AD物語III 第6話 「ゆず隊出撃す」
つい最近起きた出来事である。
僕は毎週水曜日、ゆずのオールナイトニッポン・スーパーが終了すると、
(以下、オールナイトニッポン=ANN)
SMAPの中居君の番組をダビングしている。
ダビングといっても、テープのコピーではない。
ま、「完パケ」「ダビング」に関する詳しい話に関しては、
こっちを見ていただくとして。
で、ダビングが終了して、デスクに戻ると、なんか騒がしい。
ゆずのANNのスタッフが車座になって何かやっている。
あれ?
輪の中心には荘口アナまでいるぞ。
何やってんだろ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<登場人物>
松尾 ・・・ ゆずのANN・スーパー、ディレクター。
石川 ・・・ 同番組、構成作家。
清水 ・・・ 同番組、ミキサー。
小林 ・・・ 同番組、AD。
鈴木 ・・・ 同番組、AD見習い&作家見習い
荘口 ・・・ ニッポン放送アナウンサー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
小林「何やってんの?」
鈴木「あ、ジュンさん。」
石川「SMAPのダビング終わったンすか?」
小林「うん。・・・で?」
石川「荘口さんのビデオなおしてるっす。」
小林「は?」
鈴木「なんか、家で見てたら、テープ切れちゃったらしくて。」
小林「え?」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
時間少し戻って、ボクがSMAPのダビングをしている頃。
荘口「なぁなぁ、松尾、松尾って編集うまいよな?」
松尾「は? なんすか、いきなり・・・。」
荘口「実は編集してもらいたいモノがあるんだけど。」
松尾「はあ・・・。」
荘口アナが取り出したのは、青いレンタルビデオショップの袋だった。
ここで、荘口さんが、松尾クンに声をかけてしまったのが、
その後の事態を決定づけてしまった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
お時間、元に返りまして。
見ると、そこには、レンタルビデオが1本。
なんか、格闘技の。
ヘッドの部分からはテープがワカメのようになって、
ベロンチョと顔をのぞかせている。
確かに、1カ所、テープが裂けている。
小林「ありゃりゃー。レンタルビデオなのに。切っちゃって。」
荘口「違うんですよ。家で見ようと思ってデッキに入れたらいきなり切れちゃったんですよ。」
小林「ふうん。」
石川「鈴木くん、スプライシング。」
鈴木「はい、ここに。」
小林「・・・スプライシング?」
石川「いや、オープンテープもビデオテープも似たような磁性体のテープでしょ。」
スプライシングというのは、正式名称、スプライシングテープ。
石川クンが言ったように、オープンテープを編集するときに使う。
ま、セロファンテープみたいなモノである。
小林「何、始めるんですか?」
石川「この、ワカメみたいになっちゃった箇所と切れちゃってる箇所、編集しましょう。」
小林「ええ?!」
石川「は? 何か?」
小林「そんなことして大丈夫なの?」
石川「大丈夫ですって。テープの編集点なんか分かりゃしないですって。」
なるほど。テープが切れているのは、テープのド頭の部分。
セルビデオやレンタルビデオの場合、「黒味」と言われる、
なーんにも録画されてない部分だ。
うまく編集すれば、何もなかったように返却できますわな。
鈴木「石川さん、スタンバイできました。」
石川「お、鈴木くん、でかした。でわ、ジュンさん。」
小林「え?」
石川「あなたの編集技術で。」
小林「俺、ビデオテープの編集なんてやったことないよ。」
石川「なあに、似たようなもんですって。大丈夫、大丈夫。すでに先ほど、松尾が1カ所やりました。」
小林「え? あ、ホントだ。編集されてる。」
石川「どーも、それだけでは、完治しなかったんで。」
荘口「もうカンベンしてくださいよ。そのままビデオ屋さんに返しますってば。」
石川「さ、さ、ジュンさん。」
ビデオテープって、ハサミでちょん切って、スプライシングテープでくっつくのかなあ。
・・・面白そうだなぁ。
荘口さんには申し訳ないんだが、チャレンジしてみることに決定。
ワカメになっちゃった部分と、裂けちゃってる部分をハサミで削除。
小林「石川先生、切除完了です!」
石川「小林先生、次は、接着作業です!」
小林「うむ。鈴木くん、スプライシング!」
鈴木「はい、ドクター!」
荘口「『ドクター』じゃないですよ。カンベンしてくださいよ。」
小林「まあまあ、なおれば儲けモノなんですから。」
石川「はいはい、クランケは静かにしてて下さい。」
荘口「『クランケ』って・・・。」
小林「ここをくっつけて・・・と。」
石川「お、ジュンさんばっちり。いい感じよ。」
鈴木「くっつけちゃうと、意外と分からないもんですねぇ。」
小林「OK。終了。さ、見てみましょう。」
荘口「ホントに大丈夫なんですか?」
手術の完了したビデオテープを早速、制作部のデッキに入れる。
ウィイイイイイイイン。
ガッガ・・・・ガガガガッガガッガッガッガガ。
石川「あれ? あれー!?」
鈴木「なんか、変な音してますよ。」
小林「ヤバイ、ヤバイ。」
荘口「ちょっと、ちょっとぉ。やめて!もうやめて!」
石川「だ、だめだー。」
荘口「うわぁー。」
テープをデッキから早急にイジェクト。
しかし。
時、すでに遅し。
ヘッドからは、再び、ワカメのようになったテープが顔をのぞかせている。
しかも、また、一部が裂けてしまっている。
石川「うーん。何が悪かったんでしょうな。」
鈴木「あれ?」
小林「どうした?」
鈴木「このテープ、振ると、変な音しますよ。」
石川「本当だ。なんか、カラカラいうねぇ。」
小林「テープの中で、パーツかなんかがはずれちゃってるのかな?」
石川「これは、切開手術が必要なのでは?」
小林「そうかもしれませんねぇ。」
荘口「ですから、もう、カンベンしてくださいってば。そのまま返しますってば。」
荘口アナの悲劇は、ビデオテープが切れてしまったコトを、
ANNスーパーのスタッフに話してしまったことであり、
そのこと自体は、笑い話で済んでいたはずなのだが、
それが、水曜日であったことが災いしてしまった。
ゆずのANNスーパーのスタッフがこんな面白い話を聞き流すはずがない。
なおしましょう、そうしましょう、なおすでしょ、なおさないんすか、あんたそれでも男ッスか。
・・・となるのは、目に見えている。
別に、正義感が強いとか、人のため、世のため、などとはこれっぱかりも思っていない。
なんかネタを見つけて、お祭り騒ぎができればそれでいいのだ。
清水「はい、ドライバー。マスター(主調整室)で借りてきた。」
石川「ありがとうございまッス。」
ビデオテープをバラす準備は着々と進行している。
鈴木「石川さん、石川さん、ここのネジはどうするんですか?」
石川「何?」
鈴木「ここのネジ、変な形してますよ?」
小林「どれどれ?」
あ、本当だ。ビデオテープをひっくり返して、へその位置。
ここんとこのネジだけ、3ツ又のネジ山だ。
これ、普通のドライバーじゃ回らないなあ。
石川「レンタルビデオだから、開かないようにしてるんですかねぇ?」
鈴木「そうかもしれませんね。」
小林「よし、精密ドライバーでこじ開けよう。」
石川「ジュンさん、ちょっと待ってください。」
小林「どうした?」
石川「ジュンさん、ビデオテープって開けたことあります?」
小林「いや、無いねぇ。」
石川「むやみに開けて、元に戻せなくなると、事態は最悪です。」
荘口「そうそう。やめた方がいい!」
小林「それはそうだ。」
石川「そこで。実験体を用意しましょう。」
鈴木「おお!」
石川「まず、元に戻せなくてもいいビデオを開けて、ビデオテープの仕組みを学習しましょう。」
荘口「そこまでしなくていいんですって。ビデオ屋さんで謝りますって。」
ラジオ局の中には、ビデオがいっぱい落ちている。
レコードメーカーの人が毎日のように持ってくる、
アーティストのプロモーションビデオや、ライヴビデオのサンプルがそれだ。
実験体となるビデオは、山のようにある。
その中から、まず1つ目の実験体ビデオが開けられる。
石川「うーむ。」
鈴木「思ったより、中身は複雑ですねぇ。」
小林「うかつに開けると、バネとか飛び出すねぇ。」
石川「とりあえず、もう1個、開けてみましょう。」
実験体の中から、もう1つのビデオが選ばれ、解体される。
その風景は、「宇宙人解体ビデオ」のようでもある。
小林「石川クン、これ、さっきのビデオと、仕組みが違うよ。」
石川「そうですねぇ。」
鈴木「どうします?」
石川「だいたいの仕組みは分かったんで、本チャンを開けてみましょう。」
荘口「♪少し背の高い〜」
石川「荘口さん、もう飽きちゃったんですか?」
荘口「その分解作業見てると、どんどん不安になるんで、見ないようにしてます。」
いよいよ、荘口さんのレンタルビデオを開けてみる。
小林「ヤバイ!ヤバイ!石川クン!」
石川「ヤバイッスね。解体作業、いったん中断しましょう。」
荘口「な・・・何がヤバイんですか?」
テープの解体には、ネジをはずしたあと、ケースを上下に分けなければいけないのだが、
レンタルビデオでは、このとき、背中のステッカー(タイトルが書いてある)が邪魔になり、
テープを分割できないのだ。
やるな、レンタルビデオ。
このステッカーを切るわけにはいかない。
ゆっくりと力を加減しながら、ステッカーを剥がしにかかる。
怖い、怖い。
テープを開けてみると、そこには、ワケの分からないプラスチックの欠片が入っていた。
石川「これは、何でしょう? これがカラカラいってたのでしょうか?」
小林「さっき開けた実験体には、こんなパーツ使われてなかったね。」
鈴木「捨てちゃっていいんじゃないですか?」
荘口「ほんとに? 捨てちゃってもいいの?」
結局、その欠片は何のパーツか分からずじまい。
ビデオは、元通りに組み立てられていく。
この作業も先に分解された実験体がなければ、ワケ分からずになっていた。
何事にも、犠牲者が必要なのか。
なんか、切ないねぇ。
ビデオケースを元通りに組み立て、
先ほど切れてしまったテープ部分も再び編集。
第2次手術も無事に完了した。
石川「よっしゃぁ!」
小林「完璧だろ。」
鈴木「やりましたね。」
荘口「これでダメだったとしても、もうイジらないで下さいね。このまま返します。」
石川「大丈夫です。手術は完璧でした。」
小林「完璧です。」
鈴木「完璧です。」
制作部のビデオデッキはテープを巻き込みやすいのではないか・・・?
との見解から、修理済みのテープの視聴は、編成部のデッキが選ばれた。
ここのビデオデッキは一応最新鋭のモノ。
さすが編成部。
使ってる機器がいい。
石川「でわ。いきます。」
小林「うむ。」
鈴木「どーぞ。」
ウィイイイイイイイン。
サー。
先ほどとは違い、デッキは微かなうなりをあげて、テープの再生を始める。
石川「やった!」
小林「編集点にちょっとノイズが出るけど。」
鈴木「レンタルビデオだったら、こういうの時々ありますよね。」
石川「荘口さん、なおりました!」
荘口「♪ちゃららーらららーららーららららー」
荘口さん、近くのイスに上り、ある曲を口づさむ。
曲はもちろん、ロッキーが勝利したときのBGM。
荘口「エイドリアーン!」
お約束のせりふも忘れない。
時刻は深夜2時をすぎている。
あまりの大騒ぎぶりに、編成管理のおじさんが飛んできて、
何事かとたずねる一幕もあった。
おじさんには、平身低頭に平謝りし、ご退席願った。
翌日、荘口さんが何事もなかったように、このビデオを返却したのは言うまでもない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
こんなことを毎週水曜深夜に繰り返している。
ある時は、モーニング娘のプロモーションビデオを繰り返し50回くらい見て分析。
またある時は、6時間ぶっ続けで、プレステ2の予約。
ゆずのANNスーパーのスタッフにとっちゃ「目的」なんざどうでもいいのだ。
いかに大騒ぎするかの「手段」が楽しければ。
手段のためならば、目的は選ばない・・・のである。
敵には回したくないタイプ。
戻る