AD物語III 第15話 「坂道の無い島」



 2000年。春。
 構成作家の盟友・石川昭人が、突然、バイクの免許を取りました。
 しかも、いきなりの大型二輪免許。

 うらやましい。

 僕もずっと、バイクの免許が欲しかったんす。
 もちろん、ヤングキングコミック「キリン」の影響っす。

   
 マンガとアニメの影響をすぐに受けてしまう。  30才過ぎてるのに。 どーなんでしょ。  そんなこんなで、石川くんに負けじと、免許を取りに行くことに決定。  深夜、帰宅したかと思ったら、朝6時に起床。  教習の予約を入れて、再び、睡眠。  と思ったら、8時に再び、起床。  ヘルメット片手に、近所の教習所へ。  「おら! 橋から落ちるんじゃねぇよ!!」  「スラロームでフラフラすんな!」  「急制動で後輪ロックすると、試験で落っことされんぞ!!」  自分と同年代、いや、もしかしたら、若いかもしれない教官に、怒鳴られまくり。  おもしれぇ。  この年になって、他人から怒られることなんか滅多にないんですわ。  今、俺、怒られてる!  おもしれぇ。  いや、マゾじゃないッス。  苦しくも楽しい日々はあっという間に過ぎていき・・・3ヶ月。  ついに念願の、大型二輪免許をゲット。  すかさず、店屋にバイクを引き取りに。  え? おかしくないかって?  いいんです。いいんです。もう僕のバイクはあるんです。お店に。  免許取得まで我慢できなくて、先にバイクを買っちゃっていたから!!  石川くんは、免許取得と同時に、YAMAHA・V−MAXを、  僕は、SUZUKIのGSX1100S・カタナを購入。

<V−MAX>
暴力的な加速を誇るドラッガー。Vブーストシステムは、圧巻。
「蒼き流星」とは関係ないッス。

<GSX1100S・カタナ>
81年デビューとは思えないデザイン。デビュー当時、世界最速。
西武警察で舘ひろしが乗ってました。
 ていうか、免許取ったばかりのド素人が、  いきなり、1200ccと1100ccのバイクですぜ。  いいのかよ。おい。  こうして、放送終了後に2人で首都高を走りに行ったり、と、  愉快なバイクライフが始まるのでした・・・。
 が。  慣れ、というものは怖ろしいもので。  3年も乗ってると、だんだん、自分のバイクに飽きてきます。  買ったときは、あんなに一目惚れしてたのに。  まぁ、そりゃそうでしょう。  2人とも、買ったバイクが、20年近く前に設計されたバイクです。  あちこち、チューンナップしてみても、そりゃ、現代のバイクの性能にかなうワケがないですし。  っつうことで、我々が、2台目に購入したのが、

<YAMAHA・YZF R-1>
石川2台目。

<GSX1400S・カタナ>
コバジュン2台目。
 これらのバイク。  僕の「GSX1400S」っつうのは、メーカーが作ったバイクじゃないッス。  元々は、「GSX1400」っつう、SUZUKIのバイクがあるんですが、

<SUZUKI純正 GSX1400>
 
 これを、横浜にあるチューニングショップ「神戸ユニコーン」が、  名車「GSX1100Sカタナ」のスタイルにリファインしちゃったのが、「GSX1400Sカタナ」っす。  なので、ハンドメイドでの製作なので、日本に50台くらいしかないッス。  見た目は、同じ「カタナ」でも、中身は現代の技術で作られています。  パワーもバランスもハンパじゃないッス。  しかも、僕のは、「神戸ユニコーン」が、雑誌社とタイアップして製作過程を記事にしていた、  「プロトタイプモデル」なので、シリアルナンバーが「0」です。  かっちょいい!!    なんで、そんなレアモデルが僕の手元にあるのかは、まぁ、さておき。  一方、石川くんの「R−1」は、  180kgを切る超軽量の車体に、150馬力以上を絞り出す超高回転型エンジンを搭載。  いわば、人間魚雷みたいなバイクです。  こんなのに乗るヤツの気が知れません。  彼のバイクも「神戸ユニコーン」の手が入り、極上の一品に仕上げられているわけですが。  いくら、バイクの性能が良くっても、乗ってる人間が素人です。  免許取って3年経っても、腕はいっこうに上がってません。  つーか、バイクのメンテナンスや洗車をしようって気持ちが全くないので、  常にバイクがボロボロです。  「神戸ユニコーン」に修理でバイクを持って行くたびに、  「あんたらのバイクは、    なんでこうも汚いんだ!!」  ・・・と怒られます。嘆かれます。  そんな僕らですから、しょっちゅうバイクのトラブルに巻き込まれます。  ま、その中でも、最も多いのは、ガス欠とバッテリー上がり。
 通常のバイクのキーシリンダーは、3ポジションです。  走行するときの「オン」のポジション。  エンジンを切るときの「オフ」のポジション。  そして、盗難防止の「ハンドルロック」のポジションです。  ところが、石川くんの「R−1」には、面白いことにもう一つポジションがついています。  「パーキングポジション」です。  このポジションでキーを抜くと、  バイクのスモールランプが点きっぱなしで、エンジンが切れます。  これはおそらく、路肩などにやむを得ず止める場合に、  後続車に注意を促すためのポジションだと思われます。  さすが、ヨーロッパや北米など、安全対策に気を遣う国に輸出されているバイクです。  しかし、この「パーキングポジション」があるために、  石川くんは、しょっちゅうバッテリー上がりを引き起こすわけです。  エンジンがかかってないのに、スモールランプは点きっぱなし。  バイクの小さいバッテリーなんか、すぐに干上がってしまいます。  「ジュンさん、ジュンさん、このあとヒマ?」  「うん、ヒマだけど?」  「バイク、押してくんねぇ?」  「なんで?」  「またバッテリー上がっちゃったんだよね。」  「またぁ??」  「押しがけしたいんだけど、手伝ってくんねぇかな?」  押しがけっつうのは、  バイクを人間の力である程度までのスピードに乗せて、クラッチをつなぐ  ↓  エンジンが強制的に回る  ↓  プラグに火花が飛び、エンジンがかかる  ・・・っつう、仕組みですな。  バッテリーが上がっちゃってても、これならエンジンがかかります。  ル・マン方式みたいに、今でも、バイクレースのスタートで押しがけスタイルを目にします。
 「はぁ、はぁ、はぁ。」  「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ。」  「はぁ・・・エンジン・・・かかんねぇじゃねぇかよ!!」  「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ・・・っかしいなぁ・・・」  いくら超軽量とはいえ、180キロは180キロです。  男2人で、バイクを押しても、重いモノは重いッス。  頑張って押してみたところで、たいしたスピードにもなりません。  大体、練習もしたこと無いのに、ぶっつけで押しがけなんか、できるはずがありません。  「せめて、坂道でもあればなぁ。そこに持ってて、バイク転がせば、すぐにエンジンかかるのに。」  「そんなもん、このお台場にあるわけ無いでしょ。」  そう、ここは、お台場なのです。  人工の島・お台場には、坂道なんてモノはありません。  だれだ、こんなところに、放送局を持って来ちゃったヤツは???  「どっかに、坂、なかったかなぁ。」  「・・・。」  「・・・!」  「・・・!」  「あるじゃん!!」  「あるな!!」  ホテル・グランパシフィック・メリディアン。
 
 「日航東京」と並ぶ、お台場の大型ホテル。  このホテルの車寄せは、建物の2階部分にある。  すなわち。  ホテルの玄関前は、長いスロープになっているのだ。  ここだ。ここしかない。
 2人で、動かなくなった「R−1」を、懸命に押す。  ホテルの車寄せまでの坂は、ゆるいスロープだと思っていたのだが、  実際に登ってみると、意外と急角度。  そんな坂で、180kgのバイクを押してご覧なさい。  とたんに、汗が噴き出す。  「ちゃんと押してよ!」  「押してんだろ!!」  「全然登んねぇじゃん!」  「だから押してるっつうの。そっちこそ、ハンドルちゃんと切れよ!」  「しょうがないだろ!道がカーブしてんだよ!内側にハンドルが勝手に切れてくんだよ!」
 「はぁ、はぁ、はぁ。」  「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ。ようやく、登りましたな。」  「はぁ、はぁ、はぁ。これで、エンジンかからなかったら、もう2度目はないからな。」  「俺だって、もう、この坂、登りたくねぇよ!」  石川くんが、「R−1」にまたがり、スロープを下っていく。  ある程度スピードが乗ったところで、クラッチをつなぐ。  その刹那。  フォン、フォン、フォン!  かかった! エンジンが息を吹き返した!  グランプリでトップチェッカーを受けたライダーのように、  左の拳を天に突き上げる石川昭人!!  やった!!やったよ!!俺たち!!  この汗は無駄じゃなかったよ。  「R−1」を走って追いかける。  夜風が気持ちいい!!  これだから、バイクに乗るのはやめられない。  フォン、フォン、フォン!  アクセルをあおるたびに、150馬力オーバーのエンジンが心地よいうなりを上げる。  もちろん、ホテルの宿泊客のことなんか考えていない。  ちょっとした騒音行為だ。  「石川くん、やったね!!」  「ジュンさん!! 俺たち、頑張ったよね!?」  「よかったね!! これでバイクで帰れるジャン!!」  「ありがとう! ありがとう!」  握手をしようと、石川くんが、アクセルから手を離した瞬間!!  プスン。  エンジンが止まった。  おいおい!!  もちろん、まだバッテリーに充電はされていない。  セルでエンジンがかかるはずもなく。  「なんで、アクセルから、手、離しちゃうんだよ!!」  「しらねぇよ! エンジンが勝手に止まっちゃったんだよ!!」  「バッテリーに充電できるまで、アクセルあおってなきゃダメだろ!!」  「そんなの知らねぇよ!!!」
 続く  2006/05/07

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