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「記憶にございません!」

2019年・日本
○監督・脚本:三谷幸喜○撮影:山本英夫○美術:d木陽次○音楽:荻野清子
中井貴一(黒田啓介)、ディーン・フジオカ(井坂)、石田ゆり子(黒田聡子)、小池栄子(番場のぞみ)、斉藤由貴(寿賀さん)、草刈正雄(鶴丸大悟)、佐藤浩市(古郡祐)、吉田羊(山西ああね)、木村佳乃(ナリカワ大統領)、山口崇(柳友一郎)ほか




 喜劇映画で日本映画で最近の映画…ということになると、結局いつも「三谷映画」ということになってしまう。そりゃまぁ他にも作られてはいるんだろうが、 僕が劇場まで足を運んで見に行こうという気になるのは、なんだかんだで三谷映画になってしまうのだ。実際この「徒然草」のコメディ部門は三谷作品ばかりに なってしまっている。
 …といって、そんなに三谷ファンなのかというと自分でもやや疑問。「ラヂオの時間」には大いに感心したが、その後の作品は一定のレベルではあるしそこそこ楽しんじゃうんだけど、なんというか、見終わったときにそれほど満足感が残らないというか…そんな感想を抱く作品が続いてきた。そう言いつつ結局付き合い続けてるわけだが。

 今度の新作「記憶にございません!」は予告編を見た時、爆笑した。「記憶にございません」という政治kの現場でよく使われる言葉を、実際に内閣総理大臣が記憶喪失になってしまたら…という、他にも思いつく人はいただろうが(三谷監督自身思いついたのはずいぶん前だと語っていた)形 にしちゃった例はないような気がする企画で、また予告編も実に予告編らしく上手く作られていて、僕は結構これでウケてしまった。それで映画館まで見に行く 気になったんだから予告編としての使命を十二分に果たしたと言えるわけだが、本編の方は予告編ほど大ウケはしなかったなぁ…というのが率直な感想だ。予告 編の期待がデカすぎたということでは「クリフハンガー」のことなど思い出してしまった。

 もちろん、映画本編がつまらなかったとは言わない。コメディア映画としては一定のレベルにあって結構笑わせてくれるし、出演している俳優たちの達者な演 技の応酬が見どころとなっているのは、いつもの三谷映画だ。僕の映画評価の基準の一つに映画を見てる最中に「いま何時ごろかな」と思うかどうか、というの があるのだが、とりあえずこの映画では時間は全く気にならなかった。ただ事前の期待値が高くて、その分食い足りなさを感じてしまった、というかなぁ…。

 映画は主人公の黒田啓介(演:中井貴一)が 病室で目を覚ますところから始まる。激しい頭の痛み以外に分かることがまるでなく、黒田は入院姿のままで病院を抜け出し町を彷徨うが、自分が誰なのか、ど うして病院にいたのかも分からない。金もないまま食堂に入って食事をしていると、演説中の総理大臣が頭に石をぶつけられて入院とのニュースが流れている。 どうもそれが自分のことらしいと彼も気づくし、店の主人も気づいている様子。どうやら自分は総理大臣、それもかなり国民に嫌われた総理大臣らしい。町を彷 徨ううちにとうとうSPたちが駆けつけて来て首相官邸に連れていかれた黒田「総理」は、首席補佐官の井坂(演:ディーン・フジオカ)と秘書の番場のぞみ(演:小池栄子)に迎えられ、彼らの協力のもと記憶喪失のまま総理大臣を務め続けることになる。

 そこにツッコんでもしょうがないんだが、現実に総理が記憶喪失になった場合は恐らく速攻で辞任を余儀なくされると思う。死んではいないが人事不省になっ て辞任となった小渕恵三首相の例がある。そこをこの映画は「何となく」突破してしまって、ディーン・フジオカ演じる補佐官が中心となって切り回し、記憶喪 失のまま黒田総理を現職で続けさせようとする。記憶喪失の事実を知ってリるのは補佐官・秘書・SPの一部に限られ、黒田総理自身の家族にすら秘密にされ る。家族には秘密にする必要はない気もするのだけど、夫婦仲も息子との仲も微妙な状況でどこから秘密が漏れるか分からない、ということなんだろう。

 そのため黒田総理が最初にクリアしなければならないのは記憶のないまま「家族」とどうコミュニケーションをとるかという問題。実の息子と「初対面」してバカ丁寧に挨拶してしまったり、首相公邸の住み込みお手伝いさんの寿賀さん(演:斉藤由貴)を妻と間違えて抱きしめちゃったり、本物の妻・聡子(演:石田ゆり子)とはお互いに浮気していてかなり微妙な関係なのだが記憶がなくなった黒田が妙に馴れ馴れしくしてくるので聡子は不気味に思う…といった調子で綱渡りが続く。
 見ていて、このシチュエーションなにかに似てるような、と思ったのだが、あとで気づいた。黒澤明の「影武者」だ。あれは信玄死後もその死を隠すためにうり二つの影武者が奮闘する話だが、側室や孫にも真相を隠して綱渡りをするあたりが、ちょっとコメディっぽく描かれる(この点、あれは勝新の方がまっちしてたんだろうな)。こちらの映画は本人が記憶喪失になって実質「別人」で、それが総理大臣を「演じ」なければならなくなる…ということで図らずも(?)「影武者」とシチュエーションが似てしまった、ということだ。

 総理大臣だから家庭内のことより政治の現場が大変。記憶のないまま閣議に出て、誰が誰だか分からぬまま「アレがアレでナニだから」という政治家隠語のお かげで(?)だましだまし切り抜ける。また総理といっても政治的実権は歴代総理のもとで官房長官をつとめ続けている鶴丸大悟(演:草刈正雄)が握っているため、適当にやってりゃなんとか務まる…のだったが、黒田は自身が支持率2%台という史上最低の総理で会ったことを知り、なおかつ福祉斬り捨て(これが投石の原因だった)や増税、さらにはスーパー銭湯つきの台に国会議事堂建設(!)の計画を極秘に進めて多額の賄賂を受け取ったりもしていたことなども知ってゆく。

 「記憶がない」だけにそれらのことに身に覚えがなく、ピュアで「いいひと」になってしまった黒田は、投石した当人から動機を聞き、政治について一から学 ぶことを決意する。なぜか子供の時の記憶はあって、小学校の時の社会科の先生を官邸に呼び、三権分立の仕組みなど政治の基礎の基礎から学んでいくことにな る。僕も社会科の先生なので、この辺はなかなか面白く見てしまった。小池栄子演じる秘書がその授業を見て「忘れてるもんね〜」と感心する場面があったが、 本物の国会議員でも憲法や三権分立など小中学校レベルの政治知識が怪しいとしか思えない人がいるんだよな、実際。
 政治を学んで「いい政治家の卵」みたいになった黒田が「消費税を下げて、そのぶん法人税を挙げれば」と言い出したり、アメリカ大統領(演:木村佳乃)と チェリーの関税交渉で「自国の農家を守る」立場を打ち出して、怒りを買いはするものの「よくぞ言った」とほめられる…といった、甘いと言えば甘いのかもし れないが、かるーく日本政府のやってることへの皮肉にもなっている。まぁあくまでかるーく触れてるだけで深入りはせず、「風刺」のレベルまで行ってないこ とについては三谷監督自身が風刺はやりたくないと避けたとのこと。ただ公開のタイミングはちょうど消費増税だのトランプ大統領との農産物交渉だのがあっ て、結果的に現政権へのかるーい皮肉にはなっていた。

 こうした「いい政治家」になっちゃった黒田総理の前に立ちはだかるのが、陰の実力者である鶴丸官房長官で、映画の後半は黒田VS鶴丸の対決という構図になる。黒田の記憶喪失に気づいた鶴丸がそれを暴こうとし、そこに政治記者あがりの政治ゴロの古郡(演:佐藤浩市)が 絡んできて、総理の妻と補佐官の不倫問題も絡んで黒田総理の「家族再生」の展開も同時進行…と終盤にむかっていろいろ盛り上がっていく。それがもっと激し く盛り上がるのかな…と思ってると、やや肩透かしな印象もあったんだけど、盛り上げた割にサラッと着地するのも三谷映画らしいと言えばらしい。登場人物全 てが表面的にどんなにワルっぽくても基本的には善人なので、見る人によっては食い足りなさを感じるけど、そこがまたいい、という人もいるだろうな。

 パンフレットみたら監督当人も言ってるように、これは政治をネタにしたコメディーではあるけど、政治風刺ではなくファンタジーなのだと。TVなどでの宣 伝映像では本物の国会そっくりの場面があったりしたんでリアルにやるのかと思ったら、実際にはそうではなく、官邸も公邸もあからさまに本物とは異なる、あ えて日本らしくない欧米的なデザインで統一されている。これはあとで気づいたことだが、日の丸も一度も出てこないし「日本」という言葉すら一度も出てこな い。映画冒頭で「架空の国の話でどっかに似てても偶然です」とちゃんと断っているんだけね。

 三谷さんの喜劇自体、あきらかにアメリカ的な、古い言い回しだが「バタ臭さ」があるのは確かで、本作でもセットのデザインも含めてそれは強く感じられ た。ストーリーのもう一つの柱が「崩壊しかけていた家族の絆の再生」であるところも、ハリウッド映画のパターンだし。そこが本作ではそうイヤミにもならず ラストでうまいこと着地はしてた(うまく着地してないのも過去にはあった)と 思うけど、政治ネタの方が薄味で終わってしまったのはやっぱり悔やまれる。主人公の黒田総理が「いい政治家」たろうと突き進んだ場合、作劇が難しくなるだ ろうなぁ、とも分かるけど。社会科の先生まで引っ張り出したんだから、そこ、もっと地に足が着いた感じで突っ込んでみた方が面白かったと思うんだけどな あ。そもそも「政治」って何なんだっけ、という問いもないわけではなく、僕はそっちの方に思いがいってしまったのだが。

 これまた三谷映画の特徴だが、一つ一つのシーンが演劇的で、ショートコントの連続を見せられているような感もあった。個々のシーンは確かに面白く、達者 な役者さんたちが丁々発止やりあうのも見物ではあるんだけど、ひとまとまりの映画になったときになんか「食い足りなさ」が残ってしまう。毎度のことでもあ るんだけど、せっかく一国の総理のネタなんだから、もっとスケール大きめの映画になってもよかったんじゃないかと。
 とかなんとか言いつつも、繰り返すが俳優さんたちの達者なやりとりは見もの。意外にも三谷映画初主演(チョイ役では出てたけど)の中井貴一と、すっかり常連でヤサグレ男役が板についてきちゃった気もする佐藤浩市の長回し二人芝居(思えばこの二人の共演ってあったっけ?「亡国のイージス」は一緒のシーンなかったし)、初登場のディーン・フジオカのギャグにまでなる「二枚目」っぷり、石田ゆり子・小池栄子・斉藤由貴ら女優さんたちのコメディエンウぶり(特に「真田丸」でも印象に残った斉藤由貴かなぁ)、やはり「真田丸」の真田昌幸役が印象的だった草刈正雄の老獪かつコミカルな悪役っぷりなど、こと役者については見どころの多い映画だった。(2019/10/1)
 

 
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