第十四回「秋霧」(4月7日放送) 
◇脚本:池端俊策
◇演出:佐藤幹夫

◎出 演◎

真田広之(足利高氏)

柳葉敏郎(ましらの石)
 
宮沢りえ(藤夜叉)

大塚周夫(土肥佐渡前司) 中島啓江(乙夜叉)
丹治靖之(木斎) 平吉佐千子(歌夜叉)
ストロング金剛(大男) Mr.オクレ(小男) 
佐藤信一(猿回し) 楠野紋子(子夜叉)  
渡辺寛二(大高重成) 樫葉武司(南宗継) 中島定則(三戸七郎) 
山崎雄一郎(不知哉丸) 車邦秀(伝令) 竹田寿郎(武将)
渡洋史(大仏軍の使者) 伊達大輔・渡辺高志(近習)

大地康雄(柳斎=一色右馬介)

柄本明(高師直)

市原清彦(勧進聖) 内木場金光・鈍角(土肥軍の武将)
山浦栄・村添豊徳・須藤芳雄(足利軍の武将)
松永秀一・奥出博志・池田哲・真鍋敏宏(足利軍の武将)
福永幸男・浜田道彦・一見直樹・田上賢一(勧進聖)

若駒スタントグループ ジャパンアクションクラブ クサマライディングクラブ 鳳プロ
丹波道場 園田塾 劇団ひまわり 劇団いろは 真言宗豊山派のみなさん 太田市民劇団 足利市のみなさん 太田市のみなさん

樋口可南子(花夜叉)

武田鉄矢(楠木正成)



◎スタッフ◎

○制作:高橋康夫○美術:稲葉寿一○技術:小林稔○音響効果:藤野登○撮影:細谷善昭○照明:大西純夫○音声:岩崎延雄○記録・編集:津崎昭子 



◇本編内容◇

 足利高氏は伊賀へ進軍し幕府勢力の掃討を進めていたが、そこへ赤坂城陥落の知らせが入る。赤坂城を落とした大仏貞直の使者は正成がこの伊賀に逃れた可能性もあると高氏に伝える。「やはり落ちたか…」とつぶやく高氏に、高師直「無念でござりまする…我が軍は矢を一本も撃たずに鎌倉に帰らねばなりません」と言って二ヤッと笑みを浮かべる。
 高氏のところへ忍び装束の一色右馬介が密かにやって来る。右馬介は正成が恐らく伊賀に入っていること、またこの近くに藤夜叉母子が住んでいることを高氏に教える。「藤夜叉のことはこの七年、心に置かぬよう思わぬよう心に強いてまいった…それが鎌倉を出てから日に日にかなわんようになってきたのだ…この伊賀の里にまだ見ぬ我が子が…」と気持ちを打ち明ける高氏。「お会いになりまするか?」と問う右馬介に高氏は「会うてみたいが…会ってしまえば二人を白日の下にさらすことになる」と言う。むしろ明日どうなるかわからぬ自分とは関わりなく、平穏に生きていてもらいたいと。

 藤夜叉たちのもとにも赤坂城陥落の知らせが入り、藤夜叉はの安否を心配する。不知哉丸は足利の陣営を覗きに行って、「鎌倉の侍大将がいた。わしも侍大将になりたい」と言って藤夜叉を困らせる。
 その夜、藤夜叉の家に石が突然忍び込んできた。石は変装した楠木正成を連れてきていた。石の無事を喜びつつ、いきなり正成に酒と飯を用意しろと言う石に怒る藤夜叉。そこへ花夜叉がやって来る。花夜叉は正成がいることを確認すると、こわごわとした足取りで家に入り、正成に対面する。「兄上…お久しゅうございます。身勝手な妹に、さぞお腹立ちでしょう」と花夜叉が声をかけるが、正成は黙ったまままともに花夜叉を見ようともしない。正成をかくまって大和まで連れていきたいと花夜叉は申し出るが、正成は「その方は楠木の家を捨てて猿楽舞と出奔いたした者…申し出は有り難いが受けるわけにはいかん。とく帰れ」と冷たくあしらう。花夜叉はその言葉を聞くと「では猿楽舞と駆け落ちした卯木は引き下がりましょう…なれど、花夜叉一座はこの地の豪族・服部小六さまのご恩を受けて座を長らえている者。その服部様より正成様をお助けするよう命じられております」と毅然とした顔で言う。「この花夜叉、一命にかけ楠木様をお守りいたす所存でござりまする」と言う花夜叉に、正成は無言で応じる。

 明くる日、土肥佐渡前司が高氏のもとにやってきて、正成らしき者をこの辺りに追い込んだと告げる。土肥たちは関所を各所に作り、一軒一軒の家をしらみ潰しに調べていく。
 この厳しい追及の中で、石と正成は花夜叉一座に紛れて伊賀を脱出しようとする。藤夜叉は石を懸命に引き止めるが、石は日野俊基からもらった土地の書き付けを見せる。世の中を変えて、この土地に藤夜叉母子や一座のみんなを呼んで楽しく暮らすのが夢なのだと石は語る。「それまでは楠木様に頑張ってもらわねば」と言う石に、「せっかく帰ってきたのに!そんな先のことはどうでもいいの!」と藤夜叉はすがりつく。石は「わしらは夫婦でもなし…わしら…赤の他人の兄妹ぞ」と言い捨てて飛び出していった。
 石が立ち去ったところへ、いつの間にか柳斎が来ていた。花夜叉の言葉を思い出した藤夜叉は「柳斎さん…石を助けて下さい!一座を助けて…足利高氏さまに会わせていただけませんか」と柳斎に頼み込む。
 正成は車引きに身をやつし、花夜叉一座に紛れ込んで一緒に歌を歌いながら道を急ぐ。しかし土肥の武士たちに取り囲まれ、関所に来て検分を受けよと命じられる。絶体絶命の状況ながらも、正成と花夜叉は笑みを浮かべてうなずき合い、関所へと連行される。

 伊賀の里を進む足利軍の前に、武士姿に戻った一色右馬介が馬に乗って現れた。「ここはわき水のうまい里でござる。しばし休まれてはいか が」と右馬介は高氏に勧める。高氏は右馬介の言葉に何かを感じて進軍を止めさせ、右馬介の案内に従って一軒の民家に近づく。するとそこへ戦ゴッコをしてい る不知哉丸がやってくる。何気なく視線を合わせる高氏。すると家の中から藤夜叉が「不知哉丸…」と姿を現した。高氏も藤夜叉も互いの姿に驚くが、表面は平 静を装う。右馬介が「我らは通りすがりの者…あれにおわすは我が主でござりまする。水を一杯いただけませぬか?」と話しかけ、高氏は家に入る。藤夜叉は柄杓に水を汲んで高氏に差し出す。高氏は水を飲み、「先ほどのお子はおもとのお子か…?」と尋ねる。「はい」と答える藤夜叉に「すこやかなお子とお見受けしたが、はや七、八歳か」と高氏。「大きくなったら武士になるのだと…父は戦で死んだ侍大将だと小さい頃から言い聞かせておりましたゆえ」とこぼす藤夜叉に、高氏は「何かできることはないか?通りすがりとは言え水を一杯頂戴いたした」と聞く。
 藤夜叉は「お願いでござります…これ以上戦を大きくしないで…恐ろしいのです、戦が起こるとみな変わってしまうのです」と話し出す。「楠木様がどれほど偉いおん方か存じません。でも私には兄妹の石の方が大事なのです…どうか石を私のもとにお返し下さい!」と頼み込む藤夜叉。高氏は「おもとが大切に思うておる者か?」と聞き、「分かった。及ばずながら力になろう」と引き受ける。
 そこへ関所で正成らしき者が検分を受けるので至急立ち会って欲しいとの土肥からの知らせが入る。立ち去り際に高氏は言う。「お子を戦に出されぬよう大事になされ。御身も体をいとわれよ」藤夜叉も「御殿も…」と応じる。

 高氏が関所に着くと、さっそく検分が始まった。高氏と土肥の前には連行されてきた大勢の人々がいる。その中には花夜叉一座、そしてその中に紛れた正成の姿があった。



◇太平記のふるさと◇

  奈良県吉野。十万本の桜が満開になっている様子を映す。大塔宮護良親王が幕府軍と激戦を行った古跡を紹介。その三年後にはここに後醍醐天皇が南朝を開くことにも触れる。



☆解 説☆
 
 アニメ番組なんかにはよくある露骨な回数調整(?)と思える回。単なる調整だけでなく宮沢りえの出番を増やすための苦肉の策であったようにも思える。出演者リストを見ても分かるようにかなり貧しい内容の回と言わざるを得ない(そのおかげと言うのは何だが、武田鉄矢がこの回だけ「トリ」をつとめている)。「秋霧」などという取って付けたようなタイトルからして気合いが入っていないのがよく分かる(笑)。
 それでもドラマ上重要な要素は一応あって、正成と花夜叉の関係の説明と、高氏と不知哉父子の初顔合わせ、そして高氏と正成の顔合わせなどが見せ 所ではある。しかし次回にかけて二回にわたってやる内容じゃないよなぁ。とにかくこの回は退屈の一言。前回までが忙しすぎたから息抜きということもあるだ ろうが。

 前回で花夜叉の正体が楠木正成の妹・卯木(うつぎ)であることが明かされた。しかも猿楽舞と出奔し楠木家を捨てた過去があること、正成からは勘当同然の扱いを受けていることが分かる。
 この設定の元ネタは一応吉川英治の「私本太平記」にあるのだが、その脚色過程はやや複雑。まず「私本」にも藤夜叉の育ての親である「花夜叉」と いう田楽師は出てくるが、実は男性。そもそも「花夜叉」は記録に残っている実在の田楽師である。吉川英治は「藤夜叉」という名前をそこから思いついたの だ。それをドラマ「太平記」では女性に変更し、スパイのような重要な役割を与えた。まぁそのままやると女性キャラの少ない話ですからね。
 そして正成の妹「卯木」というのも「私本」に登場する人物。家を捨てて駆け落ちした設定も共通するが、駆け落ち相手は服部元成という武士。た だこの服部元成という人物は駆け落ち後に芸人の道を進むので「猿楽舞と駆け落ちした」と言えなくもない。で、この服部元成という人は実は能楽の大成者であ る観阿弥の父親なのだ(つまり世阿弥の祖父)。「卯木」の名こそ創作だが、観阿弥の母の父が「橘正遠」であることが観阿弥家の系図(上嶋家文書、江戸時代前期の写本)に記されていて、この「橘正遠」が正成の父である可能性が指摘されている(楠木氏は「橘」姓とされている)。吉川英治はこの説をとって「正成の妹=観阿弥の母」の卯木というキャラクターを創作したわけである(もちろん普通の女性でスパイまがいの活躍はしない)
 つまりドラマ「太平記」に出てくる花夜叉は、この「芸人・花夜叉」と「正成の妹・卯木」を巧みに合成したオリジナルキャラクターなのだ。結果的 にこれは成功していると思うのだが、正成戦死後は登場しなくなってしまったのが残念。まぁ正成が死んじゃ出ようもないかな。ところで気になるのがドラマの 花夜叉が駆け落ちした相手はその後どうなったのか?という点。これについては第17回「決断の時」中の正成の妻・久子のセリフで、相手の男が間もなく死ん だことが判明している。つまり原作で卯木と結婚する観阿弥の父・服部元成がドラマでは駆け落ち相手では無いことになっているのだ。服部元成もドラマに出て くるが、第33回という遅い初登場となっている。

 花夜叉に続いて、後の直冬、不知哉丸についても触れておこう。「不知哉丸」という名前は吉川英治の完全な創作である。近江の「不知哉 川」から思いついた名前であると言われている。それにしても吉川英治って架空の名前を付けるのが実にうまい作家でありますね。 なお『尊卑分脈』では直冬の幼名は「新熊野(いまくまの)」と記されているが、これとてもアテになるものではない。古典「太平記」では直冬は幼少時代を鎌 倉の東勝寺の喝食(かっしょく)として過ごしたと記されている。喝食とは寺院にいるいわば雑用係の少年で、出身身分によりかなり扱いが違ったらしい。直冬 がどのような少年時代を過ごしたかは全く分からないのだが、東勝寺といえば幕府滅亡の折りに北条氏が集団自決した現場で、もしかすると直冬はその修羅場を 近くで目撃していたのかも知れない…という声もある。
  「私本」では近江で生まれ、三河で育つという設定になっていて、母の藤夜叉ともどもあれこれと物語に絡んでくるが、ドラマでは名前以外ほとんど使われてい ない。それにしてもドラマで不知哉役を演じた子役の山崎雄一郎はなかなかの熱演で、成人後を引き受けた筒井道隆が「子役の子が頑張っていたから、負けない ように頑張りたい」などと言っていた記憶がある。

 足利高氏が笠置・赤坂攻略のために派遣された幕府軍に加わっていたことは古典「太平記」でも記されている史実であるため、多くの小説・マ ンガなどで高氏が赤坂城攻撃に参加し、正成と「初対決」する展開にしているものが多い。だがこのドラマでは高氏は赤坂へ向かう前に伊賀方面へ遠回りをし、 こちらで藤夜叉や不知哉丸に、そして楠木正成とも対面することになっている。この展開、当時見ていた僕も少々無理があるんじゃないかと思っていたのだが、 実はちゃんと元になる史実がある。元弘の乱関係の一次史料が集められた『光明寺残篇』に含まれる「楽音寺縁起」の中に、高氏率いる一隊がこのとき伊賀方面 に進軍し、寺での軍勢の乱暴を禁じ、平和保障を命じる書状が存在しているのだ。
 河内で乱が起こっているのに、なぜ高氏は伊賀へ向かったのか?この疑問に対する明確な解答はない。だが有力な推測として、「ずばり伊賀が楠木氏の勢力圏だったから」と いう説が伊賀悪党を研究した新井孝重氏から提示されている。鎌倉後期の伊賀国は東大寺の支配に抵抗する「悪党」運動の盛んな地域で、彼ら悪党・地侍たちは 独自のネットワークを作って団結し、これがやがていわゆる「伊賀忍者」の系譜につながっていったとされるのだが、こうした伊賀悪党たちが笠置山にも後醍醐 支援で駆けつけているし、楠木正成の独特のゲリラ戦に参加していた可能性も高い。
 それに加えて例の上嶋家系図だ。観阿弥の実家である服部家と楠 木氏が縁続きになっていたとすれば当然伊賀は正成の味方が多く存在していたはず。幕府軍の有力武将の一人ではあるが北条一門ではなく、しかも喪中の出陣と いう遠慮もあって高氏には赤坂攻めには参加させず、正成関係者の多い伊賀方面の掃討が命じられた…というあたりが真相ではなかっただろうか。

 高氏と藤夜叉が、あくまで通りすがりの初対面という形で交わすしっとりとした会話は、一応この回の見どころと言っていいだろう。不知哉 丸が武士になりたがっていること、藤夜叉も高氏も不知哉丸を戦に巻き込みたくないと思っているあたりなどは、かえってその後の直冬の運命を暗示している。

 最後にこの回でちょっと目を引く出演者の話など。
 花夜叉一座に現れたり消えたりする(笑)白拍子・乙夜叉役の中島啓江さん。ここまで歌うだけでほとんどセリフが無いような気がするのだが、この回では憎まれ口を叩きつつ不知哉丸を可愛がり、藤夜叉の家事を「やらせておくれ」と楽しそうに手伝っているのが印象に残る。
 今回と次回だけ登場する土肥佐渡前司役の大塚周夫さん。アニメや洋画吹き替えなど声優としても良く知られているあの人だ。有名なのは「ゲゲゲの 鬼太郎」のねずみ男、「美味しんぼ」の海原雄山など。僕が見ていたもので歴史上の人物役としてはアニメ映画「火の鳥・鳳凰編」の吉備真備役がありました。