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「仁義なき戦い」

1973年・日本・東映
○監督:深作欣二○脚本:笠原和夫○撮影:吉田貞次○美術:鈴木孝俊○音楽:津島利章○原作:飯干晃一○企画:俊藤浩滋/日下部五朗
菅原文太(広能昌三)、梅宮辰夫(若杉寛)、金子信雄(山守義雄)、木村俊恵(山守利香)、松方弘樹(坂井鉄也)、田中邦衛(槙原政吉)、曽根晴美(矢野修司)、川地民夫(神原精一)、高宮敬二(山方新一)、三上真一郎(新開宇市)、渡瀬恒彦(有田俊雄)、伊吹吾郎(上田透)ほか




 もう見るのは何度目だろうかという映画。そんなに好きなのかと言われると、正直微妙。この一作だけの評価ではなく、シリーズ五部作全体で好きではあるのだが。ヤクザ映画の金字塔であるだけでなく、その年のキネマ旬報ベストテンの堂々の二位、今や日本映画史全体においてもベスト10入り(下手するとベスト5入りすることも)してしまう名作であるが、厳密には第一作だけでなくシリーズ全体で評価すべき作品だと思う。
 このシリーズ、名前だけはもちろん以前から知ってはいたが、ビデオに手を出したきっかけは僕が大学で「倭寇」なる海賊連中を専門にしていて、その参考(笑)にと「ゴッドファーザー」ともども見てみる気になったことにあった。「ゴッドファーザー」は一応のモデルはあるもののストーリー自体は完全なフィクションだが、「仁義なき戦い」はもともと抗争の中心にいたヤクザ本人が書いた手記をもとにしたもので、一応かなりの脚色はほどこされてるものの基本的にはほぼ史実通りの内容であることも興味を引いた一因だった。

 この映画、映画化に至る過程自体が劇的で、多くの書籍でその裏話が語られている。また映画の中で描かれたことがどこまで史実どおりなのか解説した本もいくつも出ており、のめり込みだすとかなりディープな世界が広がっている映画でもある(変な例えだが、「三国志」ワールドに似てもいる)。実際僕も映画そのものよりもその製作裏話や実話との比較のほうに興味を持ってしまい、ファンによる製作舞台裏ものや実録を中心にしたものなどいろんな書籍も購入した。ちょうどのめり込みだして間もなくの時期に笠原和夫深作欣二が相次いで亡くなり、なんとNHK教育テレビが追悼企画として「仁義なき戦いを作った男たち」なるドキュメンタリー番組を放送してしまい、それで余計にのめりこんだという事情もある。

 そういう映画なので、その製作にいたる逸話はさんざんいろんなところで語られてるが、ここでもちょこっと。
 製作当時、東映は任侠ヤクザ映画や暴走族、女囚ものやスケバンものなど、テレビではできないような「不良性感度」の高い映画を量産して観客を集めていた。だが柱となっていた任侠映画が行き詰まりを見せ、プロデューサーが新たな方向性を探っている時に、かつて広島ヤクザ抗争のまっただなかにいた人物・美能幸三元組長が抗争の内幕を刑務所内で手記にまとめ、それがマスコミに流れたという情報をつかむ。このへん、いろいろ話が錯綜するのだが美能の手記はそのままの発表ではなく飯干晃一の手で適度に料理されて「週刊サンケイ」に連載されることになり、週刊誌編集者が「仁義なき戦い」という、その後すっかり日本語の慣用句として定着してしまう見事なタイトルをつけた(偶然にもその連載第一回が載った号の表紙は当時「新やくざスター」とされた菅原文太が描かれたイラストだった)。そしてこれとほぼ同時に東映も映画企画として目を付け、専属脚本家の笠原和夫にシナリオ執筆を指示、笠原は美能幸三に接触して巧みに手記に書かれた以上の抗争裏話を聞き出し、自身の徹底した取材も加えてシナリオ化する(この辺、笠原自身が「昭和の劇」で盛大に裏話を語っているので興味のある方はそちらを読まれたい)
 シナリオができたところで監督には当時東映東京で非任侠のヤクザ映画を撮っていて注目されていた深作欣二が選ばれる。主演はすでに深作とも組んでいた菅原文太…となるのだが、当初は渡哲也だった、なんて話もある。文太さん自身が原作に惚れこんで「映画にするなら主役はオレ」と売り込んだという話もあるし、当初は一作きりのつもりだったので一作目の中心になる坂井哲也を文太が演じる予定だったとか、この辺も語り出すときりがない裏話がある。まぁ結局は一作で終わろうがシリーズ化しようがやっぱり美能幸三をモデルにした広能が主人公としか思えず、このキャスティングで正解だったとしかいいようがない。

 映画は敗戦直後の闇市から始まる。闇市では復員兵の広能をはじめ、のちに「山守組」のメンバーになる若者たちが闇商売や抗争に明け暮れ、いきなりのっけから凄いスピードとエネルギーで映画が展開してゆく(あまりに早いんで脚本の笠原が試写会で激怒したという逸話あり)。この冒頭部分で梅宮辰夫演じる「若杉寛」が伊吹吾郎の腕を日本刀でぶった切る凄いシーンがあるが、恐ろしいことに実話である。
 その若杉と広能は刑務所内で知り合い、血をすすり合って「兄弟分」となる(そういやこういう人間関係も「三国志」チックといえばそうだな)。そして若杉は自ら腹を切って病院送りになることで「脱獄」を達成するが、これまた実話である。脱獄した若杉の運動で保釈になった広能は呉のヤクザ・山守義雄(金子信雄)の子分となり、闇市場面で登場した若者たちともども「山守組」のメンバーとなる。

 そこからはもう裏切りと謀略渦巻く抗争が続く、えらく複雑な展開で…正直なところ、展開がやたら早いので僕も何度か見返してようやく理解できた部分も多いのだが、ボーッと見ていても勢いに流されて細かいところはよくわかんなくても映画は楽しめる(笑)。二度、三度と見て人間関係をよく把握すればなおさら面白い、という映画だ。複雑なのは無理もなく、登場人物はほとんど全て実在のモデルがおり(さすがに名前は「もじり」の仮名)、多少のフィクションは混ぜながらも登場人物たちの行動や死に方は基本的に事実に沿っている。まさに「事実は映画より奇なり」というやつで、まったくの創作でここまで劇的な展開は逆に作れないと思う。映画を楽しめるようになったら、さらに史実を調べてもっと楽しめる、というのはこのためである。
 映画の中で理髪店で散髪中を襲撃されてハチの巣にされてしまうという印象的な場面がある。当時すでに「ゴッドファーザー」が評判になっていて(原作も週刊誌上では「ゴッドファーザー日本版」とキャッチが打たれていた)、あの映画の中でも似たようなシーンがあるため「パクリ」説まで出たのだが、実はこれまたちゃんと事実に基づいた再現なのである。他にもわびを入れるために指をつめたらその指が飛んでっちゃって、ニワトリにつつかれていた、という珍場面があり、出演者の一人が「あれはフィクションだろ」と言ってるのだが、これまた笠原和夫が美能当人から聞き出した実話がもとになっている。シリーズを通して、「えっ、これって実話だったの?」と知って驚く場面は結構多く、「実録ヤクザ映画」の名に恥じぬ作りであるのは確かなのだ。演じた俳優たちもモデルの人物の遺族などに「仁義」を切っていたそうで、当時東映京都撮影所には本物のヤクザが指導役としてしょっちゅう出入りしていたとの話もある(美能幸三と菅原文太のツーショットという奇跡のような写真も存在する)。余談だが、その5年前にこの撮影所で「トラ・トラ・トラ!」を撮った黒澤明はヤクザ嫌いのためノイローゼとなり降板に追い込まれる結果になっている。

 乱暴にまとめてしまえばこの映画、敗戦後の混乱のなかでヤクザ世界に入った若者たちが狡猾な親分たちによって都合よく利用され、次々と非業の死を遂げて行くという悲しくも空しい話なのである。主人公の菅原文太演じる広能からして映画中の見せ場は敵の親分を狙撃する(即死はしない)シーンぐらいで、最後まで生き残るのは確かだが、ほとんど抗争の傍観者に近い。狡猾な山守親分に下剋上で対抗するも、「わしら、どこで道を間違えたんかのう…」と人間的弱みを見せた途端に惨殺される坂井哲也(松方弘樹)の方が感情移入しやすいキャラになっており、こっちが当初主役だったというのも分かる。
 ラスト、その坂井の葬儀にやってきた広能はたまりにたまった怒りを爆発させ、銃を乱射する。もちろんこれは完全にフィクションなのだが、観客はここでようやくちょびっと鬱憤が晴らせるわけだ。もっともそれまでのヤクザ映画であればここで山守なり他の組長たちなりを撃ち殺して「カタキ討ち」をするところだろうが、あくまで当人の代わりにその名札を撃ち抜くというあたりが実録ならではの限界。ま、このラストはそれなりに好きなんだけど、ここだけはいかにも作り話っぽくなってしまったのはやや残念。

 俗に「仁義語」とまで呼ばれる独特の広島弁による名啖呵の数々(あれって海外版ではどう表現してるんだろ?)、ほとんどギャグの領域にまで入っているセコさを見せながら実は常にしっかり生き延びる猛者・山守義雄と槙原(田中邦衛)のコンビの名演、さりげなく怖い存在感の木村俊恵のおかみさん、まだ名もなき「殺されキャラ」だった川谷拓三、ドキュメントタッチを強調した手持ちカメラの動的カメラワーク、「実録」を強調するストップモーションにかぶる「昭○○.□.△ ●●●死亡」のテロップなどなど、この映画を語り出すと不思議なほどきりがなくなる。それほど好きかと言われると最初に書いたように一作目についてはそれほどでも…なんだけど、なんか中毒性があるとは感じている。公開当時見た人たちも異様に熱狂してしまい、大ヒットしちゃったんだから凄い映画なのは確か。一作目製作中にシリーズ化が決まり、結局「正伝」5作、「新」シリーズ3作、他監督作3作が製作された。暴力団締め出しの流れが強い今日ではさすがにもう復活は無理だと思うが…

 このシリーズをまた見返してみようか、と思ったのは、最近になって、主人公のモデルであり、抗争の手記を記した美能幸三が2年前の2010年に亡くなっていたことを知ったからだ。これを機に一作目からもう一度見直して、このコーナーに追加していくことにしたい。「アクション映画」に分類したのはちょっと不本意で、ヤクザ抗争を描いた戦後史もの、という位置づけをしたいところだったのだが、「アクション映画」ジャンルに作品がまだ少ないことと、シリーズ番外編とファンには呼ばれる「県警対組織暴力」をこっちに入れちゃってるので、一緒にしてあげようと思った次第。(2012/5/9)



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