「女王陛下のお気に入り」 The Favourite 2018年・アイルランド・イギリス・アメリカ |
○監督:ヨルゴス=ランティモス○脚本:デボラ=デイヴィス/トニー=マクナマラ○撮影:ロビー=ライアン〇美術:フィオナ=クロムビー○製作:セシ=デンプシー/エド=ギニー/リー=マジディー/ヨルゴス=ランティモス |
オリヴィア=コールマン(アン女王)、エマ=ストーン(アビゲイル)、レイチェル=ワイズ(サラ)、ニコラス=ホルト(ハーリー)、ジョー=アルヴィン(マシャム)、ジェームズ=スミス(ゴドルフィン)、マーク=ゲイテス(モールバラ卿)、ジェニー=レインスフォード(メイ)ほか |
「歴史映像名画座」なんてコーナーをやってると実感するのだが、イギリス王室ネタ映画というのは実に多い。シェークスピアからしてイギリス国王を主役にした戯曲を書いていて、その映画化というパターンも多いし、劇的要素の多いヘンリー8世やエリザベス一世周辺はもちろん、大英帝国最盛期といえるヴィクトリア女王もいくつも映画・ドラマがあるし、その後の現代史の王室ものも多く、ダイアナ妃事故死直後の王室を描いた「クイーン」なんて関係者がほとんど存命のうちに作ってしまった例もある。次期国王のチャールズ皇太子だってダイアナ妃やカミラさんとのことがあるから、はるか後だとは思うが彼を主役にした映画が作られるとにらんでいる。ま、イギリスは王室を「ネタ」にする伝統も強いというのも、これほど多くの王室ネタ映画が作られてきた一因だろう。 そして、この映画は18世紀初頭に王位にあったアン女王を扱っている。演じたオリヴィア=コールマンもインタビューに「歴史の授業で習った覚えがない」と語っていたくらいで、イギリス歴代国王の中では影が薄い方。イギリスの女王というとエリザベスとかヴィクトリアとか存在感が強烈だが、「アン」となると、その名前の単純さもあってかイギリス人でもよく覚えてないらしい。僕はと言えば、一応世界史は商売にしていたくらいなので名前だけは知っていた。彼女の在位期間に北米大陸でフランスと争った「アン女王戦争」という歴史用語があるためだ。 アン女王の家系を確認しておくと、彼女は有名なスコットランド女王メアリー・スチュアートの息子から始まる「スチュアート朝」の最後の王にして、イングランドとスコットランドを統合した「グレートブリテン連合王国」の最初の王でもある。「名誉革命」で即位したメアリー2世がアンの姉で、姉夫婦に子がいなかったことから彼女が王位を継いだ。この映画の中でも語られるように夫との間に17人も子供を作りながら一人として育たず、アンの没後は彼女の意向によりドイツにいた親戚のジョージ1世が招かれて王位を継ぐ。このジョージが英語が全然できなかったため「国王は君臨すれども統治せず」という立憲君主体制が固まった…というのが世界史教科書的説明だ。 この映画はそんな影の薄いアン女王の時代の宮廷劇。すでに名誉革命、権利章典発布のあとの時代なのでアン女王はそれほど権力をふるえるわけでもないが、議会の政治運営に対して一定の影響力は持っている。しかし彼女は痛風の病気がちで車椅子で移動する生活で、政治への意欲などほとんどない。おりしもイギリスはフランスとの戦争中で、議会では党派によって戦争継続と早期講和の主張が飛び交っている。女王は女官長であるレディ・サラ(演:レイチェル=ワイズ。当初はケイト=ウィンスレットという話もあったらしい)に何もかも任せきりで、彼女がいないとすぐ愚図りだす。逆に言えばサラがいないとどうにもならないため、むしろ女王がサラの意のままに操られている状態。なにせ二人きりの時は「アン」と呼び捨てだ。サラは夫のモールバラ卿(演:マーク=ゲイテス)が軍司令官として対仏戦争を戦っていることもあって戦争継続を女王に吹き込む。 そんな宮廷へ、サラの従姉妹にあたる若い娘・アビゲイル(演:エマ=ストーン)がサラを頼って女中の仕事を求めてやってくる。サラは一応アビゲイルを雇ってやる従姉妹といっても年齢差もあり別に仲がいいわけでもない。アビゲイルは先輩女中たちにいじめられ過酷な「宮廷生活」を始めることになるが、、アン女王の痛風の足を痛みを薬草を塗ってやらわげることに成功。それをきっかけに上等な一人部屋をサラから与えられ、二枚目のマシャム大佐(演:ジョー=アルヴィン)から言い寄られ、有力政治家ハーリーから女王やサラの情報提供を求められたりして、アビゲイルはだんだんと宮廷内に立場を得ていく。 ある夜、宮殿の中をさまよっていたアビゲイルは、偶然アンとサラが同性愛の関係を持っているのを目撃してしまう。まさに「女中は見た!」である。この関係が史実なのかどうか気になったが、調べた限りでは明確にはなっていないものの、サラ自身がのちに暴露したことはあったらしい。 思わぬ秘密を知ってしまったアビゲイル、サラと一緒に鳥撃ち(現在で言う「クレー射撃」のルーツで、この頃は本物の鳥を放って撃ってたんですねぇ)をしてる時に、ハーリーから情報提供を求められたが断ったことを明かし、同時に同性愛の件についてもそれとなくにおわせて口外しないと約束、サラに恩を着せようとする。だがサラはアビゲイルに向けて空砲を撃って脅かし、ナマイキ言うなとばかりにあしらってしまう。以後、アビゲイルはサラを相手に「女の戦い」を開始することになるわけだが、このあとも二人の鳥撃ちシーンが繰り返され、だんだん立場が入れ替わっていくのが良く分かる仕掛けになっている。 アビゲイルはアン女王の飼っているウサギたちを可愛がるところからアン女王に接近する。アン女王は夫との間に17人も子供をもうけたがいずれも流産や夭折して育たず、その身代わりとしてウサギたちを我が子のように飼っているのだ。なお、年代的にはアンの夫ジョージは存命だったはずだが、物語上ハッキリ言って邪魔なので、とっくに死んでいるかのように一切登場しない。 ウサギを入り口にして女王に気に入られたアビゲイル、とうとうアンとベッドを共にするところまで行ってしまい、わざわざそれをサラに目撃させる。原題「Favourite」は「お気に入り」ということで、この場合は性的な意味も含めての、いわば「愛人」「寵妃」になっちゃうわけですな。こうなってくると洋の東西に共通する「大奥もの」展開だが、全員女性というところがこの話のポイント。アンの寵愛を若い従姉妹に奪われたサラは当然アビゲイルの排除に必死になるが、アンガなかなか言うことを聞かない。ついにはアビゲイルがさらに一服盛って落馬して死ぬように仕掛けたりもするのだが、いざサラがいなくなってみるとアン女王の複雑な気持ちが爆発、サラが奇跡的に生還することもあってアビゲイルもなかなかに手を焼く。そうした女の戦いに「対仏戦争」という政治問題がからみ、トーリー党・ホイッグ党の政治家たちの思惑までが関わって来て…という展開も世界史好きには見どころだ。 映画では最終的にサラが夫と共に失脚、アビゲイルがその地位を手に入れてアン女王を意のままに操れるようになった…かと思ったら、という感じで「えっ?ここで終わり?」な終わり方をする。一応ネタバレ避けて書くと、あのラストは途中でアビゲイルがウサギにしていることと対応していて、アビゲイルの「その後」を暗示する形になってるんですな。 映画だとサラ夫婦は女王が送り込んだ軍隊に何か殺されたみたいにも見えちゃうが、実際には失脚して大陸を放浪、結局アン女王死去後に跡を継いだジョージ1世のもとで復権することになる。アビゲイルのほうは女王の死によって失脚、ということになるんだが映画ではそこは語らない。暗示して「あとは調べて」な感じなのかな。それともイギリスじゃ割と知られてる話なのか。 この文を書くにあたって気が付いたが、この映画、「音楽監督」がクレジットされていない。気をつけて聞いていなかったが音楽自体はあったはずで既存のクラシック曲なんかをチョコチョコ使ったのかな。緊迫の場面なんかではBGMというより「効果音」が印象的で、エンディングのスタッフロールでも最後の方に不気味なカラス(?)の鳴き声が響くという演出が入っている(こういうこともあるからエンドロールは最後まで見ないとね)。 歴史映画といえば歴史映画なんだが、女ばかりの三角関係、その闘争劇というありそうであまり見かけないテーマ。宮廷コスチュームものらしい華麗かつ暗黒面たっぷりの雰囲気(当たり前だけど当時の夜の室内は暗いんだよねえ)など、見どころは結構あった。アカデミー賞ではアン女王役のオリヴィア=コールマンが主演女優賞をいとめた(言っちゃなんだが「怪演」での評価だよな)のをはじめ作品賞など多くのノミネートを受けたし、それ以外でも世界のいろんな映画賞で監督・脚本・撮影などが受賞している。歴史ものとしては小ぶりな作品だけど、なかなか注目を集めた一本。少なくとも主演の人も含めて「アン女王」の名前が世界的に覚えられることにはなるだろう(笑)。(2019/3/8) |