第弐拾壱話 AD物語〜17〜

 「太鼓持ち」という職業をご存じでしょうか?
 ちょっと落語好きの人ならご存じでしょうが、
 宴会のお座敷で、旦那衆を「ヨイショ」しつつ、いろいろな芸を見せるという、
 「芸人」さんのことですね。
 江戸時代にはいっぱいいたというこの「太鼓持ち」も、
 今や、日本に2人しか、存在しないといいます。
 もはや、絶滅の危機に瀕しているわけです。

 同じように絶滅の危機に瀕している・・・、
 いや、正確に言えば、もう絶滅してしまった「職業」が僕らの身近にあります。
 それは「学生AD」です。

 「AD」と一口にいっても、ニッポン放送の中には、
 大きく分けて、4種類の「AD」が存在しています。
 1.ニッポン放送純正社員のAD
 2.プロダクション系AD
 3.フリー系AD
 まずこれが3種類。
 そして残るひとつが、今回のお話の中心、「学生AD」です。

 前に書いたことがありますが、ボクは、学生ADでした(AD物語〜2〜参照)。
 現在、ラジオの「フリーディレクター」と呼ばれてる人たちは、
 ほとんど「学生AD」出身の人たちです。
 昼間は大学や専門学校に行き(中には行かない人もいるけど・・・)、
 早朝や深夜(オールナイトニッポンのような)の番組で、ADをするのです。

 「学生AD」になるきっかけは、ほとんどが「縁故」です。
 各大学の「放送サークル」などで、「世襲的」に続くのが「学生AD」なのです。

 たとえば、ずっと「学生AD」を続けてた人が大学4年生になり就職することになったとすると、
 その人は、大学の「放送サークル」の1年生などに声をかけ、
 自分の「あとがま」の「学生AD」を育てるわけです。
 で、またその人が4年生になったり、「学生AD」をやめたくなったときなどに、
 次の「AD候補」に声をかけ、「学生AD」に育て上げる・・・・・。
 しかし、この完璧とも思える、「一子相伝」の「北斗神拳」のような流れが、
 「学生AD絶滅」を招くことになるとは、一体誰が予想し得たでしょう・・・。

 「学生AD」の交代劇は、そりゃもう、涙なくしては語れません。
 まず、「AD候補」となった「カタギの学生さん」は、次のような流れで、
 仕事を覚えさせられていきます。

 1.各種雑務の会得
   文字通り、「雑務」を覚えることからADの第1歩は始まります。
   タクシーチケットの作成、原稿のコピー、お弁当の買い出し、肩もみ・・・・、
   などなど。ま、このへんは、普通の会社の「バイト」と同じですね。
   
 2.オープンテープの取り扱い
   放送局の音源はほぼ全て「オープンテープ」というメディアによって保存されます。
   今じゃ、「オープンテープ」を見たこと無いって人もいるかもしれませんが、
   このデジタル全盛の時代にニッポン放送では「オープンテープ」に変わるメディアは、
   いまだに現れてません。
   全くの素人が、オープンのデッキにテープをセットしようとすると、
   約40〜60秒かかります。
   それを約20秒で、箱からテープを出し、デッキにセットし、
   素材の頭出しを完了するまでにならなくちゃいけません。
   なぜ20秒か、というと、ラジオのCMは20秒が基本です。
   もし、CM中にテープをセットするのを忘れてたとしても、
   最後のCMが流れる前だったら準備できるわけです。
   ま、そんなわけで「20秒」がひとつの目安になってます。
   でも、一線で仕事をしてるADの人たちは平均して12〜13秒で、
   テープのセットを完了しちゃいます。すごいですね。

 3.CD・レコードをかけられるようになる
   FMなどでは、曲をかけるのは「ミキサー」の仕事だったりしますが、
   ニッポン放送ではADの仕事です。
   これがいかに大事で、かつ大変な仕事かというのは、
   「AD物語〜9〜(CDプレイヤーと心かさねて)」に
   記述してありますので、そちらをご参考下さい。

 4.番組で使う素材を作れるようになる
   ラジオから流れる「ジャジャン!」とか「パンパカパーン!」とかの音を、
   我々は「音素材」あるいは単に「素材」と呼んでいます。
   この「素材」を作るのも、ADの重要な仕事です。
   ディレクターから出てくる、
   「かっちょいいファンファーレ」
   「壮大で、歴史番組みたいなBGM」
   「ほんわかしたムードの曲」
   などの非常にあいまいな要求を、自分なりに解釈して「素材」を作るんですが、
   もうこのへんは、「技術」より「センス」の問題ですな。

 ・・・・・と、まあ、このぐらいのことを最低限覚えなくちゃいけないわけです。
 当然、1週間や2週間で身につくもんじゃありません。
 早い人で半年、人によっちゃ1年経とうが2年経とうが覚えられない場合もあります。
 ま、あえていうこともないでしょうが、
 この期間、つまり、「見習いAD」の期間は、
 無給です!

 さあ、このように、「見習い」の期間が無事に終わり、
 いよいよ待ち望んだ(?)一人立ちの時がやってきたとしても、
 その先に待っているのは、これまで「AD物語」で書いてきたような、
 地獄の日々の始まりです。
 さらに、今までナイショ(?)にしてきましたが、
 ADのギャラ・・・つまり「給与」は、
 めちゃめちゃ安い!
 というショックに襲われます。
 「見習い」から一人立ちした若いADはほとんどが、
 「オールナイトニッポン2部」から仕事を始めます。
 この「オールナイトニッポン2部」の1回のギャラは、
 8000円(税込み)です。
 ちなみに、オールナイトニッポン1部でさえ、1回のギャラは、
 10000円(税込み)です。
 この値段は、ベテランだろうが、新人だろうが、一律です。
 しかもボクがADになって9年(学生AD含めて)、
 ずっと、お値段すえおき!!


 ね? 苦労して「学生AD」になっても、こんな現状が待ってるんじゃ、
 誰も「バイト」として、やろうとは思わないでしょ?
 同じ深夜のバイトなら、コンビニでレジ打ってたほうがまだましだと思うもん。

 ・・・・ということで、現在、ニッポン放送内には、
 「学生AD」は、1人もいなくなってしまいました。
 今や「イリオモテヤマネコ」か「学生AD」か・・・ってぐらいの、
 天然記念物になっちゃったんですね・・・・。
 それでも「学生AD」やりたい!・・・って人、います?
 もしいたらメールくだちゃい。参考までに・・・・・。
続く  1997/06/15

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