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「ヨーク軍曹」
Sergeant York
1941年・アメリカ
○監督:ハワード=ホークス○脚本:ジョン=ヒューストン/ハワード=コッチ/エイベム=フィンケル/ハリー=チャンドリー○撮影:ソル=ポリト〇音楽:マックス=スタイナー〇製作:ジェシー=L=ラスキー/ハル=B=ウォリス
ゲイリー=クーパー(アルヴィン・ヨーク)、ウォルター=ブレナン(パイル牧師)、ジョーン=レスリー(グレイシー)、ジョージ=トビアス(“プッシャー”ロス)、スタンリー=リッジス(バクストン少佐)、マーガレット=ワイチャリー(アルヴィンの母)、チャールズ=トゥロウブリッジ(コーデル・ハル)ほか


 

 「第一次世界大戦に参加した実在の兵士が主人公の映画」という説明が新聞テレビ欄の映画紹介に出ていたんで、まったく事前知識なしに録画予約した映画なんだが、実に2年近く経ってから鑑賞することになった。実際、僕の映画録画溜めはそのくらいのスケールでやっちゃってることが少なくない
 ほとんど忘れたころに、「なんだっけ、この映画」と見てみたわけだが、結論から言えばなかなか面白かった。もちろんそこそこの映画的フィクションはあるのだろうが、一応実話をベースにした内容であり、戦争もの、歴史ものとして興味深い作品だ。公開は1941年、まさに第二次世界大戦がヨーロッパではすでに始まっていて、暮れには真珠湾攻撃があって太平洋戦争に突入する、という時期の映画ということも念頭に置きたいところ。

 主人公はアルヴィン=C=ヨーク(演:ゲイリー=クーパー)という。1887年にテネシー州の片田舎の農村の貧しい家に生まれた。映画は彼が20代の後半くらいから始まる。この主人公、貧しい家にあって老母と弟、妹と一緒に暮らし(史実ではなんと11人兄弟で、アルヴィンより上の兄たちは結婚してよそに移住していた)、一家にとっては大黒柱になってる存在なのだが、えらく短気な暴れ者で、酒場で飲んだくれては人とトラブルを起こすような困った若者である。
 ところがそんなアルヴィンが、近所の美人グレイシーに恋をする。彼女と話すためにライヴァルの金持ち男をぶん殴って追い払ったりもするのだが、彼女と結婚するには経済的基盤を持たねばならない。アルヴィンのもつ農地は石だらけの貧しい土地なので、彼は売りに出ていた肥沃な農地を買おうとする。金額ももちろん安くはなく、他の購入希望者もいるので60日という期限を決められるのだが、アルヴィンはそれまでとは人が変わったように、昼も夜も、あらゆる仕事をみつけては勤勉に働きまくる。その姿にそれまで彼を軽蔑するところもあったグレイシーも彼を見直し、惚れこんでしまう。

 しかしアルヴィンの努力もむなしく、農地の持ち主は他人にそれを売ってしまう。それもこともあろうにあのグレイシーをめぐる恋敵の金持ちボンボンに。激怒したアルヴィンはすっかりグレてしまい、ヤケ酒をあおりまくって、明らかに殺意を目に光らせてライフル銃片手に大雨の中を、あの恋敵を殺しに出かけてしまう。ところがそこへ落雷が彼を直撃(ライフルに落ちたかな)!落馬し気絶するアルヴィンだったが、不思議なことに全く無事で命を拾う。これを「神の啓示」と受け取ってしまったアルヴィンは、翌日から突然敬虔なクリスチャンとなり、人格も一変。教会に通って牧師に教えを受け、聖書を熱心に読み込むような人になってしまうのだ。
 一応このあたりの史実も調べてみたが、彼が暴れ者・不良だったのは事実らしいが、落雷の話はさすがに映画の創作みたい。暴れ者の一方でプロテスタントの平和主義的宗派の牧師らと接触があり、その影響で敬虔な信者になっていった、ということのようだ。

 ここまでが映画の前半。アルヴィンが教会で聖書の講義、特に十戒にある「汝、殺すなかれ」について話していると、アメリカが第一次世界大戦に参戦、ドイツ相手に戦争をすることになったとの知らせが入る。これと同時に若者たちに徴兵命令が出されるのだが、アルヴィンは気乗りがしない。なぜかといえば、そう、「汝、殺すなかれ」と聖書で言ってるからだ!あらら、と思っちゃう話だが、これ、実は僕も以前から「キリスト教徒やユダヤ教徒はどう解釈してるんだろ?」と思う話ではあったのだ。「十戒」で殺人を禁じながら、彼らは歴史上どれだけ戦争をして人殺しを重ねてきたことか。
 まぁこの件については、実は聖書の中でもすでに矛盾があり、十戒を授かったモーセ自身がユダヤ人の敵に対しては大量殺戮を命じたりしている。どうやら「異教徒に対しては殺しはアリ」ということで、十字軍なんかもそのクチであって、十戒で言ってるのは同じ宗教の信者のコミュニティ内の決まり事なのだ、という説明を聞くこともある。しかしキリスト教徒どうしだってさんざん殺し合いをしてきた歴史があるよなぁ。

 劇中でも説明されてるが、この当時でも「信仰上の理由で徴兵拒否」というのはあって、政府もそういう人については徴兵免除措置をしていた(代償で何かやらされるのかもしれんが)。恐らく暴力を絶対否定する「クエーカー教徒」なんかを対象にしたものではないだろうか。クエーカー教徒といえば映画「真昼の決闘」でグレース=ケリーが演じた主人公の妻がそうで、だからあのラストは重大なことで…あ、今気づいたら、あれも主役はこれと同じゲイリー=クーパーか(笑)。

 ともあれ、牧師に言われてなんとか徴兵免除をしてもらおうと運動するアルヴィンだったが、手続きがうまくいかない(彼が明確な信仰団体に属していなかったせいみたい)、しぶしぶ入隊して軍事訓練を受けることに。ニューヨークに走る「地下鉄」なるものも知らないほどの田舎者ぶりをからかわれるアルヴィンだが、その田舎で鍛えた射撃の腕前はずば抜けていて、兵士としては上官から重宝される。しかし信仰上の理由で徴兵忌避をしていることを知った上官たちは、なんとか彼の心を変えさせようと説得を試みる。そりゃまぁ、人殺しができないんじゃ兵士としちゃ使えませんわな。
 まず聖書の中でキリストが「剣を持たぬ者には服を売って剣を持たせよ」と言ってるくだりなどを持ち出して、戦う必要をキリストも言ってるぞ、ともちかけるが、アルヴィンは「でも結局その男は剣を持たなかったし、『剣を持つ者は剣に滅びる』とも言ってる」とやり返す。この辺、聖書解釈をめぐっての議論は面白いのだが、欧米のキリスト教徒はみんなおなじみのことなんだろうか。

 聖書でやりこめてもダメだと見た上官は「アメリカの歴史」という本をアルヴィンに読ませ、アメリカが「自由」を勝ち取るためにどれだけ命をかけて戦ってきたか、を力説する。ああ、こういうところ、昨今のアメリカの戦争でも聞く理屈だなぁ。ナントカの自由作戦とかあったもんね。
 で、これにはアルヴィンも心が揺れる。許可をえて一時帰郷し、丘の上で考えに耽る。そのとき、風が吹いて聖書のあるページが開かれ、そこに「カエサル(皇帝)のものはカエサルに、神のものは神のものに」という有名な一節が。これは「本来の持主に返す」の意にも使うが、「国家に対する忠誠と神への服従は、それはそれ、これはこれで両立可能」という意でも使われるという、ある意味すごーく便利な文言。これを見てアルヴィン君、何やら悟りを開いて軍隊に戻り(一応完全納得はしてないと言うんだけどね)、うーん、そんなんで折り合いつけちゃうのかよ、あんなに徴兵忌避してたのに、と僕などはガックリきちゃったが。もちろん史実はここまで劇的ではなく、先述の「剣を持たぬ者に」の言葉などで割とあっさり説得されちゃったらしいんだよな。ともあれ、この時代にあって、今日でいう「良心的徴兵拒否」というのがあったというのが、この映画で僕が一番面白くおもったところだ。

 さてアルヴィンたちは訓練を終えるとフランスの最前線へ送られる。第一次大戦の終結も間近い1918年10月8日の「アルゴンヌの戦い」に参加したアルヴィンは、そのライフル射撃の腕前を生かして、ドイツ軍の機関銃陣地へ飛び込んで大勢の敵兵を射殺、その後のなりゆきで130人もの敵兵を投降させ捕虜にしちゃうという大戦果を挙げてしまう。戦闘シーンは戦争というよりは西部劇風味アクションになっちゃった感じだが、おおうね史実もこんなだったらしい。もうここでは人殺しもためらってない(25人殺害したそうで)。映画の中では「敵を倒さなければ味方にもっと多くの犠牲が出てしまう」と考えたから体が動いた、ってことになってるんだけどねぇ…まぁ実際の戦場では無我夢中だろうけど、少し前までの信仰上の葛藤はなんだったんだよ、とツッコミたくもなるな。

 大戦果を挙げたアルヴィンは名誉勲章を授与され、まさに「国民的英雄」となって帰国する。ニューヨークでは大パレードが行われ(これ、紙吹雪が舞うNYの記録映像が一瞬はさまるが、リンドバーグの凱旋の時のかな?)、高級ホテルの豪華な部屋に宿泊、政治家やら何やらが押しかけ、さらにはレビューやら舞台やら、また今でいうCM出演のような話が続々と舞い込んでくる。だがアルヴィンはそうした求めには一切応じず、故郷の農村へ帰っていく。これもまぁまぁ史実で、そういう性格の人だったようですな。
 ここで眼を引くのが、アルヴィンに接触してくる同じテネシー州出身議員のコーデル=ハル(演:チェールズ=トゥロウブリッジ)だ。歴史にいくらか詳しい人は分かるだろう。僕も「あっ」と驚いた。そう、のちにルーズベルト政権の国務長官となり、日本に対して「最後通牒」となる「ハル・ノート」を出したことで特に日本人には記憶に残る政治家である。そういうところでウソつくとも思えないので、アルヴィンとの関わりがあったのは本当なのかもしれない。まぁ映画でも彼の人気を利用しようとするしたたかな政治家、って感じもありますけどね。

 ここで気になって来るのが映画の製作・公開時期だ。この映画「ヨーク軍曹」の公開は1941年9月27日。まさしく太平洋戦争勃発直前、日米交渉が緊張をはらんできた時期なのである。もちろん映画の製作自体はそれより前から始まってるだろうが、当時ヨーロッパでは第二次世界大戦が勃発してフランスが敗北、枢軸側が優勢だった時期で、まだ参戦してないアメリカ国内では参戦すべきとの議論も起きていた。結果的に日本が奇襲という形で開戦したためアメリカは第二次大戦に三選することになるわけだが、この映画も見ようによっては「ドイツ相手に自由のための戦いをすべし」と参戦を提起する内容にも見えてくる。その割に主人公は好戦的な人ではなく、映画全体は「一風変わった実在の英雄の伝記」になっているのは、モデルの人物がいるからでもあるだろう。でも、現役の国務長官をやってる人が、過去の話とはいえ映画の中に出てくることに「生臭さ」を感じてしまうのは確かだ。

 英語版ウィキペディアの記述によると、この映画はこの映画は時代の空気をつかんだようで、記録的な大ヒットとなった。しかも公開中に真珠湾攻撃が起きたこともあってなおさら盛り上がりを見せてしまい、映画館から入隊手続きに直行する若者も少なくかなったとか。作り手がどこまで意図したかは分からないが、結果的に戦意高揚プロパガンダ映画になっちゃった、というところか。この年のアカデミー賞ではゲイリー=クーパーが主演男優賞を獲得している。

 なお、モデルとなったアルヴィン=ヨークはこの映画公開時はもちろん存命で、彼がこの映画について何か感想を言ったかどうかは確認していない。彼は1964年に76歳で亡くなっているは、彼を演じたずっと年下のはずのクーパーの方が先にこの世を去っている。(2019/1/23)



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