いま、拠って立つべき“日本の精神”

武士道

新渡戸稲造著  岬龍一郎訳   発売元PHP研究所

 

 

解説より

●武士道を体系化した唯一の思想書

武士道というと、多くの人は、キリスト教における『聖書』、儒教における『論語』、あるいはイスラム教における『コーラン』といったように、特別な書物があるように思われているが、本文にも記されているように、「これぞ武士道」として成文化されたものがあるわけではない。

 武士道は、あくまでも日本の長い封建制度のなかで、武士のあるべき姿として自然発生的に培養され、そのつど時代に即応して研鑚され、やがては“武士の掟”となった不文不言の論理道徳感であった。いうなれば武士道は、サムライがつくり、サムライによって育てられ、その育て上げた武士道がさらなるサムライを鍛え上げるといった、日本固有の修養精神だったといえる。

 武士道精神を述べたものには、江戸時代においても、山本常朝が著した有名な『葉隠』(はがくれ)をはじめ、山鹿素行の『山鹿語類』、井沢?龍の『武士訓』、さらには大道寺友山の『武道初心集』などいくつかの書物があるが、それらは武士の処世訓といったもので、武士道そのものを体系的の網羅しているわけではない。また、ごく限られた範囲の中でしか読まれていなかったので、日本人全体の精神を表したものとはいえなかった。

 しかも、武士道論議が盛んになったのは、その主体である武士階級が消滅した明治時代になってからのことで、江戸期においてはそれほど声高に叫ばれていたわけではない。せいぜい著名な君主や特定の遺訓といったものを“戒め”として口伝したにすぎなかったのである。

 ところが、明治になって怒涛のごとく西洋の新しい価値観が導入されはじめると、社会全体がことごとく文明開化の波にのまれて西洋化していった。その変わりゆく姿を見て、心ある人々が「日本人とはなにか」を問い直し、失われゆく日本人の伝統精神を振り返った時、改めて和魂としての「武士道」がもてはやされるようになったのである。それは、今日の日本が国際化とかグローバル化といわれ、あらためて世界の中の日本を考えたとき,オリジナルの国家意識や伝統精神を見直そうとするのと同じ発想だったといえる。

 では、今日、一般的に武士道といった場合、われわれは何をもって理論的支柱にしているのかといえば、この新渡戸稲造の『武士道』をもって一般には膾炙(かいしゃ)されているのである。なぜなら、この本こそ、武士道精神を体系的かつ総括的に述べた唯一の思想書となっているからである。

 

以下 武士道/目次

第一版の序文

増訂第十版の序文

 

第一章  武士道とはなにか

高き身分の者に伴う義務

武士の心に刻み込まれた掟

勇猛果敢なフェアプレイの精神

第二章  武士道の源はどこにあるか

仏教と神道が武士道に授けたもの

孔子を源泉とする武士道の道徳律

武士道が目指す「知行合一」の思想

第三章  義     武士道の礎石

     義は人の道なり

     「正義」が私たちに命ずる

第四章  勇     勇気と忍耐

     義を見てせざるは勇なきなり

第五章  仁     慈悲の心

     「仁」が王者の徳といわれるのは何故か

     「武士の情け」とは力ある者の慈悲

     武勲を捨て去った強者の物語

     「詩人」でもあったサムライたち

第六章  礼     仁・義を型として表す

     礼の最高の形態は「愛」である

     茶の湯は精神修養の実践方式

     泣く人とともに泣き、喜ぶ人とともに喜ぶ

第七章  誠     武士に二言がない理由

     武士の約束には証文はいらない

     なぜ武士は銭勘定を嫌ったか

     嘘は「心の弱さ」である

第八章  名誉    命以上に大切な価値

     恥の感覚こそ、純粋な徳の土壌

     寛容と忍耐による陶冶

     一命を棄てる覚悟

第九章  忠義     武士は何のために生きるのか

     日本人の「忠義」の独特さ

     わが子の犠牲をも厭わない忠義

     武士道は個人よりも公を重んじる

     主君への忠誠は「良心の奴隷化」ではない

第十章  武士はどのように教育されたのか

     最も重視された「品格」

     「富は知恵を妨げる」が武士の信条

     教師が授けるものは金銭では計れない

第十一章 克己     自分に克つ

     大人物は喜怒哀楽を色に表さない

     日本人の微笑の裏に隠されたもの

     克己の理想は心を平静に保つこと

第十二章 切腹と敵討ち    命をかけた義の実践

     魂は腹に宿るという思想

     切腹は法制度としての一儀式

     切腹はどのように行われたのか

     武士道における生と死の決断

     敵討ちにおける正義の平衡感覚

     切腹に必要なのは極限までの平静さ

第十三章 刀      武士の魂

     義と武勇の象徴としての刀

     日本の刀剣に吹き込まれた霊魂

     武士道の究極の理想は平和である

第十四章 武家の女性に求められた理想

     家庭的かつ勇敢であれ

     純潔を守るための懐剣

     芸事やしとやか振る舞いの意味

     みずからを献身する生涯

     武士道が教えた「内助の功」

     武士階級における女性の地位

     「五輪の道」により他の魂と結びつく

第十五章 武士道はいかにして「大和魂」となったか

     民衆に規範を示した武士道

     大衆の娯楽に描かれる気高き武士たち

     桜と武士道は「大和魂」の象徴

第十六章 武士道はなお生き続けるか

     武士道が営々と築き上げた活力

     維新の元勲たちのサムライ精神

     「小柄なジャップ」の持つ忍耐力、不屈の精神

     武士道が持つ無言の感化力

第十七章 武士道が日本人に遺したもの

     武士道は消えゆくのか

     日本人の表皮を剥げばサムライが現れる

     「武士道に代わるもの」はあるのか