AD物語III 第2話 「アニガメ再着任命令」



 ずずず・・・。
 ぬるい麦茶に口をつける。
 おむかえのビルの窓には、夏の午後特有の巨大な入道雲が映っている。
 外は、暑いんだろうねぇ。
 それに引き替え、この会議室の涼しいこと涼しいこと。
 そう、ここは、「栄光」の有楽町ニッポン放送旧本社ビル。

 「ねぇ、ジュン。」  「はい、なんでしょう。」  「明日の午後、何やってるの?」  「えー、ヒマっす。」  「有楽町に来られない?」  「『旧本社ビル』ッスか?」  「そーいうこと。じゃ。午後3時に。」  1999年8月末。  アニガメパラダイスのチーフディレクター・伊藤了子さんがこんな風に声をかけてきた。  この3月まで、ニッポン放送のアニラジ・アニガメパラダイスに参加していた僕だったが、  4月からは参加を辞退していた。  アニガメは、それまでの週4回の生放送から、  週1回月曜日の完パケ(録音番組)と番組形態が変更。  放送内容も、特定のパーソナリティを設けず、  週替わりの声優さんと荘口アナがパーソナリティをつとめることとなった。  僕にとって「アニガメ」は、名前こそ違うが、  「スーパーアニメガヒットTOP10」の流れをくむ番組であり、  その限りにおいて、パーソナリティは、岩男潤子と荘口彰久でなければならない。  ・・・と思っていたが故の、参加辞退であった。  そんな折り、伊藤了子ディレクターに呼ばれたわけで。  多少なりとも警戒をしなければならなかったのだが、  なんとなく、彼女の要請を受け入れてしまった。  たぶん、久しぶりに有楽町(ニッポン放送旧本社ビル)に行けるという喜びと、  睡眠をたっぷりとった後で、どんな仕事も引き受けちゃうよ状態であったことが、  その要因と考えられなくもない。  今、思えば、このとき、1個、重大なことを聞き忘れている。 『有楽町で、何があるんですか?』
 翌日午後3時。  不安要素を抱えつつも、  久しぶりに「マーブル」のカレーなんぞを食って、  ちょっとご機嫌になりつつ、ニッポン放送旧本社ビルへ。  ここは現在、「ニッポン放送分室」と呼称されている。  放送局として機能しているのは、4階の「第5スタジオ」だけ。  そのほかに、3階の「銀河スタジオ」が時々イベントスペースとして使われたり、  重役室のあった5階が「首都圏営業部」の本部に改造されて使われている程度。  あとはほとんど、お台場に引っ越したあの日のままの状態である。  すなわち、がらーんとしたスペースが広がっている。   こんな都会のど真ん中のビルが、廃墟として残されているのは、  なーんか、もったいない気がするのは僕だけ?  ・・・そんなことを思いながら、5階の会議室へ。  この「5階」、有楽町時代には1度も足を踏み入れたことがなかった。  なんせ、重役室である。  そういえば、昔、5階には何があるんだろう、なんて思って、  オールナイトニッポンが終わった後に、のぞきに行ったことがあった。   ところが、5階の扉を開けたとたん、そこにはもう1枚、ガラスの扉が。  もちろんロックされてしまっている。  ありゃ。  さすが、重役室。  ・・・いや待てよ。  ここまで厳重にロックされているのは、おかしくないか?  各重役の部屋の扉がロックされているなら分かるが、  こんな風に階全体をロックしなくても・・・。  あ、もしかして。  フジサンケイグループのえらーい人の中に、  気がふれちゃった人かなんかがいて。  第一相続人とか筆頭株主とかで、殺すわけにもいかず。  でもほっとくと暴れだしちゃったりなんかして(なんせキ○ガイだから)。  困った重役たちが、  「では、ニッポン放送に幽閉ということで。」  ・・・とかなんとかいって、その人を閉じこめてるんだきっと。  そうだ、そうに違いない。  たぶん、この扉の向こうには、  鎖につながれたヒゲぼうぼうの狂ったオヤジがいるんだ。  「ぐおわおー」とか叫びながら。  アニメ、見すぎ。
 「えー、それでは、みなさん、名刺交換など、どうぞ。」  5階の会議室で待っていたのは、鎖につながれたオヤジなどではなく、  きちんとスーツを着たおじさんたちであった。  ていうか、この状況下では、30才でジーパン姿の僕の方がキ○ガイ野郎である。  おじさんたちからもらった名刺を見ると、「バンプレスト」と書いてある。  「ということで、今日は、秋から始まる新番組について話し合いたいと思います。」  営業部の大久保さんのしきりで会議が始まる。  秋からの? 新番組? 話し合い?  なーんか、いやーな感じがする。  この感覚は・・・。  「えー、ということで、バンプレストさんの提供でラジオドラマをオンエアする、と。」  そうだ、この感覚は・・・。  「ものは、『kirakira☆メロディ学園』。」  確か、新宿の・・・。  「構成をしていただくのは、ライターの土井さん。」  歌舞伎町の・・・。  「そして、演出は、ディレクターの小林ジュンさん。」  キャッチバーやんけ!
 なんとなーくやってきた有楽町で、  ラジオドラマのディレクターをやることになってしまった。  ていうか、そのドラマが放送されるのは、  明らかに秋から放送の「第3次アニガメパラダイス」の中であろう。  (生放送時代のアニガメが「第1次アニガメ」、完パケのアニガメが「第2次アニガメ」)  「というわけで、コバジュンさん、秋から、よろしく。」  営業・大久保さんが、バンプレストのおじさんたちが、  さわやかに帰っていく。  よもや、こんな形で、アニガメに復帰することになろうとは。  僕の頭は、白い肉の塊のリリスの中に吸い込まれる綾波レイの姿を再生していた。     例によって無断使用。ガイナックスには内緒。  「いまだにEVAかよ。」も禁句だ。
 続く  2000/01/24

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