに平成も十五年になってしまった。十五年といえば大正期と同じ年月である。と同時に、この歳月は、ぺリー来航から明治維新までのあの“幕末”と同じ時間の流れである。だがいまの日本は、改革を叫びながら、長きトンネルに入ったままで、その出口すら見つけ出せないでいるのだ。
振り返れば、たしかに戦後の日本は、文字どうり献身的な努力と勤勉なる働きにおいて、この国を廃墟から経済大国へと復興させた。とくに一九八〇年代は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれたように、明治以来の「欧米諸国に追いつき追い越せ」と掲げてきた近代国家の目標を達成した。
だが、その繁栄もつかの間、どこでどうまちがったのか、くしくも平成元年からはじまったバブル崩壊後の日本は、いまだその構造不況から立ち直れず、未曾有の経済不況下にある。金融機関は相変わらず大量の不良債権を抱え、あまたの企業は倒産の影におびえ、そのため中高年はリストラの名のもとに解雇され、若年層の就職率は戦後最悪となっている。
それにともない、人の心は荒廃し、世の中全体にはびこる無節操な論理観のなさは、夢想だにしなかった悪質な犯罪や、わけのわからない変質的な事件を生み出している。その一方では、もっとも倫理観の強かったはずの教育者、警察官、医療関係者といった人々までもが、常識では考えられないような不祥事を起こしている。
こうしたモラルの崩壊は、未来を担う子供たちの世界ではいっそう顕著にあらわれ、“援助交際”
なるいかがわしい少女買春が横行し、常軌を逸した少年たちの凶悪犯罪もめずらしくなくなった。
学校は「荒廃」から「崩壊」へと進み、「いじめ・自殺」の問題はさらに深刻化し、あげくの果ては教師ばかりか小学生が覚醒剤所持で逮捕されるといった事態になっている。
いったい日本は、あるいは日本人は、どうなってしまったのか。「豊かさ」「便利さ」だけを追い求めてきた戦後社会のつけが、いまいっきょに吹き出しているのではないか・・・・・・。
何かがおかしい、どこかが狂っている。こうした思いは、けっして私ひとりの思いではないだろう。
以下、この著書の概略を記しておきます。
序章 日本人の誇りある教育はどこへ行ったのか
いったい、日本人はどうなってしまったのか
「援助交際」はなぜ生れたのか
教育は国家百年の礎である
教師の要諦は「愛と情熱」
第一章 森信三 国民教育の父
国民教育の父と呼ばれた男
私と森信三との出会い
「修身教授録」の名講義
教育の目的は国家社会に有用な人間を育てあげること
「人生二度なし」の根本原理
非凡なる凡人の偉大さを教える
第二章 新渡戸稲造 紳士の教育
「少年よ大志を抱け」
クラークの「紳士たれ」の教育
生徒は教師を見て育つ
「我、太平洋のかけ橋とならん」
新渡戸『武士道』の教育観
新渡戸を一高生たち
生徒全員が泣いた告別演説
新渡戸稲造と内村鑑三
第三章 安岡正篤 帝王学の教師
教師とはタネを蒔く仕事である
「歴代総理の指南役」といわれた安岡正篤
安岡教学の真髄
一燈照隅・万燈照国
「修身斉家治国平天下」の教え
最高の生き方とは
第四章 福沢諭吉 独立自尊の教育
子供の知的能力が落ちたのは大人の責任
世界に誇るべき名著『学問のすゝめ』
人生を決定づける差とは何か?
自由とわがままの違い
一身独立して、一国独立す
「痩我慢の精神」の真髄とは
現代人は心を高尚にしているか
第五章 夏目漱石 木曜会の教師
「われ以外はみな教師である」
『我輩は猫である』が誕生するまで
「木曜会」を開いた理由
生徒を手紙で励ます
「草枕」のような主人公ではいけない
芥川龍之介と久米雅雄への手紙
牛のように押し進め
漱石のやさしさ
第六章 宮沢賢治 愛の学校
「勇気を奮い起こす心」を教えてくれた詩
むやみに偉い人にはなりたくない
教師を目指した理由
教師としての賢治
生徒の就職を頼みに樺太まで
献身という名の生き方
第七章 吉田松陰 志士の教育
一国は一人を以って興る
国を憂う気概と大儀の人
「人」は教育で「人間」となる
獄中で囚人を相手に講義する
母は百万人の教師にまさる
「松下村塾」の授業風景
「思想」を超える「情熱」
第八章 緒方洪庵 徳の教育
医者は自分を捨てて他人を救うためだけに生きろ
たぐいまれなる高徳の君子
大坂で診療所兼蘭学塾を開く
「敵塾」の教育
洪庵が教えた“徳の教育”とは
弟子は師の「仁」に感動する
洪庵の晩年
あとがき 戦後教育がなくしたもの
発行所 PHP研究所 〒102-8331東京都千代田区三番町3番地10