AD物語II 第13話 「ブルー・ウィンド」



〜山本シュウのオールナイトニッポンの想い出〜
 久保こーじさんのオールナイトニッポン(以下、ANN)のあと、  木曜2部にやってきたのは、山本シュウさん。  最近は、すっかりFMの人になっちゃってますが、  彼は、ずっとニッポン放送の人だったんですね。  「山本シュウの激突テレファイト」なんて番組やってましたね〜。  ま、今回は、彼の話はおいといて、  当時の担当ディレクター、勝島康一さんにスポットをあててみましょう。  勝島さんは、天才フリーディレクターです。  「フリーディレクター」と呼ばれる人たちの中で、  ANNのディレクターをやった人間は、これまで皆無でした。  何回か書きましたが、ニッポン放送では、  基本的に外部の人間がディレクターになることを認めていないためです。  その禁を破り、出入り業者の中で初めて栄光のANNのディレクターになったのが、  勝島康一なのです。
 ボクと勝島さんの出会いは衝撃的でした。  それは、今をさかのぼること9年前。  まだ、僕の「師匠」のデーモン小暮閣下のANNが放送されていた頃。  その日、デーモン閣下のANNは「録音」でした。  無事に録音が終わり、閣下をエレベーターのところまで見送って、  スタジオに戻ってみると・・・、  なにやら、パーマ頭の男がスタジオを使っています。  当時、僕は、ADになったばかりだったので、  顔見知りの人は、ほとんどいませんでした。  「あのー、すいません。」  「何?」  パーマ男が軽快に答えます。  「あのー、ここのテープレコーダーの上においてあったテープ知りません?」  「あれっ? このテープ、使っちゃいけなかったの?」  見ると、たった今、録音していた「デーモン小暮のANN」のテープは、  テープレコーダーの上で、  伊藤みどりのトリプルアクセル並みに、  くるくる回っています。  むろん、テープレコーダーの、 「REC」というランプが、  まばゆいばかりに光っていたのは、いうまでもありません。  あわれ、我が師匠、デーモン閣下のANNのテープは、  わずか数刻のうちに小川範子の番組に変わってました。  その犯人・・・パーマ男こそ、今回のお話の主役、  勝島康一だったのです。  この、勝島さんとの出会い話で、僕が何を言いたかったかというと、  勝島さんに怒りを覚えたとか、  勝島さんが、天然パーマだとか、  勝島さんを、今でもうらんでるとか、  勝島さんのせいで、Nディレクターにこっぴどく叱られたとか、  そういうことじゃないわけですよ。  勝島さんの仕事は、  僕らがデーモン閣下を見送りにいっている間に、  録音したテープを、小川範子の番組に作り変えちゃうくらい、  早いんだってことなんですよ!!  そのくらい、スゴイ人なんだってことですよ!!  え? そうは聞こえないって?  それは、えっと・・・、  そう。主観の相違ってヤツでしょう。
 勝島さんは、僕ら「フリーディレクター」のヒーローです。  年収が並みじゃありません。  放送作家の先生方は、年収1000万、2000万なんてざらですが、  フリーディレクターは、儲かりません。  血ヘド吐くほど働いて、ようやく普通のサラリーマンの年収並み。  そんなフリーディレクターの「長者番付」を作ったとしたら、  我らが勝島さんは、確実にTOP10入りです。  彼は、いつ寝てるのか・・・って思うぐらい、放送局にいます。  そんな勝島さんのお家は、さぞかしデカイんだろう。  ・・・と思いますが、さにあらず。  勝島さんは、15年近く、  家賃2万5000円のアパートに住んでいます。  むろん、風呂なんかついてません。  なんで、お金持ってんのに、マンションとかに引っ越さないんでしょう?  僕はその疑問を彼にぶつけてみました。  すると・・・、  「俺たちフリーは、いつ仕事がなくなるかわからないだろ?」  「はあ。」  勝島さんは、チョコレートのにおいのするタバコの煙を吐きながら言います。  勝島さんは、タバコを吸うときに、先っぽに変な粉をつけて吸います。  最初は、覚醒剤かなんかのたぐいだと思ってビクビクしていたのですが、  どーやら違うようです。  なんか、薬局で売ってる「ニコチンをビタミンに変える薬」らしいです。  個人の嗜好をとやかく言いたくはないんですが・・・、  勝島さんは、編集室や、レコード試聴室などの、  きわめて狭い限定空間でも、平気でこの薬を使用してタバコを吸います。  勝島さんが使ったあとの部屋は、甘ったるいチョコレートのにおいが充満してて、  長くいると頭が痛くなってきます。  みんなの平和のため、BC兵器や核ミサイルと同じくらい、  この薬の使用を禁止してもらいたいものです。  話が、横道にそれちゃいました。  「俺たちフリーは、いつ仕事がなくなるかわからないだろ?」  「はあ。」  「だから、贅沢な暮らしに慣れちゃいけないんだよ。」  「はあ。」  「俺は、いつ最低の生活に戻っても平気なように、家賃2万5000円の   アパートに住みつづけてるんだ。それがフリーの心意気ってもんだ。」  「おお!!」  感動です。涙があふれて前が見えません。  勝島さんの2万5000円のアパートに、  こんな秘密が隠されていたとは。  でもね。  勝島さんは、前述のとおり、常に放送局に泊まり込んでます。  お家にお風呂もございません。  これ、すなわち、お外のお風呂を使うことになります。  町の銭湯に行けばいいのに、  勝島さんは、大のサウナ好きでもあります。  毎日のようにサウナに行っちゃいます。  金は、まさに湯水の如く消えてゆきます。  局に泊まり込んでいるってことは、着替えが必要になるってことです。  都会の真ん中に、コインランドリーなどあろうはずもございません。  着替えは、これ、すべて、デパートで買うのでございます。  金は、まさに湯水の如く消えてゆきます。  こうして、勝島さんは、ボストンバッグいっぱいに溜まった着替えを抱え、  家賃2万5000円のアパートに帰るのです。  勝島さんは、働けば働くほど、年収はアップするのですが、  働けば働くほど、放送局に泊まり込む機会が増え、  それは、サウナに入る回数と、着替えを外で買う回数の増加を生み、  ひいては、貯蓄を吐き出し、貧乏になっていくのです。  これが、働けば働くほど貧乏になるという、  フリーディレクター達がおそれる、 「カツシマ・パラドックス」  ・・・なのです。  仕事を、ほんの少し減らして、  お風呂付きの部屋に引っ越せば、  もっと優雅な生活が送れて、貯蓄も増えるのに・・・・。
続く  1998/06/03

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