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「009 RE:CYBORG」

2012年・日本
○監督・脚本:神山健治○キャラクターデザイナー:麻生我等〇モデリング・アニメーションディレクター:鈴木大介○撮影:上原隆浩〇美術:竹田悠介○音楽:川井憲次〇原作:石ノ森章太郎〇アニメーションプロデューサー:松浦裕暁○製作総指揮:石川光久/紀伊宗之〇プロデューサー:石井朋彦
宮野真守(009=島村ジョー)、斉藤千和(003=フランソワーズ/トモエ)、小野大輔(002=ジェット)、玉川砂記子(001=イワン)、大川透(004=ハインリヒ)、丹沢晃之(005=ジェロニモ)、増岡太郎(006=張々湖)、吉野裕行(007=グレート)、杉山紀彰(008=ピュンマ)、勝部演之(ギルモア博士)、立花慎之介(サムエル・クライン)ほか




 もう公開から7年も経っちゃったのか。公開当時 興味はあったんだけど、完全3DCGアニメということで原作からはずいぶん離れたキャラデザイン(特に主役の009)や、一部の不評を受けて結局スルーしていた。「サイボーグ009」の原作はかなり好きで、アニメ化作品も一通りはチェックしていたんだけど、これについては微妙なものを感じてしまって、実際に見るまで7年もかかってしまったわけだ。

 まず実際に映像を見て見ると、こっちもいろいろ見て慣らされてきているのか、3DCG(といっても今回の鑑賞は2Dだが)のアニメ映像にそう違和感は感じなかった。本作は3DCGではあるが2次元アニメに近い感じに見えるような加工もしていて、特に女性キャラはかなり二次元的に見える。公開当時の宣伝で違和感を持ってしまった009の髪型も、もともと3D化が無理っぽいものだったし、まるきり別物に変えるよりはこうするしかなかったかなぁ、と受け入れられもした。ただ顔はもっと童顔でもよかったんじゃないのか。設定的にも。

 設定、というのはこの作品、年代は公開当時の2013年となっていて、各地で自爆テロが続発する世界の危機、というかなり今日的な状況設定にもなっている。そして主人公「009」こと島村ジョーはサイボーグ戦士である過去の記憶をリセットされ、なんと現役高校生として生活ループを繰り返していたことになっている。他の「00ナンバーサイボーグ」たちはそれぞれの故国に帰っていて、そのうち何人かは母国の情報機関や特殊部隊に所属しておのおのの能力をいかしている。004なんて全身武器のあの身体を使って教官をやってるというんだが、あの体を人目にさらしていいのか、と思うと同時に、あんだに教わっても真似できるやつがいないだろ、とツッコんでしまう(笑)。

 確か一同の再会が20何年かぶり、と言っていたので、冷戦終結と共に彼らはいったん解散したのだろう。原作でも当初は冷戦時代の影が色濃く反映されていて、2001年に久々にTVアニメ化された際にも冷戦時代にサイボーグかされたメンバーと最近されたメンバーとに分れる設定にされていた。この「RE:CYBORG」も原作の話は冷戦時代のものとして、それからしばらく時間が経ち、そこからの再スタートという形にしてるわけだ。

 冷戦終結後しばらく集まらなかった彼らが、世界の危機に直面してまた集結するわけだけど、それが「連続自爆テロ」という生々しい話になるところが今風ちゃあ今風なのだが、それを単なるテロではなく、背景にアメリカ政府やら軍産複合体やらが自分たちの利益のためにわざとそれらを誘導している、というありがちな陰謀論になってるのが見ていて気になる。まぁ原作の「ブラックゴースト」の設定も多分に陰謀論めいていたのだけど、本作ではアメリカだけでなくイスラエルの名前まで出して、難しい言葉の連発で微妙にリアルに見せているだけにかえってアブなさを感じてしまった。

 さらに話は複雑で、そこにかなりオカルトめいた要素も加わってくる。自爆テロ犯や陰謀を進める者たちが「彼の声」なるものを聞いており、それと関わるかのように「天使の化石」が出てきたり、「神」が実在するのではなく人間が脳内に作り上げたんじゃないか、はたまたその逆なのか、特に結論も出さずにいろんな推論や思わせぶりなやりとりが連発される。これもまた原作にあった要素で、未完に終わった「天使編」「神々との戦い編」とのリンクを感じさせるところもある。「009」の原作自体、SFとオカルトが未分離な状態だったのを思い起こした。

 こうした謎めいた設定に、妙に衒学的・哲学的なセリフのやりとりに既視感を覚えていたら、製作事情を調べて納得。もともとは押井守が監督する予定で話が進んでいたのだ。「天使」の扱いにそれが表れてるし、幻に終わった「押井ルパン」の設定の再利用までが構想されていたという(ルパンのOVAでその再利用があったけどね)。ただ押井さんの暴走設定がかなりあったためにさすがに流れ、この形に落ち着いたんだとか。それでも結構「押井色」は残されてるように感じるな。

 さすが3DCG、映像的に「おおっ」と思わせる場面は結構多い。最初の方の、ジョーの記憶を呼び覚まさせるために005が大暴れ、003が無謀ジャンプ、その必然性はともかうとして映像的に見せちゃってるのは確か。002のジェット飛行、009の加速装置の猛烈スピード感あふれるアクション描写もCGならではだろう。こうして見ると「009」って素材自体はこの表現に向いていたと思える。

 このあと、ラストのネタバレを含みますのでご注意を。







 で、結局のところ何だったのかよくわかんない話なんだよな。まぁいろいろと示唆はあるので何となくこういうことか、と想像させる作りではあるんだけど。すっきりさせないのは狙ったところでもあるんだろうが…ところで途中で姿を消して終盤唐突に再登場する008はその点でも重要な気がするんだけど、えらくあっさりした扱いなのはなんでなんだ。この映画、一応メンバー各自に見せ場が用意されているが、008って水中でないと活躍できないので出番作るのに困るんだよな。

 軌道上の人工衛星に009がテレポートで乗り込み、そこへ002も駆けつけ…って展開、「ああ、それちゃっうんかい」と思ってたらやっぱりやっちゃった。そう、有名な「地下帝国ヨミ編」のラストの再現である。この映画では009と002の間に確執のようなものがあったことにして色を添えてはいるんだけど、思いのほかあのシーンをそのまんまやってしまった。

 ということは001にテレポーテーションさせて救出?と思ったら、さすがにそれはやらなかったが、その代わりまさかの「超銀河伝説」のラストの再利用。あれ、当時でも評判よくなかったと思うんだけど、こんな形で再利用されようとは。これは作り手としては「009」ファンへのサービスのつもりなんだろうか。というより、話をたためなくなっちゃったんで「便利」なこの手を使うことにしちゃったのか。
 思えば「009」の劇場版映画って、本作の前が「超銀河伝説」だったんだよなぁ。(19/12/13)


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