雑記帖

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1998.8.12

 福岡のテレビの深夜番組に、本棚を見てその持ち主の年齢性別を当てるコーナーというのがあります。まあ性別ぐらいは分るんだけど、年齢の方はわざと外れそうなものが選んであったり何のひねりもない素直なものがあったりで、これがなかなか当たらない。シニカルなひとに揶揄されそうですが、知らないひとの本棚を見るのはけっこう面白いものがあります。

 このサイトを立ちあげたばかりの頃、私は正体不明の人物と言われたものでした。私がどんな人間かは書棚を見ていただければ解るかもしれませんが、幸か不幸かデジタルカメラを持ってない。かといって蔵書リストをご披露すればよいってものでもないですね。どんな本があるかだけでなく、本の並べ方とか扱い方(雑か丁寧か)とかも見るべき重要なポイントなのですから。

 数年前から作家をはじめとした著名人の書棚の写真を集めた本が目につくようになりました。三島由紀夫の家を撮った写真集はちょっと違うけれど、それにも書斎が写っています。本屋でざっと目を通した時、蔵書に鏡花の本がないか探したものですが、気がつきませんでした。たしか三島は初版本で鏡花を読んでいる人だったと思うのですが。

 どうもとりとめのないことを書いています。覗き趣味かもしれないけれど、とにかくいろんなひとの本棚の様子をネット上で見ることができたら面白いだろうなと思った次第でした。そう言いつつ、私はなお正体不明のままなのですが。


1998.8.4

 猫というのは暑さには強いものときまっているのだけれど、暑い日が続く真夏はどうしても甘やかしてしまう。うちの子は部屋飼いなので、毎朝エアコンを30度に設定して出かけている。同居人が帰宅する夕方まで、だからエアコンはいれっぱなしということになります。たいていはお気に入りの椅子の上で涼しげにふんぞり返って、帰宅した労働者を迎え入れているらしい。あーあ、この次は猫に生まれて私に飼われてみたいものだ。

 今いる子は私など屁とも思ってないが、 5年前に病没した猫はなぜか慕ってくれていて、毎晩私の帰宅を玄関で待っていてくれたものでした。もっとも、真夏に汗だくになってトイレから出てきたら、スリッパの片方をお腹の下に敷き、もう片方に前足を 2本とも突っ込んで暖めてくれていたことが気にかかっている。真冬にはなかったことだ。

 鏡花はたしか猫が嫌いだったと思いますが、「二た面」という短編がありますね。遊び人の色事をいつも邪魔する黒猫がいるのですが、それが同じ猫なのか、全然べつの猫なのか判然としないようになっているおはなしです。


1998.7.29

 今日は某所に以下のような文章を書いた。発作的な書き込み……。

 一般に小説というものはそこに書かれた虚構がほんとうに起きた出来事として読まれることが前提となっています。リアリズムと呼ばれるものがこれです。リアリズムの小説にあっては虚構であることは隠蔽されていなければなりません。あたかも事実がそこに「反映」しているかのように書かれているという意味で、これを反映の文学と呼んでおきましょう。それに対してみずから虚構であることを暴露する反リアリズムというものが存在します。小説が生まれた時に『トリストラム・シャンディ』のような反リアリズム小説もまたほとんど同時に生まれたことは周知のとおりです。事実の反映ではありませんから、読者が対面しているのは小説の言葉から「生成」する世界だということになります。ですから同じ虚構といっても反映の文学と生成の文学というふたつの捉え方が文学の歴史にはあるのだといってよいでしょう。

 「反映」と「生成」、このふたつの文学の優劣を決める必要はないと思います。それはたとえば生成の文学の典型であるヌーヴォーロマンがどれほど必死にフローベールのリアリズム小説を読んでいたかを思えばわかることです。視点人物の導入、バルザック作品にはまだ紛れ込んでいた作者の主観表現の排除、言葉の彫琢から浮上する小説言語の物質性などなど、『ボヴァリー夫人』という宝庫からとても多くのものを現代は負っているのです。またリアリズムから出てきた中上健次のように、主語を意図的に混乱させて自己同一性を曖昧にする手法、たとえば主人公が草むらを踏み分けて行く動作を表わす同じひとつの文の主語が、いつのまにか父親へと変っているといったヌーヴォーロマンのような手法でもって、父と子のほとんど神話的な関係を描きあげて見せた作家もいるわけです。

 ゾラの自然主義とは、当時の自然科学の成果、中でも遺伝の影響を各登場人物の世代間の移り行きに適用せんとする試みでした。もちろん、このような決定論にこんにち何の価値もありません。しかし料理の品が次から次に供され氾濫していくあの『居酒屋』の圧倒的なシーンは、そんなゾラの大ボケを補ってあまりあるものがあります。ゾラが何を目論もうと『居酒屋』の凄さは、語彙の豊かさと描写の力がさかしらな決定論を凌駕していることによります。現実というモデルを反映していようがいまいが、紙の上の言葉が感動的な世界を生成した幸福な例といえるでしょう。

 フローベールはこう言っています。現実世界の中に神が遍在しているように作者は小説の中に遍在していなければならない、作者が正面きってあらわれてはならない、と。ならば神を持たない現代の作家にとって、言葉は神のいた場所を占拠してしまったのでしょうか。今世紀になって文学はかつてないほど言葉の探求を深めています。まるで作家は現実よりも言葉のほうに顔を向けているのではないかと思えるほどです。「自動詞的に書くこと、私が書くのではない、言葉に書かされるのだ。」ヌーヴォーロマン以後そういうつぶやきを何度か耳にしたような気がします。言葉に書かされるというのだから、作者が小説の前面に現れるも現れないもない、たわごととして聞き捨てにするのも構わないと思う。けれども私には、現実とか社会性とか思想性とかに確かな手応えを見失ってしまったすえの袋小路から、文学がなんとか抜け出そうとして、唯一の真実(神)にではなく断片化した無数の真実(神々)に向けて発した悲鳴のように聞こえるのです。


1998.7.25

  1週間ほど前に gooの検索用データベースが更新されました。 2ヶ月ぶりの更新ということになりますが、これは鏡花関連の項目を検索した限りでの私の印象。個人HPではなく公共性の高い企業とか法人のページで、しかも時事ネタになるような旬のテーマを扱うところへはもっと頻繁に巡回して、つねに最新のコンテンツ情報を提供しているのでしょうか。よくわかりません。とにかくネット上のページの量は増える一方だから、検索ロボット君も大変です。今回の私のページの日付は 06/16、てことはひと月前に巡回したらしい。それから更新までにひと月のタイムラグ、うーむ。

 goo で調べたところ、短大の学生さんの泉鏡花の世界というページが公開されました。前に広島の学生さんのページも紹介しましたが、こういうページがもっと出てくるようになるといいですね。


1998.7.19

 イルカを見に行きたい。 5月に福岡のマリンワールドでイルカを見て以来好きになってしまった。ショーとショーの間の休み時間(?)をイルカたちが勝手に泳ぐのを見たのですが、いや、見てるだけで心がなごむ。ショーが始まった頃には下の方の階にあるレストランにいて、同じイルカの水槽の底の部分を見ていました。上の方で空中ジャンプをしたらしく、時おり底近くまで降りて来るやつがいて、その動きのすがすがしいこと。

 本屋でイルカの本を探してみたら、ありましたねえ、話に聞いたトンデモ本。イルカの効能、なんて書いてあった。これはまだマシな方で、中にはイルカ教みたいに神がかってるのもあるらしい。イルカはイルカだ、それでいい。

 あいにく夏休みが始まってしまった。あそこも子供たちに占領されるのでしょうね。同居人にどっかつれてけとせがまれる度に、屋根のないところはやだ、と却下している私だが、イルカはいい。 9月になったら、また見に行こう。


1998.7.15

 鏡花という人は迷信深いというイメージがあるけれど、私は迷信などほとんど信じない。信仰も持ってはいない。そもそも迷信と信仰を並べて置くところにこの方面の私の不明さが顕れているというものだが、ただ箸で挟んだものを箸で受け取ること、これだけはさすがの私にもできません。子供の頃から母にうるさく言われたことは多々あるのに、これだけが残ったのは、マナーの点でおかしいというのとは別に、それが火葬場でお骨を扱うやり方を連想させると教わったからだと思われます。不吉なまねなら大抵ふざけてやってのけるのに、これだけはできないというある種の恐れに似た感覚。この私の卑小な感覚から、迷信深い人の心の中にある恐れの感情を推し量ることができるかもしれないとようやく思うこのごろです。

 風呂場の戸を開けたら、小さな女がこちら向きに這いつくばっていた。ああ、やられる、と思ったのと同時に右の足が強い力で引っ張られた。叫び声をあげ、足をばたばたさせながら目をさましたくらいに強烈な夢を見たのが、かれこれ1年前のこと。以来今日まで、馬鹿馬鹿しいとはわかっているのに、風呂場の戸を開ける時は必ず灯りをつけないではいられなくなった。同居人の姉が子宮癌と知らされた日の夜に見た夢でした。せっかちな義姉はそれから半年もせずにこの世を去り、火葬場で死者の妹と私、箸と箸とでお骨を拾ったのだったが、もうひと月もすればその義姉の初盆が来る。


1998.7.12

 ひと月あまり使っているネットスケープの 4.05 は、すべてのキャッシュを勝手にクリアすることがたまにある。私の場合、キャッシュにあるものはそっちの内容をまず先に表示するよう設定してあり、必要な時だけ新たに読込みをすることにしているので、キャッシュが全滅遊ばすのはたいへん困ります。ネットスケープ 3の時にはなかった振る舞いだが、これには何か深い事情でもあるのでしょう。まあ、すっきりおさらばっていうのも潔いですけどね。

 それはいいんだけど、モデムをオフにしたのに実際は切れてないということも時々起きるようになった。画面上にモデムのアイコンがないから当然オフラインになったと思っていると、さにあらず。電話代をむだに使い続けるはめになります。内蔵モデムだからスイッチでオフにすることもできないし。今は再接続とキャンセルの操作を繰り返すことで切り抜けています。まったく、ばかばかしいですわい。


1998.7.10

 今更言うことでもないのですが、鏡花は優れた幻想文学の作家です。幻想的だからこそ私は鏡花を読み始めたので、それはおそらく多くの皆さんも同じことでしょう。けれども今は鏡花の作品から幻想ではなく、ただ言葉の不思議さを読み取りたいと思っています。これまでこのHPでの発言で幻想という言葉を私は殆ど使ってこなかったし、たぶんこれからもあまり使うことはないはずです。

 幻想についてはツヴェタン・トドロフによる分類がよく引き合いに出されますね。

 驚異(merveilleux) 合理的に説明しようのない超自然現象が起きる。
 怪奇(etrange) 超自然的だが合理的な説明が可能である。
 幻想(fantastique) 驚異と怪奇とのあいだで物語が決定不可能に揺れ動く。

 鏡花の『高野聖』でいえば、色香に迷った男たちを獣に変える女の魔力について語る老爺の話を、読者が信じるか信じないかで驚異にも怪奇にもなるし、どちらでもなく「決定不可能に揺れ動く」時には幻想になるというわけです。僧侶宗朝はどうやら話を信じたらしいので驚異の世界にあり、僧侶に深く同調した読者もまた同じ世界にとどまることになります。

 トドロフの本は翻訳があり(『幻想文学 構造と機能』朝日出版社 1975)、私も読んだことがあるのですが、とうの昔に処分してしまったので、次の本の解説を参考にしました。小説の技法をそれほど学問的に構えずに紹介したなかなかおもしろい本です。

 『小説の技巧』デイヴィッド・ロッジ(柴田元幸・斎藤兆史訳 白水社 1997)


1998.7.5

 この春から私のムラ(市ともいう)ではリサイクルのごみを17種類にも分別して出さねばならなくなった。この話を最初に知った時は怒り狂ったものでした。環境ファッショだ、ムラオサ(市長ともいう)の売名行為だ、絶対に破綻するど、と吠えておりました。しかし何ヶ月かが過ぎた今、結局たいした手間はかかってない。自分で手間をかけてないってこともありますが。

 以前と変わったのはビンを色別に分類することと、前もってキャップをはずしておくことくらいでしょうか。ようするに我が家ではいちどに17種類ものごみを出すことはないのでありました。でも環境のためとはいえ、反対しようのない正義に対して斜に構えてしまうわが性分としては、わだかまるものがまだ少し残っております。

 夜に出すのが禁止になったから、ごみは朝出しです。出勤が早い同居人は私の弁当をこさえたあと姿を消すので、おかげで私が専任のリサイクル係になってしまった。やれやれ。


1998.7.1

 出版されたのは90年、その2年後に『文学部唯野教授』を読んだ。で、小説の中の教室というものの意味を考えた時、最初に思い浮かんだのはフローベールの『ボヴァリー夫人』でした。冒頭が教室のシーンで始まるこの小説は「ぼくら」の視点から語り出されます。教室とは、それへの思いは人それぞれあるにしても、とにかく誰もが知っている親密な空間であって、ここで読者の視点は「ぼくら」の視点に重ね合わされるわけです。このことは読者を小説空間へすんなりと導きいれる誘惑装置となっているのではないかと思ったのでした。そして『唯野』の中の講義室もまた、読者を誘い込むひとつの罠として機能しているのではないかと。

 私の昔話は措くとして、この『ボヴァリー』という小説は「ぼくら」の視点による語りがほんの数ページで消えてなくなり、以後は三人称主語で語られるという特徴をもつことで有名です。この転換は意図的になされたものです。そういったことを含め『ボヴァリー夫人』をやさしく読み解いた本が今年の3月に出ました。
 『恋愛小説のレトリック』(工藤庸子 東京大学出版会 \2600 )、おすすめです。

 鏡花の話をしてないですね。今日は広島の学生さんたちによる『春昼・春昼後刻』のレポートを見つけたので紹介しておきます。
 yuki.intl.hiroshima-cu.ac.jp/report96.htm


1998.6.27

 この記事は「『文学部唯野教授』を読む」に移動しました。


1998.6.25

 通勤電車でのできごと。途中の駅で50代くらいの男と女が話をしながら乗り込んできた。ひとりは私の右に、もうひとりは私の左に座った。車内にはその時他に乗客がいなかったので、知り合いらしいのに変わった座り方をするやつらだとはちょっと思った。ガランとした車内で3人が固まって座っている姿はかなりヘンだが、そのままいつものように優雅に読書を続ける私でした。

 ところがそのふたり、話の続きをおっぱじめたのです、私というものを間に挟んで。おいおい。読書を妨害された私が即座に立ちあがって別の車両に逃げ込んだのは勿論だが、まったく、なにを考えておるのか。

 その時読んでいたのは『近代日本の批評�供戮箸いκ幻頬椶任靴拭�今ごろこんな本を読む自分も恥かしいが、この中で筒井康隆の『文学部唯野教授』について柄谷行人が言ってることも、ふんぞり返ったその言い方も、少々恥かしいことだという感想をもちました。いずれそのことについて書くつもりです。

柄谷 むしろ嫌なのは、ある種の言説がいまだに反アカデミズムでやろうとしていることなんですよ。アカデミズムがなければ反アカデミズムもない。この前筒井康隆の『文学部唯野教授』を読んだけど、英文学者なんてものは昔からバカにきまっているので、アカデミズムもくそもないですよ。諷刺にも値しない。そして、ここに出てくる唯野教授の講義がまたおよそくだらない。アメリカの教授にはこういうのがいるけど、それはもう批評がたんに死んでしまったという証拠ですよ。(『近代日本の批評 II 』P.228)

1998.6.23

 古本の万足しをするようになって、もう四年になります。

 古本屋の店先にはたいてい50円均一などという処分特価の平台があるものですが、私の行きつけの店は、店内のごたごたした感じをそのままに、店先にも大きな台から本があふれ、納りきれない分が段ボール箱のままいくつも投げ出されていて、小さくない店全体に古本が意味もなく溢れています。ただ、いつ行っても欲しい本だけは絶対にない古本屋……。

 そこの店先に、要らなくなった本をこっそり置いて来るようになったのは、買い取りの値段が話にならないほどひどかったのと、売った後にサインをするのが面倒だったからでした。だからといって燃えるゴミとして処分してしまうのは、本好きにはどうにも抵抗があります。苦肉の策というわけなのです。

 万引ではありません、その逆の万足しです。私にできる数少ない過剰な行為です。


1998.6.21

 地方でしか読めないがどうしても全国区にしたい文章というものがたまにあるものです。ローカル新聞に毎週イキのいいエッセイを書く福岡の書店員タカクラが、私の思いを知ってか知らずか(知るわけないが)ネット上にページを開きました。あの『くっすん大黒』の作者をいち早く知ったのもこの女性のおかげでした。

 新聞に書かれた URLに間違いが2個所もあったが、執念で接続。こんな間違いがかえってこの人らしくて笑えます。勝手にリンクしましたので、ぜひいちどご覧ください。


1998.6.19

 鏡花の「化鳥」はまったく凄い。今日はその「化鳥」の凄まじい語りを鏡花抄に追加しました。鏡花の小説に実の母と子が出てくるのは意外と少なく、「化鳥」はそのまれなものの代表作だと思います。鏡花抄に引用したのは少年の言葉ですが、そこには母の血まみれの肉声が重なっています。

 この二重性を「化鳥」全体に適用すること。すなわち少年の物語から母の物語を読み取ること。そうすれば少年が化鳥と遭遇した物語はまた、母が誰かと遭遇した物語でもあることが露呈します。では誰との遭遇でしょう。おそらく今より若く裕福だった頃の彼女自身との遭遇……。

 「高野聖」の女と白痴の少年は夫婦で、しかも擬似的な姉弟であり、とりわけ擬似的な母子でもあります。ここに「化鳥」母子のその後のありようを垣間見ることはできないでしょうか。人を獣に喩える術と、人を獣に変える術とに大きな違いはなさそうな気がするのです。等々。


1998.6.17

 今日は<Mikio.N Gallery >にアクセスできました。復活? うーん、よくわからんが、このまま存続してほしい。

 goo で「高野聖」を検索すると、「高野聖ーナ」というのがついでにヒットしたりします。『パパはニューギニア』というマンガを書いている人らしい。こういう余禄があるから情報検索は楽しいです。ただおかげでヒットする件数が多くなるのがちょっとツライところ。

 マンガといえば70年前後のフランスでは、マンガとかCMとかSFなどを文学の周辺領域として括る場合、「パラ文学」(パラリテラチュール)という名前が使われました。たぶん同じことを云わんとしているのでしょうが、文学にたいして「ブンガク」と表記してあるのを目にすることがあります。べつだん目新しいコンセプトでもないし、ネーミングもつまらない。

 ちなみに para を辞書でひくと「側・反対・超・以外・不正・不規則」の意味があるようです。「不規則」から連想されるのは正規軍(文学)に対するゲリラ、かな? でもそもそも文学の歴史とは文学に対するゲリラ行為の歴史であったはず。元来 para であることと文学であることとは parallel (相似)の関係だ……なんてね。


1998.6.15

 ワールドカップ、善戦しましたね。ふだんはサッカーのファンてわけじゃないのに、やっぱりテレビを見てしまいました、韓国戦の時と同様に。みんなよくやったと思いますが、とくに中田と川口の動きが印象に残りました。

 相互リンクを張っている<Mikio.N Gallery >が閉鎖しました。12日の中村さんの日記に個人的な事情から閉鎖するとの意向が表明されていましたが、本日閉鎖を確認。残念です。澁澤龍彦系HPの中でも特に気に入っていたところなので、早期の再開を希望します。昨日駆け込みで中村さんのリンク集を採集しておいたのが、せめてもの幸いでした。とにかくMikio. Nさんにメールしなくては。


1998.6.13

 ご存じのように新派のお芝居『日本橋』は鏡花が自分自身で戯曲に書き改めたものです。かれこれ12年ほど前に『婦系図』や『歌行燈』などとともにその『日本橋』がテレビで放送されたことがあります。葛木を片岡孝夫が、お孝を玉三郎が演じていました。ビデオにとって繰返し見たので「一石橋に桃が流れる、どんぶりこ、河童やいたづらをおしでないよ」とか「春でおぼろで御縁日」なんてのは今でもすらすらと出て来ます。

 じつは新派はちっとも好きではないのですが、見るうちに所作に表れる様式美は、あれはあれでなかなか好いもんだと思うようになりました。こどもの頃住んでいたところに嘉穂劇場というのがあって、そこは客席が升席になったたいへん珍しい劇場です。たしか今でも現役のはずですが、両サイドに花道があるその劇場へ母につれられて大衆演劇をよく見に行ったものです。新派とも共通する息遣いのようなものが、知らないうちに子供心に刷り込まれていたのかもしれません。

 しかし『日本橋』のビデオはほどなくして消してしまいました。赤熊と関係していたことでお孝をなじる片岡孝夫を見たくなかったからだったと思います。このシーンは小説にはありません。やけに大甘な姉さんコンプレックスも堪え難かった。小説だとそのへんは抑制が効いてて、さほど気にはならないのですが。ということで『日本橋』は小説の方が私は好きなのです。

 現在大阪公演中の花組芝居の『日本橋』は鏡花の小説からホンを起こしたオリジナルなものだそうですが、鏡花のせりふを活かすべくきちんと配慮されているとのこと。こうでなくっちゃいけませんね。


1998.6.12

 今日からこのページを雑記帖として使うことにします。「○△□帖」というタイトルの由来が『春昼・春昼後刻』であることはいうまでもありません。

 それにしても、われながら奇妙なタイトルを付けたものです。○や△や□が何を意味するかはヒロインの玉脇みをが云うように何でもよいし、だから何の意味もないとも云えます。これを△○□の順序で縦に並べれば、その形から墓の意味を読み取ることもできるでしょう。けれど、その墓は意味の穿鑿そのものを無意味なものにする「意味の墓」なのかもしれず、これから私が書くであろうことの無意味さを暗示しているのかもしれません。

 まあ能書きはさておき、とにかくその時々の雑感、与太話をここに書いてみようということです。鏡花のこと、読書のことやネット上での発見のこと、などなど。あまり饒舌な方ではありませんので毎日というわけにはまいりませんが、どうぞよろしくお付き合いくださいまし。

 で、今日の○△□。

 日本人向けのサッカー・ワールドカップのティケットが1万枚以上もどっかへいっちゃったそうです。でもこのことでフランス側に抗議してもたぶん無駄です。フランス人は謝りません。たとえ 100パーセント自分に落ち度があっても、彼らはゴメンナサイを言うことだけはぜったい回避しようと、必死にしゃべりまくるはず。それがフランス人なのだから。



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