AD物語III 第7話 「富良野から脱出せよ」



 03月24日。朝3時に起床。
 どうも最近、睡眠がきっちり取れない。
 くたくたに疲れて、ついさっき寝たばかりなんだけどなあ。
 なんか、3時間とか4時間とか、中途半端な時間で目が覚めてしまう。
 もはや、年なんだろうか?
 いやだなあ。

 4時半までプレステ2でゲームなんかやってみたりして、
 5時ちょい前から出発の準備。
 出発? どこに? この改編期でくそ忙しいときに。
 そう、6回目の北海道行。
 でも、今回は、おなじみ「北海道の修行シリーズ」の旅ではない。
 声優・岩男潤子が、僕の"心の故郷"・富良野の新プリンスホテル内にあるチャペルで、
 コンサートを行うんだそうだ。
 再三再四にわたり岩男本人から電話があり、富良野に来いと言う。
 だから、改編で忙しいんだっちゅうの。
 ま、そんな中でも、北海道に行けるとなると嬉しい。
 ましてや、いつも一人っきりの北海道の旅なんだが、
 現地に知り合いがいるというのは初めて。
 なんか、ワクワク。

 朝7時に、お台場のニッポン放送にちょっと立ち寄ってから、羽田空港に。  僕は、今でも、飛行機で北海道に行くのは邪道であると思っている。  列車で何時間もかけてたどり着くのが、  正しい北海道ツアラーのあるべき姿だと思っている。  根拠はまるでなし。  ただの思い込み。  ああ、北斗星で北海道に行きたひ。  でも、そんなこと言ってられないのが現状。  片道14時間もかけていくほどヒマないんだよね、いや、マジで。   8時、空港でチェックインを済ませる。  今回はいつも使っている千歳空港ではなく、  富良野に一番近い空港、旭川空港を選択。  ところが。  なんと、旭川空港のウェザーチェックがかかっている。  雪が降っているので、着陸できないかもしれないと言うのだ。  そんな、そんなぁ。  旭川空港は、千歳に比べると大雪の降る可能性が高いと思う。  確かにかつての旅でも、ほかの場所が大雪でも、千歳は雨のことがあった。  千歳は他の場所より、気温が高いのだろうか?  もしそうだとしたら、千歳に大きな空港が作られたのもうなずける。  いや、納得している場合ではない。  どーしよ。  せっかくチケット買ったのに。  ここで飛行機が飛ばないんじゃ、今回の旅はここでおジャンだ。  いや、待てよ。  ここで、北海道に行けないくらいの方がいいんじゃないか?  北海道に着いたのはいいものの、戻ってこられなくなるのが一番怖い。  なにせ、今回の旅は、ボクにとっては前代未聞の「北海道日帰り旅行」。  今日出発の明日戻り。  もし、明日飛行機が飛ばなかったら、  明日から始まる福山雅治さんの番組に間に合わなくなる。  担当ディレクターの神田さんの呆れた顔が網膜をよぎる。  うむ。  このまま、飛行機が飛ばなくても、ま、いっか。  神田さんの呆れた顔が網膜から消える。  朝8時、運が良いのか悪いのか、飛行機は予定通りに飛ぶことに。  8時半出発。  さっきからまた、神田さんがため息をつく顔が目の前をちらつく。  北海道だけでなく、関東も天気が悪い。  朝起きたときは大雨だった。  飛行機が飛ぶ時には、雨は上がっていたが、  それでも、強い風が吹いている。  なんかいやだなあ。  こんな中、飛行機に乗ったことはない。  きっと、揺れるんだろうなあ。  酔ったりしないかなあ。  ・・・と心配することしきり。  ところが、予想外に飛行機は全然揺れなかった。  離陸からまもなくの雲があるうちは多少揺れたが、  それを抜けてしまうと、何もなかったかのように、お気楽水平飛行。  さっきから機内の放送で、  「現地の旭川空港の雪が非道くなった場合、千歳空港に降りる場合がある。」  ・・・というようなことを言っているのが気になったが、  まあ、気にすまい。  もしそうなったら・・・、  旭川空港で借りるはずのボクのレンタカーが、ちょっと寂しい思いをするくらいのことだ。
 朝10時10分。予定通り、旭川空港着。  なんだよ、ウェザーチェックするほどの雪じゃないよ。  なんか、時々、フケみたいな雪が降っている程度。  しょぼー。  10時半にレンタカーを借りて、旭川市街を目指す。  旭川に来たのは、5年ぶりくらい。  どーせだから、旭川ラーメンでも食べてくかねぇ。  ・・・なんて思いながら、車を走らせ始める。  しばらく走って気づいたのだが、  先ほどからカーナビの画面の自車の位置が全然変わらない。  ていうか、車はずーっと、レンタカーの営業所にいることになっている。  おいおい。  もう、15分は走ってるぞ。  どーなってんだ?  リモコンをいじってみるが、画面は何の変化も起こさず。  埒があかないので、車を停めて、あれこれいじってみると、  なんと、カーナビが、GPSからの電波を捕捉していない。  なんてことだぁ。  面倒だが、さっきの営業所まで戻ろう。 ・・・ここどこだ??  今回は一泊の旅ということで、  いつもの「修行の旅」に必ず携行している各種の北海道サバイバルMAPを、  見事にすべて、お家に置いてきてしまっていた。  カーナビを気にしながら適当に走っていたので、  ここがどこやらさっぱり分からなくなってしまった。  四苦八苦の末、ようやく、レンタカー会社の営業所に戻る。  イヤな顔をしながら、ひとしきり文句をたれ、カーナビを交換してもらう。  いやー、予想外の1時間の無駄遣い。  時刻はまもなく11時半。
 途中だらだらと飯食いながら、富良野に到着したのが、13時頃。  富良野の奥にある八幡丘というところにあるパーキングエリア。  ボクの富良野での寝床。  暖かい季節に富良野に来た場合、必ずここに車を停め、寝ることにしている。  市街地から近からず遠からず、  車の通りも激しくなく、  晴れている夜には、満天の星空を眺めながら寝られる。  いやー、さいこーだ。  ・・・ということで、朝からの疲れも出てしまったので、お昼寝。  おいおい。  目を覚ますと、15時。  いやー、2時間も寝ちゃった。  さ、どーすっかな。  まだ、ホテルに行くには早いし・・・。  ま、温泉だろ。  15時半。白金温泉着。  しっかし、怒濤の旅行ですな。  これじゃ、遊びに来てるのか疲れに来てるのか分からんな。  なーんてことを考えつつ、露天風呂。  極楽、極楽。  16時。温泉から、再び富良野市街に向かう。  移動中は、相も変わらずラジオを聴く。  無類のHBCラジオ好き。  半年ぶりのパーソナリティの声を聞いて一安心。  みんな元気で喋ってますな。  よいことですな。  よ、元気だった?  なんて声かけたくなっちゃいますな。  コンビニで買い物をしたあと、富良野の新プリンスホテルにチェックイン。  チェックインて言葉を書くたびに、頭の中には、沢田研二の歌が流れる。  ま、それはおいといて。  ホテルに入ったとたん、あちこちから仕事の電話。  携帯電話、鳴りっぱなし。  やれ、原稿をFAXしろとか、  スタジオの件はどうなってるのか、  ・・・などと、無粋な声が飛んでくる。  ま、北海道で遊んでるとも言えないので、コンピューターをバッグから取り出す。  こんなとこまで来て、仕事すんのやだなあ。  あれ、この部屋、コンセント、どこについてるんだ?  あ、バスルームの脇だ。  原稿を送るには、モジュラーささなくちゃ。  えーと、電話は・・・。  あ、ベッドの脇だ。  おい。  ケーブルが届かねぇじゃねぇかよ。  ボクのノートパソコンは、バッテリーがすっかりイカレてて、  ケーブルから電源供給しないと、3分も持たない。  すなわち、コンセントを抜くことは不可。  一方、モジュラーケーブルをささないことには、FAXできないので、  こちらも、いかんともしがたい。  あと5センチくらいで、ノートパソコンとモジュラーケーブルはつながるのだが、  その距離は、  長安の都と天竺くらいの差に感じられた。  ボクにはね。  結局、このケーブル問題は、  電話の置かれているナイトテーブルを動かしてみたら、  テーブルの裏側で、モジュラーケーブルは結ばれてて、  それをほどいたら、2メートルくらい延びるんでやんの。  ・・・ということが発覚し。  5センチの距離はあっという間に縮まり。  ・・・ていうか、  残り195センチが、余りまくりなうっとうしさであり。
 各所にFAXやメールを送り、一息ついたのが午後6時。  岩男潤子さんのマネージャーから電話があり、  午後8時半からコンサート始まるんで必ず来て下さいね、とのこと。  うーん、あと2時間半か、  なーんか、ここに来て、何にもすることなくなっちゃったな。  なーにしよ・・・う・・・か・・・。  ガバッ。  熟睡感たっぷりののち、目が覚める。  何時? 今、何時?  すごい寝ちゃった感である。  疲れがすっかりとれちゃったもの。  いや、そんなことはどーでもよくて、  今、何時なのかを知りたい。  首からぶら下げてた携帯電話をのぞき込むと、  時刻は、20時10分。  あー、助かった。  危うく、今回何しに北海道に来たのか、  全く分からなくなってしまうところだった。
 そんなこんなで、岩男潤子さんのコンサートを見、  そのあと、夜10時半頃に再び呼び出され、  富良野の街に飲みに行く。  メンバーは、岩男潤子さんやそのダンナさんなど、総勢6名。  ま、この辺の話は、プライベートなので、隠蔽することにして。  ホテルに帰ってきたのが深夜2時近くだったと思う。  はっはっはっはっは。  ものすごい酔っぱらって帰ってきたので、その辺の記憶は曖昧。  少なくとも、2時半には寝たような気がする。  ・・・寝る前に、やけに窓の外を気にしていたようにも記憶している。
 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・・・  ・・・んだよ。  うっせぇなあ。  ナイトテーブル内蔵の目覚まし時計だ。  オレ様、今、二日酔いの真っ最中。  起きないっつうの。  ピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピー・・・・・  あー、今度は、携帯電話の目覚ましモードが鳴り始めた。  分かりました、分かりました。  起・き・ま・す・よ。  はあ・・・。昨日の俺は、一体何時に目覚ましかけて寝たんだ?  げ。8時だよ。  5時間くらいしか寝てないじゃん。  なんだよ。  飛行機は、13時20分発。  起きるの、もうちょっと遅くってもよかったんじゃないの?  ま、いっか。  さ、今日の天気は・・・と、振り返った瞬間。  窓の外に見えた景色は・・・・、  猛吹雪。
 ここから、今回の旅、最大のクライマックスが始まる。  北海道の神様は「ただの旅行」なんぞ用意していようはずがなかった。  北海道はやはり「修行の場所」であった・・・と痛感。  そして、ボクは、昨日寝る前に目覚ましをかけたボクに感謝するのであった。  そう。  窓の外は猛吹雪。  昨日夜半からかなり強めの雪が降り始め、気にはなっていたのだが、  寝る前の2時過ぎには、それがすでに吹雪いていたのだ。  酔っぱらっていながらも、万が一のことを考え、  朝8時に目覚ましをかけていたボクは偉い。  初めて自分で自分を誉めてあげようと思った。  なぜ、そんな早い時間に目覚ましをかけていたのか。  答えは1つ。  飛行機が飛ばないかもしれない。  この1点に限る。  飛行機が飛ばないのは、かなりヤバイ。  冒頭にも書いたが、今日の夜は、福山雅治さんの新番組が始まる。  スタッフの集合時間は、夕方3時。  多少の遅刻を考慮しても、夕方4時には、ニッポン放送に行かねばならない。  予約してある飛行機の時間は、13時半。  天候に問題がなければ、余裕でニッポン放送に行けるはずであった。  それがどうだ。この素晴らしい天気。  100メートル先は真っ白で何も見えない猛吹雪。  ♪ぶーりーざーど、ぶーりざーど。  ・・・な気分である。  ウソです。そんな余裕ありません。  即、シャワールームに行き、寝ぼけた頭に熱いお湯をかける。  出てきて、08時20分。  よっしゃ、次、出発の準備。  コンピューターやら、コンビニで買った雑誌やら、着替えやらをバッグに詰め込み、  出発準備が完了したのが9時ちょい前。  よっしゃ、チェックアウトだ。  ・・・と思ったら、携帯電話が鳴った。  岩男潤子さんのマネージャーさんだ。  『もしもし、今から朝ご飯食べに行きませんか?』  それどころではない。事態は一刻の猶予もならない。  旭川空港に行って、飛行機が欠航になっていたら、  100キロ以上離れた千歳空港まで行かなければならない。  何度も書くが、今夜は、生放送なのだ。  体力は可能な限り温存していかねばならないのだ。  岩男潤子チームの所に顔を出し、帰京の旨を告げ、  すかさずチェックアウト。  時刻は、09時20分。  道路はまだそんなに走りづらくなっていない。  このペースで行ければ、旭川空港着は、10時20分頃だろう。  確か、10時55分発の飛行機があったはずだ。  滑走路に雪が溜まらないうちに、吹雪がこれ以上ひどくならないうちに、  飛行機に乗らなくてはいけない。  ここは是非とも、10時55分発の飛行機に乗りたい。  行く手を遮る吹雪に苛つきながらも、10時15分、旭川空港着。  いやー、頑張った、頑張った。  さあ、飛行機は動いているのだろうか。  レンタカーを返しながら、従業員さんに恐る恐る聞いてみる。  「この吹雪でも、飛行機飛びますかね?」  「この程度の雪なら、全然OKでしょう。」  その従業員が見つめる窓の外には、横殴りの猛吹雪。  マジかよ、マジかよ。  ・・・とつぶやきながら、空港ロビーへ。  カウンターに行き、たずねてみると、飛行機はほぼ定刻通りに動いているとのこと。  ホッと、一安心。そこで、  飛行機の便を、13時20分発から、10時55分に変えたいというと、  「すみません。あいにく、10時55分発は、満席でして。」  おー、まいがー。
 なんてこった。  せっかく時間的に間に合ったというのに、飛行機が満席だなんて。  なんてこった、なんてこった。  仕方ない。  キャンセル待ちのチケットをもらって、待つことにしよう。  飛行機に間に合え、間に合え・・・と思ってたときには、  吹っ飛ぶように過ぎ去っていった時間が、  今は、遅々として進まない。  たかだか10分が、鬼のように長く感じる。  10時45分。出発10分前。  カウンターで呼び出しがかかる。  ボクの持っている、キャンセル待ちのナンバーは、4番。  さあ、キャンセルのチケットは、何枚出たのか・・・。  「えー、キャンセル待ちナンバー、1番〜3番の方、おいで下さい。」  がーん。  ボクの、北海道緊急脱出計画は、ここに泡と消えた。  はあ・・・。  せっかく早起きして、空港に来たのに。  はあ・・・。  これで、帰京の手段は、13時20分発の飛行機だけになってしまった。  はあ・・・。  ああ、あとは、吹雪がこれ以上強くならないことを祈るくらいしかできないのか・・・。  はあ・・・。  飛行機欠航になったら、どうしよう。  神田ディレクターの怒った顔が、ぶんぶんと音を立ててボクの網膜の中を通過していく。  ま、しゃーないな。  今、できることは、13時20分までの約2時間半、どうやって時間をつぶすかだ・・・。  ・・・。  お腹、空いたな。  ラーメン、食うか。  昨日、旭川ラーメン食いそこなったからな・・・。  空港内のラーメン店に入り、みそチャーシュー麺を注文。  もちろん「麺固め」で注文するのは言うまでもない。  窓の外は、相変わらずの猛吹雪。  ・・・。  やはり、昨日の朝の段階で、今回の旅はあきらめておくべきだったのか・・・。  ・・・と、そこに。  「10時55分発の東京行き、キャンセル待ち4番をお持ちの方・・・・。」  そんな放送が、空港全館に流れた。  10時55分発。  東京行き。  その飛行機の。  キャンセル待ち。  4番。  そのカードを持っているのは。  ここで。  ちょっと前に。  みそチャーシュー麺(麺固め)を。  あそこにいるお姉さんに。  注文してしまった。  この俺のことに。  間違いない。  キャンセルチケット・ゲットぉ!  「スンマセン。さっきのラーメン、キャンセル!!」  ポカンとしたラーメン屋のお姉さんの脇をすり抜け、  ボクは一目散に、カウンターへ。  自分がキャンセル待ち4番目の人間であることをアピールし、チケットをゲット。  猛ダッシュで、出発口に向かう。
 なんとか、かんとか、飛行機に潜り込んだ。  ここまでくればこっちのモノだ。  ・・・と思いきや。  雪のため、空港の離発着時間が大幅に狂っている。  結局、この飛行機が飛んだのは、予定より40分遅れた11時35分だった。  さっきまでの雪景色がウソのように、  暖かい日差しが降り注ぐ東京はお台場に戻ったのが、14時。  朝っぱらからの猛ダッシュや、時間を気にした心労で、  もはや体力は、欠片も残っていなかった。  その夜の福山雅治さんの新番組が、地獄の苦しみだったのは言うまでもない。
 続く  2000/04/05

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