「アルゴ」 RGO 2012年・アメリカ |
○監督:ベン=アフレック○脚本:クリス=テリオ○撮影:ロドリゴ=プリエト○音楽:アレクサンドル=デスプラ〇製作:ジョージ=クルーニー/グラント=ヘスロヴ/ベン=アフレック |
ベン=アフレック(メンデス)、ブライアン=クランストン(オドネル)、アラン=アーキン(シーゲル)、ジョン=グッドマン(チェンバース)、ヴィクター=ガーバー(テイラー)、テイト=ドノヴァン(アンダース)、クレア=デュバル(コーラ・ライシェク)、クリストファー=デナム(マーク・ライシェク)ほか |
BS放送時に録画しておいたっきり、1年ほど経ってからようやく見た。2012年公開時も内容に興味は持ちつつスルーしてしまったんだよな。なんだかんだでその年の米アカデミー作品賞をとってしまったのだが、当時イランではこの映画の製作自体に激怒していて、作品賞とったことでなおさら反発していたのは記憶にある。なぜかといえば、これ、イラン革命後に起きたアメリカ大使館占拠事件と、そこからつながる大使館員の潜伏・脱出作戦の実話をベースにしていたからだ。 映画の序盤でも、イランとアメリカがこのような事態に至った過程は、登場人物のセリフ等でかなり短くではあるがまとめられている。1950年代はじめ、イランではモサデク首相が親ソ連的な政策をとったため、アメリカCIAとイギリスMI6は謀略によりモサデク政権を打倒、パーレビ国王を復権させて親米英側な体制を作らせて、イランへの西側資本の進出、イランへの欧米文化の急速な流入などが進められた。しかし何事も行きすぎるとダメなもので、急速な欧米化と貧富拡大のひずみが1979年1月の「イラン・イスラム革命」を引き起こし、イランはイスラム教シーア派が指導する厳しい宗教国家となり、当然ながら反米的姿勢になってしまう(反ソでもあったけどね)。 1979年11月に、イラン人のデモ隊がアメリカ大使館に乱入、「イラン・アメリカ大使館人質事件」が起こる。これ自体も大変な国際問題となってアメリカ政府が救出作戦をやる(そして失敗)ことにもなるのだけど、この映画のテーマとなっているのは、このときアメリカ大使館から脱出に成功し、カナダ大使公邸に逃げ込んだ6人の救出ばなしだ。 この映画の主人公のメンデス(演:ベン=アフレック、監督も担当)は実際にその救出作戦を手掛けた実在人物だ。CIA職員である彼は、この穴田大使公邸に逃げ込んだ6人をいかにしてイラン国外に脱出させるか知恵を絞ることになるのだが、そこで思いついたアイデアが「ハリウッドSF映画のロケハン隊」に見せかけて脱出させる、というかなり奇想天外な作戦。メンデスは「アルゴ」なるタイトルのSF映画企画をデッチあげ、ハリウッドにその事務所まで作っていかにも実在する映画企画のように見せかける、映画の絵コンテや脚本までそれらしく作った上でイランに入国、合流した6人の大使館員たちを即席で映画スタッフに仕立て上げて国外脱出を図ることになる。 実在しない映画企画をでっちあげて行われる救出作戦を映画にする、という二重構造のような話だが、これも一応実話だ。当時はこの作戦は極秘にされていて、事実が公表されたのは事件から20数年たった1997年になってからのこと。CIAが「映画」を使った作戦を実際にやってたということで、映画人としては映画化してみたくなる話ではあろう。 とりあえず映画だけで見ると、この架空の映画企画「アルゴ」は地球以外の星が出てくるSF、というよりスペースオペラ作品である。事件が起こった1979年から1980年という時期を見れば察しがつくだろう、当時「スター・ウォーズ」シリーズが世界的大ヒットとなってSF映画大ブームだったことが背景にある。映画のラストで、子ども部屋に「スター・ウォーズ」のキャラクター人形が置かれてるのもそういう時期だったということを示す演出だ。 革命前にはアメリカ文化にどっぷり浸かっていたイラン国内でも「スター・ウォーズ」は上映されてたんじゃないかな(映画といえば「つい先ごろまでポルノ映画館もあった」というセリフもあったな)。「スター・ウォーズ」は異星的な風景を求めてチュニジアでロケしたりしてるから、「アルゴ」なるSF映画がエキゾチックな風景を求めてイランでロケする、というのはそれなりにリアリティはあったのだろう。もっともいくら多国籍多民族なハリウッドとはいえアメリカ映画の製作に当時アメリカと国交断絶状態のイランでロケするかなぁ?とは見ていて思った。 映画では次から次へと「ピンチ」が訪れ、主人公たちは命の危険を何度も味わう。メンデス自身もイランへ向かうにあたって家族への遺言まで書いている。それも別居状態の妻と子に向けて、という泣かせるホームドラマつき。もっともこの家庭事情部分は映画向けのフィクション性を強く感じてしまうんだがなぁ。 すでに成功した作戦であることは観客も普通承知してるから安心して見てられるのだが、この次から次への「ピンチ」はいささか「あざとさ」を感じもした。そして映画を見終えたあとで史実との異同を調べてみたら、やっぱりというか、こうした「ピンチ」はほとんど創作と知ることになった。例えばバザールにロケハンに出かけて群衆に囲まれてしまうシーンとか、空港で映画スタッフでないことがバレそうになり、ハリウッドの事務所に電話がつながるとかつながらないといったシーン、そしてラストの飛び立とうとする航空機にイランの「革命防衛隊」たちが車で滑走路を追いかけるシーンなんて、どう見ても「ありえねー!」と見ていてつぶやいちゃったが、やっぱり完全な創作なのだった。ありゃ、どうみてもやりすぎだって。 メンデス自身が明かしてるところによると、この「アルゴ」作戦はそうピンチになる場面はなかったそうで、唯一空港で偽造旅券がバレそうになった時だけヒヤヒヤしたという。また映画でやってるほど「アルゴ」作戦オンリーで進めたわけでもなく、その線でいくことに決めたのはイラン入国後だったというから、あちこち映画と事実はだいぶ違うのだ。 もちろん映画化されればある程度の脚色はつきものだし、ガチガチに史実どおり映画化して面白いものでもない。それは百も承知なのだが、絵がが語ろうとするテーマにまで絡んでくる重要な場面で完全フィクションがある「実話に基づく映画」というのはやっぱり困る。 それと…僕自身はイランやイラン革命の事情については表面的、かつ留学経験のある人からの間接的な情報くらいでしか知らないのだが、どうしてもこの映画で描かれるイラン革命、とくに「革命防衛隊」の描き方については疑問を感じざるをえなかった。ラストの空港での場面で顕著だが革命防衛隊の男たちがほとんど「山賊集団」もどきに見えてしまうのはいかがなものか。だからこそ命の危険を感じるサスペンスが生まれるのではあるけど、先述のように実際に命の危険まで感じる場面は実際にはなかったとされる。滑走路を車で走って飛行機止めようとするシーンなんて、ほとんど「馬鹿」でしょ。「アルゴ」の絵コンテ見て喜んでるところは「彼らも普通の映画好き」と親近感を覚えさせる描写でもあるけど、同時にバカにしているようにも見えちゃう。他にもバザールでの群衆シーンもイラン人に対するアメリカ人の偏見を感じてしまうんだよな。ハリウッド映画人にしてもアメリカ人ともなるとイランへの視線はこんなものなのか、と。 そもそもイラン革命に至る過程にアメリカの策謀や介入がいろいろあったわけで、一応CIA職員のメンデスのセリフでそうした過去はチラッとは触れられるものの、基本的にはイラン革命政府はすこぶる否定的に扱われている。イランから隣国イラクへ亡命する登場人物もいて、実際にそうした人もいたのだろうが、直後にアメリカの策動もあって「イラン・イラク戦争」が起こって多くの犠牲者が出ることを考えると、あのシーンも素直に安堵して見ていられない。主役がCIA職員だから…という見方もできるけど、それにしても自国のやってきたことについて無頓着なのでは。僕はどちらかといえばイランの宗教指導政治の在り方には批判的だが、この映画にイラン政府が怒ったというのは理解できる。そして困ったことにこれがアカデミー作品賞とっちゃったんだよなぁ。(2018/7/8) |