日本人の品格

新渡戸稲造の「武士道」に学ぶ

 

挨拶がきちんとできない、路上や公園にゴミを捨てる、満員電車の中で新聞を広げて読む。

―――そんな人が増えていないだろうか。かってアインシュタインは、「日本人のすばらしさは躾や心のやさしさにある」と評した。その精神を、まさに新渡戸稲造が『武士道』で表している。本書はその『武士道』を解説したものである。失われつつある日本の伝統精神を見直す本。『新渡戸稲造 美しき日本人』を改題。

 

「和魂」とは、伝統ある武士道精神のことで、これこそ日本人のアイデンティティだったのである。

われわれも姿の見えなくなった日本および日本人を取り戻すために、いま再び、大和魂である武士道の再確認をするべきではないのか。本書を執筆した動機はまさにここにある。

                     本書「まえがきにかえて」より

 

序章 なぜ、いま「武士道」を見つめ直すのか

   日本に渦巻く得体の知れない不安

   「武士道」こそ日本人のアイデンティティ

 

一章      武士道とは何か

ブロードウェイを行進した美しき日本人

現代人の心に残る武士道の残映

西郷隆盛こそ「武士道の最大なるもの」

福沢諭吉が嘆いた明治官僚の「人面獣心」

 

二章      新渡戸稲造が『武士道』を書いた理由

新渡戸稲造とはどんな人物か

プロテスタントの精神と「武士道」との類似点

明治の大ベストセラー、中村正直の「西国立志編」

なぜ『武士道』は英語で書かれたのか

「我、太平洋のかけ橋とならん」を求めた一生

 

三章      武士道はどのようにして生まれたのか

自己を形成するためにまず必要な自律心

武士道の土壌となった三つの思想

関が原以降に決定した「武勲」から「文勲」への流れ

朱子の哲学・一寸の光陰、軽んずべからず

石田三成の汚名を(そそ)いだ水戸黄門

友との信義が大谷吉継を決起させた

恩に報いて死んだ宇喜田秀家

家康が発案した教育制度としてのサムライの精神

 

四章      義 ―― 武士道の最高の支柱

「義」は人としての正しい道である

義より打算が勝ってしまった現代

「義」が武士道の理想なのか

「義」を貫いたサムライ、上杉謙信

赤穂浪士は、なぜ「義士」と言われるのか

山鹿素行の唱える武士の本分

 

五章      勇 ――武士としての行動美学

「義を見てせざるは勇なきなり」

黒澤映画『七人の侍』にみる勇の美学

真実の「勇」は(きょう)に似ている

江戸城明渡しにみる山岡鉄舟の真の勇気

山岡鉄舟の「武士道」

 

六章      仁 ――人間としてもっとも大事な王者の徳

「仁」は仏教における慈悲、キリスト教での愛

江戸時代は明治時代よりも平和だった

意外に呑気だった武家社会の暮らしぶり

徳川安泰をもたらした「仁」の思想

花を愛した江戸の人々

「権あるものには禄うすく、禄あるものには権うすく

武士の情けに込められた「仁」の精神

 

七章      「礼」は他人に対する思いやりの表現

茶道に伝わる「礼法」の真の目的

すっかり礼儀を失った経済大国ニッポン

太宰春台がつくり出した「礼」の概念

 

八章      誠 ――なぜ、「武士に二言はない」のか

「誠」こそがサムライの最高の徳

歴史にみる臆病者の哀れな末路

武士道を商人道の違いとは何か

福沢諭吉が『痩我慢の説』で訴えたこと

徹底的に批判された勝海舟の態度

 

九章      名誉 ――それは人間の尊厳としての価値

常に死を背景とした「花は桜木、人は武士」

名誉を立身出世と勘違いした明治人たち

「名誉」とは己の尊厳を守ることである

西郷隆盛の「敬天愛人」が意味するもの

 

十章      忠義 ――人は何のために死ぬのか

外国人には理解できない「忠義」の精神

忠義は誰のために存在するのか

「葉隠」に記された武士の死生観

殉死とは忠義の表れなのか

サムライの真の「忠義」とは何か

 

十一章 教育――武士は「利」を捨て「義」をまっとうする

    「山高き故に貴からず」意味を知る

    算術だけがはずされた武士の子の教育科目

    武士の美学の具体的な教え

    武士たる者は「私」を捨て「公」に生きる

 

十二章 武士道は日本民族の文化遺産である

    現代人への警鐘を武士道に聞く

    儒教が説く「修身斉家治国平天下」

    修身はなぜ日本から消えてしまったのか

    今、再評価すべき武士道

 

人の(みち)を教えない不思議●あとがきにかえて

 

PHP文庫より